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カテゴリ:「五」と「八」の謎( 3 )

太宰府―大分―大保


太宰府―大分―大保


「五」と「八」の謎のコメント欄で問答中の「太宰府・大分・大保」が
『晋』の時代の天子に関わる官職名「太宰・太傳・太保」を
反映している可能性はないかという話題になっているので、
福岡県外の方も分かるように、地図を出しておきます。

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大分-太宰府―大保



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砥上山と夜須と松峡宮



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太宰府と太宰別府(赤司八幡宮)


そういえば、赤司八幡宮は太宰別府でした。
詳しくはサイドバーからどうぞ。

桜もちさん、取り敢えず地図を出しておきます。
また、ひらめきや疑問があったらどうぞ。

カテゴリは「五」と「八」の謎に入れておきます。

「コメントまとめ」にはきりんさんの太宰府論があるので、併せてご覧ください。



このお話は 『「五」と「八」の謎』の つづきです。
http://lunabura.exblog.jp/19692168/




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by lunabura | 2013-03-25 23:50 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(14)

「五」と「八」と「PM2.5」の妄想編


「五」と「八」と「PM2.5」の妄想編


今日はいきなり妄想コーナーですよ。

渡来人の進入ルートとPM2.5の侵入ルートは似ているかもしれない。
そんな「とんでも妄想」です。

これは福岡県のHP。

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上は3月19日。昨日のデータ。
福岡県の北部からだんだん赤色が増えて来ています。赤色は「36」以上になった事を示しています。
この日の夜、外に出ると煙っていて濃霧が発生したかと思ったけど、そうではなくてPM2.5の煙霧だった。 (・.・;)   北から来るのは「五の民」と同じルート?


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これは3月17日 。PM2.5の36超えを見ていると大牟田や柳川から赤くなり始めて、筑後川沿いに北上。
小郡や太宰府を染めつつ、山越えして周防灘に抜けたか。
「八の民」と同じルート?

何でも古代に結びつける、るなさんでした。



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こうして地図を見ると中国も意外に近い。
揚子江が洪水になると、ゴミの山が九州に漂着するのも納得。
韓国のゴミはもちろん北部沿岸に辿り着く。

幸運な古代船は海流と風任せでも九州に辿り着いただろう。


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こうして逆さにして見ると、
仲哀天皇が豊浦宮(下関市)から香椎宮に遷宮したのは、最前線に出て来たというのがよく分かるし、
豊浦宮から佐波に移動したのは避難したということもよく分かる。

以上、「五」と「八」の進入ルートとPM2.5の侵入ルートはよく似ているという妄想でした。
 (-。-)y-゜゜゜


このお話は 『「五」と「八」の謎』の 付録です。
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by lunabura | 2013-03-20 20:46 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(2)

「五」と「八」の謎


「五」と「八」の謎


「五」と「八」について、
若八幡神社(2)のコメントにあった質問の返事をこちらに書きます。
質問はこうです。

Q:ところで、上のコメント中の
『北からは五、南からは八。シンボルはそんな数らしいです。』とは何でしょうか?
何かの民族のシンボルなのでしょうか?
ものすご~く気になってしまって、、、。
すみません、よろしければ教えてくださいませ(^^


A:「五」と「八」の話ですね。
真鍋大覚が、そんな言葉を一行だけ、さらりと書いているんです。

この「五」と「八」については、にゃん友さんの言われるように、
民族のシンボル案も含めてずっと考えているところです。

例えば、伊都県主(あがたぬし)の五十迹手は「いそとて、いとて」で、
「五」がついています。

神夏磯姫も「磯」をうっかり誤変換したら「五十」が出てびっくり。
烏賊津使主(いかつおみ)も「イカ」は「五十日」という字が正しそう。

これらは中東から朝鮮半島経由で渡来した人と考えられないかな
と考え中です。


それに対して、「八」は
「八幡」「八雲なす出雲」「八十物部」(やそ)などに使われます。


八幡はハチマン。ハッティのことだと真鍋大覚は言います。
ハッティの英語読みはヒッタイトです。
昨年、鉄の起源はヒッタイトより遡るという記事が出ていましたね。

大分県の藤重遺跡には縄文の製鉄遺構があると新聞で読みましたが、
ネットで確認すると、縄文の字が消えていた…。
(何か書けない事情があるのかな…。(・.・;)

出雲と八幡はもともと一つだったのが、
憚られている内に互いを忘れてしまったようなニュアンスの話も大覚は書いています。
これに隼人が絡んできます。
これらの話はかなり衝撃で、しかも追及心をそそるのですが、
謎解きをするには私はまだまだ力不足です。

景行天皇も羽白熊鷲も冶金技術が優れた系統だということで、
鉱山を巡る戦いが日本でも起こっていたと考えています。

私はブログで景行天皇という表記をしていますが、
これは、長い名前を覚えて書くのが面倒くさいという理由で、
当時は天皇という言葉はありませんでした。

「五」や「八」の人たちがそれぞれクニを作っていた時代で、
景行天皇もそんな中の一つのクニの王だったと考えています。

ところで世界に目を向けると、人類は銅の後に鉄を手に入れるのですが、
銅の東への伝播に鉄の伝播が追い付いて、
日本へ入ってきた時には同時だったと言われます。
何故なら鉄の需要がとても大きかったからです。

銅の民や鉄の民が中東から東へ向かう時、
中国から朝鮮半島経由が「五」、
そして中国からダイレクトが「八」。
こうした渡来ルートが「五」と「八」というシンボルで解けないかな、
と考えている最中です。

今のところこんな理解です。
答えになりましたでしょうか。 (^-^)

元の記事はコチラです。

若八幡神社(2) 神夏磯姫と香春岳と新羅
http://lunabura.exblog.jp/16643803/





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by lunabura | 2013-03-18 22:40 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(34)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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