ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:歴史カフェ( 60 )

歴史カフェ 6月は休みます



昨日の歴史カフェご参加の皆さま、ありがとうございました。

「神秘書」は昨年に続き、二度目でしたが、
前回より内容を絞り込み、また全体像がイメージできるように試みました。

謎が解けた方、
謎が深まった方
いろんな方があったかと思います。

初めて古代史講座を受けた方もあり、
日常とはかけ離れた世界に驚かれたかもしれません。

誰もが正月や折々に、神社に参拝するのですが、
いったい誰に手を合わせているのか、
ほとんどは分からずに参拝しているのではないでしょうか。

様々の神々がいますが、
その中で最たる謎の神が玉垂命で、
それが誰であり、
どのように名を消されていったのか、
「神秘書」の解読を通してその一端が分かっていただけたらと思います。


ところで、
6月の歴史カフェはお休みにします。
執筆を頑張りますね。

明日は久留米大学の公開講座です。
12時からです。
さらに込み入った話もします。




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by lunabura | 2017-05-26 21:55 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

今日は歴史カフェでした



今日の歴史カフェ、ご参加ありがとうございました。

お茶タイムの話が盛り上がって時間が不足。

最後は駆け抜けましたが、
皆さんが疑問を出し合って、互いに解き合うのが理想だったので、
理想に一歩近づいたなと思いました。

筑紫の古代史を把握するには、
1 景行天皇・ヤマトタケル・神功皇后の時代。
2 磐井の時代。
3 白村江の戦の時代。

この三つを押さえるのが大事だなとよく思います。

古代地図が大きく変わった時代です。

古代は「氏族が氏神を祭祀している」ので、
神社の祭神を覚えていくと、古代豪族の分布が推測できます。

古代からめんめんと伝える地名も見逃せないですね。

これらが自分の中に構築されると、
名もなき古墳と祠の関係も少し推論を立てることができます。

福岡は未指定の古墳がいっぱいです^^
口コミで噂しあってます。


関連の単語を覚えると、自分の出会った謎も説明できるようになって、
楽しいですね。

最近はとくに、それぞれの人に
古代の人たちの呼びかけが届いているなあと思います。

ご先祖だったり、自分の過去世だったり、土地神だったり。
その呼びかけに応えるうちに、大きな輪ができている印象ももちます。


「思い」と「行動」これは自分を変える手段でもあるようですね。




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(高住神社にて)




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by lunabura | 2017-05-21 21:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

5月の「歴史カフェ」「高良玉垂宮神秘書2」のご案内


  
5月の「歴史カフェ」

「高良玉垂宮神秘書2」のご案内
 
 
おまたせしました。第14回 歴史カフェの内容の詳細です。

タイトルは
「高良玉垂宮神秘書」2― 玉垂命と神功皇后 ―
です。

久留米市の高良大社(高良玉垂宮)に伝わる「高良玉垂宮神秘書」
(以下「神秘書」)は551条からなる玉垂宮の縁起書ですが、
カタカナで書かれているために読解が困難となっています。

しかも冒頭と巻末に、新たに創作された条が加えられて自己矛盾が生じ、
さらに困難となりました。

それを「秘すべし、秘すべし」と書いてあるものだから、知りたい。
なのに分からない。

葛藤満載の縁起書となっています。(^^;


この本はある時、老人が三日間出現して託宣したという形で書かれました。

その老人が誰か、一言教えられた手掛かりが
「17代仁徳天皇 9月13日に高良山に遷幸した者」でした。

全体を読み通すことで、ようやくこの謎が解けました。

しかも、仁徳天皇は通説では「16代」になっているので、
「17代」では天皇の代の数字が合わないのですね。

が、それは神功皇后を15代天皇としたからで、
応神天皇がとても短命だったことがそこから読み取れます。


「神秘書」の始まりは三韓征伐後で、「高良山縁起」と対応しています。

「玉垂」の語源は「干珠満珠」の二つの珠で、
それを「もたらした」アントンイソラ(安曇磯良)を玉垂命としています。


ところが時が経って、白村江の戦いの敗戦で倭国は筑紫君まで連行され、
安曇の舟は焼かれ、大変な状況になりました。

高良山は白村江の戦い(663)の十年後に仏教を受け入れる事で延命を図りました。

この時、本来の祭神の玉垂命は高良大菩薩になり、
上下宮とも物部氏の祖神である武内宿禰となりました。

これは白村江戦で倭国が滅び、安曇族が凋落したことと無関係ではありません。

今回はまずはその始まりの時代、
玉垂命と神功皇后の話を中心に「神秘書」を紹介します。


1章「高良玉垂宮神秘書」成立・背景・構成
2章 祭神 上宮と下宮 玉垂命と高良神の違い
3章 玉垂命 アントンイソラ(安曇磯良) 絵巻の中央に描かれた祭神
4章 三種の神器のゆくえ 高良山を照らしながら巡る一火の霊力
5章 神功皇后と共に 
6章 高良山遷幸 9月13日 神功天皇の崩御後
7章 玉垂命の最期と墓所 大善寺と高三潴
8章 九躰皇子 玉垂命の九人の子 


原典に触れていくことで、少しずつカラクリが見えてくると
歴史が面白いですね。

自分で判断できるようになれるのはステキなことです。


日時は
5月21日(日)10時半~12時半
5月25日(木)2時~4時
です。ご都合のよい日を選んでください。
今回の持参品は『神功皇后伝承を歩く』です。

お持ちの方は上下巻とも持参してください。
お持ちでない方は御貸しします。
また、新たに購入希望の方はメールに書いてください。当日、販売します。

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日程 5月21日(日))10時半~12時半
5月25日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ521希望」もしくは「歴史カフェ525希望」と書いて、郵便番号 住所(市町村までで結構です) 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、
よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、
メールフォームを使わずに綾杉の返信から申し込みください
。住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。

返信が戻って来た場合は、サイドバーでお知らせします。
確認されたらもう一度メールをください。
当方の返信代わりにサイドバーの連絡を消します。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ


 





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by lunabura | 2017-05-11 20:47 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

第14回「歴史カフェ」は521と525 「高良玉垂宮神秘書2」



第14回「歴史カフェ」は521と525 

「高良玉垂宮神秘書2」


 
5月の歴史カフェ第14回の「日曜日」はいつもの会場が取れなかったのですが、
午前中なら使えるということなので、

「ひふみ」で5月21日(日)10時半~12時半

に設定しました。



5月21日(日)10時半~12時半
5月25日(木)2時~4時


ご都合のよい日を選んでください。

題は「高良玉垂宮神秘書2」です。

高良玉垂宮の歴史の始まりは仲哀天皇と神功皇后の時代になります。
「高良大社縁起書」も冒頭は「仲哀天皇」です。

「異類」が攻めてくるので、反撃するために新羅討伐に向かう話からです。

それから1500年間、高良山では沢山の史料が書かれ、
それが近世末頃に集められて一巻の巻物になりました。

「文盲のためにカタカナ書き」で書かれたために、
現代人にはかえって読解困難になっています。

私はちょうど『神功皇后伝承を歩く』を執筆したので、
内容が理解できました。
フィールドワークのお陰だと思います。



「神秘書」には色んな謎の答えが書かれています。

謎 仲哀天皇の崩御後、三種の神器はどうなったか。
答 アントンイソラ(安曇磯良)と武内宿禰と神功皇后が一つずつ持った。

謎 神功皇后はどの神器?
答 宝剣!

神功皇后らしいですね。剣を持つなんて^^

「鏡」は武内宿禰が預かって、なんと高良山に伝世しちゃいましたよ。

それが真実かどうかは別として、
まずは「内容を知らないと」ですね。

前回と重なる部分も多々ありますが、
身近な話を中心に「高良玉垂宮神秘書」を解説していきます。


同じ5月に久留米大学公開講座でも解説しますが、
こちらは専門的な話も多く、
土地勘があり、長らく歴史に取り組んでいる人向けに構成します。

「神秘書」を気軽に楽しみたい方は「歴史カフェ」がお勧めです^^
お茶も楽しみましょう。


なお、今回、会場を調べて教えてくださった方
大変ありがとうございました♫
とりあえず、5月は「ひふみ」でやってみます^^

日程 5月21日(日)10時半~12時半
     5月25日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ521希望」もしくは「歴史カフェ525希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、
メールフォームを使わずに綾杉の返信から申し込みください。住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。

返信が戻って来た場合は、サイドバーでお知らせします。
確認されたらもう一度メールをください。
当方の返信代わりにサイドバーの連絡を消します。


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地図 オーガニックひろば ひふみ
 





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by lunabura | 2017-04-20 20:30 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

5月は「高良玉垂宮神秘書」歴史カフェ、久留米大学



5月は「高良玉垂宮神秘書」

歴史カフェ、久留米大学


今日は歴史カフェでした。
ご参加の皆さまありがとうございました^^
県外からも何人も来ていただいて、情報交換も沢山しました。

歴史の雑談をする時、話したいことがあっても
記憶が曖昧で困ってしまうことが多々ありますね(^^;

また、感覚的に導かれて神社に参拝して不思議な思いをしたことも、
曖昧な記憶だと上手く伝えられません。

体験した歴史的な出会いをさらに深めるには記録が一番ですね。

神社名と住所と縁起のメモを書くと確かなものになっていきます。

私もブログに挙げていないものは、記憶から飛んでしまいます(´-ω-`)
行ったことでさえ (;’∀’)


そこで記録法を考えてみました。

人それぞれ記録法があるようです。


1 自分だけの年表を作っていく。
 今回の磐井の時代などは年表が作れますね。

2 地図にプロットしていく。(グーグルを利用する方もありましたよ)
 神功皇后、ヤマトタケルと色分けして地図に落としていくと、
面白い現象が見えたりします。

地名は知っていても、場所の記憶は案外曖昧なものです。
地名、山の名、道路号数などを記憶していくと、対話が楽しめます。


3 一神社 一カード。
 ワードやカードに一神社ずつ記録して行って、カテゴリに分けていく。


思えば、私が本を書く時も、基本はこんな感じですねえ。

どれか好きな方法が見つかると、楽しさ倍増です。



さて、5月は「高良玉垂宮神秘書」祭というか、、、

歴史カフェと久留米大学公開講座が同じテーマです。
歴史カフェは5月25日(木)会場ひふみです。

歴史カフェでの内容については構成が出来次第お知らせしますが、
前回とは切り口を変える予定です。

観測点が変われば新たな景色が見えるように、
歴史も観点を変えて総合的な理解に繋げたいなと思います。

会場の件ですが、日曜日の「ひふみ」が使えなくなりました。
会場を探してみるので、少々お待ちください。
どこか良いところがあったら教えてくださいね。


 
 
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by lunabura | 2017-04-16 20:19 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

磐井の後の時代って



今日は歴史カフェのテキストの吟味をしました。


鞍橋(くらじ)君が活躍した年だけでなく、その前後の年も訳しました。

すると、百済は何度も「筑紫」を指定して援軍を頼んでいるし、
倭国軍も安羅に駐屯していたりしていて、
新羅の拡大政策に対抗している時代でした。

百済王子が倭国に居たり、
それを筑紫舟師や筑紫火君が送り届けたり。

筑紫が舞台の話が満載です。

百済使者と会見した場所など、
福岡の古代で見つけなければならない課題が随所に出てきます。

卑弥呼の家探しもいいけど、もっとすべきことが沢山ありそうですね^^




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これは鞍手のゆるキャラ。
名前は何だろう。

まだ無い?

銀冠を付けていますね。銀冠君だな。
どうやら、鞍橋君の次の時代の人のようです。

現物は4月13日のバスハイクで見て来ます。
(やけに鞍手がつづく (;’∀’))



歴史カフェの方では、八女のお宮の話もしますね。





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by lunabura | 2017-04-03 21:55 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

第13回歴史カフェ 406・416のご案内



第13回 歴史カフェ 

406・416のご案内


第13回 歴史カフェの詳細、お待たせしました。

「磐井の乱後2 ― 磐井の孫・鞍橋君は百済王子を助けたー」
です。

新羅(しらぎ)が拡大するのを防ぐために、
百済(くだら)が何度も筑紫に援軍を頼みます。

倭国はそれに応じ、鞍橋(くらじ)君が出兵して
百済王子とともに新羅に入って籠城したことが
『日本書紀』に書かれています。

この時、鞍橋君が敵の大将を矢で射て窮地を脱します。

鞍橋君の身分は「筑紫国造」ですが、
筑紫君葛子の子とは書かれていませんでした。
『日本書紀』は重要な情報を書かなかったのですね。

鞍橋君はこの功により、
鞍手の新延(にのぶ)と新北(にぎた)を与えられました。
脇巫女の舞台となった地です。

天皇も継体天皇からその子、欽明天皇の時代に変わっています。

今回はこの鞍橋君に焦点を当て、筑紫の状況を探っていきましょう。


前回の時には、磐井君の末裔十人の紹介と、
磐井夫人が幼子を連れて福津に逃げ、宮地嶽神社を中心に展開して、
菩提寺を造った話に焦点を当てました。

今回は前回のおさらいをして、磐井を祀る宮など、新しい資料も紹介します。

昨年の第3回「磐井の乱後」を聴いた方には新たな話を、
また、初めての方には前回の復習で全体像がつかめるようにしています。

福岡の古代史が少しずつ立体的に理解できて面白いですね。

皆さまのご参加をお待ちしています。^^



日程 4月6日(木)2時~4時
   4月16日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ406希望」もしくは「歴史カフェ416希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
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地図 オーガニックひろば ひふみ
 




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by lunabura | 2017-03-30 10:39 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ 3月と4月



今日は歴史カフェ第12回の糸島編の日曜版でした。
参加の皆さまありがとうございました。

今日は地元の糸島の方、あるいはフィールドワークしてきた方など、
現地でしか分からない情報もシェアしていだいて、
謎がその場で解けるという嬉しい展開もありました。

エジプト人渡来については、真鍋の本の色んな所から抜き出して
概要を描き出すという手法を取っていますが、
想像を絶する古代の話なので、
自分自身も戸惑いながらの作業です。

それでも現地の資料、あるいは世界の神話などに
裏付けるものが出てくると、
白黒の世界が急にカラーになって興味深いです。

地名を辿ればエジプト渡来系がどのように移動していったかも
伺えて地名の謎もまた一つ、ひとつと解けています。

3月9日(木)に同じ内容をもう一度しますが、
今日の皆さんの情報も早速加味してお伝えしたいと思います。

残席があと3席です。
興味のある方の申し込みをお待ちしています。





4月(第13回) 磐井の乱ののち

第13回は、磐井の末裔たち10名の記録から
磐井の乱後に弔い合戦があったことや、
磐井の君と戦った継体天皇や物部麁鹿火らが次々に死去、
大伴金村も失脚して、磐井の子の葛子が筑紫君に返り咲いたこと、

政治の中心は久留米の磐井城から福津の宮地嶽神社に遷り、
磐井の子や孫たちが百済を支援していったことなど、
記紀で抹殺された6世紀後半の話をします。

タイトルはまた後程決めますが、
日程は次のように決まりました。

4月6日(木)
4月16日(日)
いずれも2時~4時、会場ひふみです。

参加希望の方は
歴史カフェ406希望あるいは416希望で申し込んでください。

同じタイトルで「歴史と自然を守る会」でも行いますが、
こちらはパワーポイントバージョンにしようかなと思っています。




久留米大学公開講座


もう一件。
サイドバーに書いている久留米大学公開講座ですが、
今年も講座の話をいただきました。

「高良玉垂宮神秘書概説」というタイトルです。

5月27日(土)12時~16時(休憩30分)
という180分のロングバージョンです。
申し込み方法は久留米大学のネット公開の後、リンクをします。

この「高良玉垂宮神秘書」の120分バージョンは
5月の歴史カフェでも行う予定です。

バスハイクは4月に鞍手~宮若に行きます。
今からスケジュールを組みますね。( ..)φメモメモ








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by lunabura | 2017-03-05 22:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

天豊財重日足姫天皇の名に星の名が込められていた



天豊財重日足姫天皇の名に

星の名が込められていた





天豊財重日足姫天皇
(あめのとよたからいかしひたらしひめ)
とは斉明天皇の名です。
皇極天皇とも言いますね。

この長い名前の一部「重日足」は「いかしひたらし」と読みますが、
これはシリウス星を指しているそうです。

「古代エジプト人は夏至の東の空に上がるシリウスを
ソティス、あるいはコプトと崇めた」
と真鍋は書いています。

ソティスとは豊穣の女神で、イシスの化身ともされています。
コプトとはプタハとも言い、鍛冶や職人の守護神だそうです。




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(左 ソティス 右 コプト)

シリウスを見て、豊穣を祈る氏族と、
鍛冶の成功を祈る氏族がいたということになります。

後者については、
シリウスはそのプラチナのような、ダイヤモンドのような輝きから
坩堝の職人たちが生み出した結晶とも例えられ、
その達人は石上(いそのかみ)、あるいは五十師(いそし)、
あるいは伊覩率(いとし)とも呼ばれていたそうです。

そう、この名前は五十迹手(いとて)の所に出てきます。『日本書紀』にね。
拙著『神功皇后伝承を歩く』では上巻28高祖神社p85に書いています。

伊都の県主の祖である五十迹手(いとて)を仲哀天皇が「いそいそし」とほめますが、
これは「坩堝の達人」という意味だと言うことになります。




また、前者については、
「古代エジプトでは夏至の正午を一年の中日」としたそうです。
つまり、夏至の朝、シリウスの出を見て、
その日を一年の折り返しと認識したわけです。
これは暦を作る人たちの考えになりますね。

シリウスはナイル川の氾濫を知らせる星でもあるので、
豊穣をもたらす女神だったということになります。


さて、タイトルの斉明天皇の名前ですが、
天豊財重日足姫天皇の「重日足」を「いかしひたらし」と読むののですが、
「いかたらし星」もまたシリウスを指しているそうです。

「斉明」も、「最明」と同じ「さいめい」ということから、
夜空で一番明るい星、シリウスを指しているとか。
「恵蘇星」(えそのほし)もまたシリウスのことです。



そうすると、斉明天皇のモガリの宮だった朝倉の「恵蘇八幡宮」の「恵蘇」もまた
シリウスを指していると読めます。

これは天武天皇が命名した社号だそうですが、
天武天皇もまた夜空のシリウスを見るたびに母帝斉明天皇を思い出し、
「最明の星」シリウスの別名として「恵蘇」を
モガリの宮に付けたのかもしれませんね。



以上、次回の歴史カフェの予習編でした。^^

 <2016年10月24日>

12回の歴史カフェの予習にもなるので、再掲しますね。

<2017年3月3日>





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by lunabura | 2017-03-03 01:12 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

エジプトの壁画と「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな



エジプトの壁画と
「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな


3月の歴史カフェは、糸島がテーマですが、
二度目の参加の方もあるので、少し変化させて
テーマを絞って、深く切り込むことにしました。


糸島におけるニニギ尊と木花咲耶姫の通婚の話と
真鍋によるエジプト人の渡来についての話の二本立てです。

一年ぶりですが、この間、私の理解がさらに進んだので、
真鍋の解釈のエリアを少し広げることができました。

すると「吉井」の地名が出てきました。

「冬至の日輪」を「ゆつまのひのあかり」と言い、
それが出入りするのを観測する所を、
万葉の頃には「吉日」と書き、平安時代には「日吉」と書いたそうです。

「吉日」はいつしか「よしひ」とも読むようになり
「吉井」という地名になったといいます。

「出入り」ですから、日の出も日の入りも観測するわけですが、
まさに吉野ヶ里遺跡がそうでしたね。





「吉井」の地名は福岡県うきは市吉井町にも残っていますが、
そこから例の珍敷塚古墳の壁画が出ているのです。



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「ゆつまのひのあかり」を観測するところが「よしい」
「ゆつま」はルクソールと同じような地形の場所。

こうしてなんとなく繋がりそうです。

ほかに「小郡」「戸畑」など、
いくつかの地名の成り立ちも関連します。

まだまだ理解の途中ですが、みなさんとシェアして、
理解を深めていこうと思っています。




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by lunabura | 2017-03-01 20:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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