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中原遺跡のスズリは卑弥呼より200年程前のもの



中原遺跡のスズリは卑弥呼より200年程前のもの

 朝倉郡筑前町は国際都市だった



2017年7月3日付けの西日本新聞。




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福岡県朝倉郡筑前町の中原遺跡から出土していた石片が
スズリと鑑定されました。


1世紀のものというので、
卑弥呼より200年ほど前のことになります。

筑前町は神功皇后が羽白熊鷲攻めする時に通った邑です。

砥上神社(上巻40)では武器を研がせています。

松峡八幡宮(上巻41)は大本営で夜須という地名でした。
羽白熊鷲討伐のあと、この大本営に戻って来て、
「こころ安し」と言った所です。

そこから二キロ程の所に大己貴神社(上42)があります。
ここでは軍士たちが熊鷲を恐れて逃げたした所です。

この古代の道沿いに、粟田遺跡や仙道古墳があります。

粟田遺跡の祭祀土器は美しい赤色。
磨き込まれた赤色の足の着いた土器は優美な巫女たちの姿を彷彿とさせます。
とても洗練された祭祀文化を持っている人たちがいるのです。

朝倉へと流れ込む文化は中国大陸からの可能性が高いです。
有明海の満ち潮がここまで容易に届いていました。

特に、松峡八幡宮の近くについて、真鍋は
大宰府の前身があった所と伝えています。

各国から来た人たちが自分たちの国の歌を
順番に歌っていたと伝えています。

筑前町で銅鏡が出ていますが、同じものがシルクロードでも出てましたね。
今は内陸部にあるように見えますが、
古代には船が沢山入って来ていた国際都市です。

砥上山の古墳の壁画は船ばかり描かれていますね。



弥生時代のすずりは
松江市の田和山遺跡で1個、
福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で2個出土。
これが4例目だそうですよ。

古くから文字文化があった証しですね。


拙著『神功皇后伝承を歩く』をお持ちの方は
上巻40砥上神社 神功皇后が軍衆に武器を砥ぎ磨かせた
上巻41 松峡八幡宮 神功皇后が羽白熊鷲と戦うために宮を建てた
に古墳と遺跡などを少し紹介しています。

上記三社と粟田遺跡や仙道古墳は
当ブログ内で「検索」に入力すると過去記事があります。
(リンク貼る時間がなくてゴメン)



中原遺跡の具体的な住所がどうしても分かりませんでした。
ご存知の方、コメントくださいませ。

追記
住所を知らせていただきました!

朝倉郡筑前町東小田2062にある
JA筑前あさくら平成カントリーエレベーター南側

だそうです。
教えてくださった方、ありがとうございます♪


コメントの返事も少しお待ちくださいね。





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by lunabura | 2017-07-04 21:15 | <遺跡・史跡> | Trackback | Comments(5)
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Commented at 2017-07-05 20:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-07-05 20:22 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2017-07-06 20:03
非公開さん、調べてくださってありがとうございます。
記事に追記して置きます。
水害の地域のようで、胸が痛みます。

非公開さんも、大丈夫でしたか。
Commented at 2017-07-07 19:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2017-07-07 21:58
そうですか。安心しました。
筑前町は遺跡と伝承を整理してみたいエリアです。
地名がすごいし^^
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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