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カテゴリ:安曇磯良( 3 )

イソラ元年から二年目



イソラ元年から二年目



昨年、「高良玉垂宮神秘書」に書かれた神を探るために、
全551条の内、81条を抜粋して、分類して訳しました。

その結果、玉垂命とはアントンイソラのことと判明しました。

アントンイソラを漢字で書けば安曇磯良となります。
それが夏の事。


そして、秋には出口容子氏の「よろこび神楽団」によって
「阿曇磯良」が創作され、志賀海神社の拝殿で奉納されました。


また、冬には藤枝守氏の現代神楽「甕の音なひ」が
住吉神社能楽殿で演じられました。
これも、安曇磯良をテーマとした創作神楽です。


また、宮地嶽神社でもついに秘舞の磯良舞が。
これはアメリカでも舞われました。




私。
夏には九州大学で「安曇磯良」の話をし、

秋には志賀島公民館の歴史講座で「高良玉垂宮神秘書」を解説し、

神秘書の中で主祭神が安曇磯良から武内宿禰、そして住吉神へと
変遷していった歴史とその背景をお話しました。




そして、今年。

先日、二つの神楽のDVDが立て続けに送られてきました。
昨年こそ、イソラ元年だったのですね。







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真実の歴史を言っても、日本の国の中では動かない。
世界に発信し、日本へと逆輸入させようという動きも生まれています。

神のギフトは人間の想像を超えるもの。

目の前に来た事、そして、心から生まれて来たものを
ひとつずつ、完成させていこう、と思いを新たにしています。






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by lunabura | 2016-06-05 22:21 | 安曇磯良 | Trackback | Comments(4)

磯良の死


螺旋階段を登っているのか、降りているのか。

本格的にお籠り状態になりましたが、またもや新たな発見が。
あの磯良は大善寺玉垂宮(久留米市)で亡くなっていました。

そうすると、風浪宮(大川市)に磯良塚があるのも、本物の可能性が出てきました。
志賀島を経った8人の海士のうち、一人だけが志賀島に戻り、
残りの7人は大川市に定住したのですが、それが謎でした。

帰ろうと思えば帰れたのに。
風浪宮は国際港ではあったのですが、7人がみんな留まった謎。

そして、今日、大善寺玉垂宮を見直していて、藤大臣(玉垂命)がそこで亡くなったという記事を見つけて、
すべての謎が解けました。

阿部=藤。 阿部高麿・助麿は藤高麿・助麿とも書かれているので、
同じ宮地嶽神社の祭神なのですね。

その中央に座する阿部相丞(しょうじょう)。阿部大臣という立場の祭神です。
阿部=藤なら、藤大臣と書かれていても同じことだと、ようやく分かったのです。

実は、うすうす感じていたのは、磯良が神功皇后の招聘に応じたくなかった理由。

最初は豊玉姫の件があったのだろうと思っていたのですが、
阿部高麿・助麿が二人とも忌宮神社で討ち死にしていることから、
その父が阿部相丞ではないか、そしてそれは磯良か磯良の兄弟だろうと想像し始めていました。

で、思いがけず、大善寺玉垂宮の「藤大臣=玉垂命」という一文から、
磯良が国乳別命三潴に送り届けて高良山まで行き、戻る途中で客死ということが判明。

結論だけでは分からないと思いますが、宮地嶽神社の本と神功皇后の本を同時進行で書いた結果、
ミッシングリングは繋がったのです。



ここまで書いていたら、友人から電話。
「宮地嶽神社の古墳、入ったことありますか~?」

一瞬、訳が分からなくなってしまいました。
シンクロもここまで有り?

もちろんですね。
だって、その古墳の事、本に書いてるんだもん。

今日はその福津市に虹が掛かっていたというコメントも。

螺旋階段のように、あちこちに行きながらも、一つの方向に進んでいるのが分かりました。
歴史だから降りているんだろうか、それとも未来に登っているのだろうか。

3世紀と21世紀を行ったり来たりした一日でした。

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大善寺玉垂宮



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by lunabura | 2014-07-30 22:05 | 安曇磯良 | Trackback | Comments(2)

安曇磯良・アントンイソラ・シリウスの化身


安曇磯良
アントンイソラ
シリウスの化身 

志賀海神社の御縁で再会した旧友に、今日ゆっくりと会って来ました。
御土産に御祭神の安曇磯良の記事を持って行きました。

安曇磯良(あずみのいそら)は、神功皇后を船に乗せた縁で福岡の各地に祀られています。

そこで安曇磯良の過去記事のリンク表を作りました。
既に読んだ方も多いと思いますが、時系列を追って読み直すと
筑紫の古代がまた違う角度で見えて来ると思います。

志賀海神社 (しかうみじんじゃ)
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元宮のある小戸―ここで神々が生まれた

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鞨鼓の舞 (かっこのまいー境内にあった御神幸祭の写真)


志賀海神社(7)安曇磯良・アントンイソラ
http://lunabura.exblog.jp/17635971/




志式神社(ししきじんじゃ)

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竹内宿禰に頼まれて干珠満珠を海神に貰いに行くが…
この宮だけに伝わる神楽の演目 磯良舞

志式神社 (Ⅲ) 夜神楽を見て来ました。
「早魚舞(はやままい)」―乙太夫の天神尋ね
http://lunabura.exblog.jp/13063172/





風浪宮 (ふうろうぐう)

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本殿にある磯良像

風浪宮(1)たらしーおきながたらし
http://lunabura.exblog.jp/16855625/


風浪宮(2)あずみー阿曇磯良ー安曇目
http://lunabura.exblog.jp/16860839/





大善寺玉垂宮 (だいぜんじたまたれぐう)

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本殿

大善寺玉垂宮(4)高良玉垂神とはアントンイソラか
http://lunabura.exblog.jp/16811279/







高良玉垂宮
(こうらたまたれぐう)
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縁起絵巻の中央に描かれる安曇磯良 亀に乗って顔は白布で覆って鼓を持っている


高良大社(6)玉垂宮の縁起は志式神社の神楽とつながった
http://lunabura.exblog.jp/16218474/






和布刈神社 (めかり)

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(神殿と九州最北の磐座)

和布刈神社(2)和布刈神事と干珠満珠の秘法
http://lunabura.exblog.jp/17022180/




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by lunabura | 2012-08-16 21:19 | 安曇磯良 | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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