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カテゴリ:咲くやひめの里( 5 )

糸島の東に祀られている御毛沼命・神武天皇の家族が大集合



糸島の東に祀られている御毛沼命

神武天皇の家族が大集合



福岡市西区 周船寺



ヒコホホデミ命(山幸彦)は糸島の主要地に祀られ、
大神とも言える存在だったことが分かって来ました。

ヒコホホデミ命は天津神と国津神の縁結びで生まれたのですが、
悩みを抱えて海神・豊玉彦を訪ねました。そこで出会ったのが豊玉姫

二人はすぐに結ばれますが、ヒコホホデミ命は三年経つと自分の国に戻ってしまいます。
懐妊していたことに気づいた豊玉姫は夫の後を追いました。

しかし、何の事情があったのか、赤ん坊を残して自国へ戻って行きます。
その赤ん坊の名前がウガヤフキアエズ命

その事情を神話では、亀の姿に戻って産んだのを見られたからだとありますが、
妹の玉依姫は亀に戻らなかったらしく、何事も起こっていません。

この辺りに隠された裏事情があるのでしょうが、現代からそれを推し測ることは困難です。
(「ワニ」は一般に鰐やサメと訳されますが、るな的口語訳では亀と訳しています。
「ワニ」=バニ・マニ。太占・フトマニのマニ。例:亀の甲の占い)

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玉依姫は姉の子を育て、そして二人は結ばれます。

今日は玉依姫とウガヤフキアエズの命の間に生まれた四人の子の内の一人の話です。
その名は御毛沼命(みけぬのみこと)。

あれこれと書くより、『古事記』を読みましょうね。
(ヒコホホデミ命は古事記ではホオリノ命となっています
玉依姫
 玉依姫は海の神さま大綿津見(おおわたつみ)の神の娘です。
姉の豊玉姫(とよたまひめ)と共に綿津見の宮に住んでいました。

姉の豊玉姫が日の御子のホオリノミコトと結婚してから、三年でホオリノミコトが地上に戻りました。姉の豊玉姫も後を追って綿津見の宮を離れました。子供を出産するためです。

 ところが、子供を生み終えると、姉上は一人で綿津見の宮に戻って来ました。出産するときに本来の姿を見られてしまったために、帰って来てしまったのです。
 姉上はこちらに帰って来たものの、夫が恋しく、また残して来た子供が気がかりでした。そこで、妹の玉依姫が子供の養育係として、行く事になりました。

 こうして葦原の国に行った玉依姫は姉の子のウガヤフキアエズノミコトを育てました。そして、この子が成人すると、二人は結婚をしました。二人は伯母と甥にあたります。

 二人の間には四人の子供が生まれました。
子の名は五瀬命(いつせのみこと)。稲氷命(いなひのみこと)。御毛沼命(みけぬのみこと)。若御沼命(わかみけぬのみこと)です。

 長男のイツセノミコトは一番下のワカミヌノミコトと共に、この国を出て、東に新たな国を作るために出かけて、途中で戦死しました。
 二番目の子、イナヒノミコトは亡き母の国へと海原にお入りになりました。

三番目の子、ミケヌノミコトは波頭を踏んで常世(とこよ)の国に行きました。そこは不老長寿の国と言われています。

一番下のワカミケヌノミコトは別名、トヨミケヌノミコト、またカムヤマトイワレビコノミコトとも言います。イワレビコノミコトは兄のイツセノミコトと共に日向を出て、東に向い、大和を平定して初代の天皇になりました。神武天皇と言います。                 
(古事記 ウガヤフキアエズの命の巻より)

『古事記の神々』の方に掲載している分です。

玉依姫の四人の子。
長男の五瀬命と四男の若御沼命は日向を出て東征します。
二人の名は、遠賀郡芦屋町の神武天皇社に揃って出て来ます。

二男の稲氷命は亡き母の国へ行ったとあるので、壱岐対馬に行ったのかと、ふと思いました。

で、驚いたことに、三男の御毛沼命を祀る神社がかつての糸島に二社もあったのです。

飯石神社 周船寺村大字飯氏字大屋敷
    祭神 御食入沼命

三所神社 周船寺村大字千里字石仏
   祭神 天津日高彦火火出見命、豊玉姫、御毛入沼命

漢字表記が少し違っていますが、同じ神です。今回は御毛沼命で統一表記します。

二社の住所を見ると、どちらも周船寺です。
どうして、ここに御毛沼命が祀られているのでしょうか。

近くの神社を見回すと、飯石神社から約2キロの所に産宮神社があります。
そう、今回の糸島シリーズで最初に参拝した宮です。
そこに、祀られていたのは
奈留多姫命 玉依姫 ヒコナギサタケウガヤフキアエズ尊

玉依姫の四男は奈留多姫と結ばれて、綏靖天皇を生んでいます。
綏靖天皇の母にはホトタタライススキ姫という好ましくない名前がついていますが、
これは製鉄の暗号が込められていました。

ふと、ホトタタライススキ姫の名が奈留多姫かもと思ったのですが、
思いつきにすぎません。

産宮神社で推定した系図に神武四兄弟を加えてみます。

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こうして見ると、周船寺を中心に家族が入り乱れるように祀られているのが分かります。

近くには豊玉姫の上陸地と思われる志登神社があり、
歩いて行ける範囲に祀られている妹、夫、子供、孫たち。

このように濃密に祀られているとしたら、
ここに神武天皇の家族のクニがあったと想定できるかもしれません。
それを「日向」と言うのでしょうか。

三男の御毛沼命が糸島に残り、長男が四男と共に東征。
二男は母方の国の跡を継ぐ。

そんなストーリが考えられます。
全く想定外の話が生れてしまいました。

当地はもう少し、時間をかけて調べる必要がありますね。
結論を急がず、じっくりと調べて行こうと思います。



<このはなさくや姫の里>シリーズ 12
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by lunabura | 2013-12-28 20:00 | 咲くやひめの里 | Trackback | Comments(5)

糸島 国津神と天津神の戦いと融合


糸島
国津神と天津神の戦いと融合

ニニギノ命と木花開耶姫の分布
一刻も早く結論が見たくて、福岡市広域図に四色の付箋を張り付けることにしました。
付箋を貼ろうとすると、地図には既に神社の祭神がびっしりと。
かつて、自分で沢山書き込んでいました。 (*_*;
地図は折り目が切れてしまい、何度もテープで補修した跡が茶色に変色。
そのテープがはがれたので、今回、また貼り直しました。

   私、いったいいつ、どうやって調べたんだろ。
   かつて、糸島を調べようとしていた頃があったんだ。
   日付を見ると二か月の間に四回も行っている。
   またもや、忘れとったあ…だ。

当時の私は神々の名が覚えられなかったけど、どうしても知りたかったんですね。
でも、何を知りたかったんだろう。
それから、十年以上経って、再び糸島を調べています。

地名がどんどん変わるので、昔の地図は捨てられません。

『福岡県神社誌』には「今宿村」がありました。
今は福岡市になっていますが、かつては糸島郡だったんですね。
糸島郡として考えると、位置関係がようやく理解できるようになりました。

五十迹手はここから船を出して、仲哀天皇を迎えに北九州まで航行しているんです。
今宿村が糸島郡でないと、るなには古代世界が描けないのです。

天津神と国津神
さて、今回のテーマは、四神を色分けして地域的に隔たりがあるか調べることです。
四神とは ニニギノ命(黄色)ヒコホホデミ命(青色)<天津神>
木花開耶姫(ピンク)大山津見命(青の柄)<国津神>
です。

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これがボロボロの地図に付箋を貼ったもの。
どうですか?
黄色が明らかに北西部に集中しています。黄色はニニギの命です。17社。
ピンクがと柄物が東南部に広く分布しています。
木花開耶姫(5社)と大山津見命(4社)です。
大ざっぱに見ると、里と山に分かれています。
ニニギの命信仰の人たちは糸島水道の西側を中心にムラを形成しているのが分かります。
中心は一貴山(いきさん)。
明らかに船を操る人たちです。そこが天津神たちの里と考えられます。

それに対して、大山津見命と木花開耶姫は東と南の山に偏っています。
しかし、その分布がまばらなので、大山津見命の根拠地は
もっと東南の山にありそうな気配です。国津神の里です。

ブルーはヒコホホデミ命。8社。全体にまんべんなく分布しています。
これは『古事記』にあるように、天津神と国津神が縁結びをして、ムラが融合。
その結果、生まれた子が全体に祀られるようになったと解釈しました。

そこで、ブルーのヒコホホデミ命を外したら、天津神と国津神の融合する前の時代が
浮き上がるのではと思って、取ってみました。

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やはり、黄色 対、ピンク・柄が対立しています。
天津神 対 国津神 の構造です。
国津神が山を中心に住んでいて、のちに天津神が海から入って来ているように思われます。
これら四神は志摩半島の北部には全く分布していませんでした。

また糸島水道の南の中央部に分布していないのは、当時まだ干潟だったからと思われます。
そこにわずかにある微高地に弥生の遺跡が残っています。
邪馬台国の時代、糸島の水位は現代より1~1.5m高かったそうですから、
さらに古い時代、海水はかなり奥まで湾入していたと思われます。

細石神社で考察したように、「コノハナサクヤ」も、「イワナガ」も、
あるいは「土で塗り込めた産屋」も製鉄の暗号でした。

そこで、推測したのですが、
国津神はもともと干潟の葦でスズ鉄を生産していたのではないでしょうか。
そこに天津神が良質の砂鉄があるのを発見して入植した。
天津神の方が武力で勝っていて、一時は戦いもあったが、両族は縁結びする事で融合した。

そんなイメージが浮かびました。
宇美八幡宮の麓の縄文村を思うと、国津神とは縄文人のことではないでしょうか。
のちに支石墓の下に縄文人が埋葬されるのも、これなら話が上手く繋がります。


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ニニギの命を祀る神社は17社もあったのですが、木花開耶姫と一緒だったのは、
伊覩神社(いと)だけでした。
そこには、のちに五十迹手が近くの神社から合祀されています。
その場所は高祖山の山脈の北の端です。
東に行けば、もう海です。
この辺りが、二神の縁が結ばれた場所と想定してもいいのかも知れないなあと思いました。

新たな謎
さて、砂鉄の場合は森林を伐採しないと製鉄が出来ません。
志摩半島が一度は丸裸になってしまったのが、地名から分かっています。
Kさんのメールの指摘で気付いたんですが、森林伐採には五十猛の存在が絡んできます。
その神も糸島にはいくらか分布しています。


このほか、祭神の分布を調べていると、
ニニギノ命と菅原神がセットで祀られている神社が8社もありました。
菅原神が祖神の天穂日神と祀られている神社も弐2社ありました。

天穂日神が冶金の神で、道真公信仰の裏には鉄の存在が見え隠れする話は何度かしました。
しかし、この糸島でニニギノ命と強固に結びついているのを見て、
まだ知らない側面があるのだと新たな謎が生まれました。

また、神社の祭神の分布と支石墓や甕棺墓の分布がどう関わるのか、
興味深いテーマも生まれました。
誰か、地元の方、研究してくださいませ ( ´艸`)

そうそう、豊玉姫と玉依姫の分布とか。
スサノオとイソタケルの分布とか。
テーマが沢山ありますよ。

るなさん、さらに新たに気になる事があるので、次回考えます。
それは神武天皇の兄弟の件です。

<このはなさくや姫の里>シリーズ 11
シリーズで読む時は、すぐ下の#<このはなさくや姫の里>から入ると、
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by lunabura | 2013-12-23 18:26 | 咲くやひめの里 | Trackback | Comments(4)

さくや姫とニニギノ命さがし


さくや姫とニニギノ命さがし

前回、糸島のメインの山々にはヒコホホデミ命が祀られているのが分かりました。
今度は平地の神社を調べてみようと思います。
参考書は『福岡県神社誌』。
ターゲットを含む神社だけ、リストアップです。
地味ですね~。

ターゲットは大山津見命、木花開耶姫、ニニギノ命、ホホデミ命

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作業は時間がかかるけど、見るのは一瞬。
論文ではないので、漢字表記はテキトーに変えていきます。

なんと、この時代はまだ村があるんですよ。
人々の暮らしが浮かんできそうです。

( )に入っているのは、合祀したり、境内社だったりします。
ま、合祀したとはいえ、もともと近くにあったものですね。

***

可也村 
志登神社 豊玉姫神、和多津見神、ヒコホホデミ神、息長足姫神、竹内宿禰神
稲留神社 天照皇大神、ニニギ命
若宮神社 木花開耶姫命

元岡村
天降神社 ニニギノ命
太郎丸神社 イザナギ命、ニニギノ命、イザナミ命、埴安命

前原町
天降神社 ニニギノ命
神在神社 ホホデミ命、埴安命、菅原神

今宿村
八雲神社 スサノオ命、櫛稲田姫命、大己貴命、ウガヤフキアエズ命、玉依姫、豊玉姫、大山積神木花咲耶姫神、埴安神

怡土村
高祖神社 天津日高彦火々出見命、玉依姫命、息長足姫命、天照皇大御神、豊受神
細石神社 木花開耶姫命、磐長姫命
染井神社 熊野三柱大神、豊玉姫命、彦火火出見尊 息長足姫命、玉依姫
白木神社 五十猛命(大山祇命

周船寺村
伊覩神社 木花咲耶姫命ニニギノ命、(伊覩県主命) 
三所神社 天津日高彦火火出見命、豊玉姫、御食入沼命

雷山村
雷神社 火雷神、彦火火出見尊、香椎大神、住吉大神、応神天皇、(級戸辺命、住吉大神、志賀大神)
託杜神社 ニニギノ命、イザナミ命、イザナギ命、埴安命
     (ウガヤフキアエズ命)(ヒコホホデミ命)(木花開耶比売命

長糸村
宇美八幡宮 仲哀天皇、誉田別天皇、気長足姫尊、玉依姫尊、(ニニギノ尊)(大山祇命
熊野神社 イザナミ尊、速玉男命、事解男命、大山祇命
天降神社 ニニギノ命、菅原神、(気長足姫命)、(誉田別尊、菅原神)
川上六所神社 イザナギ命、イザナミ命、(ニニギノ命)、(玉依姫命)、菅原神、埴安天神

小富士村
引津神社 天津日高彦穂瓊瓊杵命、イザナギ命、イザナミ命

一貴山村
天満宮 ニニギノ命、菅原神、(イザナミ尊、速玉男命、事解男命)
宝満宮 玉依姫命、ヒコホホデミ命、(菊理姫命)
天降天神社 天日高彦火瓊瓊杵尊、菅原神
天降天神社 ニニギノ命、菅原神、(速玉男命、イザナミ尊、事解男命)(ニニギ尊、イザナギ孫、イザナミ尊)
八坂神社 スサノオ尊、天照大御神、誉田別天皇、(熊野三所大神)、イザナギ尊、ニニギ尊、イザナギ尊、菅原道真
十六天神社 ニニギ尊、イザナギ尊、イザナミ尊、菅原神

深江村 
天満宮 大日高日古火瓊瓊杵尊、菅原神

***

全部で103社を調べました。
ターゲットを祀る宮がとても多く、結構時間がかかりました。

他の地域をこのようにローラー式で調べていないので、比較が出来ないのですが、
第一印象として、天孫降臨の時代の神々がとても多いと思いました。

イザナギ・イザナミ神が多いですね。
また、菅原道真公を祭る神社も思いがけず、多かったです。
磐長姫は細石神社以外は全くありません。

ターゲットを色分けしました。
大山津見命木花開耶姫ニニギノ命ホホデミ命
色でざっと見渡すと、偏(かたよ)りがありそうですね!(これが狙い)

時代は違いますが、誉田別天皇が意外に多く祀られていて、
雷神社以外は応神天皇とは書かれていなかったんです。
(誉田別天皇と応神天皇は何故か同一人物となっています)

これを見て、糸島には八幡信仰が余り入り込んでいないのではないかと思いました。
言いかえれば、八幡信仰による上書きがされていない点で、
原初のままの祭神が伝えられている可能性が高いということです。

福岡でも東部はずいぶん書き換えられている印象が強かったので、
糸島は古代の姿をよく残しているのかもしれません。

豊玉姫・玉依姫も散見されます。
この女神たちは次世代になるので、今回はターゲットからはずしているのですが、
リスト以外にも数多く祀られていました。
別の機会に調べる事にしましょ。

今回はここまで (;一_一)

この後、地図に分布を色分けして載せてみようと思ってます。

ほら、見るのは一瞬でしたね。 (^-^)



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三坂神社から見える糸島の平野と高祖山

糸島市





<このはなさくや姫の里>シリーズ 10









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by lunabura | 2013-12-21 14:51 | 咲くやひめの里 | Trackback | Comments(0)

ヒコホホデミ命が糸島の山にはズラリと


ヒコホホデミ命が糸島の山にはズラリと


コノハナサクヤヒメの子を自分の子ではないだろうと疑ったニニギの命。
そして、二人の間に生まれたヒコホホデミの命

糸島市の中で、その三神の足跡はどうなっているのか、
神社の祭神の分布を調べる事にしました。

ニニギの命のムラがどこかにあるか、
それは神社の祭神の分布の偏りが教えてくれるかもしれないと思ったからです。

まず見つかったのは宇美八幡宮でした。(前回、前々回)


そして、再び高祖山を見ると、そこに祀られているのはヒコホホデミ命。
この写真のピークが高祖山です。


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ピークから左になだらかに稜線がくだっていきますが、この写真の中央辺りが紅葉していました。
赤や黄色と緑が混じり合って、これこそ錦織のようだと思ったんです。
光量が足らずに撮れてませんが (´・ω・`)


その色の美しさから、染井山付近ではないかと思いました!

この時、思い出したんです。あの万葉歌を。

「山辺の 五十師の御井は おのづから 成れる錦を 張れる山かも」(3235番)

(山の辺の 五十師(いそし)の 井戸は 自然と 赤く染まった錦を
張り巡らしたように 紅葉した山にあるよ)

まさに、ぴったりの光景なんですね。

そこには神功皇后がウケヒで鎧を紅く染めたという井戸の伝承がありましたが、
この一画だけ美しく紅葉しているようすを見ると、この万葉歌がオーバラップしてくるのです。

この歌が当地を詠み込んだものだと発見したのは正木裕氏です。
それまでは、伊勢国の歌と思われていたらしい。

この日、11月下旬、ようやく紅葉し始めた山を見て、ますます間違いないと思いました。

これには長歌が続き、糸島の美しい山や里の光景と重なり合ってきます。
それはコチラに。
染井の井戸 ウケヒで鎧が赤く染まった 万葉歌に詠まれた光景
http://lunabura.exblog.jp/17584678/



さて、本題に戻りましょう。

その染井神社の祭神は
熊野三柱大神、豊玉姫命、彦火火出見尊 息長足姫命、玉依姫
でした。ここにもヒコホホデミ命が祀られています。

高祖神社 
祭神 彦火々出見尊、玉依姫命、息長足姫。

で、もう一つ糸島で秀麗な山・雷山。
雷神社
祭神 火雷神、彦火々出見尊、香椎大神、住吉大神、応神天皇ほか

じゃ~ん。

糸島で目を引く山にはヒコホホデミ命がずらりと祀られていたことが分かりました。(@_@;)
これは如何なることじゃ?

彦火々出見尊=山幸彦

糸島の山々は山幸彦に上書きされている?
天孫族の勝利宣言に見えてしまうのは邪推でしょうか。


c0222861_2118413.jpg

これは一枚目の高祖山の写真と同じ日、三十分前に撮ったもの。
雷山の頂上は雲の中。

(ヒコホホデミ命が祀られている高祖神社、染井神社、雷神社。
どれも、ガイドブックで紹介しています。
ということは、神功皇后も挨拶・祈願に行った山々なのですね。
案内したのは五十迹手(いとて)のはず)

伊都国が全く別の顔を見せてくれ始めました。


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雷神社、11月中旬のようす。(ガイドブックでボツになりそうなので、こちらに掲載 (+_+))


<このはなさくや姫の里>シリーズ 9





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by lunabura | 2013-12-19 21:19 | 咲くやひめの里 | Trackback | Comments(0)

このはなさくや姫の里


このはなさくや姫の里


今、伊都国から木花開耶姫に関するものを調べ始めた所です。
記事を書く時間がとれませんが、少しずつ続きを書いて行きたいと思っています。

細石神社から始まったこのテーマですが、カテゴリ分けではたと困りました。
基本は神社の名前でさっとサイドバーから入れるようにしているのですが、
これから先、あちこちの神社を取り上げる事になるので、
シリーズとしてネーミングすることにしました。
先日、胸に浮かんだ言葉は「このはなさくや姫の里」。

伊都国とコノハナサクヤ姫の組み合わせは想像したこともなく、
今だに不思議でしかたがないのですが、
どんな伝承が育まれたのか、時間をかけて見て行きたいと思いました。

そんな折。
本日は、三人からこれに関する話があったので、びっくり。
イニシャルを使って紹介しようとしたら、三人ともKさん。 (+_+)
K1,K2,K3とすることにしました。

K1さん。
ニニギの命の神社をメールで教えて下さいました。
神社に呼ばれるという方で、先日もニニギの命の神社に呼ばれたとか。
私もチェックしていた神社なので、いずれ参拝したいと思います。

K2さん。
糸島の各地に巨大な磐座がいくつかあって、地元の人たちに忘れ去られていると
電話がありました。
私の方から「細石が砂鉄で、木花開耶姫の土の産屋がカマドを象徴している」
という話をしたら、宝満山の話になりました。
宝満山はもともと竈門神社というのですが、桜の紋だそうです。
玉依姫が天武天皇(?)によっ上書きされる前には大田姫が祀られていたらしい。
この辺り、少し調べる必要が出て来ました。
K2さんは木花開耶姫とニニギノ命が結婚した宮も知っていて、
案内して戴きたいと思っていた矢先の電話でした。いずれ探査してきます。

K3さん。
夢でニニギノ命と木花開耶姫の名前をそれぞれ別の日の夢で教えられていて、
その二神が夫婦と後で知ったそう。
るなに勧められて夢日記を付けるようになって、初期に見たのが木の太鼓橋のある神社。
あとで伊勢神宮と判明。念願かなって参拝。
その後、三輪山と出雲の夢を見せられているので、三輪山に行く予定だと。
「剣」と「みづち」の夢を見せられています。


この共時性をどう解くか。

思うに、筑紫の伝承は日本の始まりの歴史に関わるんだけど、
上書きされたりして、本来の神々の歴史が封じ込まれていて、
今、それが明らかになろうとしているのではと。

時間がかかっても、糸島の探査はやってこうと思います。

記事の分類は従来通り、神社名とか、遺跡とかに分けて行って、
<タグ>機能を利用して、
<このはなさくや姫の里>シリーズとか、
<欠史八代>シリーズとか、通して読めるようにしたいと思います。
(ただし、ぼちぼちと整理します …)

今日の記事は「にっき」に入るかな…。



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(細石神社の神木)


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by lunabura | 2013-12-14 23:52 | 咲くやひめの里 | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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