ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:歴史カフェ( 60 )

歴史カフェ 次回は「物部とヒメコソ神」



歴史カフェ 

次回は「物部とヒメコソ神」



今日の歴史カフェ、第一日目、ご参加ありがとうございました。

テーマは中大兄皇子(天智天皇)の
福岡での事績、水城や漏刻、指南車、観世音寺などでした。

中大兄皇子や斉明天皇の存在は福岡では語られることがなく、
記憶から消え去っている印象を受けます。

二人(に限らす大田皇女や額田も藤原鎌足も)が福岡に来たことを、
私たちは子供のころから教えられなかったので、
『日本書紀』の話が奈良や京都の話と思い込んでいたんですね。

新たな視点を得て読んでみると、
『日本書紀』は身近な歴史を伝えてくれているのがよく分かりました。

改竄や捏造も納得しながら読み込めば、
もっと故郷の歴史を導き出せることを確信しました。

「ひめちゃご」は中大兄皇子を通して見せられている部分もあり、
女神だけでなく、日本を守った人たちを知ることでもあるのだと
思うようになってきました。


百済が滅びて唐軍が占領し、
難民が筑紫に押し寄せるのを目の当たりにした中大兄皇子は、

続けて筑紫もまた唐軍に占領されることを恐れ、
筑紫の神々を守るために京都などに神々を遷したのではないか。

中大兄皇子の筑紫での祭祀を見ていると、そうも思われてくるのです。



「脇巫女」と「ひめちゃご」は同じテーマでありながら、
別の時代を教えられてもいるようです。

奇しくもその舞台は、鞍手、姫方、太神長島という「物部の里」でした。
(くらて、ひめかた、おおが・おさじま)

次回のお題は「物部とヒメコソ神」です。

物部の祭祀、出自、ヒメコソ神など、
これまでブログに出て来た内容を整理して、一緒に考えていきいと思います。

目次など詳細が決まったら、また案内しますが、募集は開始しますね。
ご参加お待ちしています。


また、本日(10月30日)の内容を11月10日にも話します。
興味のある方は申し込みお待ちしています。





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by lunabura | 2016-10-30 22:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

準備中



今年はキンモクセイの花がびっしりと咲いて、
家中に香りが漂いました。

撮った画像を見たら、空っぽ。
なんだ、バッテリー無しで撮ったんだ。

わずか一週間で散ったけれど、
今日は土の上に黄金色の小花の重なりがびっしり。
その間から水仙の芽が出ています。

キンモクセイはもうすぐ二番花が咲いて、
もう一度、甘い香りを漂わせてくれます。





さて、昨日から歴史カフェのテキストに画像を入れる作業をしています。

文字ばかりの資料にカラーの画像をたっぷりと入れていくと、
ワクワク楽しくなってきます。

自分で天智天皇紀を読んでみると、知らなかったことばかりでした。

人の考えを通さず、自分の目で見ると
ウロコがびっしりと付いてたんだなあ、とよく分かりました。(^_-)-☆

難しいけど、今回もやっぱり原典を読みましょう。

今回は真鍋大覚の資料と突き合わせるので、
ほぼチーム・アンドロメダです。

「チームア・アンドロメダ」とは、
アンドロメダを大覚星とも呼ぶことから勝手に付けた研究会の名前です。

さて、このアンドロメダ星雲を「太歳の星」とも呼ぶそうです。


神功皇后の時代、太歳の予定の日に日食が起こって空が暗くなり、
アンドロメダが日中に黄金色に輝いたことから付いたそうです。







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人々は驚き、その神秘性を心に深く刻んだのでしょうね。


ということは、神功皇后は即位したんだろうな。
田川の位登八幡で。
筑紫の資料では「十五代」と書かれたものを見かけるもんね。
中国の史料にも。

そして、天智天皇もまた「太歳」した年に即位したんだろうね。

以上、これも歴史カフェの予習編でした。






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by lunabura | 2016-10-27 23:05 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

第八回 歴史カフェ1030 1110 は「筑紫における中大兄皇子」



第八回 歴史カフェ
 1030 1110

「筑紫における中大兄皇子」


― 乞食の相あり に至るまで ―




お待たせしました。
次回の歴史カフェのご案内です。


中大兄皇子が「乞食の相あり」と言われて
みやま市の釣殿宮に至り、太神宮を祀るまでに
皇子はどのように筑紫と関わったのでしょうか。

前回は『日本書紀』の「斉明天皇紀」を元にして
筑紫入りした斉明天皇や中大兄皇子、中臣鎌足の祭祀を中心に見ていきました。

今回は『日本書紀』の「天智天皇紀」を元にして
筑紫での中大兄皇子の事績を見ていきます。

また、今回は『儺の国の星』などに書かれている中大兄皇子の事績を
突き合わせて見ていきます。

太歳の具体的な設定法、
漏刻や指南車を製作して太陽暦を響かせた話、
水城に貫通する謎の複数の水路の利用法、
ダムとしての水城と運河化、
観世音寺の創立と鐘の製造、初代管長の笠麻呂(加茂氏)など。

大宰府の天文官の家系ならではの伝承を紹介していきます。
そして、釣殿宮の位置付けを一緒に考えましょう。


日程 10月30日(日)2時~4時
   11月10日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)

募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ1030希望」もしくは「歴史カフェ1110希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ




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by lunabura | 2016-10-21 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

9月の歴史カフェお礼





今月の歴史カフェは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」でした。
ご参加の皆さまありがとうございました。

朝倉というエリアに絞ったので、
具体的なイメージが掴みやすかったのではと思いました。

同じ朝倉でも、西の方では神功皇后と羽白熊鷲との戦いがあり、
東の方では斉明天皇と中大兄皇子の祭祀がありました。

二つの歴史に共通したのが「福成神社」でした。

福成神社は三女神を祀る宮。

景行天皇が水沼の三女神を祀り、
神功皇后がその縁で三女神を祀り、
斉明天皇が宗像三女神を祀りました。


また、宮野神社では中臣鎌足が祖神と大己貴を祀りましたが、
それは神功皇后の時代の中臣烏賊津臣と大己貴を思い出せます。

神功皇后と斉明天皇を同一人物とする人もいますが、
時代も内容も全く違っていますね。



歴史カフェは、これまでのブログ記事を
一つずつテーマを決めてまとめようと思って始めました。

バラバラの記憶をつなぐと、
筑紫の各地域の歴史や特性が浮かび上がってきて、理解が深まります。

理解すると、その地を訪ねて体感したいと思うようになるのが不思議です。

どの回でも、現地に行こうという会話があっています。

そのとき欲しいのはやはり地図。
古代史には、平地でなく、山を中心とした地図が欲しいですね (^_-)-☆

古代史という難解な話題に賛同していただいて、
シェア出来るのはありがたいなといつも思います。



次回の歴史カフェは中大兄皇子の続きです。
水城や観世音寺、太神宮を柱として考えています。

大宰府の天文祭祀官の家系だった真鍋の力を借ります。

詳細はお待ちくださいませ。
募集は開始します。





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by lunabura | 2016-09-27 22:44 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

明日は「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」



明日は歴史カフェ。

「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」
―斉明天皇と中大兄皇子の祭祀から広庭宮を推定するー

というタイトルです。

今回は朝倉市の神社の縁起に書かれている位置情報から
広庭宮の位置を推定していきます。


斉明天皇と中大兄皇子の祈りを時系列に紹介しますが、
テキストはガイドブックのように現地を廻れるような構成にしました。
(本の形にはなっていないのですが)


良い地図があったので、当日は印を付けながら謎解きをしようと思います。
参加の方はマーカーか色鉛筆を二色程度お持ちください。

また、時間があれば『神功皇后伝承を歩く上下』に掲載した
関連の神社を確認したいと思います。



今回の登場人物は「斉明天皇と中大兄皇子と藤原鎌足」ぐらいなので、
分かりやすいと思います^^

次の二首は天智天皇の御製です。

  秋の田の刈穂の庵のとまをあらみ
  わが衣手は露に濡れつつ    (小倉百人一首)

  朝倉や木の丸殿に我が居れば 
  名乗りをしつつ行くは誰が子ぞ (新古今集)

中大兄皇子が母のモガリをした時の歌で、
朝倉市恵蘇八幡宮の所で詠まれたそうです。

筑紫の古代を中大兄皇子を通してみていきます。

それでは、明日お会いしましょう。





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by lunabura | 2016-09-24 20:54 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ925・927は中大兄皇子



歴史カフェ925・927は中大兄皇子

その祭祀と朝倉橘広庭宮


9月の歴史カフェの案内です。


『日本書紀』には斉明天皇が戦いを前にして筑紫に来て、
朝倉橘広庭宮で崩御されたと書かれています。

朝倉にある複数の神社を実際に辿って、斉明天皇の記録を時系列に並べると、
天皇は橘広庭宮に到着した翌日には朝倉の宮地嶽神社を参拝し、
その次の日には福成神社に出向いて戦勝祈願の参拝をしていました。
この時には中大兄皇子を伴った記録も書かれています。

福成神社は神功皇后もまた戦勝祈願をした宮で、祭神は三女神です。
中大兄皇子は母帝を支えながら、迫る唐・新羅との戦いに備えたのでしょう。
この近くには女官たちの宿舎があった話も残っています。

側近の藤原鎌足には宮野神社を造らせ、着々と戦勝祈願をしています。

斉明天皇の筑紫への遷宮の目的は
最高祭祀者としての祭祀にあったとも考えられます。

ところが、事態は急変。
朝倉宮では次々と病に見舞われて亡くなるものが続出。
ついに斉明帝もまた命の危機に瀕しました。

中大兄皇子は麻氐良(まてら)山からイザナミだけを別けて祈り、
病気平癒の祈願をしました。


この事態から思い起こすのは、仲哀天皇の崩御の事です。
仲哀天皇もまた新羅との戦いに備える途中で亡くなったのでした。

その悪夢が再現されるのを畏れたのか、
仲哀天皇に祟ったと考えられる高木の神や
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(向津姫)を中大兄は祀って行きます。

祈りも空しく母帝はついに崩御。
中大兄皇子は恵蘇(えそ)八幡宮でモガリをしました。


9月の歴史カフェでは斉明天皇崩御までの祈り、祭神を確認しながら、
中大兄皇子像を追っていきます。

朝倉の物語になります。

また、神社縁起に書かれていた広庭宮の位置情報から、
長年の謎である位置を推定します。

以上が9月のテーマです。




こののち、倭国は白村江の戦いで敗戦しますが、
中大兄皇子は筑紫に留まります。

言い換えれば中大兄皇子は倭国の繁栄と崩壊を見届けた人物と
考える事もできます。

皇子は何を見、どうしようとしたのか、
敗戦後についてはその次の歴史カフェのテーマにする予定です。

一般に語られている天智天皇の話とは趣を全く異にしています。


ただいま、「ひめちゃご」で女神祭祀を追っていますが、
思いがけず、中大兄皇子が流れ着いた、みやま市の釣殿宮、太神宮が
八女の松尾弁財天と無関係でないことが分かりました。

中大兄皇子の三女神祭祀、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命
(つきさかき・いつのみたま・あまさかる・むかつひめのみこと)祭祀は
「ひめちゃご」が始まった理由を教えてくれるかもしれません。


「ひめちゃご」に関してもいずれ歴史カフェでまとめる予定ですが、
その伏線としても、中大兄皇子の足跡は重要な手掛かりとなるでしょう。

歴史カフェの会場は「ひふみ」時間はいずれも2時~4時です。
9月25日(日)
9月27日(火)
に設定しました。927は会場の都合上、少人数の受付となります。



日程 2016年9月25日(日)2時~4時
       9月27日(火)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ925希望」もしくは「歴史カフェ927希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


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地図 オーガニックひろば ひふみ

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by lunabura | 2016-09-08 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ



今日は歴史カフェ906でした。
『高良玉垂宮神秘書』の解読、二度目でしたが、やはり興味深い内容でした。

神功皇后は戦勝の褒賞に高良山を中心とした筑後を安曇族と物部氏に分配。
上宮から阿志岐にかけては安曇氏に、
下宮を中心とした範囲を物部氏にと、分けた様子が浮き彫りになりました。

それから400年経って、白村江の戦いの十年後に
仏教が入ってくる時代までを話しました。

高良山にはもともと高木の神がいたのですが、
神功皇后の時代に高木の神と安曇が入れ替わり、
天武2年に仏教が入り込んだ所までです。

天武1年に大善寺玉垂宮、そして2年に高良山玉垂宮、と
神社が次々に仏教色に塗り替えられていくようすから、
倭国終焉の状況を垣間見ることができます。

そして、次回のテーマ、「筑紫における中大兄皇子の祭祀」は
白村江の戦いの前と敗戦後で倭国が変貌していく中、
中大兄はどう過ごしたのかという話になっていきます。

このタイミング、やはり驚きです。

次回の日程は9月24日(日)と27日(火)に決定しました。

全体の流れが決まり次第、概要を書きます。


皆さんとの情報交換でも、新たな発見がいろいろと出て来たので、
ブログ記事に少しずつ反映していきます。


コメントの方も情報が飛び交って、ついていくのに精いっぱいですが、
お陰で古代の理解は各段とスピードアップしています。

チェリーさんからは、みやま市の太神宮と釣殿宮から松尾弁財天の裏山が見え、
そこを中心とした太陽祭祀が浮き彫りにされるような内容の
メールをいただいています。

このタイプは忌宮神社やみやま市権現塚古墳でも見られる祭祀法なので、
早く紹介したいです。

この祭祀点があるということは、中大兄皇子が何故そこにやって来たのか
という謎を解くヒントにもなるからです。

「ひめちゃご」と絡み合いながらの話になっていきそうです。


コメントの返事、少々お待ちくださいませ。



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by lunabura | 2016-09-06 21:48 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(11)

歴史カフェ827・906『高良玉垂宮神秘書』-アントンイソラと神功皇后―




歴史カフェ827・906

『高良玉垂宮神秘書』
-アントンイソラと神功皇后―


次回の歴史カフェは
『高良玉垂宮神秘書』-アントンイソラと神功皇后ーです。

「秘すべし、秘すべし」という文で有名な本の解説をします。

この『神秘書』は、保房という人に
老人(高良大菩薩)が三日間現れて、天地開闢から未来までを伝えたので、
これを裏紙に書きつけたというものです。

しかし、読んでみると、
実際はそのようなものではありませんでした。



カタカナで、しかも歴史的仮名遣いで書かれ、
略字が多用されているために大変難解ですが、
漢字交じりの平仮名文に変えると、面白い世界が広がっています。


冒頭の1条と最終の550条は捏造感が強く、
例えば、兜率天にいた住吉神が二十歳の若者に変身して降臨し、
神功皇后と夫婦になったように書いています。

上の内容だけでも、神仏混淆の時代になってからの創作だと分かります。

1条と550条を比較すると、内容が違っていて自己矛盾を起こし、
説明が破綻してもいます。

これはひとえに、住吉神と神功皇后の間に生まれた子供がいて、
それが応神天皇だと主張するためです。
しかし、無理が過ぎて辻褄が合わなくなってしまいました。


自己矛盾を起こした1条と550条を省いて読んでいくと、
本来の伝承が蘇ってきます。



6条に出てくる「アントンイソラ」とは安曇磯良のことですが、
『日本書紀』でその名が消され、
『神秘書』でも「高良大菩薩」という表現に替えられ、
それが誰を指しているのか分からなくなっていました。

今回は、アントンイソラと神功皇后の関わりを中心に、
仲哀天皇の崩御後の三種の神器の行方、
干珠満珠の行方、
高良玉垂宮の名称の由来、
神籠石の由来、
神功皇后とのこと
大菩薩の覆面、
磯良の最期と墓所、
九躰皇子は誰の子か、
白鳳2年の事件、
など、筑紫の謎について、『神秘書』ではどう書かれているのかを紹介します。

なお、『神功皇后伝承を歩く』をお持ちの方は上下巻とも持参してください。
関連神社を紹介します。
本が無くても大丈夫です。
また、購入希望の方はその旨、書いていただければ当日お持ちします。


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今回は8月27日(土)と9月6日(火)の二日を設定しました。
どちらも同じ内容で、時間も2時~4時、会場「ひふみ」です。

申し込みの際は
歴史カフェ827希望
歴史カフェ906希望
のいずれかを明記してください。

日程 8月27日(土)2時~4時
    9月6日(火)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ827希望」もしくは「歴史カフェ906希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。





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地図 オーガニックひろば ひふみ
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by lunabura | 2016-09-05 20:46 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)



神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)


今日は歴史カフェ。
難解な『高良玉垂宮神秘書』の解説でした。
誰も知らない話ばかりなので、驚かれたかもしれません。

九州年号と言われる元号が高良山ではいくつも使われているので、
その紹介も少ししました。

今回、一つ、理解できない内容がありました。

それは高木の神と高良大明神との会話の意味です。

高良大明神が高良山に初めて来たとき、
高良山に住んでいた高木の神は「神籠石」の所まで降りてきます。

そして、「印」を求めると高良大明神は神馬のヒヅメの跡を付けます。

それを見て高木の神は納得して、一夜の宿を貸すのですが、
その夜の内に高良大明神は「八葉の石畳」をぐるりと築いて結界を張ったため、
高木の神は戻れなくなって、麓に住むようになってしまいます。
(ガイドブックなら26高良玉垂宮の所に書いてます)

「神籠石」とは巨大な岩盤で、「八葉の石畳」を築く間、神々が居た所です。
「八葉の石畳」は考古学者が「神籠石」と名前をすり替えて発表しています。

このように「神籠石」(こうごいし)の名称は高良山が発祥ですが、
今では山城として捉えられてしまい、残念な経過を辿っています。

単なる石畳ですから、防衛機能は全くありません。

で、今回、皆さんに情報をお願いしたのは、
高木の神は「神馬のヒヅメの跡」(馬蹄石)を見て何故、納得したか、
それが分からなかいので、他に類例がないか、ということでした。

一つの例として、安心院の足一騰宮にも馬蹄石があって、
それは玉依姫が神馬に乗って駆け上がる時についた跡となっています。

両者に共通するのは高良大明神(安曇磯良)と玉依姫が同じ安曇族という点です。
もう一つ例が挙がれば、何らかの推測ができる訳です。

そして、早速その場で情報が出てきました。

それは八女の「けほぎ石」も「馬で蹴ってほげた穴」という話です。
それは火明命の馬だったということから、
志式神社に祀られている神でもあるという謎に繋がってきました。

「火明神」は志式神社に祀られている「荒ぶる神」の一柱。
何故なのか、理由がまだ分からなくて、拙著『神功皇后伝承を歩く』でも
上手く説明できていません。

でも、安曇族が祀っている神です。

今日の情報で、少し手掛かりがでてきました。
のちの展開が楽しみです。

さて、『高良玉垂宮神秘書』は同じ内容で9月6日にもう一度話します。
ご希望の方は、メールで申し込みください。

来月の歴史カフェは9月25日(日)です。
場所は「ひふみ」。2時~4時です。

タイトルは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」を予定しています。
詳しくはまた記事を起こしますが、受け付けは開始します。





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by lunabura | 2016-08-27 22:28 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

「歴史カフェ724」は「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―

追記

「八咫烏」を新たに
8月4日(木)2時~4時
にも行うことになりました。会場は「ひふみ」です。

「歴史カフェ804」希望
とご記入の上、下と同じ要領で申し込んでください。


2016年7月21日






「歴史カフェ724」は

「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―



神武天皇の案内を務めた賀茂氏の「建角身命」(たけつのみのみこと)を
記紀は「八咫烏」「頭八咫烏」と書いています。

八咫烏は賀茂氏のトーテムです。

一方、
高句麗の壁画には太陽の中に三足烏が描かれています。
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これらはどう繋がるのでしょうか。



その謎を解く手掛かりとなるのは
古墳の壁に描かれている「鍛冶の神」と真鍋大覚の記録でした。

『儺の国の星』の星の記録から
賀茂氏についての断片的な記述を拾い出すと、
「一目」「足一騰」「蹈鞴の神」「そほり」など、
古代の鉄の民のキーワードが出てきます。

これらを整理し、

肥前、唐津市七山の賀茂神社。
筑後、うきは市の賀茂神社。

さらには、肥後の一目(ひとつまなこ)神社。
豊後、安心院の足一騰(あしひとつあがり)宮。

など、北部九州に展開していた賀茂氏や鉄の民の名残を確認して
古代の鉄の民の世界を探って行きます。





日程 7月24日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
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by lunabura | 2016-08-02 22:07 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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