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高祖(たかす)の語源



高祖(たかす)の語源



【真鍋ノート】

白鳥座の十字の中心に、昔は赤い高津星があったという。
今はない。

いにしえの人はこの赤い高津星が銀河の中心を示し、
万物の生命の発祥として尊崇していた。
この祭壇があった所を「高祖・たかす」「鴻巣・こうのす」と呼んだ。

糸島の高祖山の語源がこれである。

のちには「託社(たこそ)」とも呼んだ。
倭人が巫女の神託を求めたことからくる。

倭人は上古は神産(かみむすひ)に祈り、
それから高麗系の南林を拝すようになった。

南林とは地中海の天地創造の二神のうちのガリヤという地の女神を
燕文に書き改めた神名である。

さらに次の時代になると、倭人は妙見や普賢や観音を唱えるようになる。

高津川とは、天の川のことである。


メモ 
鞍手六ケ岳の高祖も同じ由来か。   
高倉神社の神山は「高津の峯」という。神々が降臨した神奈備山。
「赤間」の語源も、この高津星が神武天皇の前に現れた赤馬に乗った神、
 ということからだと考える。





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画像出典
http://www.kvision.ne.jp/~ktmksdkh/14houkoku.html




『儺の国の星』p91

高津星

古今和歌集巻九羇旅 在原業平(825~880)
  名にしおはば いざこととはむ 都鳥 
  わが思ふ人は ありやなしやと
都鳥とは嘴(くちばし)と脚が赤いカモメである。 

空飛ぶ姿をみあげると、頭と腹に各々紅一点があり、
これが昔の白鳥座のありし日の姿であった。

眼光の位置には今も赤色巨星デネブが輝いているが、十文字の交点に
もっと赤く淀んでいた高津星は今はない。

高津星は夏の夜空に銀河の中心をしめす星であって、
万物の生命の発祥としての尊崇が古人にあり、
この祭壇があったところが怡土高祖(鷹巣)山(416m)、
那珂鴻巣(こうのす)山(100m)などとして、
名だけが残っている。

平安の頃は託社(たこそ)とよんでいた。

そして、わが心に思う女人の胸の内を告げる巫女が
里人の求めに応じて託宣(のりごと)を伝えていたときく。

倭人は天の川を「たかつがわ」とも称していた。
 




<2017年8月25日>

高祖山 上巻28 高祖神社
高津の峯 上巻11 高倉神社



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by lunabura | 2017-08-25 19:38 | <地名の由来> | Trackback | Comments(0)
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