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2017年 03月 13日 ( 1 )

相島 鼻栗瀬2 春分の日の出はこんな感じ


相島 鼻栗瀬2 
あいのしま はなぐりのせ
春分の日の出はこんな感じ


福岡県の相島。猫の島で有名ですね。

その相島の鼻栗瀬をポイントとした春分の日の日の出の画像を
チェリーさんが早速作ってくれましたよ。
ありがたいです。







c0222861_20105814.jpg

さて、鼻栗瀬の西から撮影すると、








c0222861_20115820.jpg

こんな感じに見えるらしい。う~む。でかい。
ここに穴が開いていると想像しましょう。

2017年3月20日、6時27分頃、向こうの山から朝日が昇り、
光線が鼻栗瀬の穴をギリギリ通るかもしれないという感じですね。

チェリーさんいわく、
「鼻栗瀬の形が随分違いますねぇ〜
このどこの部分が穴になるのかわからないですけど、
直接日の出が見えるのか微妙ですね〜

鼻栗瀬から見た画像も添付します。
直接じゃなくとも、海面に反射した日の出は見えるのでは?
それはそれで神秘的かもしれませんねぇ…

ちなみにそのまま東にラインを延ばすと鞍橋神社になりました。」


ほう、鞍手の鞍橋神社ですか (@_@
(はい、来月のテーマですね(^^; やりますよ)









c0222861_20123755.jpg

これは鼻栗瀬から撮影した状態だそうです。
靡山(なびきやま)の少し南(90.4度)から太陽が出ています。

チェリーさんいわく、
「見える地点は鼻栗瀬に面した海岸の崖になるみたいです。
舟じゃないと行けないんじゃないかなぁ…撮影は標高2.3m位からです。」

舟に乗ったらこんな角度ということですね。
もし観測点があったとすると崖か海になります。

海なら海退期のころ、すなわち海岸線が下がっている時代に
観測点を設置したかもしれませんね。

真鍋は宗像市の大島が島になったのが雄略帝9年(465)と記録しているので、
それまでは相島も陸が上がっていたかもしれないです。

大島と陸の間に出来た倉良瀬戸の測量が
明治22年(1889)では15・0mの深さなので、
この変動の時には大きな影響があったことでしょう。

例の沖ノ島の海底の石柱もあることだし。
どんな時代のものか、だんだん妄想が膨らんできます。




c0222861_20132128.jpg

これは空中写真。船を出すならここらへん。




c0222861_20133719.jpg

見事な画像ですねえ。チェリーさんいわく、
「航空写真で見てみたら、少し入江っぽくなっていました。

どのくらいの傾斜かわからないですけど…
ごめんなさい、撮影地点は海の中になっていました!

ここの標高2.3m位になってるとは思いますが…
ということは、西側にラインを延ばせば地面と交わる地点があると思います。」


いくつものレベルでの画像作成、チェリーさんありがとうございました!!!


g22さん、これでかなりポイントが絞れますね。
スマホを持っていけば楽々アプローチとなりそうです。




思えば志賀島の二見岩に穴がるのも同じ理由かも。
(と、チェリーさんに謎を掛けるのであった^^)




相島





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by lunabura | 2017-03-13 20:16 | 相島 | Trackback | Comments(6)
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