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愛する人の御魂を石に留めて 御勢大霊石神社



愛する人の御魂を石に留めて

御勢大霊石神社 

みせたいれいせき



不吉な鷹が止まったという隼鷹神社。(上巻34)

その鷹は南にある御勢大霊石神社の場所から飛んできました。





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この地に仲哀天皇が羽白熊鷲攻撃のための陣を敷いて、
祭祀を始めた時でした。

高木の神が鷹に化身して飛んできたのです。
そして、北に向かって飛んで行きました。

ある日、天皇が夕暮れに前衛の兵士たちを励まして戻ってくる時、
敵の流れ矢が天皇に当たりました。

そして、天皇は崩御してしまいました。

激戦中だったので、天皇の死は伏せられたといいます。




神功皇后は天皇を御勢(みせ)の君と呼んでいたそうです。

愛する天皇の御魂を霊石に留めました。


こうして、この宮を御勢大霊石神社と呼ぶようになりました。


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凱旋後、神功皇后が天皇のゆかりのものを埋納した所を
御本体所(殯斂地)といいます。

隼鷹神社では高木の神を祀りました。

高木の神は高良山の地主神でした。(上巻26高良玉垂宮)








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成末神社には仲哀天皇の荒魂が祀られています。三韓鎮撫神として。










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弥生の墓からこのような石が出てきます。
埋もれかけたものを手にすると、朱がついていました。
これが霊石(みたまいし)ではないかと思っています。

神道では今も御魂を木や紙に留めているようですね。

この石を撮影したのはみやま市(旧山門郡)の車塚古墳。
神功皇后の田油津姫攻撃の陣営地と伝わっています。



撮影場所 
『神功皇后伝承を歩く』上巻33御勢大霊石神社 仲哀天皇は敵の矢に討たれた
下巻59老松神社 田油津姫の墓と言われる蜘蛛塚 「車塚古墳」の項







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by lunabura | 2017-07-28 21:16 | バスハイク | Trackback | Comments(0)
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