ひもろぎ逍遥

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ひめちゃご75 英彦山神宮 奉幣殿



ひめちゃご75

 英彦山神宮 

奉幣殿
 


英彦山には福岡県の男子が成人するとみんな登っていた。
父がそう話していたことを思い出した。

母に聞くと、母の故郷でもそうだったという。
福岡県の南部からも英彦山に登ったというのだ。

同じ話が真鍋大覚の本にも出ていたので、一般的な話だと分かった。







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福岡県中から成人した若者が英彦山に登っていたとは。

何のイニシエーションだろうか。

いったい何を求めて青年は登らねばならなかったのか。

英彦山神宮の主祭神は天忍穂耳命だ。
天忍穂耳に何故、祈らねばならなかったのか。


あるいは修験道にちなむ風習だったのか。

今は聞かない。
戦争でその風習は消えたのだろうか。

思えば、神武天皇も北九州の一宮神社の磐境神籬から
祈ったのは天忍穂耳だった。

日子、すなわちアマテラスの子と呼ばれる天忍穂耳。

この山は日子山から彦山となり、英彦山となった。

農耕の神、鉱山従事者の神の性格を持つ。当初は後者だろう。

筑紫の曙の頃の記憶を伝える神でもある。



友人から聞いたエピソードも思い出された。

友人が熊野に参拝したとき、社務所で、どこから来たのか尋ねられた。
福岡から来た、と答えると、
「お疲れさま、英彦山が元宮ですよ」
と言われたそうな。











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奉幣殿に着いた。








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昔と何も変わっていなかった。










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シャクナゲが咲く水場で水をいただく。
そうそう、高住神社も英彦山神宮も水がおいしい。
というか、神水だ。
ペットボトルを持っていこう。
リュックがあれば帰りも重くない。










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スロープカーで登って来た人たちがどっと訪れる。
憧れても登れない人たちがいた時代が千年以上もあったことからすると、
なんと良い時代になったことか。











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こちらは遥拝所で、頂上への登山口だ。
中宮に市杵島姫が姉姫たちと共に祀られている。

スロープカーで奉幣殿まで来て、ここから登れば
時短で市杵島姫に参拝できる。それも一手か。


二女神のラインが日王山を通って六ケ岳グランドクロスに届く。

地のラインだが、天空のラインとも呼びたい神々の世界だ。


奉幣殿から先は登山靴が必要だ。寒い季節はアイゼンも。

かつて春でも石段が凍って滑り台になっていたために断念したことがある。



雷鳴の間隔が短く近くなってきたが、不思議にあわてる気にならない。

なるようになるさ。








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長い石段を下りていく。

車に乗ると、ついに雨が降り出した。
ヒョウも降る。



途中、高木神社の祭に遭遇した。
ここだけは雨が降っていない。

そして、その町を抜けると土砂降りだった。

神輿を担ぐ人たちは周囲が雨とは知らなかっただろう。

神懸かった不思議な光景を見せられた。


『神功皇后伝承を歩く』上巻2 神功皇后は神武天皇の旧跡で祈った


<2017年5月7日>



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by lunabura | 2017-05-07 20:31 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(12)
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Commented by ta at 2017-05-08 09:32 x
登ったことはないのですが、高住神社とここの神宮はよくいきます^^linaさんが取り上げて下さったことで、何度も通った場所が別の表情に見えてきました。 お水がほんとおいしいですね。
ちなみに、高住の巫女さんは なかなか楽しい方ですよ♪
Commented by そうだ at 2017-05-08 21:45 x
英彦山が元宮というのは神宮ではなく、高住神社のことでしょう。
天狗の総本家は豊前坊で弟分が鞍馬山とか高良山だったと思います。
中岳の頂上に鍋島様が寄進された英彦山上宮がありますが、台風、地震などで倒壊寸前です。
10年位前までは神官が毎日登られて常駐されていましたが、寂しい限りです。
Commented by lunabura at 2017-05-08 23:05
taさんのブログで高住神社の様子が分かりましたが、ホント素晴らしい所でした。紅葉の頃もいかばかりかと、想像されます(*´ω`)
Commented by lunabura at 2017-05-08 23:11
そうださん、なるほどですね。
広い意味で英彦山と言われたのですね。それで意味がわかりました。
十年前とは、新聞にトラブルが掲載された頃でしょうか。
どうなったんだろう。
Commented by ta at 2017-05-09 20:13 x
あ、linaさんじゃない!
lunaさんでした(汗)
申し訳ありませんアワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

紅葉も、雪の日も、素敵な所ですよ^^
Commented by lunabura at 2017-05-09 20:54
あれ、気づかなかった^^
また訪ねましょう。ペットボトル沢山持って(*'▽')
Commented by しぐれ at 2017-05-12 07:57 x
宝満山にも十六詣という同様の風習がありましたね。



Commented by lunabura at 2017-05-12 22:06
そうですか。宝満山も!
やはり修験の山ということでしょうか。
Commented by 侑子 at 2017-05-13 23:51 x
以前の我が家の玄関にも、“彦山ガラガラ”がありました。

娯楽が少なかった時代、農閑期の彦山参りは大っぴらに遊行できる機会でもあったようですよ。
筑紫野市歴史博物館の“宝満詣り(彦山)詣りと「札打ち」”の記事がわかりやすいかと思います。
 ↓
http://www.city.chikushino.fukuoka.jp/furusato/sanpo50.htm

「十六詣り」は4年前に復興されていて、今年も古式に則って催行されています。
久留米絣を着た子供達が可愛いのです。
(修験の面だけでなく、神代の姿もクローズアップされるといいなー。。。)
Commented by lunabura at 2017-05-14 22:00
リンク先、具体的でよく分かりました。
各町村で、成人式を兼ねての行事だったんですね。
復興されてるなんて、嬉しいですね。
Commented by 桜もち at 2017-05-14 22:50 x
るなさん、こんばんは。

こちらの地域では、中学一年で『英彦山研修』というものがあり、その中のプログラムに中岳登山がありましたよ。
事前説明で『 詣 』( 確か15歳と言ってたような? )の話があったので、一時期、復活の試みがあったのではないでしょうか。但し、現在は『 英彦山研修 』自体が無くなってるようです。

あと、熊野の社務所の方が
「英彦山が元宮」と言われたのは、たぶん『 熊野権現垂迹縁起 』を踏まえてことだと思うのですが…。
『 彦山流記 』の続きが記載されているようなので。
Commented by lunabura at 2017-05-14 23:13
そうそう。それを読んで印刷したことを思い出しました。
二重構造になっているのかもしれませんね。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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