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ひめちゃご51 「ひめちゃご」の行方



ひめちゃご51

「ひめちゃご」の行方
 



昨年の末、年末が近づくと、
私はこの「ひめちゃご」の落とし処を求め始めた。

「ヒメコソ」という言葉が響き、
何が起こるか分からないままその理由を求めて佐賀に行った。
それは8月のことだった。


そして、もう一度行けば、その落とし処が分かるのではないかと思い、
12月に再び佐賀に向かい、東から西へと「ヒメコソ三社巡り」をした。

その記事を書くヒマもなく、宇佐に行くと、
鞍手の郡誌の一行がつながり、宇佐の比咩神が六嶽と同じだったことが判明した。

その間、多くの女神たちに参拝した。

「脇巫女」の始まりとなった七色と星読との再会を偶然に果たすと、
あとは菊如や崋山にも挨拶して、2016年をくくろうと思った。

そのあと、佐賀の媛社郷(ひめこそのさと)にじっくりと取り掛かろう。

山積みとなった市史や町誌を開くのが楽しみだった。


ところが思いがけず、崋山から
鞍手の大塚古墳とヤマトタケルの墓所に行くように、という話が出て来た。

大塚古墳は遠賀川流域でも最大級の古墳だった。
星読が鍵を借りて来てくれ、道案内もしてくれるという。

この古墳は古賀市の船原古墳と同様の馬具の装飾が出ている所だった。

この時代、鞍手では磐井の子・北磐津が一度奴婢に落とされたが、
磐井の孫、鞍橋君が鞍手を奪還していた。

時代的に近い。

年の瀬も押し詰まった12月25日に行くことにした。






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by lunabura | 2017-01-26 21:28 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)
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