ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:歴史カフェ( 65 )

歴史カフェ 「七支刀」他の日程の要望があれば、リクエストください。



歴史カフェ 


「七支刀」他の日程の要望があれば、
リクエストください。


5月29日(日)の歴史カフェ、
おかげさまで満席になりました。

歴史と交流ということで、お茶を飲みながらの歴史講座です。
(内容はくそ真面目ですが)

希望されていて、日程が合わなかった方、
「七支刀」の講座のご希望がありましたら、
6月以降で他の日程での開催をいたします。

希望の日程を「複数」、リストアップしてください。
当方と、会場「ひふみ」の都合を摺り合わせて決定します。

三人以上になったら開催します。

おひとりで希望されても、参加募集するので、
三人以上になったら大丈夫です。
(三人以上にならなかったら、ブログで中止を書きます)


――広い会場でやったら?
とアドバイスを頂いたりしていますが、
今年は狭い会場で、ゆるりと交流したいと思います。






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by lunabura | 2016-05-09 11:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

歴史カフェ 再スタートします!5月は「七支刀」



歴史カフェ 再スタートします!

5月は「七支刀」
 
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4月は歴史カフェの開催を中止して、
大変ご迷惑をおかけしました。
改めてお詫び申し上げます。


さて、5月から、改めて開催日を変更して、再スタートします。


5月のテーマは「七支刀」です。
次のような内容を考えています。

1 七支刀の環境 石上神宮と古物神社とこうやの宮(磯上物部神社)
2 七支刀は複数ある 鋳型で造られた
3 削られた年号部分 369年説は根拠がなかった
4 デザインのもと ひかげのかずら アメノウズメ
5 賀茂神社と賀茂氏 佐賀

物部氏の武器庫として有名な「奈良の石上神宮」と
物部の里「鞍手の古物神社」に共通する「フル」の地名。

また、七支刀を持つ神像で有名な「こうやの宮」(磯上物部神社)。
七支刀の年号の問題や、デザインについて。
そして、ひかげのかずらと賀茂氏。

など、七支刀に関しての資料を整理して、
古代の歴史の再現にチャレンジしていきます。


参加ご希望の方は
以下から 「歴史カフェ529希望」と書いて、
氏名、郵便番号、住所を記入の上、
お申し込みください。

必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは番号違いがないか、調査をお願いします。

既に歴史カフェに参加された方は、「歴史カフェ529希望」と「氏名」だけで結構です。



日時 5月29日(日)2時~4時
テーマ 七支刀
会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 20名(要予約)
申し込み方法 
「歴史カフェ529希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

会場 オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755


オーガニックな食材が沢山あるので、
お買い物をする方は始まる前に前にどうぞ。(^-^)




地図 オーガニックひろば ひふみ


皆さんのご参加をお待ちしています♪





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by lunabura | 2016-04-28 11:46 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ 延期のお知らせ


歴史カフェ


延期のお知らせ


みなさん、こんにちは。

春の嵐なのか、身辺バタバタしていていました。

ブログの更新の時間がやっととれました。


勝手な都合ですが、

4月と5月の「歴史カフェ」の開催を「延期」せざるを
得なくなりました。



申し込みされた方へ


ご迷惑をおかけします。


せっかく、ご都合を合わせての申し込みをいただいていますが、

また、スケジュールを組みなおしてご案内いたします。



よろしくお願いいたします。







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by lunabura | 2016-03-31 15:19 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(19)

今日の歴史カフェ



今日の歴史カフェ


今日も良いお天気でした。



今日の歴史カフェ、宮崎や遠方から近郊の方々まで、
少人数で楽しい古代史のひと時を過ごしました。

前回も熊本や長崎からもお越しいただきました。
ネットのチカラには目をみはらされます。

交流会の話題は各地の神社や神々や祈りのこと。
各地に祈りの方々が居られ、
それぞれの地に祈りを捧げられているようすを、
リアルタイムで交換できました。

舞や機織りもまた祈りの姿。


それぞれが自分の使命に向かう姿は美しいものです。



自分の使命への一歩は、内なる思いに対して行動すること。

そこから縁が結ばれていくんですね。

だって、自分が縁結びの神様だったら、
ぐずぐずしている人に縁を結ぶのは大変です。

思ったら行動。

そんな人なら、縁結びも可能性が広がりますよね。




今日も、座ったら目の前にご縁の方。

そんな、嬉しい光景を見せていただきました。



そう、歴史カフェの時には、名刺や小さな印刷物など、

ちょっと交換できるものを用意していたら、便利そうですよ。



※ 皆さま、コメントありがとうございます。




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by lunabura | 2016-03-22 20:56 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ 3月4月5月


歴史カフェ

3月4月5月

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本日の歴史カフェ312、集まっていただいて
ありがとうございました。

「糸島の女神たち」とは
糸島に、木花咲耶姫と磐長姫から始まり、
豊玉姫、玉依姫、奈留多姫と歴代の王妃が狭いエリアに
集中して祀られていることに注目した話です。

糸島にはこの王妃に対応する王たち、
ニニギの命から彦火火出見、ウガヤフキアエズ、神武天皇までも
集中して祀られています。

細石神社の近くには楽浪郡からの使者が留まった形跡のある三雲井原遺跡や
三雲南小路遺跡があり、3世紀初頭の平原遺跡まで、
三つの遺跡から出土した銅鏡を足すと105面にもなります。

特に三雲南小路遺跡には王者の印であるガラスの璧が副葬されていました。
この遺跡から1~2分歩けば細石神社に着きます。

遺跡の周溝と細石神社の水路の大きさがほとんど同じということは、
両者が深い関わりを持っていることを示しています。

この細石神社には大山祇一族の姫神たち、木花咲耶姫と磐長姫が祀られていて、
木花咲耶姫が塗りこめた土の産屋で火の三子を生んだ場所も伝わっています。
ここに産鉄族が集落を営んでいたことを暗示しています。

木花咲耶姫は三雲村に留まらず、南にそびえる脊振山系に祀られ、
契山ではニニギの命と出会った伝承もあり、
神話の世界が実は伊都国に実在したことを物語っています。

今日は、バスツアーの内容を時系列に捉え直して、
系図や地名、系図の理解に重きを置きました。



同じ内容を3月22日(火)でも話します。
2時から4時まで。会場は「ひふみ」です。
参加ご希望の方は「歴史カフェ322」希望と書いて
お申込みください。



4月のテーマは「七支刀」です。

石上神宮の七支刀を実見したところ、年号の一部が削り取られていました。

教科書には、この存在しない元号に想像の年を当てたものが
書かれていたことが判明しました。

七支刀は一本だけではありません。
中国に存在していたものを複製したことが裏の銘文に書かれています。

複数存在することが分かったので、
福岡県みやま市のこうやの宮の神像の手に持たれている七支刀も
また新たな観点から考察する必要があります。

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奈良県石上神宮の「布留」という地名と鞍手の「古」のつく地名。
デザインの元となった「ひかげのかずら」。
賀茂氏との深い関わり。
など、七支刀の全体を整理したいと思います。

4月9日はお陰で満席になりましたので、(時間は2時からにしました!)
新たに4月17日を設定しました。
時間はいずれも2時~4時です。

4月9日(土)2時~4時 満席

4月17日(日)2時~4時 募集中 (歴史カフェ417)


5月のテーマは「八咫烏」です。
高句麗壁画に描かれている「八咫烏」。
神武天皇を導いた八咫烏。
比較すると日本の八咫烏の方が古いですね。
ついでに、高良大菩薩が手にしていたのはミサキ烏。
などなど、八咫烏について整理します。

5月7日(土)2時~4時 (歴史カフェ507)

会場はいずれも「オーガニック広場 ひふみ」古賀駅前です。


以下から 希望日付、氏名、郵便番号、住所を記入の上、
お申し込みください。
必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは番号違いがないか、
調査をお願いします。


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 20名(要予約)

申し込み方法 
「歴史カフェ417」希望 「歴史カフェ507」希望と
それぞれ書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。

(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

一度参加された方は住所は書かなくても結構です。


会場 オーガニック広場 ひふみ 
福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755


下は「ひふみ」のHPとfacebookから。
オーガニック広場 ひふみ

092-944-5755
http://miroku.ocnk.net/

オーガニック広場ひふみの所在地は『福岡県古賀市天神1-2-3』です。
JR鹿児島本線古賀駅西口正面にあります。駅を降りたら徒歩10秒ほど。

麻、竹、竹炭、天然木等を店内随所に使用・設置していますので、心身と商品にやさしい環境でお買い物を楽しんでいただけます(^^)



オーガニックな食材が沢山あるので、
お買い物をする方は始まる前に前にどうぞ。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ


皆さんのご参加をお待ちしています♪





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by lunabura | 2016-03-22 08:38 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(13)

こうやの宮(磯上物部神社)「七支刀」でつながる奈良と鞍手と太神


こうやの宮(磯上物部神社)

「七支刀」でつながる奈良と鞍手と太神(おおが)


4月の「歴史カフェ」は「七支刀」についての整理をしますが、
七支刀を持つ神像が祀られている「こうやの宮」について
自分の過去記事を見ると感想だけしか書いておらず、
その詳細は記録していないことに気づきました。

ネットを見ると、こうやの宮の祭神や新しい社殿に関して
誤解した記事があるので、改めて書いておこうと思います。

今回は
「みやま市みなみ校区まちづくり協議会「みなみ地元学」」の
辺春秀雄氏の講演の時のメモを起こします。
聞き違いがある場合は、是非とも指摘、訂正をお願いします。


「こうやの宮」は福岡県みやま市瀬高町太神字鬼木長島(おさじま)にあります。
「太神」は「おおが」と読みます。

そこから七支刀を持った神像が発見されました。
これは奈良の七支刀の発見よりずっと古くから伝わっているものです。

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この地の旧名は筑後国山門郡太神村で、『倭妙類聚抄』には「太神郷」と出てきます。

「山門」には「夜万止」(やまと)、
「太神」には「於保美和」(おほみわ)と読み仮名がついています。

ですから、「太神」の読みは「おおみわ」から「おおかみ」「おおが」と変化しているのが分かります。

「こうやの宮」は正式には「磯上物部神社」と言い、
高良山と関係の深い宮だそうです。





現代になってだんだん祭祀が困難になっていくのはこの宮も同じで、
この宮を日比野克彦氏がレポートした時には社殿の壁板には隙間があり、
風雨が入り込む状況でした。

この中に五柱の神像が祀られていて、その重要性に気づいた古田武彦氏が
プロのカメラマンを呼んで記録を撮られたそうです。

そして、自ら、古田史学会の方々と共に費用を負担されて、
新しい社殿を建立されたと聞きました。

記名帳に最初に記名されたのはそういう事情から、当然のことです。
事情を知らない方が変な印象を書かれていたので改めて記録しておきます。

新しい社殿の建立の時、厨子を地元の方が造って寄贈されたのですが、
あいにく一般的な三部屋の厨子を造られたそうです。

このために、五体の神像を厨子に入れていくとき、
大きさに合わせて順番が入れ替わったのです。

だから、この謎を研究する人は現在の並び順で解いてはなりません。

聞き取った順は「左」から次のようになります。

1番目 赤い河童らしき神像
2番目 マントを着た男神像
3番目 鏡を持った女神(あるいは少年神)
4番目 七支刀を持った男神像
5番目 五七の桐の神紋の男神座像

今では五七の桐の座像が中央になってしまっていますが、
本来は「鏡を持った神像」が中央です。
その髪型は稚児髪で、裾をしぼった袴を履いていて、
少年か女神か意見が分かれています。

実見すれば、男女は判定できるかもしれませんね。
「こうやの宮」の主祭神は「鏡を持った神像である」ということを
認識していただきたいと思います。

二十年前までは花見の時には神像を連れて出かけたそうです。
のどかな話ですね。

社家は因幡家ですが、古くは中島家で物部氏だったといます。

この「こうやの宮」の周囲には小さな宮が集中して鎮座しています。
グーグルで見て、森が見えるとしたら、その殆どが宮です。

この地区での大きなイベントは景行天皇の西国巡視と天智天皇の西国修行です。
鞍手とそっくりです。
鞍手の方は景行天皇の子のヤマトタケルと、
岩瀬宮に滞在した天智天皇の組み合わせです。

太神の沢山の宮々の一部の祭神と縁起を紹介します。

「釣殿殿」祭神は景行天皇とも天智天皇とも言われている。
「田中の神」は物部田中神で、ご神体は石三個。(確か巨石だったと思う)

「西の宮」は物部阿志賀野氏の祖先神を祀る。因幡家が祭礼を司った。ご神体は葉っぱの化石、あるいは浮彫の人物絵。

「大神宮」は天智天皇がひもろぎを立てた所。祭神は天照大神。筑紫三宅連得許が奉納した。得許は天智3年白村江の戦いで捕虜になり、天武13年(684)に21年ぶりに唐から帰還した。

「宇津羅姫社」は宇津良比女神で、景行天皇が黒崎から岩津の高田行宮、宇津に到る行路を守護した女酋長で、ここに墳墓を築いた。
(同じ地方で葛築女は景行天皇に滅ぼされている)

「乙姫神社(小河神)」祭神は豊玉彦命と豊玉姫。神職の先祖が海神の宮から赤玉・白玉を持ち帰って箱に収めて祀ったが、のちに玉は紛失。

「天道社(天下皇神)」川上明神、祭神 罔象女神(みずはのめ)神、瀬織津姫神。
主神は女神像で異国風の衣装。頭巾らしきものを被り、頭部に「猿頭」を刻む。
脇にカッパ像。河童は技術を持って来た渡来人。

長島南部の野田は殆どが三栗野姓で、鍛冶屋ばかりだた。

まだまだありますが、これくらいで。

祭神の組み合わせも鞍手そっくりですね。

太神には物部氏、安曇族、カッパ(國栖すなわち鞍手)のコロニーが
そのまま残っていたのではないかと思われます。

古代の国際港、榎津もすぐ近くです。
景行天皇の時代から天智天皇の時代まで重要な拠点だったのは明らかです。


景行天皇の時代には宇津羅姫が女王として天皇を援助していますが、
全く同時代に北西部にいた女王・葛築目(くずちめ)は殺されています。

この辺りは、マップを使ってカフェではしっかりと押さえたいと思います。

太神の物部は天皇方でした。

すぐ次の時代の神功皇后の名が祭神には見当たらないのですが、
付近に上陸して葛築目の跡継ぎの田油津姫を滅ぼしています。

田油津姫はもちろん田川の姫でしたね。

「こうやの宮」の祭神そのものは名前が分かりませんが、
高良山と関係が深く、この時代の神々を祀っているとすると、
神功皇后を中心として、
高良下宮社の武内宿禰、安曇磯良(高良玉垂命)物部膽咋(いくひ)という
組み合わせの仮説を立てることも可能かもしれません。


白村江の戦いで筑紫君薩夜麻が唐の捕虜となっている話は歴史から消されていますが、この邑の筑紫三宅連得許も連行されたとなると、
かなり突っ込んで研究が出来そうですね。

天智天皇がすぐに即位しなかった事情も、
面白い話が伝わっているので、妄想のレベルでお話しします。


鞍手の歴史を学んでいる時に、七支刀の縁で、
みやま市の歴史が同じような状況であることを学ぶのもまた不思議なシンクロです。


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by lunabura | 2016-03-16 21:04 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

い・と・し・ま




い・と・し・ま

女神巡礼








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たかす









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さくらい










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さくらい








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ふたみがうら








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ふたみがうら









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by lunabura | 2016-03-06 20:34 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

平原遺跡は卑弥呼より少し古い


平原遺跡は卑弥呼より少し古い


資料を片づけたり、整理したり、
あるいは柔らかな春の草を抜いたりして、
グラウンディングの一日を過ごしました。

歴史は研究がどんどん進んでいる分野もあれば、
江戸時代の説のままの分野もあります。

文献が一般人にも手軽に手に入る時代になったので、
考古学的な資料と文献史料が相互に補完し合うようになるといいですね。


3月3日の歴史カフェの遠足バージョン、時系列に回りたかったのですが、
時間の制約があったので、バラバラになりました。

わずか二キロ四方の中でしたが、行ったり来たりしたので、
広い範囲に思えたかもしれませんね。

30分ほどで歩いて行ける範囲だったのです。

そこに歴代の妃、
木花咲耶姫、磐長姫、豊玉姫、玉依姫、奈留多姫が祀られていました。
そして、三雲南小路遺跡も三雲井原遺跡も平原遺跡も、です。

ですから、3月12日の座学では、神社や遺跡も時系列に見て
マップ攻略の時間も取ることにしました。

そうすると、意外にも平原遺跡が一番新しい時代になりました。
中国では後漢が滅ぼうとする頃の墓です。


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平原遺跡の被葬者については、「卑弥呼の時代ですか?」と、
何人からか質問を受けたのですが、
卑弥呼から見ると母か祖母の世代になります。

卑弥呼の死は248年(あるいは247年)とはっきりしています。
お話ししたように、この年を暗記しておくと便利です。
これを以って弥生時代の終わりとする方もいます。
中国では魏の時代となります。

この時代には神功皇后を支えた怡土(いと)国の五十迹手(いとて)もいて、
考古学と中国文献と日本文献がどう結びつくのか、興味深いエリアです。


魏志倭人伝は倭人の風習について、「棺はあるが、槨は無い」と書いています。
ちょうど平原遺跡がそんな感じですが、卑弥呼の墓には盛り土があるのです。

平原遺跡の盛り土は最近、施されたもので、
もともと平坦で果樹が植えられていたそうです。

発掘後は、しばらく木棺のくぼみがそのままだったので、
雨水で消失しないか、心配したものです。

とても広々とした環境でよく整備されていて、とても心地よかったですね。

それでも標高が35メートルほどもあったということで、
弥生人がいかにも好みそうな地形でした。






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by lunabura | 2016-03-04 20:43 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

糸島の女神巡礼


糸島の女神巡礼


ありがとうございました




2016年3月3日。





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約束の日に集った皆さま。






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沢山の笑顔をありがとうございました。








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言葉が生まれてこないほど、喜びに満たされています。








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糸島の女神さま。ありがとうございました。









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かんながら たまちはえませ





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by lunabura | 2016-03-03 21:28 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(16)

準備



今朝は思いがけず、福岡の山々が雪景色を見せていました。
前回の寒波の時より、白く輝いています。

今日は糸島の資料がほぼ完成しました。
バスの中で読みやすいように、厚手の紙で冊子にすることにしました。
カラーの画像、満載です。

そして、ついに、一週間の天気予報に3月3日の分が発表されましたが、
何と4月の上旬の陽気とか。

18℃ほどになるとのことで、風さえ無ければ軽装でもよさそうです。
でも、二見が浦は海ですから、防寒は忘れないようにしたいと思います。

伊都国歴史博物館ではガイドをお願いしています。
見学した遺跡の出土物の解説をしていただいて、
クシフル岳の場所を教えてもらいます。

天孫降臨で論争のある、糸島のクシフル岳のことです。
私もまだ、どの山がクシフル岳か知らないので楽しみです。

遺跡と神社。とカフェ。

糸島の陽光に遊ぶ一日がもうすぐです。



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by lunabura | 2016-02-25 23:29 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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