ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:<歴史資料館・博物館>( 7 )

いのちのたび博物館 恐竜がいっぱい sanpo



いのちのたび博物館

恐竜がいっぱい




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でか(;゚Д゚)











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すごすぎ。(;’∀’)
画面に入らない。











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どれも全身骨格?

数も半端ないっす。

これが何と常設展示。



え?
ホントは「企救の国の青銅器文化」展(~11月6日)
を見に来たんですがね。

なかなか行きつかないのです。(^^;

たのしい~~~




いのちたび博物館
北九州市八幡東区東田2-4-1









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by lunabura | 2016-10-23 20:49 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)

行橋市歴史資料館 埴輪に会いに行く?



行橋市歴史資料館

埴輪に会いに行く?



「あのお、写真撮影していいですか」
「いいですよ」

「ブログに掲載していいですか」
「いいですよ。どんどん宣伝してください」
と、気持ちのいい答え。

そう、ブログに書けば見に来る人、きっといる♪
それはあなた?



歴史資料館はデザインの宝庫。
固定観念はずしてくれる。

今日は歴史の勉強無し♪









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全長33.6センチ。
元祖、ゆるキャラっぽい。
造った人も楽しそう。









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三環鈴も出てる!
天河神社、思い出す。








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兜だけど、私の頭は入らない。
かなり小さい。











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この人の鎧(よろい)は革。
鉄が手に入らなくても戦わねばならない。

以上、稲童古墳群。

磐井の乱の時とかどっちの味方したんだろう。
大伴氏関連の人たちかなあ。








次からは弥生のデザイン。







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ジョッキがいい?
それとも高坏で呑む?








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食器には必ず蓋をしないと、アレが飛んでくるもん。
デザイン、今と同じだね。






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切れ味のいい小刀は、麻織物でくるむ。
誰が育てて、誰が織ったのだろう。

神功皇后の時代の人たちの暮らし。

こんな楽しみ方もいいかな。








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福岡県行橋(ゆくはし)市にいます。






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by lunabura | 2016-05-19 21:21 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)

明日までだけど 行った?


「倭国創生」展

明日までだけど 行った?


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ビフォア。志賀島から見た糸島半島。

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アフター。糸島で見た雷山。

前回までは志賀島から眺めた糸島半島を紹介しましたが、
昨日はその伊都国へ行っちゃいました。
雷山には雪がうっすらと積もり、いよいよ冬化粧の始まり。
コスモス畑と冠雪というシュールな季節感は福岡ならではの風景。

伊都国歴史博物館で「倭国創生展」を見て来ました。

神功皇后の実年代を考えるとき、いろんなアプローチ法が考えられるですが、
皇后が祭祀する時に鏡や剣、銅剣、太刀を奉納した記録が数か所で見られるので、
青銅器を少し勉強したいと思っていました。

そんな時、卑弥呼の時代の銅剣は90センチほどの大きさだと聞いて仰天。
歴史資料館に尋ねると、古墳時代にはもう銅剣はないとのこと。

そこで剣の歴史を知りたいと、関係資料を教えていただいていると、
机の上に重なった本の下に銅剣の冊子が。
「こ、これは?」

開くと、福岡で出土した銅剣が沢山載っているではありませんか。
そのタイトルには「倭国創生」と書かれていました。


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伊都国歴史博物館で開催中。
え?
12月1日まで?
まだ間に合う!!!

ということで、早速行って来ました。
この展示はとても良かったです。
紀元前の物に絞ってあった点がとても理解の助けになりました。
邪馬台国より、数百年前のもの。
銅剣も鉄剣も紀元前にあったんですね。
エリアも唐津市から宗像市にかけてと、南は筑後川流域。

魏志倭人伝よりずっと古い時代のイメージ作りの助けになりました。

銅剣は時代が経つと、だんだん薄くなっていくようすが分かりました。
鉄剣でさえ、実用的でないものもありました。
銅鏡も、三角縁とか関係ない時代なので、論争がなくてすっきり。

小郡では銅戈が9本も埋納されていたとか知らんかった。
寺福童遺跡。
まるで出雲の銅剣出土地みたいじゃないの。
どうして、これが話題になっていない?
とか、楽しめました。

吉野ヶ里遺跡の銅鐸もこちらで見られましたよ。

何と言っても欲しかったのは、そのカタログ。
明日、12月1日に行けない方も、カタログは通販で買えるのでお勧めです。(^-^)






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by lunabura | 2013-11-30 13:02 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)

漂着物博物館(1) 石井忠氏に学ぶ超整理学

超ミニ博物館 海の館(1)
石井忠氏に学ぶ超整理学
自然編

海に行って砂浜の中に見つけた貝殻やガラス瓶。
ペンキのはげかけた板きれ。ハングル文字のついた容器。
漂着物を手にすると、ここに来るまでの長い海の旅が偲ばれて、
少年少女の心が蘇ります。
そして持ち帰った渚の思い出。みなさん、どうしてますか?

こんな漂着物を学問の領域にまで押し上げた漂着物学会の初代会長、
石井忠氏の「超ミニ博物館」にお邪魔しました!
その分類と超整理とロマン。「見せる保存」を御一緒に。

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流れついた板きれに書かれた「超ミニ 博物館」の文字と仮面が
天井近くで訪問者を迎えてくれました。


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壁には沢山の漂着物がケースに入って、飾ってあります。
「ケースはニトリで800円。」
「え?ガラスも仕切りもついて、売ってるんですか。」
「そう。だいぶ買ったよ。」
「こうすれば、いつでも見られますね!」
しきりの中には綿が敷き詰められて、貝殻やイルカの耳介、ニュージーランドの渚で拾ったビールの蓋など、テーマ別に保存されていました。



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これは「モダマ」。種です。大体5センチぐらいの直径です。そのさやは1メートル以上。サヤインゲンの巨大なものを想像して下さい。南の島から流れ着きます。
ビーチコーマーの憧れだそうです。








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海の中道で採取した木の枝など。風と波が作った芸術作品です。













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これは各地の砂浜の砂。プロは眼のつけどころが違いました!
こうして見ると、どれ一つ取っても同じ砂はありません。こんな所から研究は始まるのですね。しかも、ビンが香辛料でも入っていそうな、おしゃれなもの。
一つずつ見ていると、そこの海の歌が聴こえてきそうです。








c0222861_12414961.jpg               
漂着物はジャンルも様々。形もさまざま。
それを分類するには力量がいります。それにしても見せ方がステキです。まさに博物館です。
中央で額縁に入っている丸いものはクジラの椎間板。こんなものも流れて来るんだ。








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上の棚を大きく撮りました。クジラの骨は天井にあるので、よく見えます。
中央の丸いものは先程のクジラの椎間板。
古代には、これをロクロを回す時の台にしたんですって!
それまでは土器の底についた凸凹のデザインの意味が分からなかったのが、これでその謎が解けたんだそうですよ!






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誰かさんの大好きなアオイガイ。早朝に行かないと、カラスが突っついてしまうんだそうです。
雑然と並べているように見えますが、
「こうして、いろんな方向に並べて、全体が見えるようにするのがいいね。」とのコメント。
これが学者の視線なんだ…。






c0222861_12463439.jpgそう教えて貰って、この標本を見ると、なるほど、いろんな方向が見えるようになってる。しかも、三つずつセットにしてるから美しい。








(つづく)




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by lunabura | 2011-01-29 13:05 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(5)

漂着物博物館(2)流れついた人の営みと神々


超ミニ博物館 海の館(2)
人の営みと神々

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浜辺にあった小さな瓶。誰が使ったんだろ。どんな海流に乗って来たんだろう。いろんな事が思われます。それをこうして並べると、なんていい感じ。


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これは中国製のライター。普通はゴミとして処分されますが、漢字を読むと、左は「1997年香港回帰祖国」と書いてあります。1997年7月1日にイギリス領だった香港が中国に返還された時の記念ライターでした。福岡県の津屋崎浜に流れ着いていました。
右のライターは「99澳門 99・12・20記念」と書いてあります。「澳門」はマカオの事です。1999年12月20日ポルトガル領のマカオが中国に返還された時の記念ライターです。2001年10月6日に宮崎県の青島に漂着。すごい。すごい。
遠い異国の歴史ドラマが日本の浜辺に漂着するなんて。急に身近な事件になりました。台になった半月の板も味がありますね!
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「むむ。この額は何ですか?この人は?」なんだか漂着物とは違うみたい。
「孫文。三民主義を唱えた人。」
「え?あの有名な?でも、これってどうしてこんな所に?」
「台湾から、中国に向けて宣伝ビラを流したんよ。」





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これがビラが入っていた容器。海漂器といいます。プラスチックのマグカップです。これが台湾から中国にねえ。物資不足の中国の人たちはきっと喜んで拾ったんだろうな…。







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開けると、ビラが丸まって入っていました。これは海水に濡れて、紙がくっついていました。台湾から日本にも流れて来たんですね。
こんなお話を聞くと、急に遠くの国の暮らしが身近になります。






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これはセグロウミヘビの標本です。
出雲の神々を研究する人なら必見のあの竜蛇神です!
「インド洋から太平洋の暖海に分布するウミヘビで、日本列島の周辺海域からも採捕されます。日本海側の出雲・石見地方の「竜蛇信仰」の対象とされるウミヘビです。」と書いてあります。
これがお祭りの日には浜に漂着するのですね。ほんと不思議です。
現物と絵馬と研究論文と神事の写真。セットで置いてあると、基礎資料はバッチリです。


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前回は岡湊神社で、スサノオの神像が海中から拾い上げられた話を書きましたが、ここにも、いろんな神様が流れついていました。これも実際に漂着したものだそうです。これはあまり摩耗していない感じで、新しいものかな。











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これは船魂(ふなだま)さま。20センチ前後です。
船に備えられる神さまです。
ずっと以前に伺った時に、初めて御開帳して下さったんですが、中味は何でしたっけ。お、思い出せません…。(今度、また聞いておきます。こっそりここを書き替えます。)





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さて、このコーナーが石井氏の理想の博物館のモデルです。
これはヤシの実のコーナーです。
ヤシの実の研究書があって、そばにヤシの実の現物があり、実際に漂着した記録が並んでいること。ヤシの実も皿になったり、玩具になったりと、いろんな形をとっています。
「本と実物と記録」それが一体となった展示。
そんな生きた展示の博物館を作りたいとの事でした。

「いろんな取材があったけど、資料室の取材は初めて」と言われました。
だって、新しい学問が産み出された現場ですよ!
ルナが見せていただいたのは二度目なんですが、沢山の発見があってとても楽しい。しかも、よく分かる。こんな生きた超整理法あっての、発展だったんですね!

c0222861_16511781.jpg「これが僕の神さま。」と言われたのがこの漂着物。波に洗われて、摩耗したその姿は、まさに寄り着きしもの
「これが九州国立博物館でスポットライトを浴びて展示されていた時には感動したね。」と、うれしそうに話されました。展示が終わって戻って来た時には、こうして九博の人が木の入れ物を作ってくれていたとか。う~ん。いい話。

さて、この超ミニ博物館には他にもいろんな種類がありましたが、
今回は「見せる保存」というテーマでほんの一部を紹介しました。
関心ある方は、本が沢山出ていますので、そちらをどうぞ。
石井先生、お忙しい所を本当にありがとうございました。





※ただ今、平行して『古事記の神々』では「蘇我の稲目」を現代語訳中。ハマってます。



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by lunabura | 2011-01-28 17:04 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(7)

銀の冠と法隆寺の関わり

鞍手町歴史民俗資料館(福岡県)

銀の冠はどんな時代を見た?
法隆寺との関係って?


歴史資料館に行くと、思いがけない出会いがあります。
この歴史資料館で、ひとめぼれしたのが、この銀の冠。
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これは復元レプリカです。銀色と青との組み合わせが印象的。
下の写真が現存する本物です。
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こんな冠が古墳から出土したんだそうです。王さまのかな。王妃さまのかな。

調べてみると、この古墳は盗掘されていましたが、副葬品がけっこう残っていて、
武器、馬具、工具、などの鉄製品と土師器、須恵器がありました。
すると、被葬者は男性ですね。7世紀中葉から後半の築造だそうです。

次は資料館内の説明書きです。
7世紀前半、銀冠塚古墳出土
純銀製の冠は国内で唯一のもの。
法隆寺の夢殿の秘仏である救世薬王菩薩の宝冠の文様と
基本的に同一で、大変注目されます。

古墳の名前はそのものずばり、銀冠塚
築造年代は資料によって少しずつ違っていますが、どちらも7世紀だという事です。
さらに他にあった説明を集約すると、
これは鉢巻き状の帯冠で、ハチマキの部分に透かしの文様が彫られている。
銀製の冠は全国に四例あって、特に浅間山(せんげんやま)古墳(千葉県)と同じ形式である。

福岡と千葉と離れた地点に同じ形式の銀の冠があるんですって。興味深いですね。
でも、今回注目したいのは、法隆寺にも同じものが見られる点です。

これが鞍手町の立冠です。
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これは法隆寺の釈迦三尊像の脇侍佛。
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ほらね。冠の所をよく見て下さい。中央の三角形がそっくりでしょ。これは驚き!

なんで法隆寺の冠と鞍手町の冠がそっくりなんだ!?

薬王菩薩像の冠を観察すると、後ろや脇などにも装飾があって、
耳の上の方からは、おしゃれに布を垂らしています。優雅です。
この冠は当時の最新、最高のデザインだったのでしょうね。
だって、仏像を依頼されたら、誰だって一番最高の物を作りたい。

もしこの二つの冠が同じ様式だとすると、
鞍手郡の銀の冠も同じようなデザインだった可能性があります。

法隆寺か…。
行ったことはあるけど、何も知らないよ。辞書を調べると、
法隆寺は607年、聖徳太子の開基・創建と伝える。
670年に焼失し、8世紀までに漸次再建。

とあります。すごい名前が出て来ました。
この冠は聖徳太子が作らせた寺の仏像と同じ様式なんだ!

この古墳の被葬者と聖徳太子は同じ時代を生きていた。

この法隆寺の薬王菩薩像は623年作と分かっています。
聖徳太子が亡くなって、造られました。
造ったのはあの有名な鞍作止利(くらつくりのとり)です。
百済の様式だそうです。中国北魏の様式と書いているものもあります。

すると、同じデザインの鞍手町の銀冠も鞍作止利の管理する工房で作られた、
あるいは模倣したものと考えられます。
銀冠塚古墳の冠も日本で作られ、当時の最新で最高のものだったんですね。

この古墳は7世紀なので、西暦600年代です。
この古墳の被葬者が生きていた時代の筑紫の情勢を、にわか勉強してみました。
602年 新羅に滅ぼされた任那を取り返すために、
      聖徳太子の弟来目皇子が将軍となって筑紫にやって来て、
      病気で倒れて翌年死去。
603年 聖徳太子の弟、当麻皇子を将軍として筑紫に派遣するが、
      妻が死去したので引き返す。
605年 鞍作止利が造仏の工に任命される。
     高句麗から建造費として黄金300両が贈られる。
607年 聖徳太子は遣隋使を派遣する。
621年 聖徳太子薨去。
623年 法隆寺の釈迦三尊像が作られる。
655年 斉明天皇即位。のち百済救援のために筑紫の朝倉宮に遷都。
661年 斉明天皇、朝倉で崩御。
662年 天智天皇 博多で即位。
663年 白村江で大敗する。
668年 草薙の剣が新羅の僧に盗まれる。

任那(伽耶)をめぐって、新羅とずっと戦っている状態です。
一方、百済、新羅、高句麗など、韓半島との
人と物の交流がかなり盛んです。
668年には八剣神社古物神社でおなじみの「草薙の剣盗難事件」が起こっています。

この古墳の被葬者はこの時代の人なんですね。
「神社の伝承」と「古墳の出土品」と「法隆寺」が関わりあうなんて驚きです。
しかも、鍵は法隆寺にあった。

この鞍手町は物部氏の本貫地です。これまで、調べたのを振り返ると、
物部氏は天皇家に軍備の援助をし、天文の技術で支えました。
天皇家が九州に来ると、この地を経由して筑紫に入って行きます。
そして、船や武器や軍馬、武人などの調整が行われたと考えられます。

被葬者は、もしかしたら、来目皇子と会ったかもしれませんね。
あるいは当麻皇子、斉明天皇、天智天皇などの誰かと。

次々と新羅との戦いのために筑紫にやって来る皇族と
対面する身分であった事をこの銀の冠が証明しています。

軍備の援助の代償として、当時の最高の銀の冠が献上されたのかもしれません。

鞍作止利は名前の通り、もともと馬具の製作をしていた人です。
この古墳の被葬者も馬具と工具を持っていました。
妄想すれば、この二人にも何らかの関係があったとも考えられます。
だから、法隆寺の仏像と同じものを贈呈したと。

妄想が進むと、この銀冠塚の被葬者がモデルだった可能性もあるぞと考えたくなりました。
だって、鞍作止利が渡来人の子孫なら、この鞍手を通ったはずです。
この鞍手で馬具造りを指導していて、都の仏像作りを依頼された可能性、
ゼロじゃないですよね。

さて、銀冠塚古墳の所在地は
福岡県鞍手郡鞍手町大字八尋字大谷
遠賀川の支流である西河の狭小な谷を見下ろす丘陵上にあったそうです。

古墳はもう失われているそうですが、この冠は下の資料館で見る事が出来ます。
鞍手町歴史民俗資料館
福岡県鞍手郡鞍手町大字小牧2097
TEL  0949-42-3200
開館時間 9:00~17:00
休館日 毎週月曜日、国民の祝日、毎月第3日曜日
入場料 無料 


地図 歴史資料館 銀冠塚古墳 古物神社


この銀の冠の背景を楽しむための、お散歩コース
八剣神社 ⇒ 古物神社 ⇒ 歴史資料館

海が見たくなったなあ。
次回は玄海灘の難所の織幡神社に行くぜよ。


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by lunabura | 2010-07-08 11:44 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(9)

古墳時代の男の美学・鉄のヨロイ・弥生青銅器・粕屋の屯倉

古賀市立歴史資料館
福岡県古賀市

青銅の武器の違いがよく分かったよ
古墳時代の男の美学、鉄の甲冑が展示されていた
粕屋の屯倉が発見されていた!

前回の綱分八幡宮の御神体の銅戈(どうか)を探して
古賀市立歴史資料館に行ってみました。
その朝、西日本新聞の宗像大社の記事に石井忠館長が載っていたので
もしかしたらここにあるかも、と思ったのです。

ちょうど石井忠館長が在館で、直接説明を伺う事が出来ました。
石井館長は海岸に流れ着く漂着物の研究を学問にまで高めた方です。

銅戈を捜しているんですけど、こちらに有りますか?」
「ありますよ。さあ、こっちです。」
すぐに案内していただきました。
「わあ、銅戈も銅矛も銅剣もみんな一緒にある!
これは、みんな細型ですね。実戦用ですか?」

「そうです。これは実戦用ですね。
新聞に載っていた宗像市の田熊遺跡の剣は刃がべらべらでしたよ。
青銅器は折れやすく、吉野ヶ里の人骨には折れて刺さったまま出土しています。」
さすが、本物を見比べた人の言葉は重みがあります。
「写真撮ってもいいですよ。ガラスに近づけて撮りんしゃるといい。」
「ありがとうございます。」
という訳で、ご覧ください。
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三種類の青銅製の武器が並んで展示されています。
一番左が銅矛(ほこ)。
下の方に棒を差し込むための穴が開いているのが見えますか。
その次が今、追跡中の銅戈(か)です。下部に小さな穴が二つ開いています。
また、付け根が斜めになっているのが銅戈の特徴です。

右二つが銅剣です。包丁のように木に差し込んで使うのがよく分かります。
結構短いですね。今、ヤマトタケルを訳していますが、
彼がクマソタケルを殺しに行く時に懐に剣を隠します。
この短さなら、懐に入れても大丈夫のようです。

この四本の武器は馬渡・束ヶ浦(うまわたり・そくがうら)遺跡から出土しました。
2000年~2200年前の甕棺の中に四本とも入っていたそうです。
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これがその甕棺の現物です。
この二つの甕の口を合せて人間の大きさにします。
金海式だそうです。金海(きんかい)とは韓国の南部にある地名です。
金官伽耶(かや)、任那(みまな)という名前の方が有名です。
砂鉄の産地だそうです。

さて銅戈の話に戻りましょう。

「これはどうやって使うのですか?」
「ほら、根元の所に穴があるでしょう。
この二つの穴に紐を通して棒の横にくくりつけるのです。」
「L字型になるんですね。すると、横に払って使うのですか。」
「そうですね。中国の秦の時代には、騎馬戦などで使っています。」
「すると、馬の上の人なんかを斜めに切り下ろせますね。」
「そうです。この絵が棒に取り付けたようすです。」
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石井館長のイラストです。
向かって左の男の人が、一人で四つの武器を全部持っています。
銅戈ってこうして棒につけるんですね。
銅戈は長くてL字型になるので、間合いが取れて、有効な武器のようです。
これを振り回されたら、かなり恐いですね。

古墳時代の鉄のヨロイカブト

そして、次に目に入ったのがこの鉄の甲冑!スゴイ!

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さびやすい鉄なのに、残ってます!
しかも、このウエストのカーブを見て下さい。
軽さと動きやすさを備えながら、美しく見せることを意識した、
かなりの高度な技術とデザインです。
男の美学は古墳時代から、既にこだわりがあったんですねえ。

これは永浦古墳(円墳)からの出土品で、未盗掘だったそうです。
c0222861_21374669.jpg

写真をさらに写したので分かりにくいと思いますが、
発掘時に足元の方を撮ったものです。
ヨロイと甲(かぶと)がそっと置いてあります。
いかにも死者への敬意が伺える置き方です。
1600年前、5世紀のものだそうです。
リーフレットを書き写しますね。(一部ひらがなに書き換えました。)
盗掘をまぬがれた4号墳の石棺の蓋(ふた)が開けられた時、
発掘担当者はハッと息をのんだ。
人骨、その両脇のおびただしい刀剣類、鉄のやじり、鉄のおの、鉄のやりかんな、
足元に三角板鋲留短甲、あかべよろい、肩甲(かたこう)、
中に眉ひさしの付いた冑(かぶと)が副葬されていた。
五世紀前半、多く武器と甲冑に身を固めた被葬者は、
一体どんな地位の人だったのであろうか。

鉄の時代になっていました。
この人は鉄製の武器をたくさん持っていますが、
カンナ、ノミ、キリなどの大工道具も持っていました。
それに金のイアリングも入っていて、指輪にしたらしいです。

舟や家を造る職人集団の長でしょうか。
そして、いざとなれば、戦士として戦う。
文献の無い、謎の5世紀と言いますが、
この人を見ると、常に戦いに備えていた時代だったのがわかります。

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これも石井館長のイラストです。

下は誰の絵かな?どちらも雰囲気が伝わってきます。
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この被葬者の円墳は古代の海の見える丘の上にあります。
「ここ古賀市は、那の国ですか?」
「そうですね。那の国の東端に当たるでしょう。
福津市の西郷川あたりまでが、そうです。」

え?ここにも神功皇后の神社が…

さて、もう一本銅戈がありました。
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「これはちょっと幅が広いですね。」
「これは、鹿部山(ししぶやま)の皇石(おういし)神社
境内の甕棺から出たものです。
二振り出土したのですが、一つは東大が持って行って、行方不明になりました。
もう一つは氏子さんが大事に持っていたので、残ったのです。」
「皇石神社ですか?」
「そう、神功皇后です。」

え?前回の綱分八幡宮も神功皇后と銅戈のセットだったけど、
同じセットが古賀市にもある?
予定外だけど、そりゃあ、ちょっと行ってみなきゃ。

ニュース!粕屋の屯倉が発見されていた?
もう一つの目玉が田淵遺跡です。
大きな柱の穴が並んでいるのが発見されました。
ここは旧粕屋郡、地名もミヤケとか。
日本書紀に出てくる大和朝廷に献上された大倉庫です。
これが、復元想像ミニチュアです。

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2010年11月に「いま蘇る 糟屋屯倉(かすやのみやけ)」
というタイトルで企画展があるそうです。
この屯倉については、宮地嶽神社の謎の所で
詳しく見て行きたいと思います。
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ぎょっ、巨大甕棺から人が…。本物の甕棺です。
大きさがよく分かります…。(^_^;)
イラストと分かっていても、目が合ったらギョッとしました。
右下にあるのが蓋ですョ。

石井館長、説明ありがとうございました。
という訳で次回は皇石神社に行きましょう。

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by lunabura | 2010-05-25 22:00 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(6)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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