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カテゴリ:「ひめちゃご」( 111 )

ひめちゃご1 まめちゃご



ひめちゃご 1

まめちゃご
 


「ひめこそ」

そんな言葉で目が覚めた。
時計を見ると朝の四時だった。

「ひめこそ」の祭について前日聞いたばかりだった。
しかし、その時、私はスルーした。

何故なら、私にはこの夏に仕上げなくてはならない本がいくつかあって、
これ以上、新たな問題に関わりたくなかったからだ。

しかし、夜中に目覚めたということは、
スルーしてはいけないというメッセージだった。
それについて考え始めると、もう眠れなくなった。

私は夜が明けるのを待ってメールを送った。
「よろしかったら、同行できませんか」と。



その祭については、ウメが教えてくれたのだが、
間に人がいて、まるで伝言ゲームのように名称や意味が変化して
「ひめちゃご」という名で私に伝わった。
しかし、その変化して伝わったものが、私を動かした。

結論から言うと、「ひめちゃご」という名称は存在しておらず、
その祭は「ひめこそ」の祭でもなかった。

正しくは「まめちゃご」という観音の縁日だった。

「まめちゃご」は佐賀に伝わる行事で、漢字では「豆茶講」と書く。

ネットで確認すると、
「旧7月10日(新8月10日)は、観世音菩薩の縁日で、
この日の参詣だけで四万六千日参詣したのと同じ功徳があるとされた。

「豆茶講」ともいい女の子は豆やお金を各家から集めて、
煮豆をつくり菓子を買って参拝人の接待をした。

搦西では祗園から四万六千日まで、
青年が船で砂をとってきて観音堂に盛砂をした。

青年会に入りたての青年が毎夜砂を高めていたという。

また、四万六千日とは別に観音の縁日である18日に
女の子が、豆観音講をする集落もある。

出典:東与賀町史P1035」
とある。

豆茶講は複数の地域で伝えていた。

私が行ったのは佐賀県三養基郡みやき町の中原中学校に隣接する若宮八幡宮だ。

スマホではその名が出て来たが、
今、ヤフー地図でもグーグルの地図を見ても名前が出てこない。
手元にある、みやき町の観光地図にも出てこない。

名前がうろ覚えなので、分かったらコメントしてほしい。


さて、「まめちゃご」は、その八幡宮のご神体を少女たちが磨き、
「豆と酢の物と茶」を準備して参拝者をもてなす行事だ。

この日、私たちが神社で参拝していると、
浴衣姿の中学生が現れて、公民館に案内してくれた。
その澄んだ瞳が心に残る。


2016年7月31日のことだった。

新たな物語が始まった日だった。

また集団幻想小説の始まりだ。
この小説を「ひめちゃご」と名付けることにした。
漢字で書けば「姫茶講」。

姫たちのおしゃべりカフェという意味になろうか。
「歴史カフェと同じですな」とウメが言った。

それは「脇巫女」で積み残した謎解きの続きの予感があった。
が、どうなるのか、全く見当はつかない。









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by lunabura | 2016-08-02 23:28 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(6)
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