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辺津宮―大島―沖ノ島 海底に沈んだ陸と遺跡




辺津宮―大島―沖ノ島

海底に沈んだ陸と遺跡


 

いまだに信じられない。
かつて大島は陸続きだったという。





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神湊の頓宮から大島を撮ったのだが、この間は陸地だったというのだ。
しかも、この海が出来たのは475年。倉良の瀬戸という。
今から約1500年前のことだ。
そんな話を伝えるのは、もちろん真鍋大覚ぐらいしかいない。






しかし、海底に沈んだのはこちらだけではない。
大島の向こう、沖ノ島の手前にも海底に沈んだものがある。







30mほどの石柱が四本。一本には螺旋階段がついている。
これは真鍋の口碑の裏付けになろう。

もしかしたら、両方とも同じ時期に沈んだのだろうか。





鼻栗瀬もそのとき、一部が崩壊したのか。






合わせ鏡の舞台だ。


話は逸れるが、大島には洞窟が沢山あるそうだ。
かつてそこで金を採掘していたという。
陸地の方も孔大寺山は金を産出していた。
金の鉱脈が繋がっているのか。


<2017年12月4日>




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by lunabura | 2017-12-04 19:29 | 大島 | Trackback | Comments(7)
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Commented by チェリー at 2017-12-05 00:13 x
地殻変動を想定しない場合でも、前回の氷河期の最盛期には(1万8000年前頃?)沖の島まで地続きだったみたいです…
Commented by lunabura at 2017-12-05 23:24
そうですか。意外に水位の変化は大きいのですね。遺跡の年代など、調査があれば面白いのですが。
Commented by チェリー at 2017-12-06 01:05 x
この図がいいかも!
『(1)シークェンスモデルと最終氷期以降の海水準変動』というサイトの『図5-2-5』をクリックすると、海水準の変化図が開きます。
チェリーの名前をクリックすると、そのサイトが開くようにしておきました。
ご興味がおありの方はどうぞ!
内容は難しくて理解できませんでしたが、図はわかりやすいです!
『日本の地震活動-被害地震から見た地域別の特徴-<追補版>』という凄まじいホームページを母体とするようですが、ここからどうやって開いていくのかは、わかりませんでした…
Commented by lunabura at 2017-12-06 23:09
チェリーさん、いろいろと深いですねえ。
図を見ましたが、横軸の時間単位がよくわかりませんでした(-_-;)
千年単位だったのかなあ。
Commented by チェリー at 2017-12-07 01:56 x
ええ、横軸は1000年単位みたいですよ。18というところが1万8000年になると思います。
Commented by lunabura at 2017-12-07 22:50
ありがとうございます^^
Commented by lunabura at 2017-12-07 22:50
ありがとうございます^^
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