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2017年 09月 14日 ( 1 )

ひめちゃご96「鷹取山結界」の中心に筑紫君の城か(磐井の山城)



ひめちゃご96

「鷹取山結界」の中心に筑紫君の城か

(磐井の山城)
 




「鷹取山(たかとりやま)結界」の中央部をチェリーが拡大してくれた。
国土地理院の地図を使用するには大きさの制限があるのだが、
なんということだ。
分割という手段を見出している(;’∀’)
制限ハードルを見事にクリア!







c0222861_223052.jpg

これをつらつら見ていると、明星山の中腹あたりが中央にに見える。
くじらも指摘したが、ここは「代々の筑紫君が居た」山城があった。
名前が筑紫城かどうかは不明だ。
そここそ、磐井の山城でもあった。
その前は物部の天津赤星が居た所だ。


この明星山と高良山の間の扇状地を「高良内」(こうらうち)という。
こここそ、万葉集の第3番、4番の「内の大野」ではないかと推定した場所だ。


天皇 宇智の野に 遊猟(みかり)したまふ時
、  
天皇が内の野で狩をされるとき、

中皇命の間人連老(はしひとのむらじおゆ)をして 
中皇命が間人連老に、献上するように

献(たてまつ)らしめたまふ歌 

(長歌はリンク先へ)

反歌
たまきはる 内の大野に 馬なめて 
朝踏ますらむ その草深野






思いがけず、過去記事の万葉集の「内の大野」が出て来た。
この全体は「内考」というタイトルでサイドバーに置いている。



そこには今、自衛隊の駐屯地などがあるが、
かつては古墳がずらりと並んでいたという。

福山裕夫(久留米大)は、そこに古代の星の観測の痕跡を見出している。



そこから斜め上に道を拾うと、国分寺跡が出てくる。
この斜め道がどうも綾部神社裏の鷹取山へのラインに重なって見える。

なんとなく、古月のドラゴンカーブも思い出させるような斜めの道だ。




一方、南の鷹取山から北の岩戸山古墳を通り、
さらに北上するとツインの磐井城の前を通る。

途中に宮地嶽神社もある。








c0222861_2233765.jpg

これは歴史カフェなどで使用した付近図。
次著でも詳述する。

この付近が中央部になるような気がするが、どうだろうか。
くわしくはチェリーのコメントを待とう。



歴史はラセン階段をぐるぐると昇ったり降りたりするようなものだが、
まさか、ここに及ぶとは思いもしなかった。


水沼君に関しては赤司八幡神社も大善寺玉垂宮も結界の外となった。
チェリーの言うように、それもまた意味があるのかもしれない。





ここまで書いたら、リラから電話があった。
「鷹取山」と「高取山」を調べていたそうだ。

日本全体ではこの二つの山名を持つ山がそれぞれ16、17山あるらしい。
福岡ではそれぞれ四つずつあるという。
その目印となる山や地名を書こう。

「鷹取山」は御牧山、三養基町、耳納山系、福知山。

「高取山」は矢部(八女津媛神社そば)大牟田、天山~川上峡、山鹿との境界付近

山城がある山が多いという。

また、脊振山頂上付近の池は「龍ケ池」といいい、
竜宮城に繋がっているという話があるそうだ。

脊振神社下宮には風穴がある。
沖ノ島の南には芥屋の大戸がある。

このメモは聞き間違いがあったら訂正をする予定だ。



情報が必要な人の所に届くよう、お互いに出し合おうと言って話を終えた。





※歴史カフェと台風の件


歴史カフェの当日、台風が通過しそうです。
現在の予報では9月17日の朝には抜けるようになっています。
台風の情報によっては、変更をしなくてはならないでしょうから、
ご参加の皆さん、前日にブログを確認してくださいね。







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by lunabura | 2017-09-14 22:36 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)
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