ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:歴史カフェ( 65 )

歴史カフェ第10回ご案内 115、117は「北極星と北斗七星」



歴史カフェ第10回ご案内

 115、117は「北極星と北斗七星」


遠く氷河期の時代、凍り付く大地に立つ人類の頭上に輝く星は
どれほど明るく煌めいていたことでしょうか。

見上げる満天の星のなか、
北極星の座に煌々と輝いたのは琴座のベガでした。

それから数千年経ち、中国に皇帝たちが出て来て見上げた北極星は
龍座のツバーン。
北の天子の座に蛇のように連なる龍は皇帝の印となりました。

弥生時代が近づくと、ツバーンは北極星の座から離れていったので、
卑弥呼が仰いでも北極星は無く、黒々とした「玄」の状態でした。

卑弥呼の手紙を持って海を渡る海人族はツバーンとポラリスを見て、
羅針盤としました。

そして。

白村江の戦いで倭国が滅ぶころ、
北極星の座にはポラリスが近づいていました。

中大兄皇子も大海人皇子も朝倉で、あるいは那珂川から
北斗七星がポラリスの周囲を廻り始めるのを見たことでしょう。

このように、北極星は時代と共に変化していきました。

渡来人たちが北欧、近東、中東、中央アジアからやって来た頃、
故郷の国の言葉を星の名や地名に付けていきます。

地名の中に、異国の響きが込められています。

さて、ついにチーム・アンドロメダ。
真鍋大覚の伝える古代の星の話です。

今回は、一番分かりやすい北斗七星の話をはじめ、
北極星の変化と主な星々を紹介していきます。

足一騰、妙見、宮司、可愛(え)、勝門、四三嶋、鳥羽、志賀、
厩戸、真名井、麻氐良etc。

北の星との関連で読み解く地名や古代の名、
「北」を沖縄で「にし」と読む理由、
などなど、古代の星の世界を案内します。

会場が狭いため、募集人数を減らしました。

1月15日(日)は満席です。
1月17日(火)を募集します。(2016年12月28日現在)




日程 1月15日(日)2時~4時 受付終了
      1月17日(火)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ117希望」と書いて、
郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ

 



皆さんのご参加をお待ちしています♪






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-12-28 23:15 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ




歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ

星の神-妙見・北斗・北辰―


本日は平日版の歴史カフェでした。
参加の皆さまありがとうございました。

今年は交流の年として、歴史カフェを企画しました。
おかげで沢山の方とお会いできました。

また、参加の皆さまの縁が繋がっていくのを目の当たりにしました。
同じ趣味で集まるのは楽しいですね。

内容については、毎回、タイトルが浮かぶままに、まとめていったのですが、
かなり奥深い内容になりました。

それでも、繰り返されて出てくる事項も多く、
最初は理解することに苦労した内容も、
方向を変えて出てくると、二度目にはすんなりと入って来ました。

パズルがはまる感覚ですね!
ここに歴史を学ぶ面白さがあります。



さて、次回の歴史カフェですが、
12月は会場が取れなかったので休みです。

それで、今日が今年最後となりました。

これまでのタイトルのリストを挙げてみます。

1 「脇巫女」の今 鞍手
2 糸島の女神たち ―糸島に祀られる倭国創世期の妃たちー
3 七支刀 
4 磐井の乱の後
5 八咫烏 ―賀茂氏と鉄の民―
6 『高良玉垂宮神秘書』 -アントンイソラと神功皇后―
7 中大兄皇子と朝倉橘広庭宮
  -斉明天皇と中大兄皇子の祭祀から広庭宮を推定するー
8 筑紫における中大兄皇子 ―乞食の相ありに至るまでー  
9 物部とヒメコソ神

気が付くと、物部氏に始まり、物部氏に終わりました。
加えて、安曇族、賀茂氏など、
古代氏族の分布も少しずつ具体化してきました。

そして、繰り返し現れるのが「市杵島姫」祭祀です。

日本書紀の編者が「沖ノ島に市杵島姫が祀られていた」という伝承を
未来の人たちに書き残してくれていたことに思いを致す時、
その未来人の中に私たちも含まれていることに感動を禁じ得ません。

日本書紀を誰もが読めるようになったのはつい最近のことなので、
こんな話を皆さんと共有できたのは有り難いことでした。


思えば、福岡の歴史の画期は、
神功皇后の時代、磐井の君の時代、中大兄皇子の時代、
この三つの時代の戦いと連帯が倭国を形成していったと見ることもできます。

奇しくもそれら三つの時代を通すこともできました。

希望があれば、来年もこのテーマを一からやり直すこともしたいなと思っています。
別の会場で、希望があれば連絡をください。

さて、「ひふみ」での歴史カフェ、来年のタイトルが決まりました。

星の神 -妙見・北斗・北辰―
です。

古来、星の中でもとりわけ北の星への信仰は篤く、
さまざまな名前や形で伝わっています。

北極星と北斗七星が
神の名、神社の名、地名、などに残されています。
これら、北に関わる星の神と神話を整理したいと思います。


日付は2017年1月15日(日)と1月17日(火)です。
2時~4時
「ひふみ」
です。
皆さまのご参加をお待ちしています。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-11-29 22:18 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

楽しみ



昨日は歴史カフェ。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。

今回はヒメコソ神を祀る神社が二つある鳥栖~小郡市を中心とした
神社の縁起や肥前風土記などを比較して、全体の理解を進めました。

地図は大型のものを用意しましたよ。
ハサミとノリが必要だったのはA3を二枚つなぐためだったんです。

地図は本当に楽しいですね。
神社の位置や祭祀線、遺跡などを記入すると、古代の姿が蘇ってきます。

特に今回のエリアは「肥前風土記」に郷の名が書かれているので、
それを地図上に反映できるという稀有な所でした。

媛社の郷、物部の郷、綾部の郷。

その中の神社や遺跡が見えてくると、どんな氏族がいたのか、
何を生産したのか、その歴史が浮かび上がってきます。


歴史カフェの後、二次会をするのですが、
この時は皆さんからの情報が飛び交い、興味津々な話が次々に飛び出します。


また、町史や市史など、興味深い本を貸していただき、
またまた探査が楽しみになりました。

思えば、神功皇后の時には福岡県全体が対象だったので、大変だったのですが、
市町村なら回りやすく、新たな楽しみ方も見えてきました。

明日も平日の歴史カフェです。
ワクワクしています。




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-11-28 21:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ1127・29は「物部とヒメコソ神」


歴史カフェ1127・29は

「物部とヒメコソ神」



今月の歴史カフェのご案内です。

今回は「物部とヒメコソ神」というテーマです。

進行中の「ひめちゃご」の始まりが「ひめこそ」だったのですが、
今回の歴史カフェでは、
佐賀から小郡市にかけての「ヒメコソ神」を祀る宮々、
そしてその不思議な関わりを伝える「肥前風土記」などのの整理をします。

また、『古事記』や『日本書紀』に書かれている「市杵島姫」を整理します。

これで分かったのですが、
沖ノ島に祀られているのは「田心姫」(たごりひめ)とは限っておらず、
列挙すると、多紀理毘売、田心姫、瀛津嶋姫、市杵島姫となりました。

つまり、本によって祭神は異なっていたのです。

また、三女神は十握剣から生まれたとされていますが、
勾玉からだったり、三本の剣からだったりしていました。


これを彗星の物語とするのが真鍋大覚です。

真鍋を読むことは物部の祭祀を読むことにも繋がるので、
今回も少しずつ読み合わせていきましょう。

そして、ヒメコソ神を祀る佐賀~鳥栖~小郡、
また、七支刀を持つ神像を祀る太神~長島、
など、物部の色濃い地域の祭祀線などを地図に落としていきます。

今回は色塗りペンを3色持って来て下さいね。
(追加:ハサミとノリ)
(追記:定規)


ご参加、お待ちしています。



日程 11月27日(日)2時~4時
    11月29日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ1127希望」もしくは「歴史カフェ1129希望」と書いて、
郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。




オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)


地図 オーガニックひろば ひふみ

 皆さんのご参加をお待ちしています♪


いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-11-26 21:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(5)

天智天皇と水城の話なぞ



昨日は歴史カフェ。
ご参加の皆さまありがとうございました。

テーマは、天智天皇の筑紫における事績で、
即位問題、太歳、長津宮、水城、観世音寺などでした。

『日本書紀』と真鍋大覚の記録を比較していったのですが、
地形・地理を知ることが歴史を知るためには重要な事だなと
つくづく思いました。

例えば、
水城は473年に博多平野で大洪水があったために平野が干潟化し、
また、裂田の溝の水量が減ったために農業用水に困るようになり、
筑紫君磐井がダムとして着工したものだと伝えています。

水城が農業用のダムである証しとして、
水城を貫通する何本もの木樋が挙げられます。

冬に蓄えた水をイタドリ(スカンポ)の葉が青くなる季節に
板樋の仕切りを取って下流に流したと伝えています。


ところが、百年後、573年に再びの大洪水が福岡を襲いました。

蓄えた水が水城を破ってしまい、濁流が平野を流れ、
箱崎では水害に遭った人々の生活用品が玄界灘に流れ出したと伝えます。

たまたま現代でも、二日前に博多駅前の大陥没が起き、
その地形を見ることになったのですが、駅前は入り海でした。

岩盤が深部にあるといえども粘土質のもので、上部に砂が堆積。
洪積平野としての博多を目の当たりにしました。

水城の構造内部に謎の砂の層があるのは、洪水の跡と考えています。


この水城に天智天皇は疎水(運河)を通したそうです。

水城と三笠川の交点に謎の石畳が出土しましたが、
それが疎水の痕跡ではないかと考えています。

斉明天皇の亡骸を船で筑後川から那珂川町に運ぶとき、
水城では棺を降ろさねばならなかったはず。

中大兄皇子としては色々考えることがあったのでしょう。

中大兄皇子は加茂氏に梵鐘を作らせて、太陽暦の時刻を鳴り響かせたそうです。
その梵鐘が観世音寺に移されたといいます。

通行税を観世音寺の経費に充てたそうです。
その責任者が加茂氏の満誓です。

そういえば、「針摺の瀬戸」の質問が出ましたが、
博多湾と有明海が繋がっていたことを証明するために、
真鍋はボウリングを私費でしています。
海の貝殻が出土したことから、古伝が証明されました。

中大兄皇子時代に新羅沖で津波がにあって福岡を襲った
という話も書かれているのですが、
先日の韓国の慶州の地震を福岡で体感した結果、
今では納得できるようになりました。

いろいろな災害があるたびに、真鍋の記録が説明できるようになることに、
畏怖の思いも抱きます。

さて、今日はバスハイクの資料作りをしました。
意外に早く終わったので、
お題の「物部とヒメコソ神」に取り掛かりました。

物部氏の研究はネットにたくさん出ているんですね。

それを見ているうちに、しなくてはならないことは、系図などではなく、
物部の具体的な天文祭祀を伝える真鍋の研究だと分かりました。


がんばるべ。




                     2016年11月11日



いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-11-11 23:09 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ 次回は「物部とヒメコソ神」



歴史カフェ 

次回は「物部とヒメコソ神」



今日の歴史カフェ、第一日目、ご参加ありがとうございました。

テーマは中大兄皇子(天智天皇)の
福岡での事績、水城や漏刻、指南車、観世音寺などでした。

中大兄皇子や斉明天皇の存在は福岡では語られることがなく、
記憶から消え去っている印象を受けます。

二人(に限らす大田皇女や額田も藤原鎌足も)が福岡に来たことを、
私たちは子供のころから教えられなかったので、
『日本書紀』の話が奈良や京都の話と思い込んでいたんですね。

新たな視点を得て読んでみると、
『日本書紀』は身近な歴史を伝えてくれているのがよく分かりました。

改竄や捏造も納得しながら読み込めば、
もっと故郷の歴史を導き出せることを確信しました。

「ひめちゃご」は中大兄皇子を通して見せられている部分もあり、
女神だけでなく、日本を守った人たちを知ることでもあるのだと
思うようになってきました。


百済が滅びて唐軍が占領し、
難民が筑紫に押し寄せるのを目の当たりにした中大兄皇子は、

続けて筑紫もまた唐軍に占領されることを恐れ、
筑紫の神々を守るために京都などに神々を遷したのではないか。

中大兄皇子の筑紫での祭祀を見ていると、そうも思われてくるのです。



「脇巫女」と「ひめちゃご」は同じテーマでありながら、
別の時代を教えられてもいるようです。

奇しくもその舞台は、鞍手、姫方、太神長島という「物部の里」でした。
(くらて、ひめかた、おおが・おさじま)

次回のお題は「物部とヒメコソ神」です。

物部の祭祀、出自、ヒメコソ神など、
これまでブログに出て来た内容を整理して、一緒に考えていきいと思います。

目次など詳細が決まったら、また案内しますが、募集は開始しますね。
ご参加お待ちしています。


また、本日(10月30日)の内容を11月10日にも話します。
興味のある方は申し込みお待ちしています。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-10-30 22:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

準備中



今年はキンモクセイの花がびっしりと咲いて、
家中に香りが漂いました。

撮った画像を見たら、空っぽ。
なんだ、バッテリー無しで撮ったんだ。

わずか一週間で散ったけれど、
今日は土の上に黄金色の小花の重なりがびっしり。
その間から水仙の芽が出ています。

キンモクセイはもうすぐ二番花が咲いて、
もう一度、甘い香りを漂わせてくれます。





さて、昨日から歴史カフェのテキストに画像を入れる作業をしています。

文字ばかりの資料にカラーの画像をたっぷりと入れていくと、
ワクワク楽しくなってきます。

自分で天智天皇紀を読んでみると、知らなかったことばかりでした。

人の考えを通さず、自分の目で見ると
ウロコがびっしりと付いてたんだなあ、とよく分かりました。(^_-)-☆

難しいけど、今回もやっぱり原典を読みましょう。

今回は真鍋大覚の資料と突き合わせるので、
ほぼチーム・アンドロメダです。

「チームア・アンドロメダ」とは、
アンドロメダを大覚星とも呼ぶことから勝手に付けた研究会の名前です。

さて、このアンドロメダ星雲を「太歳の星」とも呼ぶそうです。


神功皇后の時代、太歳の予定の日に日食が起こって空が暗くなり、
アンドロメダが日中に黄金色に輝いたことから付いたそうです。







c0222861_233988.jpg






人々は驚き、その神秘性を心に深く刻んだのでしょうね。


ということは、神功皇后は即位したんだろうな。
田川の位登八幡で。
筑紫の資料では「十五代」と書かれたものを見かけるもんね。
中国の史料にも。

そして、天智天皇もまた「太歳」した年に即位したんだろうね。

以上、これも歴史カフェの予習編でした。






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-10-27 23:05 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

第八回 歴史カフェ1030 1110 は「筑紫における中大兄皇子」



第八回 歴史カフェ
 1030 1110

「筑紫における中大兄皇子」


― 乞食の相あり に至るまで ―




お待たせしました。
次回の歴史カフェのご案内です。


中大兄皇子が「乞食の相あり」と言われて
みやま市の釣殿宮に至り、太神宮を祀るまでに
皇子はどのように筑紫と関わったのでしょうか。

前回は『日本書紀』の「斉明天皇紀」を元にして
筑紫入りした斉明天皇や中大兄皇子、中臣鎌足の祭祀を中心に見ていきました。

今回は『日本書紀』の「天智天皇紀」を元にして
筑紫での中大兄皇子の事績を見ていきます。

また、今回は『儺の国の星』などに書かれている中大兄皇子の事績を
突き合わせて見ていきます。

太歳の具体的な設定法、
漏刻や指南車を製作して太陽暦を響かせた話、
水城に貫通する謎の複数の水路の利用法、
ダムとしての水城と運河化、
観世音寺の創立と鐘の製造、初代管長の笠麻呂(加茂氏)など。

大宰府の天文官の家系ならではの伝承を紹介していきます。
そして、釣殿宮の位置付けを一緒に考えましょう。


日程 10月30日(日)2時~4時
   11月10日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)

募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ1030希望」もしくは「歴史カフェ1110希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ




 皆さんのご参加をお待ちしています♪



いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-10-21 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

9月の歴史カフェお礼





今月の歴史カフェは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」でした。
ご参加の皆さまありがとうございました。

朝倉というエリアに絞ったので、
具体的なイメージが掴みやすかったのではと思いました。

同じ朝倉でも、西の方では神功皇后と羽白熊鷲との戦いがあり、
東の方では斉明天皇と中大兄皇子の祭祀がありました。

二つの歴史に共通したのが「福成神社」でした。

福成神社は三女神を祀る宮。

景行天皇が水沼の三女神を祀り、
神功皇后がその縁で三女神を祀り、
斉明天皇が宗像三女神を祀りました。


また、宮野神社では中臣鎌足が祖神と大己貴を祀りましたが、
それは神功皇后の時代の中臣烏賊津臣と大己貴を思い出せます。

神功皇后と斉明天皇を同一人物とする人もいますが、
時代も内容も全く違っていますね。



歴史カフェは、これまでのブログ記事を
一つずつテーマを決めてまとめようと思って始めました。

バラバラの記憶をつなぐと、
筑紫の各地域の歴史や特性が浮かび上がってきて、理解が深まります。

理解すると、その地を訪ねて体感したいと思うようになるのが不思議です。

どの回でも、現地に行こうという会話があっています。

そのとき欲しいのはやはり地図。
古代史には、平地でなく、山を中心とした地図が欲しいですね (^_-)-☆

古代史という難解な話題に賛同していただいて、
シェア出来るのはありがたいなといつも思います。



次回の歴史カフェは中大兄皇子の続きです。
水城や観世音寺、太神宮を柱として考えています。

大宰府の天文祭祀官の家系だった真鍋の力を借ります。

詳細はお待ちくださいませ。
募集は開始します。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-09-27 22:44 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

明日は「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」



明日は歴史カフェ。

「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」
―斉明天皇と中大兄皇子の祭祀から広庭宮を推定するー

というタイトルです。

今回は朝倉市の神社の縁起に書かれている位置情報から
広庭宮の位置を推定していきます。


斉明天皇と中大兄皇子の祈りを時系列に紹介しますが、
テキストはガイドブックのように現地を廻れるような構成にしました。
(本の形にはなっていないのですが)


良い地図があったので、当日は印を付けながら謎解きをしようと思います。
参加の方はマーカーか色鉛筆を二色程度お持ちください。

また、時間があれば『神功皇后伝承を歩く上下』に掲載した
関連の神社を確認したいと思います。



今回の登場人物は「斉明天皇と中大兄皇子と藤原鎌足」ぐらいなので、
分かりやすいと思います^^

次の二首は天智天皇の御製です。

  秋の田の刈穂の庵のとまをあらみ
  わが衣手は露に濡れつつ    (小倉百人一首)

  朝倉や木の丸殿に我が居れば 
  名乗りをしつつ行くは誰が子ぞ (新古今集)

中大兄皇子が母のモガリをした時の歌で、
朝倉市恵蘇八幡宮の所で詠まれたそうです。

筑紫の古代を中大兄皇子を通してみていきます。

それでは、明日お会いしましょう。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-09-24 20:54 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー