ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:歴史カフェ( 68 )

交流会




昨日の歴史カフェ721、多くの方に集まっていただきました。
ありがとうございます。

今回も関門海峡を越えて遠方から来て下さる方が二人もありました。

九州の古代史に興味を持って調べている方。
自分のルーツを探す方。
あるいは日本人のルーツを探す方。
または隠れ宮の話を持って来て下さる方。
神功皇后の事が知りたい方。

思いはそれぞれですが、
この日、同じテーブルに集うことにさえ、神慮が働いていることに
感動しました。

一人一人のファミリーヒストリーは単独で在るのではなく、
遥かな時間軸、
あるいは広い空間軸、
これらが果てしなく続き、
かつ、アラベスクのように絡まりあった複雑な姿をしていることを
肌で感じる交流会でした。

歴史カフェは
その絡まりを一つ一つ解きほぐして、
自分は誰なのだ、という
永遠の命題の手掛かりを得るための不思議な集いでもあるのかと、
ひそかに思いました。

一歩動くことが縁を引き寄せていることを目の当たりにしています。

お茶を飲みながらの情報交換は次への道筋を
それぞれに見せてくれているんだな、と思うのです。

皆さんが何気なく話す言葉に、大きなヒントを得るのは私だけではないでしょう。


何故?

この思いこそ、真理への道を開く扉になるもののようです。



忘れ去られた「九州の古代史」を明らかにする。
これが「日本の古代史」を明らかにすることになるという思いも強くしました。




さて、今日は、打ち合わせをしました。
まだ公開できないのですが、楽しい企画です。

ガイドブックを書いたことで新しい御縁をいただきつつあります。

そして、バスツアーをしようという話も複数浮上しています。

ガイドブックの地に自分の足で立って、歴史を体感したいという流れが
生まれて来ているのだと思います。

ちまたでは、「ポケモンGO」が始まりましたが、
大人のゲームは「ジングウGO」とでも言いましょうか。

神社をカメラに収める大人女子、大人男子の姿が
来年は福岡の各地で見られるかもしれません。






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by lunabura | 2016-07-22 23:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ721「磐井の乱の後」追加日程募集の案内


歴史カフェ721

「磐井の乱の後」

追加日程募集の案内



「歴史カフェ626」と同じ内容を、7月21日(木)に話します。

申し込みの方は「歴史カフェ721」と書いて、住所・氏名をご記入くださいませ。





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「筑紫君磐井」は『日本書紀』には「国造」と書かれているが、
『古事記』には「竺紫君」と書かれている。

『日本書紀』では磐井の乱は継体天皇との戦いのように書かれているが
『古事記』では継体天皇は戦いの前に死んでいる。

このように多くの矛盾を抱えている記紀では、実態を描くには限度がある。



筑紫の各地の伝承はどうだろうか。
それらを総合してみると、次のような世界が描き出された。

磐井君は久留米市の高良山と明星山に居城を構えていた。

磐井君の死後、その末裔たちは筑前と豊前で同時多発的に一斉蜂起したが、
またもや敗北。


磐井君の夫人は幼子を連れて現・福津市へ逃れた。
葛子の夫人は福津市で何者かに暗殺された。


しかし、葛子の子である鞍橋君は百済と共闘して新羅と戦った。
そして、同様に葛子の子である勝村・勝頼は宮地嶽を守った。



福津市では磐井の菩提寺が作られ、宮地嶽には巨大な古墳が作られた。

勝村・勝頼が眠る宮地嶽古墳から出土した鉛ガラスは何を語るか。

古墳内で舞われた筑紫舞にはもう一人の証言者がいた。


そして、昨年。
ついに舞われた秘舞は宮地嶽神社が安曇族であったこと示した。

これら、各地の神社縁起や寺の縁起を通して
磐井の乱の後の子供や孫たちが「磐井の乱の後」にどうなったかを描く。



これは久留米大学の公開講座で話した内容ですが、
今回はパワーポイントを使わずに資料を使ってお話しします。

出版予定の「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」(仮題)
の内容の一部を先行して話すものです。


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拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 69番宮地嶽神社




日時 7月21日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ721希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。

(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ



 皆さんのご参加をお待ちしています♪





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by lunabura | 2016-07-20 22:13 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




不思議なタイミングで届けられた二冊の本。
『儺の国の星』と『儺の国の星拾遺』。

この本を読むと、難解ながらも、
星のきらめきと
それに手を合わせる古代の民たちの営みが伺えて
うっとりとしてしまいます。

その一部を分類して自分で検索できるように作ったノートも
ファイル化して五冊になりました。
30センチ近い厚みです。

これでようやく調べ直すことが容易になりました。
不完全ながら辞書代わりに使っています。


星や植物や神々。

この本は渡来人たちの歴史書でもあります。
彼らに接した倭人たちは、新たに言葉を作ってもいます。


私のフィールドワークが重なるにつれて、
理解できる部分が増えて来ました。

筑紫を歩かないと理解できない本だったのです。



今、「八咫烏」のレジメづくりに取り掛かっていていますが、
加茂氏に関する記述は意外に多いです。

数日間、この難解な文章をどうやってレジメ化するか悩んでいたのですが、
単語帳のように、簡潔な辞書形式にすることを思いつきました。
これで、レジメの記述がはかどるようになりました。




日本の古代。
倭人と渡来人の研究に光を灯す二冊の本。


これは世から消えるのだろうか。
あるいは世に出るのだろうか。

いつもそう考えてしまいます。



まるで絶滅危惧種のような貴書なのです。





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by lunabura | 2016-07-01 20:57 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ 磐井の末裔でした



今日は、梅雨の晴れ間、ぐんぐん気温が上がりましたが、
歴史カフェ、皆さま集まって下さってありがとうございました。

磐井の乱の実態がどんなものか、
実際に記紀を読み、問題点を洗い出したりしながら、
記紀には書かれていない、磐井の乱の後の約百年間、
筑紫や豊の情勢を俯瞰しました。

磐井の末裔たち、十人の様子を見ていったので、
猛スピードでしたが、
これから出会う歴史上の人物や遺跡などを考える時の
「一つの指標」になればと思います。


皆さんからも不思議な話や、風習など聞かせていただいて、
口コミならではの楽しい時間を持ちました。




次回のテーマは「八咫烏」ですが、
日程をまだ決めていません。

テーマが大きく、さらに古層に分け入っていくので、
準備の目途が立ってから、お知らせします。

少々お待ちくださいませ。






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by lunabura | 2016-06-26 23:09 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

磐井君の末裔たちのレジメ完成



磐井君の末裔たちのレジメ完成




次回の歴史カフェのレジメが仕上がりました。


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神社の縁起を調べていくうちに、磐井君の末裔について、
子供は四人、孫は六人、合わせて十人の存在が分かりました。

今回はこの十人について、磐井君に近い順から、
系図や伝承、また墓や神社など、分かった事をお話ししていきます。

パワーポイントではなく、史料を読んでいくので、
かなりの理解が進むのではないかと思っています。

この史料を読み込めば、
磐井君が新羅寄りではなく、百済寄りだったこと。

宮地嶽神社の境内にある宮地嶽古墳の被葬者は
宮地嶽神社の祭神であること、
など、おのずと明らかになります。

徳善説の誤解
宗像族の人物が安曇族の聖地に葬られることはあり得ません。

胸肩徳善説を唱える方は、時代が100年以上違う点について、
説明すべきでしょう。

なにせ、徳善は天武天皇の時代に活躍した人物ですから、
生まれる前に墓を作ったということを立証するのは出来ないことです。



新羅寄り説の誤解

また、磐井君新羅寄り説の方は、
磐井の孫の鞍橋君が百済王子と共に戦っていることを知らないのでしょう。

宮地嶽古墳から出土した「鉛系ガラス板」は磐井と百済の深い関係を物語っています。





逆賊という汚名を、しかも濡れ衣を着せられながらも、
自分たちの矜持を守り続けた磐井君の末裔たち。

今回は、久留米と糟屋、福津を結んで「磐井の乱の後の世界」を描いていきます。




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by lunabura | 2016-06-20 20:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ お礼




「歴史カフェ お礼」


今日も、沢山の方が集まってくださいました。
ありがとうございます。

「七支刀」という大きな課題を、各方面からアプローチしてみました。

その結果、七支刀がどのように使われたのか、ある程度の結論が出、
物部氏の分布状況など、新しい世界も見えて来ました。


ぱらさんが持参してくれたヒカゲノカズラはメダカのお宿に嫁入りしましたよ。
沢山の卵が産み付けられるのを想像すると楽しくなります♪



次は八咫烏、一目など、さらに古層にチャレンジするのですが、
その前に、「磐井の乱の後」を626でやります。
新たに参加ご希望の方は721にお申込みください。



さて、
今夏から秋、来春にかけての新しいイベントがいくつか形をなしてきています。
皆さんにご報告する日が楽しみです。


明後日は「香椎宮」の話なので、今から頭を切り替えます^^






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by lunabura | 2016-06-10 20:56 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ヒカゲノカズラの髪飾り



ヒカゲノカズラの髪飾り





ヒカゲノカズラをくるりと、丸くすると髪飾りに。





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これは坩堝(るつぼ)の仕上がりを願う女人の髪飾りだという。




アメノウズメもそうだったのかもしれない。

『古事記』
アマテラスが天岩戸に籠ると、真っ暗闇に。

神々は相談して鏡を作ることにした。

天岩戸の前に堅石(かたしは)を取り、
金山の鉄を取って、
鍛人(かぬち)天津麻羅を連れて来て、
イシコリドメ命に鏡を作らせた。

そんな記述がある。

神々は天岩戸の前で鉄を作ることにして、鍛人の天津麻羅を連れて来た。
この天津麻羅が物部造等の祖だということは、
技術指導のために連れて来たのかもしれない。

デザインや作り方など、鉄で鏡を作るのは、
イシコリドメにとっては新しいチャレンジだったことだろう。


アメノウズメは、鏡が造られる間、ヒカゲノカズラをタスキに掛けて
舞い続けたのではないか。
きっと鏡の仕上がりを願った巫女の舞だったのだろう。

ヒカゲノカズラには薬効として、
「炎の色に敏感になる」という効力があるのだ。

温度計の無い時代、工人にとっては、炎の色だけがタイミングを知らせるものだった。
だから、ヒカゲノカズラの精霊の援けが必要だったのだ。

それが七支刀に発展する。



ところで、
アマテラスの岩戸隠れを日食現象とする人が多いけど、
日食は短い現象。

鉄を取ってきて、鏡を作るのだから、長い日にちが掛かっている。

岩戸隠れが象徴するものとはなにか。
今、二つ思うことがある。

一つは、冬至の祀り。
スコットランドとか、冬は太陽の出ている時間がとても短い。
太陽の長い籠りの期間が終わって、再び輝き出す春を祝う祭。
それがルーツではないか。


もう一つは、人々の願いを引き受けてドロドロになった神が引き籠ったのを、
引き出して禊を勧める祭。

大善寺玉垂宮の火祭りとか、
太宰府天満宮の鬼くすべとかが、そのタイプ。


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(『神功皇后伝承を歩く』78大善寺玉垂宮より)


う~ん。
ヒカゲノカズラを見ていると、
北ヨーロッパの冬至の祀りの名残というイメージが強くなった。






ヒカゲノカズラ、「610」まで緑でいてくれると、いいな。






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by lunabura | 2016-06-01 22:15 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ626「磐井の乱の後」


歴史カフェ626

「磐井の乱の後」



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「筑紫君磐井」は『日本書紀』には「国造」と書かれているが、
『古事記』には「竺紫君」と書かれている。

『日本書紀』では磐井の乱は継体天皇との戦いのように書かれているが
『古事記』では継体天皇は戦いの前に死んでいる。

このように多くの矛盾を抱えている記紀では、実態を描くには限度がある。



筑紫の各地の伝承はどうだろうか。
それらを総合してみると、次のような世界が描き出された。

磐井君は久留米市の高良山と明星山に居城を構えていた。

磐井君の死後、その末裔たちは筑前と豊前で同時多発的に一斉蜂起したが、
またもや敗北。


磐井君の夫人は幼子を連れて現・福津市へ逃れた。
葛子の夫人は福津市で何者かに暗殺された。


しかし、葛子の子である鞍橋君は百済と共闘して新羅と戦った。
そして、同様に葛子の子である勝村・勝頼は宮地嶽を守った。



福津市では磐井の菩提寺が作られ、宮地嶽には巨大な古墳が作られた。

勝村・勝頼が眠る宮地嶽古墳から出土した鉛ガラスは何を語るか。

古墳内で舞われた筑紫舞にはもう一人の証言者がいた。


そして、昨年。
ついに舞われた秘舞は宮地嶽神社が安曇族であったこと示した。

これら、各地の神社縁起や寺の縁起を通して
磐井の乱の後の子供や孫たちが「磐井の乱の後」にどうなったかを描く。



これは久留米大学の公開講座で話した内容ですが、
今回はパワーポイントを使わずに資料を使ってお話しします。

出版予定の「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」(仮題)
の内容の一部を先行して話すものです。


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拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 69番宮地嶽神社




日時 6月26日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
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「歴史カフェ626希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。

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地図 オーガニックひろば ひふみ



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by lunabura | 2016-05-31 20:14 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ヒカゲノカズラと「七支刀」



ヒカゲノカズラと「七支刀」



今日は、歴史カフェ「七支刀」。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。
近郊および、佐賀県、あるいは東京からの参加もあり、
今日も新しいご縁が生まれて、嬉しく思いました。


「七支刀」のデザインの元はヒカゲノカズラ、と
真鍋大覚が書いているので、それを検証したのですが、
パラさんが「本物」を持って来てくれて、テンションMax。(^^;







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アメノウズメのように「日影をタスキに」かけて楽しませていただきました。








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ヒカゲノカズラの葉の並びを見ると七支刀と基本構造が似てる。
そして、こうやの宮の神像の七支刀の刃はまるで炎のよう。
これは賀茂氏(ヤタガラス)の信仰する「火雷神」の化身でもあるようです。

ヒカゲノカズラがあったので、謎解きの大きなヒントとなりました。
この辺りは、610に参加される方々のためにネタバレなしにしときましょ。


ヒカゲノカズラは鉱物が露天掘り出来るようなところにも生えるそうです。
渡来した古代人もこれを見つけたらきっと大喜びしたでしょうね。


花の胞子は現代でも、花火に使うそうです。







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by lunabura | 2016-05-29 21:27 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(9)

明日




明日は「歴史カフェ529」です。
ただ今、テキストを印刷中です。

資料をまとめ、リハーサルを何度かするうちに、
テーマに深く接することが出来るのでしょうか、
七支刀とはどんな目的で造られたのか、
予想を付けず、白紙の状態でいると、
不思議におのずと結論が出てきました。

明日、これを皆さんと分かち合い、
皆さんからも意見をいただいて、
話し合えると思うとワクワクします。

武器ではない神剣。
やはり素敵です。



それでは明日、「ひふみ」でお待ちしています。(^^)/




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『神功皇后伝承を歩く上下』を少し持って行きます。
ご希望の方は、メールで申し込んでおかれたら、確実に渡せます。
当日、本を見て購入を考えられても大丈夫です。





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by lunabura | 2016-05-28 23:16 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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