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2014年 12月 16日 ( 1 )

(2)道真と鳩文字


道真と鳩文字


所は変わるが、宗像市赤間の古社、八所宮(はっしょぐう)の神額は小野道風の書だという。
鳩文字で書かれているのが特徴だ。

c0222861_19291235.jpg

八の字や点など、複数の鳥が見えている。


聞き覚えで、あいまいだが、太宰府に居た時に鳩文字を習得したらしい。
道風が太宰府に居たのかどうかは未確認だ。


で、思い出したのが、菅原道真の鳩文字だ。
これはくるま座さんが数年前に発表した研究の中に出て来たもので、
今回はどんな話だったのか、思い出してみたい。

道真の没後、都では道真を陥れた藤原時平の一族が次々に死んでいく。
そして三十年経った頃、小さな子供に道真の霊が憑いて、託宣したという。

「自分に思いを寄せるものがいればこれらの詩句を詠じるがよい」
その詩というのが次のものだ。

離家三四月 落涙百千行 
万事皆如夢 時々仰彼蒼
盈城溢郭幾梅花 猶是風光早歳華
雁足将黏疑繋帛 烏頭点著思帰家

このような話が『江談抄』に載っているそうだ。

これは『菅家後集』の巻頭の作品と巻尾の作品を組み合せたものだという。
その二つの作品を並べてみた。

476 五言自詠 
離家三四月 落涙百千行 万事皆如夢 時々仰彼蒼

故郷を離れて数ヶ月、とめどもなく涙が頬をつたう。全ては夢と思うほかなく、今は天を仰いで我が身の運命を訴えるだけだ。
(訳は市のパンフレットより)

514 謫居春雪
盈城溢郭幾梅花 猶是風光早歳華 雁足将黏疑繋帛 烏頭点著思帰家

大宰府の内にも外にも春の雪が降り積もって、どれほどの白梅が咲いたのかと見誤った。これは歳の初めに咲いた美しい花に相違ない。雁の足に雪が粘りついているのを見ては、蘇武が匈奴から帰還できた故事を思い、カラスの頭に白いものがポツンとついているのを見ては、燕の太子丹が故郷に帰れたことを思う。(…自分も家に帰りたい!)
(514の訳は 古典・詩歌鑑賞(ときどき京都のことも)より)
476は太宰府で詠まれた詩として有名だ。
514は辞世の詩だ。

この二つの詩の赤字の部分を組み合わせたものを読み取れば
道真の思いが分かるというのだ。
もう一度、書いてみよう。

離家三四月 落涙百千行 
万事皆如夢 時々仰彼蒼
盈城溢郭幾梅花 猶是風光早歳華
雁足将黏疑繋帛 烏頭点著思帰家

青字の「離家」と「帰家」に注目するだけでも、道真の思いが伝わってくる。

託宣の真偽はともかく、当時の人々はこれを受け入れたのだろう。

そして、「476 五言自詠」を道真がふすまに書いたと言われるのが次の書幅。


c0222861_19314867.jpg

これを見て驚くのが「鳥の姿」が沢山描かれているという点だ。
止まっている鳥、飛んでいる鳥、振りかえる鳥。
私は14羽見つけたけど、どうだろうか。
もっと居るかもしれない。

くるま座さんはこの「鳥」に注目した。
「太宰府天満宮と鳥」といえば、「ウソ替え」を思い起こす。

この行事は木彫りの鷽(ウソ)を取り替える行事だが、
もともと大江正房が企画したものだそうだ。

「鳥を替える」は「鳥に替える」とも解釈できるとくるま座さんは言う。

つまり、有名な「飛梅」の「梅」を鳥に替えると「飛鳥」となって「あすか」となる。
「あすか」は奈良だけでなく、九州にもあり、
それは即ち、九州王朝の存在を示すものだというのがくるま座さんの結論だ。

また、鳩文字は呉王夫差(?~紀元前473)の剣に彫られているという。
この夫差の子孫が熊本の松野連(まつのむらじ)に繋がっていくのだ。


「何かが隠されている。それは九州王朝の存在なのです。道真はそれを伝えたかった」
と、くるま座さんは語る。

「飛梅」と「飛鳥」の解釈はもう少し説明が欲しいところだが、
ちょっと、面白い。

(つづく)





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by lunabura | 2014-12-16 19:36 | (タ行)神社 | Trackback | Comments(4)
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