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カテゴリ:歴史カフェ( 65 )

歴史カフェ925・927は中大兄皇子



歴史カフェ925・927は中大兄皇子

その祭祀と朝倉橘広庭宮


9月の歴史カフェの案内です。


『日本書紀』には斉明天皇が戦いを前にして筑紫に来て、
朝倉橘広庭宮で崩御されたと書かれています。

朝倉にある複数の神社を実際に辿って、斉明天皇の記録を時系列に並べると、
天皇は橘広庭宮に到着した翌日には朝倉の宮地嶽神社を参拝し、
その次の日には福成神社に出向いて戦勝祈願の参拝をしていました。
この時には中大兄皇子を伴った記録も書かれています。

福成神社は神功皇后もまた戦勝祈願をした宮で、祭神は三女神です。
中大兄皇子は母帝を支えながら、迫る唐・新羅との戦いに備えたのでしょう。
この近くには女官たちの宿舎があった話も残っています。

側近の藤原鎌足には宮野神社を造らせ、着々と戦勝祈願をしています。

斉明天皇の筑紫への遷宮の目的は
最高祭祀者としての祭祀にあったとも考えられます。

ところが、事態は急変。
朝倉宮では次々と病に見舞われて亡くなるものが続出。
ついに斉明帝もまた命の危機に瀕しました。

中大兄皇子は麻氐良(まてら)山からイザナミだけを別けて祈り、
病気平癒の祈願をしました。


この事態から思い起こすのは、仲哀天皇の崩御の事です。
仲哀天皇もまた新羅との戦いに備える途中で亡くなったのでした。

その悪夢が再現されるのを畏れたのか、
仲哀天皇に祟ったと考えられる高木の神や
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(向津姫)を中大兄は祀って行きます。

祈りも空しく母帝はついに崩御。
中大兄皇子は恵蘇(えそ)八幡宮でモガリをしました。


9月の歴史カフェでは斉明天皇崩御までの祈り、祭神を確認しながら、
中大兄皇子像を追っていきます。

朝倉の物語になります。

また、神社縁起に書かれていた広庭宮の位置情報から、
長年の謎である位置を推定します。

以上が9月のテーマです。




こののち、倭国は白村江の戦いで敗戦しますが、
中大兄皇子は筑紫に留まります。

言い換えれば中大兄皇子は倭国の繁栄と崩壊を見届けた人物と
考える事もできます。

皇子は何を見、どうしようとしたのか、
敗戦後についてはその次の歴史カフェのテーマにする予定です。

一般に語られている天智天皇の話とは趣を全く異にしています。


ただいま、「ひめちゃご」で女神祭祀を追っていますが、
思いがけず、中大兄皇子が流れ着いた、みやま市の釣殿宮、太神宮が
八女の松尾弁財天と無関係でないことが分かりました。

中大兄皇子の三女神祭祀、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命
(つきさかき・いつのみたま・あまさかる・むかつひめのみこと)祭祀は
「ひめちゃご」が始まった理由を教えてくれるかもしれません。


「ひめちゃご」に関してもいずれ歴史カフェでまとめる予定ですが、
その伏線としても、中大兄皇子の足跡は重要な手掛かりとなるでしょう。

歴史カフェの会場は「ひふみ」時間はいずれも2時~4時です。
9月25日(日)
9月27日(火)
に設定しました。927は会場の都合上、少人数の受付となります。



日程 2016年9月25日(日)2時~4時
       9月27日(火)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ925希望」もしくは「歴史カフェ927希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)



地図 オーガニックひろば ひふみ

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by lunabura | 2016-09-08 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ



今日は歴史カフェ906でした。
『高良玉垂宮神秘書』の解読、二度目でしたが、やはり興味深い内容でした。

神功皇后は戦勝の褒賞に高良山を中心とした筑後を安曇族と物部氏に分配。
上宮から阿志岐にかけては安曇氏に、
下宮を中心とした範囲を物部氏にと、分けた様子が浮き彫りになりました。

それから400年経って、白村江の戦いの十年後に
仏教が入ってくる時代までを話しました。

高良山にはもともと高木の神がいたのですが、
神功皇后の時代に高木の神と安曇が入れ替わり、
天武2年に仏教が入り込んだ所までです。

天武1年に大善寺玉垂宮、そして2年に高良山玉垂宮、と
神社が次々に仏教色に塗り替えられていくようすから、
倭国終焉の状況を垣間見ることができます。

そして、次回のテーマ、「筑紫における中大兄皇子の祭祀」は
白村江の戦いの前と敗戦後で倭国が変貌していく中、
中大兄はどう過ごしたのかという話になっていきます。

このタイミング、やはり驚きです。

次回の日程は9月24日(日)と27日(火)に決定しました。

全体の流れが決まり次第、概要を書きます。


皆さんとの情報交換でも、新たな発見がいろいろと出て来たので、
ブログ記事に少しずつ反映していきます。


コメントの方も情報が飛び交って、ついていくのに精いっぱいですが、
お陰で古代の理解は各段とスピードアップしています。

チェリーさんからは、みやま市の太神宮と釣殿宮から松尾弁財天の裏山が見え、
そこを中心とした太陽祭祀が浮き彫りにされるような内容の
メールをいただいています。

このタイプは忌宮神社やみやま市権現塚古墳でも見られる祭祀法なので、
早く紹介したいです。

この祭祀点があるということは、中大兄皇子が何故そこにやって来たのか
という謎を解くヒントにもなるからです。

「ひめちゃご」と絡み合いながらの話になっていきそうです。


コメントの返事、少々お待ちくださいませ。



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by lunabura | 2016-09-06 21:48 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(11)

歴史カフェ827・906『高良玉垂宮神秘書』-アントンイソラと神功皇后―




歴史カフェ827・906

『高良玉垂宮神秘書』
-アントンイソラと神功皇后―


次回の歴史カフェは
『高良玉垂宮神秘書』-アントンイソラと神功皇后ーです。

「秘すべし、秘すべし」という文で有名な本の解説をします。

この『神秘書』は、保房という人に
老人(高良大菩薩)が三日間現れて、天地開闢から未来までを伝えたので、
これを裏紙に書きつけたというものです。

しかし、読んでみると、
実際はそのようなものではありませんでした。



カタカナで、しかも歴史的仮名遣いで書かれ、
略字が多用されているために大変難解ですが、
漢字交じりの平仮名文に変えると、面白い世界が広がっています。


冒頭の1条と最終の550条は捏造感が強く、
例えば、兜率天にいた住吉神が二十歳の若者に変身して降臨し、
神功皇后と夫婦になったように書いています。

上の内容だけでも、神仏混淆の時代になってからの創作だと分かります。

1条と550条を比較すると、内容が違っていて自己矛盾を起こし、
説明が破綻してもいます。

これはひとえに、住吉神と神功皇后の間に生まれた子供がいて、
それが応神天皇だと主張するためです。
しかし、無理が過ぎて辻褄が合わなくなってしまいました。


自己矛盾を起こした1条と550条を省いて読んでいくと、
本来の伝承が蘇ってきます。



6条に出てくる「アントンイソラ」とは安曇磯良のことですが、
『日本書紀』でその名が消され、
『神秘書』でも「高良大菩薩」という表現に替えられ、
それが誰を指しているのか分からなくなっていました。

今回は、アントンイソラと神功皇后の関わりを中心に、
仲哀天皇の崩御後の三種の神器の行方、
干珠満珠の行方、
高良玉垂宮の名称の由来、
神籠石の由来、
神功皇后とのこと
大菩薩の覆面、
磯良の最期と墓所、
九躰皇子は誰の子か、
白鳳2年の事件、
など、筑紫の謎について、『神秘書』ではどう書かれているのかを紹介します。

なお、『神功皇后伝承を歩く』をお持ちの方は上下巻とも持参してください。
関連神社を紹介します。
本が無くても大丈夫です。
また、購入希望の方はその旨、書いていただければ当日お持ちします。


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今回は8月27日(土)と9月6日(火)の二日を設定しました。
どちらも同じ内容で、時間も2時~4時、会場「ひふみ」です。

申し込みの際は
歴史カフェ827希望
歴史カフェ906希望
のいずれかを明記してください。

日程 8月27日(土)2時~4時
    9月6日(火)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ827希望」もしくは「歴史カフェ906希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。





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by lunabura | 2016-09-05 20:46 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)



神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)


今日は歴史カフェ。
難解な『高良玉垂宮神秘書』の解説でした。
誰も知らない話ばかりなので、驚かれたかもしれません。

九州年号と言われる元号が高良山ではいくつも使われているので、
その紹介も少ししました。

今回、一つ、理解できない内容がありました。

それは高木の神と高良大明神との会話の意味です。

高良大明神が高良山に初めて来たとき、
高良山に住んでいた高木の神は「神籠石」の所まで降りてきます。

そして、「印」を求めると高良大明神は神馬のヒヅメの跡を付けます。

それを見て高木の神は納得して、一夜の宿を貸すのですが、
その夜の内に高良大明神は「八葉の石畳」をぐるりと築いて結界を張ったため、
高木の神は戻れなくなって、麓に住むようになってしまいます。
(ガイドブックなら26高良玉垂宮の所に書いてます)

「神籠石」とは巨大な岩盤で、「八葉の石畳」を築く間、神々が居た所です。
「八葉の石畳」は考古学者が「神籠石」と名前をすり替えて発表しています。

このように「神籠石」(こうごいし)の名称は高良山が発祥ですが、
今では山城として捉えられてしまい、残念な経過を辿っています。

単なる石畳ですから、防衛機能は全くありません。

で、今回、皆さんに情報をお願いしたのは、
高木の神は「神馬のヒヅメの跡」(馬蹄石)を見て何故、納得したか、
それが分からなかいので、他に類例がないか、ということでした。

一つの例として、安心院の足一騰宮にも馬蹄石があって、
それは玉依姫が神馬に乗って駆け上がる時についた跡となっています。

両者に共通するのは高良大明神(安曇磯良)と玉依姫が同じ安曇族という点です。
もう一つ例が挙がれば、何らかの推測ができる訳です。

そして、早速その場で情報が出てきました。

それは八女の「けほぎ石」も「馬で蹴ってほげた穴」という話です。
それは火明命の馬だったということから、
志式神社に祀られている神でもあるという謎に繋がってきました。

「火明神」は志式神社に祀られている「荒ぶる神」の一柱。
何故なのか、理由がまだ分からなくて、拙著『神功皇后伝承を歩く』でも
上手く説明できていません。

でも、安曇族が祀っている神です。

今日の情報で、少し手掛かりがでてきました。
のちの展開が楽しみです。

さて、『高良玉垂宮神秘書』は同じ内容で9月6日にもう一度話します。
ご希望の方は、メールで申し込みください。

来月の歴史カフェは9月25日(日)です。
場所は「ひふみ」。2時~4時です。

タイトルは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」を予定しています。
詳しくはまた記事を起こしますが、受け付けは開始します。





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by lunabura | 2016-08-27 22:28 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

「歴史カフェ724」は「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―

追記

「八咫烏」を新たに
8月4日(木)2時~4時
にも行うことになりました。会場は「ひふみ」です。

「歴史カフェ804」希望
とご記入の上、下と同じ要領で申し込んでください。


2016年7月21日






「歴史カフェ724」は

「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―



神武天皇の案内を務めた賀茂氏の「建角身命」(たけつのみのみこと)を
記紀は「八咫烏」「頭八咫烏」と書いています。

八咫烏は賀茂氏のトーテムです。

一方、
高句麗の壁画には太陽の中に三足烏が描かれています。
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これらはどう繋がるのでしょうか。



その謎を解く手掛かりとなるのは
古墳の壁に描かれている「鍛冶の神」と真鍋大覚の記録でした。

『儺の国の星』の星の記録から
賀茂氏についての断片的な記述を拾い出すと、
「一目」「足一騰」「蹈鞴の神」「そほり」など、
古代の鉄の民のキーワードが出てきます。

これらを整理し、

肥前、唐津市七山の賀茂神社。
筑後、うきは市の賀茂神社。

さらには、肥後の一目(ひとつまなこ)神社。
豊後、安心院の足一騰(あしひとつあがり)宮。

など、北部九州に展開していた賀茂氏や鉄の民の名残を確認して
古代の鉄の民の世界を探って行きます。





日程 7月24日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ724希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
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by lunabura | 2016-08-02 22:07 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ことのは



ことのは


昨日は「八咫烏」でした。
集まって来てくださった皆様、ありがとうございました。

各資料を声を出して読んでいくと、
単語の「発音」が少しずつ音韻を変えながらも
繰り返し出てきていることに気付いてドッキリするシーンがありました。

例えば、七山では賀茂を「がも」と発音しているそうですが、
山鹿の一ツ目神社の地名が蒲生(がもう)なんです。

どちらも賀茂氏ということが分かりました。

その痕跡は神社の名や祭神や地名に残っているんですね。

氏族は神と地名を持って移動する。
それを目の当たりにする例に満ちていました。

「言葉」は目で見て、耳で聞いて、口に出してみて
深く味わうことが大切なんですね。


古代の言語は、記紀では漢字に変換して記録されているので、
そのニュアンスは失われていますが、
地名などにはしっかりと残っているので、
まだまだ古代への手掛かりは枚挙にいとまがありません。

今回は、「ことのは」の魅力に心惹かれた歴史カフェでした。

さて、今日は、中大兄皇子の整理をしました。
筑紫にいた中大兄皇子の姿を描いています。

これもまた、魅力的な世界です。





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by lunabura | 2016-07-25 23:52 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

チーム・アンドロメダも



チーム・アンドロメダも



明日の「八咫烏」の資料、今回は三分の一を真鍋大覚の記述が占めています。

これまでは神社の縁起を理解するために、真鍋の資料を引用していましたが、
今回は真鍋の資料から「八咫烏、賀茂氏、一目神」に絞って
分類し、整理しました。

これが、以前からやりたかった「チーム・アンドロメダ」の
端緒にもなりそうです。



「チーム・アンドロメダ」とは真鍋大覚の研究チームです。
まだ発足はしていませんが(^^;

「アンドロメダ」は倭名で「大覚」とも言うので、
チームにその名を付けた訳です。



真鍋の口碑が真実かどうか、検証しなくてはならないのですが、
その前にその内容を明らかにする必要がある訳ですね。



いろいろと悩んで、辞書のように単語から引けたら便利だなと
先日思いついた話を書きましたが、
今回、その単語集が「八咫烏」の三分の一を占めることになったので、
歴史カフェで育っていってる資料の中で、
チームアンドロメダの資料も出来ていくことになるかもしれません。





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『古事記』の中の単語で、従来解明できていないものが含まれているので、
るな的にはかなりの嬉しさです。


「七支刀」で物部氏、「八咫烏」で賀茂氏。
これら、古代の鉄の民の姿がうっすらと見えてきました。(^^♪






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by lunabura | 2016-07-23 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

交流会




昨日の歴史カフェ721、多くの方に集まっていただきました。
ありがとうございます。

今回も関門海峡を越えて遠方から来て下さる方が二人もありました。

九州の古代史に興味を持って調べている方。
自分のルーツを探す方。
あるいは日本人のルーツを探す方。
または隠れ宮の話を持って来て下さる方。
神功皇后の事が知りたい方。

思いはそれぞれですが、
この日、同じテーブルに集うことにさえ、神慮が働いていることに
感動しました。

一人一人のファミリーヒストリーは単独で在るのではなく、
遥かな時間軸、
あるいは広い空間軸、
これらが果てしなく続き、
かつ、アラベスクのように絡まりあった複雑な姿をしていることを
肌で感じる交流会でした。

歴史カフェは
その絡まりを一つ一つ解きほぐして、
自分は誰なのだ、という
永遠の命題の手掛かりを得るための不思議な集いでもあるのかと、
ひそかに思いました。

一歩動くことが縁を引き寄せていることを目の当たりにしています。

お茶を飲みながらの情報交換は次への道筋を
それぞれに見せてくれているんだな、と思うのです。

皆さんが何気なく話す言葉に、大きなヒントを得るのは私だけではないでしょう。


何故?

この思いこそ、真理への道を開く扉になるもののようです。



忘れ去られた「九州の古代史」を明らかにする。
これが「日本の古代史」を明らかにすることになるという思いも強くしました。




さて、今日は、打ち合わせをしました。
まだ公開できないのですが、楽しい企画です。

ガイドブックを書いたことで新しい御縁をいただきつつあります。

そして、バスツアーをしようという話も複数浮上しています。

ガイドブックの地に自分の足で立って、歴史を体感したいという流れが
生まれて来ているのだと思います。

ちまたでは、「ポケモンGO」が始まりましたが、
大人のゲームは「ジングウGO」とでも言いましょうか。

神社をカメラに収める大人女子、大人男子の姿が
来年は福岡の各地で見られるかもしれません。






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by lunabura | 2016-07-22 23:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ721「磐井の乱の後」追加日程募集の案内


歴史カフェ721

「磐井の乱の後」

追加日程募集の案内



「歴史カフェ626」と同じ内容を、7月21日(木)に話します。

申し込みの方は「歴史カフェ721」と書いて、住所・氏名をご記入くださいませ。





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「筑紫君磐井」は『日本書紀』には「国造」と書かれているが、
『古事記』には「竺紫君」と書かれている。

『日本書紀』では磐井の乱は継体天皇との戦いのように書かれているが
『古事記』では継体天皇は戦いの前に死んでいる。

このように多くの矛盾を抱えている記紀では、実態を描くには限度がある。



筑紫の各地の伝承はどうだろうか。
それらを総合してみると、次のような世界が描き出された。

磐井君は久留米市の高良山と明星山に居城を構えていた。

磐井君の死後、その末裔たちは筑前と豊前で同時多発的に一斉蜂起したが、
またもや敗北。


磐井君の夫人は幼子を連れて現・福津市へ逃れた。
葛子の夫人は福津市で何者かに暗殺された。


しかし、葛子の子である鞍橋君は百済と共闘して新羅と戦った。
そして、同様に葛子の子である勝村・勝頼は宮地嶽を守った。



福津市では磐井の菩提寺が作られ、宮地嶽には巨大な古墳が作られた。

勝村・勝頼が眠る宮地嶽古墳から出土した鉛ガラスは何を語るか。

古墳内で舞われた筑紫舞にはもう一人の証言者がいた。


そして、昨年。
ついに舞われた秘舞は宮地嶽神社が安曇族であったこと示した。

これら、各地の神社縁起や寺の縁起を通して
磐井の乱の後の子供や孫たちが「磐井の乱の後」にどうなったかを描く。



これは久留米大学の公開講座で話した内容ですが、
今回はパワーポイントを使わずに資料を使ってお話しします。

出版予定の「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」(仮題)
の内容の一部を先行して話すものです。


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拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 69番宮地嶽神社




日時 7月21日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
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by lunabura | 2016-07-20 22:13 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




不思議なタイミングで届けられた二冊の本。
『儺の国の星』と『儺の国の星拾遺』。

この本を読むと、難解ながらも、
星のきらめきと
それに手を合わせる古代の民たちの営みが伺えて
うっとりとしてしまいます。

その一部を分類して自分で検索できるように作ったノートも
ファイル化して五冊になりました。
30センチ近い厚みです。

これでようやく調べ直すことが容易になりました。
不完全ながら辞書代わりに使っています。


星や植物や神々。

この本は渡来人たちの歴史書でもあります。
彼らに接した倭人たちは、新たに言葉を作ってもいます。


私のフィールドワークが重なるにつれて、
理解できる部分が増えて来ました。

筑紫を歩かないと理解できない本だったのです。



今、「八咫烏」のレジメづくりに取り掛かっていていますが、
加茂氏に関する記述は意外に多いです。

数日間、この難解な文章をどうやってレジメ化するか悩んでいたのですが、
単語帳のように、簡潔な辞書形式にすることを思いつきました。
これで、レジメの記述がはかどるようになりました。




日本の古代。
倭人と渡来人の研究に光を灯す二冊の本。


これは世から消えるのだろうか。
あるいは世に出るのだろうか。

いつもそう考えてしまいます。



まるで絶滅危惧種のような貴書なのです。





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by lunabura | 2016-07-01 20:57 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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