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カテゴリ:小戸大神宮・おど・福岡市( 3 )

おど



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たちばなの おどの あわきがはらに



みそぎはらえしときにあれませる



はらいどのおおかみたち



もろもろのまがこと つみけがれを



はらいたまえ、きよめたまえ



と まおすことのよしを



あまつかみ くにつかみ やおよろずのかみがみともに



きこしめせと かしこみかしこみも まおす




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by lunabura | 2016-05-01 19:49 | 小戸大神宮・おど・福岡市 | Trackback | Comments(2)

小戸大神宮(2)倭国の軍港・伝神功皇后の出港、帰国地


小戸大神宮(2)

倭国の軍港
神功皇后の出港、帰港地と言われる


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海中から引き揚げられた銅矛2本が神宝とされ、享保10年(1724年)福岡藩6代藩主黒田継高が社殿を建立しました。木製の剣や戈(ほこ)を奉納すると瘧(おこり・熱病)がなおると信仰されました。

この地を伊邪那伎の神が「みそぎ祓」をして、天照大神を生んだ「小戸の橘の檍原(あおきがはら)(『日本書紀』の地とする説もあります。

境内とその周辺には、神功皇后伝説にまつわる御腰掛石(安産石)や御膳立(おぜんだて)の海岸などがあります。近くには元寇防塁の跡も残っています。
               よかなび  福岡市
御神体は海中から引き揚げられた銅矛2本なんですね。
もしかしたら神功皇后が海に投入したのかなあ。
銅製の武器を奉納するのは彼女の祭祀法です。
もし想像が当たっているとすると、神功皇后は出港前に船べりから
航海の安全を願って銅矛を海神に奉納する神事をした事でしょう。
御神体はプロが見たら年代がすぐに分かるから鑑定があるといいですね。

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この二つの石は神殿の左にあった、「安産石」(御腰掛石)です。
これまで見かけた神功皇后の腰掛石と高さが似ていますね。
私はドルメン石かなと思ったのですが、真偽は分かりません。

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これは突起のある珍しい形の石です。
由来は分かりませんが、石柱で囲まれているので、よほど大事な石と思われます。

説明板にある神功皇后に関するものはほかに
神功皇后の三韓遠征の出発地で凱旋、帰国地とされるほか、大和朝廷が武内宿禰を筑紫の観察使としてこの地に派遣した。

姪の浜の地名の由来
神功皇后が三韓遠征の帰途、上陸の際、下着の袙(あこめ)がぬれたので砂浜で乾かした浜を「あこめのはま」と云っていたのがのちに訛って姪浜(めいのはま)になった。
   姪の浜歴史探訪観光案内図 
姪の浜という地名由来は聞いてはいましたが、この神功皇后の話と繋がるとは。
ここは出港地であり、帰港地だという伝承がある訳ですが、その伝承はあちこちにあります。
特に注目しているのは風浪宮の伝承です。
有明海から龍船が入って来て、安曇海人たちの末裔の記録も残り、
武雄市や久留米市などに帰国後の伝承が続きます。
さあ、どれが真実か。パズルを解くようで一つの楽しみです。

いずれにしろ、ここから倭国の軍船団が出港し、また戻って来た事は確実です。

これは、案内板にあった絵地図です。
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江戸時代の絵、「檍ヶ原の図」(『筑前名所図会』)で、この場所から見える景色が描かれています。
これを見ると能古島とか生の松原と今宿駅とか…。
つい最近、逍遥してきた場所が書いてあるではないですか。

こうして見ると生の松原も糸島も目の前なんですね!
航空写真と比較してみましょう。

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左から、伊都県主・五十迹手(いとて)が仲哀天皇を迎えるために船出した所と伝わる塞神社
壱岐県主・壱岐真根子を祀る生の松原の壱岐神社
皇后軍が出港して帰港したと言われる小戸の浜と小戸大神宮
竹内宿禰の出城があったと言われる愛宕神社の東。
記紀に出て来る人たちがそれぞれの位置を占めています。

ここは倭国連合軍の中心的な軍港だというのが見えて来ました。

後の時代には元寇を恐れて築いた防塁がこの近くに残っています。

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実際に見える景色はこれ。ヨットがちょうど出港していますが、
その向こうに見えているのは糸島なんですね。
1800年前もこんな静かな海を出港していったのでしょうか。
きっと太鼓や笛の音と櫓を漕ぐ声が勇ましく響き渡った事でしょう。

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そんな事を考えながら木製のウォーキングロードを歩いて戻ると、こんな大きな松。

そして、あれ、あんな所に鳥居が…。
という事で、次回は寄り道です。







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by lunabura | 2012-03-05 20:26 | 小戸大神宮・おど・福岡市 | Trackback | Comments(4)

小戸大神宮(1)筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐が原の候補地


小戸大神宮(1)
おど
福岡市西区小戸
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐が原の候補地

神功皇后の伝承のある小戸の浜に小戸大神宮があるので出かけました。
祝詞(のりと)に出て来るイザナギの禊(みそぎ)の場所とも言われる所です。
小戸ヨットハーバーがある所と言う方がピンとくる人も多いと思います。

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ナビは山の東側の方に導いてくれましたが、神社の山に登る入口は
通行止めになっていたので、そばの駐車場に車を置いて歩いて行きました。
小山をぐるりと反対側に歩いて行く形になるのですが、気持ちのいいこと!
海に突き出た小戸公園はラグビーやサッカーやバスケットなどなど。
いろんなスポーツをする人たちが場所を分かち合って自主練習をしていました。

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その隣はこんな渚です。

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振り返ると小山。この山に目指す小戸大神宮があります。

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鳥居を探しながら歩くと山の麓を半周してしまいましたが、
散策路の素晴らしさに遠廻りで良かったなと思うほど素敵な所です。
そして松林の奥に鳥居が!

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一の鳥居です。
そのそばに説明板がいくつかあるのでじっくりと読んで行きましょう。

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石段をいくつか上ると拝殿に出て、それから左右にある石段をさらに登ると神殿です。

まっしろな祠に赤い扉がとても瀟洒です。
御祭神は
天照皇大神(あまてらすおおみかみ)。
手力雄命(たぢからおのみこと)。
??幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)です。

珍しい組み合わせですね。
アマテラスが岩戸に籠ったとき、その戸を開いたのがタヂカラオですが、
??幡千々姫命は万幡豊秋津師姫(よろずはたとよあきつし姫)と同じ神とも言われ、
アマテラスから見たら、息子の嫁に当たります。

??幡千々姫はまた別に瀬織津姫とも言われ、
アマテラスの荒御魂(あらみたま)もまた瀬織津姫とも言われています。
瀬織津姫は祓い戸の四神の一人で、祝詞の中に読まれています。
水の神なので、この地にふさわしい女神ですね。

次は大祓の祝詞を訳したものです。
天つ神は天の岩戸を開いて祓い清め、国つ神は高い山から低い山まで祓い清め、風の神があまねく吹き渡って、残っている罪穢れはないかと祓い清め、早川の瀬にいる瀬織津姫がそれを大海原に持ち出して、大海原にいるハヤアキツ姫が呑み込んでくれる。

それを息吹き戸主の神が根の国底国に吹き飛ばして、根の国底国にいますハヤサスラヒ姫という神が背負ってさすらって無くしてしまう。

こうして罪という罪がないように祓い清めて下さいと、天つ神、国つ神、八百万の神々に申し上げる。 
ですから、ここに祀られた??幡千々姫は水の神として祀られているのかも知れません。
この三神の組み合わせは粕屋郡の伊野天照皇大神宮と同じです。

さて、小戸大神宮の由緒書きはこうです。(一部ひらがなに)
小戸大神宮は神代の昔、伊邪那伎命が御禊祓(みそぎはらえ)の神事を行われた尊い地であり、皇祖天照皇大神を始め、住吉三神、他神々が御降誕され、神功皇后の御出師および凱旋、上陸された実に由緒深い神社であります。
全国の神社で奏上されております祓詞の中に小戸の地名が入っております。


その祓詞を訳してみると
筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸の阿波岐原で
イザナギの大神が禊祓いをされた時に生まれた大神たちよ。
いろいろな災難や罪や穢れを祓ってください、清めて下さい。
とある、その小戸という地名がここに残っている訳です。

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禊祓いをするにふさわしい穏やかな美しい入り海です。
しかし、実はご祭神を見てアラっと思いました。
肝心のイザナギの命が祀られていない。
アマテラスが祀られているなら月読命やスサノオとの組み合わせの方がふさわしい。
そんな思いがしたのです。

次の文はイザナギの神生みのシーンのあらすじです。(再掲)

イザナギの大神は、亡くなった妻に会いに黄泉の国に行って、妻の亡骸を見てしまいます。
その腐りかけた姿を見て、驚いて逃げて帰ると、身を清めるために、竺紫(つくし)の日向の橘の小門の阿波岐(あはき)原に行きました。
そこで、身に付けていた服や杖などを脱ぎ捨てると、
そのたびに、神々が生まれ出て、十二神になりました。

それから、イザナギの大神は初めて瀬の中に入って行きました。
そして、中の瀬に潜ってすすいだ時に、十四柱の神々が次々に生まれました。
初めて中の瀬に潜って、すすいだ時に生まれた神の名は
八十禍津日(やそまがつひ)の神。
次に大禍津日の神。

神直毘の神。
大直毘の神。
次にイヅノメの神。

次に水の底にすすぐ時に生まれた神の名は、底津綿津見の神
次に底筒の男の命。

中にすすぐ時に生まれた神の名は、中津綿津見の神
次に中筒の男の命。

次に水の上にすすぐ時に生まれた神の名は、上(うへ)津綿津見の神
次に上筒の男の命。
(略)
左の目を洗う時に生まれた神の名は、天照大御神
次に右の目を洗う時に生まれた神の名は、月読の命。
次に花を洗う時に生まれた神の名は、建速須佐の男の命。
このシーンを読んで私の心に浮かぶのはやはり志賀島です。
志賀海神社の元宮がある所です。そこも小戸です。
そこにはイザナギの命が禊をした時に生まれた海の三神がそのまま祀られています。

やはり志賀海神社の三つの元宮が囲む海が原初ではないか。
そこは遠く海を隔てて誰も近づけない聖地なので、
こちらに二次的な伝承の場にしたのではないかという思いを強くしました。

次のリンクは 志賀海神社の三つの元宮を訪ねた記事です。

志賀海神社(2)沖津宮と小戸 海の神々が生まれた美しき聖地
イザナギの命が禊をした所だったよ
http://lunabura.exblog.jp/13586252/


志賀海神社(3)仲津宮 今も昔も航海の安全を祈る宮
浜辺の異世界へ、ちょっぴりトリップ気分
http://lunabura.exblog.jp/13596327/


志賀海神社(4)表津宮跡 祈りの原風景に出会った
http://lunabura.exblog.jp/13622832/


いずれにしろ、どちらもお勧めスポットです。(^o^)/

(つづく)

地図 小戸大神宮








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by lunabura | 2012-03-04 16:36 | 小戸大神宮・おど・福岡市 | Trackback | Comments(12)
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