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カテゴリ:波折神社・なみおり・福津市( 1 )

波折神社・瀬織津姫と鷺大明神と神功皇后


波折神社
なみおりじんじゃ
福岡県福津市津屋崎町
瀬織津姫と鷺大明神と神功皇后


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さあ、梅雨の晴れ間を縫って福津市へ。
渡半島の手前にある波折神社に行きました。
津屋崎千軒と呼ばれる、古くからの街並みが今なお生きている一角に
波折神社はありました。

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神社のすぐ手前には保育園があって、子供たちの歓声が聞こえて来ます。
3.11を体験した後は、子供とはまさに天からの使いだとしみじみと思います。

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波折神社は漁師町らしい活気に満ちていました。

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命も漁もすべて神に守られているからこそ、という信仰の原点が漲っています。
由緒書きがありました。現代語に変えて書きます。
波折神社縁起
祭神 瀬織津大神、住吉大神、志賀大神の三座。
縁起によれば、神功皇后が新羅を遠征されて凱旋なさった時に、この三神がこの浦の渡村の鼓島に現れた事から、皇后はこの浦の岡分河原崎の宮之本という地字に神垣を造って斎祀された。

おお、この宮は神功皇后が凱旋して戻ってきた時に、三神が鼓島に現れたので、
宮之本という所に神籬を作って祭祀したのですね。
またもや神功皇后です。

実は皇后の帰着地については伝承が何か所かあります。
今回はこの波折宮も候補地の一つとして見て置きたいと思います。

瀬織津姫(せおりつひめ)
さて、主祭神の瀬織津姫はこの逍遥では初めてですね。
記紀には出て来ませんが、大祓いの祝詞に出て来る姫神です。
該当する部分を、ものすご~く簡略に訳してみます。

天つ神は天の岩戸を開いて祓い清め、国つ神は高い山から低い山まで祓い清め、風の神があまねく吹き渡って、残っている罪穢れはないかと祓い清め、早川の瀬にいる瀬織津姫がそれを大海原に持ち出して、大海原にいるハヤアキツ姫が呑み込んでくれる。

それを息吹き戸主の神が根の国底国に吹き飛ばして、根の国底国にいますハヤサスラヒ姫という神が背負ってさすらって無くしてしまう。

こうして罪という罪がないように祓い清めて下さいと、天つ神、国つ神、八百万の神々に申し上げる。

人々が「祓い給え清め給え」と祈れば、
八百万の神々がこうして天地を翔け巡って罪穢れを払って、
それを川のほとりの瀬織津姫が海に流してくれると言う訳です。

神社で「払い給え。清め給え。」とお祈りした時の罪穢れは
こうして消えていくんですね。
八百万の神々様、わたくし、ずいぶんとお世話になってます。(ぺこり)

瀬織津姫を主祭神とするこの宮も、
そう言えば、もうすぐ大海原という境目にあります。

鼓島ってどこにあるのか、調べると、渡半島の端っこでした。
地図 鼓島 織幡神社 



この三柱の神々はある時、漁師たちを守ってくれました。
縁起の続きを読んでみましょう。
昔、この浦の漁夫三人が沖に出て釣りをしていたが、大風荒波に遭い、雷鳴さえ加わり、海が大いに振動したために、漁夫たちがこの三神に救いを祈ったとたんに、お姿を現され、隆起する波穂の上に立って、雲のような波がしらを、袖を振って打ち払うと、逆巻く荒波は見る間に治まって遥か沖合に過ぎ去り、すぐに海上は静かになった。

三人の船は荒波を折って、かろうじて鼓島に漂着した。三日間風待ちをして飢えてしまうと、再び三神が現れて飲食を与えた。これを食べると人ここちがついて、力の限り波濤をしのいでこの浦に漕ぎ着いた。

はじめ三神が船の上に現れた跡に三つの石があったので、持ち帰って御神体として祭った。これより波折大神と呼んだ。
こうしていにしえ、かの河原崎の宮之本に祭られていたが、時が移って84代順徳天皇の承久3年にここにお移しした。

奇蹟が起こったのですね!

境内を廻ると
海から持ち込まれた珍しい石や貝などがいろいろと奉納されていました。

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珍しい猿の彫像がありました。猿は製鉄精銅の民が祀る神だと
読んだ事があるのですが…。

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これは蛭子(えびす)大明神と彫られています。
御神体は卵型の海の石です。

鷺大明神
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これは「佐磯社」の祠の中の御神体です。
由緒書きに「鷺大明神」とあるのが該当するようです。

「鷺大明神」についてにわか勉強してみると、
スサノオの一人が、その人でした。
疱瘡に掛かってしまって、愛を断念した事から、
「自分に祈る人には疱瘡を防ごう」と誓ったという話がありました。
同じ苦しみを誰もしないようにと誓願されるとは、
なかなか出来ないことです。
そういえば、この祠の女神は寂しげな顔をして、男神に背を向けています。
そんな訳があったのですね。

疱瘡(天然痘)は渡来船とともに日本に入って来て、
多くの人々の命を奪いました。
鴻盧館ではツインの館を作って、渡来人を一つの館にしばらく留めたのも、
こうした病気を持ち込ませないための工夫でした。

波折と言う名前からは思いもしなかった女神たちが祀られているのを知りました。
来てよかった…。




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by lunabura | 2011-07-10 23:34 | 波折神社・なみおり・福津市 | Trackback | Comments(0)
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