ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:和布刈神社・めかり・北九州( 2 )

和布刈神社(1)福岡の最果てに巨大な磐座があった

和布刈神社(1)
めかりじんじゃ
福岡県北九州市門司区
福岡の最果てに巨大な磐座があった 

高速道路のパーキングエリアに「めかり」があるので、そこは利用するけど、
その大元の和布刈神社(めかり)に行くのは初めてでした。
和布刈公園だって行ったことあるのに、神社は…。

その和布刈神社は門司の最奥にありました。
国道3号線と分かれて海岸寄りの道を走ると、巨大な鳥居があって
崖と海の間の道を走るようになります。

c0222861_9152922.jpg

神社入り口のようす。

c0222861_9155047.jpg

左は海。正面の山は海を隔てた本州の火の山です。

c0222861_916559.jpg

関門橋が真上を通っていて、騒音が半端ではありません。
まさか神域の上をガタンガタンと音を立てて走っていたかと思うと…。
ちと背中が寒い。

c0222861_9162525.jpg

しかし境内はそんな事をものともせずに神秘性を保っていました。
社殿は壇ノ浦、下関港の方を向いて建っています。
もう絶壁と浜の隙間にいます。

c0222861_9172192.jpg

左に廻り込むと、火の山が美しい台形で見えています。
目の前の関門海峡は早鞆の瀬です。

そして、振り返って神殿を写そうとして、何これ?!
い、盤座(いわくら)!!!
し、しかも巨岩!!!
お懐かしや…。巨石にこんな所で会えるなんて…。
ここは海抜0mの所ですぞ。山の中ではないのに…。
まさか、まさかの御対面。

c0222861_917506.jpg

よく見ると、神殿は盤座に食い込んで建てられています。

c0222861_9181662.jpg

全容が分からない。

c0222861_9183414.jpg

穴が刻まれているので、アップで撮ったら、
後の岩はまるで人面石みたいになってしまった…。

c0222861_919545.jpg

右の方はどうなってる?
神殿の右側に廻って撮ってみると、おお、注連縄が張られている。

ここは盤座信仰の神社だ!
和布刈(めかり)神事が有名だけど、もともと盤座信仰の神社なんだ。

この岩は九州の岬の果てに置かれている。
楯崎神社と同じだ。(すんまっせん。まだ紹介していない。)

と想定外の盤座に、テンションが上がりっぱなしでした。
(つづく)


というところで。
カレンダーを見ると今日は2周年の記念の日です。
いくつかの神社の四季と祭事でも書こうと思って始めた『ひもろぎ逍遥』ですが、
いつのまにか福岡中を走り回っています。
神功皇后のおかげ?で知らない町にも沢山行きました。

2年目は思いがけず、人さまの前でお話をする機会を与えていただいて、
古代の福岡が博多湾から有明海まで海でつながっていた話や、
神功皇后の移動ルートのようすなどをお話ししました。

多くの方との出会いもあって、
ブログで発信して本当によかったなと思っています。
マイペースでぼちぼちと書いて行きます。
これからもよろしくお願いします。 (^-^)/
                            綾杉るな





ときどき、ポチっと応援してくださいね。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2011-10-25 09:23 | 和布刈神社・めかり・北九州 | Trackback | Comments(7)

和布刈神社(2)和布刈神事と干珠満珠の秘法


和布刈神社(2)
和布刈神事と干珠満珠の秘法


和布刈神社では毎年、旧暦の元旦早朝3時ごろに、神官が松明を灯しながら
海に入ってワカメを刈りとる和布刈神事(めかりしんじ)を行っています。
これについて調べて行くと、安曇の磯良神功皇后に起源がありました。
今日は福岡県神社誌から該当部分を抜き出して訳して行きます。

c0222861_13465897.jpg

神功皇后は角鹿(つぬが)から豊浦に来た時、
海の中で如意(にょい)の珠を手に入れて、とても喜んだ。

一方潮干珠潮満珠の法を得た神人がいて、安曇磯良と言った。
常に海の事を業とするので、神功皇后はお迎えしようと
琴、鼓、笛で演奏しながら海辺に船を浮かべた。
すると磯良が海底から浮かんで出て来て船までやって来た。
そして潮の満干の珠の法を授けた。(志式神社参照のこと)

これが宝珠を得たという事で、皇后は大いに軍船をととのえて、
三韓を征伐し、穴明の沖都嘉利島に凱旋し、
豊浦宮に斎の宮を建てて天神地祇を祭った。
また山田邑に三筒男神の荒魂を祭った。(穴門住吉荒魂神社がこれである。)

c0222861_13473693.jpg

速戸には比売大神と安曇磯良神ほか三柱の神を祭った。
(和布刈神社速戸大神がこれである。)
また安曇磯良の神が捧げた満干の珠は
皇后の考えで和布刈の北の海上一里の所にある奥津島辺津島(今の満珠干珠島)
に納め、和布刈神社にも満珠干珠のしるしが伝えられた。
今は金銀白銀で包んで秘封してみだりに見る事は出来ない。

c0222861_1349914.jpg

毎年12月晦日の夜中(元旦の早朝)にワカメを刈り、
元旦の朝の神供として奉る。(旧暦)

c0222861_13475666.jpg

これは安曇磯良神が海底に入り、潮干珠潮満珠の法を
息長足姫尊(おきながたらし姫・神功皇后)に授けた遺風である。
それ以降西門鎮護の神として歴代の将軍や領主の崇敬があつい。

最後に書かれている文からは、このワカメを刈るという動作が
海中にある満珠干珠を手に入れるようすを模写したものだと
考えられていた事がわかります。

福津市の宮地嶽神社では大晦日の松明を消す時にワカメを使って消します。
ワカメは海人族の大切なアイテムで、この大晦日から元旦にかけて、
各地の海人族の宮で色んな形で使われている可能性があります。

そして基盤には安曇の磯良への信仰があります。
ワカメの生命力を得ることを願うのに加え、
潮の満ち引きが誕生と死を司る事への畏敬、
そして津波の制御への願いが込められています。

この和布刈神事は対岸の住吉神社の方でも行われていて、
そちらは秘儀が保たれて、人知れずになされているそうです。

比売大神について
コメントで少し話題になったので、この神社の比売大神について
確認しておきましょう。
神社誌では祭神は
タギリヒメ命、イチキシマヒメ命、タギツヒメ命、ヒコホホデミ命、
ヒコナギサタケウガヤフキアエズ命、豊玉姫命、安曇磯良神
となっています。

和布刈神社の方では
比売大神、ヒコホホデミ命、
ウガヤフキアエズ命、豊玉比売命、安曇磯良神

です。これを単純に付き合わせると「比売大神=宗像三女神」となります。
しかし和布刈神社のHPでは「比売大神=天照大神」となっています。
HPの写真を見ると盤座に丸い浮彫があるのが見えます。
太陽だと思われます。
一時期、修験僧が入って大日如来を彫った可能性を考えました。
その時、比売大神が天照大神と習合したのではないかと想像しました。

比売大神についてはここでは確認だけして置きましょう。

まとめ
さて、この目の前の関門海峡、早鞆の瀬は一日に4回流れが変わります。
現代でも通行する船には潮流の変化を知る水先案内人が乗る事が
義務付けられているとか。
日々刻々変化していく潮汐の時間や地形が分かる人でないと通れない難所です。

古代ではこの潮を知り尽くしていたのが熊鰐の一族です。
熊鰐一族は洞海湾を中心に住んでいたのが分かって来ました。
彼らは神武天皇より前に住みついていました。
これについては、また後日、探索して行きましょう。

今回、和布刈神社に来て驚いたのは巨大な盤座だけではありませんでした。
安曇磯良を神功皇后が祀った事に大いに驚きました。
だって先月、風浪宮でも安曇磯良が祀られていたのを知ったばかりでしたから。
福岡の北と南に彼を祭ったのです。

これが意味する事を整理してみましょう。

干珠満珠の珠は潮の満ち引きや生死、津波を意のままにする宝珠であり、
アントン・イソラがその秘法を神功皇后に授けました。

安曇はアントン、アンドンと読んでいました。

イソラとはシリウス星の事です。
津波の到来を知るために筑紫で観測されていたのがシリウスでした。

水平線から昇るシリウスが天変地異を教えてくれたことから
安曇磯良は海底からフジツボだらけになって上って来る神という形になりました。
白い布で顔を隠すのは、夜空の中で一番輝いていて、
凝視すると眩しく感じるからだそうです。

c0222861_13515784.jpg

昨夜、夜空を見たら、12時過ぎのシリウスは東の空にあり、
キラキラと色を変えながら輝いていました。赤や青、白銀などなど形容が出来ません。
シリウスはじっと見ていると、意識があってこちらに語りかけて来るような錯覚を起こします。

そして、その上の方を見るとオリオン座が天頂を目指していました。
オリオンの三ツ星が住吉大神です。
三ツ星はこの時間は縦に並んでいました。沈むころには横に並びます。
旅する者には時間と方向を教えてくれる守護神です。

シリウスの化身の安曇の磯良をここに祀ったことは、
シリウスを守護星とした安曇族が関門海峡の制海権を持つ事を皇后が宣言した事になります。
これで安曇族が筑紫の海のすべてを制覇しました。

c0222861_1352299.jpg

しかし霊的な意味を考えると、
筑紫に津波が来ないように祈りを込めた結界であり、
外敵から国を守るための結界でもありました。

このあと神功皇后は豊浦宮を経て、近畿を目指します。
関門海峡はその西の門として安曇族と住吉族に守らせたのでした。
比売大神が三女神だとすると、宗像族もこれに参加することになります。

地図 和布刈神社 住吉神社





ときどき、ポチっと応援してくださいね。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2011-10-24 13:59 | 和布刈神社・めかり・北九州 | Trackback | Comments(14)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー