ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:八乙女( 1 )

八乙女


八乙女

るなさん、高良大社神幸祭の絵に、志賀海神社の山誉め祭りに出てくる
「八乙女」の姿がありましたが、何か繋がりがあるんでしょうか?

という質問があったので、今回は八乙女シリーズです。
答えはもちろんYESです。

まずは高良大社神幸祭の行列の絵

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右の方に八乙女が参列しています。赤い袴ですね。
その前の方には前回話題になった鷹鳶神人が鷹の羽を冠に挿しています。

この八乙女は高良山縁起絵巻にも描かれています。


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画像が鮮明でないなら掲載してよいとのことで、暗いままの写真です。
八乙女は右の方に同じ赤い袴で雅に舞っていますね!
海辺です!
八乙女たちの視線は左の赤い丸の中の磯良神に向けられています。
イソラ神は亀に乗って白布を顔につけています。

イソラ神の上に描かれているのが武内宿禰。
その左に海から上がっているのが豊姫です。緑の丸の中です。
海神・玉垂神から干珠満珠を貰って、武内宿禰に渡しているシーンです。



次に大善寺玉垂宮の絵巻。

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これはネットで公開されていますが、映像がぼかしてあります。
左の丸が磯良神でしょう。右の浜辺で舞っているのが八乙女。
赤い袴です。
豊姫と竹内宿禰は右下に描かれています。(緑の丸)

こうして比較すると高良玉垂宮と大善寺玉垂宮は同じ縁起を伝えています。




そして、その現場が志式神社の奈多の浜。

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ここです!
水も美しいですね!
この海から豊姫が戻って来て竹内宿禰に干珠満珠を渡します。



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これは志式神社の神楽「磯良舞」。
豊姫が海神・玉垂命から干珠満珠を授かるために舞を舞っているシーンです。




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そして、八乙女は志賀海神社で今も舞い続けています。


こうして
志賀海神社 - 志式神社 - 高良玉垂宮 - 大善寺玉垂宮は

海神・玉垂命、安曇磯良、八乙女、豊姫、竹内宿禰、神功皇后という
神や人を通して深く繋がっていました。

この『ひもろぎ逍遥』の旅はこれを知るためのものだったと
思い起こす度に不思議な気持ちになります。


さて、私にはまだ知りたい事があります。
それは「八乙女」は元々志賀島の人たちだったのだろうかという事です。

撃鼓神社(げっこ)にあるように、
仲哀天皇と神功皇后は神楽人を連れて豊浦宮から香椎宮に遷宮していて、
撃鼓神社の神々に神楽の指導を受けています。

私はこの八乙女は天皇家所属の神楽人であったのが、
この時、志賀島に残った可能性はないかとずっと考えているのです。

あるいは、その舞を八乙女に伝授したのか。
それは八乙女の八家に伝わる厳重なしきたりに手掛かりがあるかも知れません。

「山誉め神事」そのものは、神功皇后がこれを見て、
「波が途絶えるまで伝えよ」と言ったのですが、
八乙女の舞は神事とは別のものではないかと見ています。

誰か分かる方いないかな…。
氏子のリュースケさん、パソコン見ないと言ってたもんなあ。



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by lunabura | 2013-04-12 21:46 | 八乙女 | Trackback | Comments(3)
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