ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:バスハイク( 26 )

第9回バスハイク 朝倉の紅葉狩りになりました



第9回バスハイク

 朝倉の紅葉狩りになりました








今日は「羽白熊鷲の里・秋月野鳥(のとり)」に
行ってきました。

ちょうど紅葉の始まり。





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何処で撮ったかは、後日追記します。




朝倉の三連水車の里の周辺には、まだまだ流木が残っているところもありました。
野菜や果物がとても元気。
また1月に行きますね。






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by lunabura | 2017-11-20 22:21 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

秋月のバスハイクのプランニングをした



今日はバスハイクのプランニングをしました。

もう9回目になるんですね。
次回は朝倉です。

仲哀天皇崩御後、神功皇后は羽白熊鷲討伐に向かいますが、
筑前町から朝倉の秋月まで、
行軍ルートがずらりと連なっています。

車で5~10分の距離ごとに神社があります。

かつては神社誌を見ては探しに行ったので、
何度もバラバラに行きましたが、
今回はルート沿いに一気に行くので、楽しみです。

このルートはバイクで走ると体感が違うだろうなと思いつつ
時間調べをしました。
もちろん、「杉の馬場」は歩きですよ。


催行は11月に決まりました。
具体的には、「歴史と自然をまもる会」が公表されてから後の
案内になります。

紅葉がちょうどいいかも。
フルーツの里なので、それも楽しみです。



以下はパワーポイントの画像です。







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照英に羽白熊鷲の役をやって欲しい^^









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『日本書紀』に載ってる「安」(やす)の松峡八幡宮。








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軍士たちが敵前逃亡した大己貴神社。











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『日本書紀』に出てくる「荷物田村」(のとりたのふれ)










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黒門前が陣営地の一つ。










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垂裕(すいよう)神社の石段登りは御覚悟を。
メチャ、ハード。

などなど。




秋月、すごく好きなんです。




『神功皇后伝承を歩く』上巻40~47「羽白熊鷲との戦い」




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by lunabura | 2017-09-26 22:13 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

糸島バスハイク2  染井の古道を探検した



糸島バスハイク2

染井の古道を探検した
 


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染井神社の下宮にいた時、地元の方が話をしてくれました。

下宮から中宮への道があるというのです。
「道は今は無い」と古書に書いてあったので、
まさかのまさか。

しかも、歩いて5分というのです。

5分( ゚Д゚)
5分♪

中宮ヘは染井信号から車で上れます。
一般車両はUターンできますが、
マイクロバスは厳しいので、今回の予定から外していました。

でも、下宮から5分?
なんでそんなに近い?

人の言う5分はきっと15分ぐらい。
と疑うのですが。

皆さん「行こう」「行こう」と張り切ってある。

道についての説明は
「下宮から突き当りを左に行って右。納骨堂はダメ。」

これだけの情報で山道に入るのはいくらなんでも。
しかも、大勢。

でも、行ったことのある私はいいけど、
初めての人は行きたいよね。

ま、道に迷って遭難しても5分だけだし。
お昼御飯が遅れる程度だし。
予定より30分早く進行しているし。

と、登るのを決定。








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すぐに突き当たって左。
山道でも、石段があってどんどん行きました。
出たのは納骨堂。
「ああ、ここはダメですね。」

そして戻って脇道を発見。
確かに右だったのですがね。
陰になっていて、見逃すのが当然。

皆さんの後について山道を登ると、すぐに中宮の脇に出ました。









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確かに迷わなければ5分。

神功皇后が下宮で鎧を染めたとして、山の中腹になんで持っていく?
という謎があったのですが、
歩いて5分なら、有り得ますね。

ちなみに、本当は鎧ではなく「旗」だったようです。

と、知らない山道の探検は無事に終わりました。
行けて良かった(*´з`)








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いいでしょ。こちらは染井神社中宮の参道です。



『神功皇后伝承を歩く』下巻63 染井神社



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by lunabura | 2017-09-22 20:04 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

糸島の秋 彼岸花と赤米アート! sanpo



糸島の秋

 彼岸花と赤米アート!




秋のバスハイク、糸島を堪能してきました。
今日は旬の光景です。






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天神からの都市高速でのシーホークとドームの光景。
大好きな構図だけど、シャッターチャンスは一瞬!
助手席でないと撮れないんですよね。
ついにゲット。でも、ランプが正面(´・ω・`) 
また、いつか。








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カメラを持ってたら、一度は撮りたい彼岸花。
稲と彼岸花を撮るなら糸島、お勧め♪





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染井神社の所。
あちこちの田圃で見れますよ。











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こちらは二丈町。
赤米のハート。








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「いいね!」

マムシ温泉を目指してから浮嶽神社に行く途中です。

『神功皇后伝承を歩く』下巻61浮嶽神社
           下巻63染井神社




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by lunabura | 2017-09-21 21:45 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

次回のバスハイク



今日は次回のバスハイクのデザインでした。

次回は9月の糸島です。


糸島は昨年の3月3日に女神巡礼のバスツアーを組んで、
皆さまをご案内しました。

格別な思い出です。
皆さまお元気でしょうか。

リンクしたりして、もう少しシェア出来たんじゃないかと
後で思いつきました。

細石神社と櫻井神社では
特に思い深く感じていらっしゃったようすで、
名残惜しかったなと思っています。





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こうやって画像を見ると、空気がきれいな日でしたね。






9月のバスハイクは「歴史と自然をまもる会」の主催の分で、
神功皇后の伝承地を8社廻ります。

何度も通って少しずつ調べていった頃には見えない
聖地巡礼の姿が見えてきます。

高祖山、雷山、浮嶽。

神功皇后が戦勝祈願をした山は
古代からのパワースポットだったのでしょうね。

秋には糸島がどんな顔を見せてくれるか、
今から楽しみです。





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by lunabura | 2017-07-30 21:55 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

愛する人の御魂を石に留めて 御勢大霊石神社



愛する人の御魂を石に留めて

御勢大霊石神社 

みせたいれいせき



不吉な鷹が止まったという隼鷹神社。(上巻34)

その鷹は南にある御勢大霊石神社の場所から飛んできました。





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この地に仲哀天皇が羽白熊鷲攻撃のための陣を敷いて、
祭祀を始めた時でした。

高木の神が鷹に化身して飛んできたのです。
そして、北に向かって飛んで行きました。

ある日、天皇が夕暮れに前衛の兵士たちを励まして戻ってくる時、
敵の流れ矢が天皇に当たりました。

そして、天皇は崩御してしまいました。

激戦中だったので、天皇の死は伏せられたといいます。




神功皇后は天皇を御勢(みせ)の君と呼んでいたそうです。

愛する天皇の御魂を霊石に留めました。


こうして、この宮を御勢大霊石神社と呼ぶようになりました。


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凱旋後、神功皇后が天皇のゆかりのものを埋納した所を
御本体所(殯斂地)といいます。

隼鷹神社では高木の神を祀りました。

高木の神は高良山の地主神でした。(上巻26高良玉垂宮)








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成末神社には仲哀天皇の荒魂が祀られています。三韓鎮撫神として。










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弥生の墓からこのような石が出てきます。
埋もれかけたものを手にすると、朱がついていました。
これが霊石(みたまいし)ではないかと思っています。

神道では今も御魂を木や紙に留めているようですね。

この石を撮影したのはみやま市(旧山門郡)の車塚古墳。
神功皇后の田油津姫攻撃の陣営地と伝わっています。



撮影場所 
『神功皇后伝承を歩く』上巻33御勢大霊石神社 仲哀天皇は敵の矢に討たれた
下巻59老松神社 田油津姫の墓と言われる蜘蛛塚 「車塚古墳」の項







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by lunabura | 2017-07-28 21:16 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

隼鷹神社 運命の高木の神



隼鷹神社

運命の高木の神


御勢大霊石神社で仲哀天皇が神事をしている時、鷹が飛んできました。


それから北を目指して飛んでいきました。








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そののち仲哀天皇が矢に討たれて崩御。







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神功皇后はその鷹が止まった松の木に高木の神を祀りました。










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松の木は枯れ、代わりにクスノキが 生長しました。








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バスハイクにて



撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻34 隼鷹神社
 鷹となって現れた高木の神を皇后が祀らせた
小郡市




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by lunabura | 2017-07-22 21:26 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

高樹神社と磐井城



高樹神社と磐井城



バスハイク。久留米市。







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高樹神社です。

地主神だった高木の神は高良の神に結界を張られて
戻れなくなってここに鎮座しています。





高樹神社の境内から磐井城のあった丘がよく見えてい ます。





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正面の森の中です。

ここは御井郡(みいのこおり)でした。









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その下の放生池は磐井川を堰き止めて出来ています。

磐井城はもう一つ、北側にもありましたよ。












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拙著『神功皇后伝承を歩く』の地図です。

古墳と神社をしっかり書き込んでます♪
すごくお気に入りの地図です。

前回の下宮社も書いてますよ。

本が無い方もスマホを持って、この地図を見ながら高良山を探訪できますね。

見どころは沢山あります♪




撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻 26高良玉垂宮 「高樹神社」



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by lunabura | 2017-07-21 21:25 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

幸神社 山下影姫と幸夫人 武内宿禰の「乳母」を祀る宮か



幸神社 
山下影姫と幸夫人

武内宿禰の「乳母」を祀る宮か






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バスハイク。高良下宮社です。
三つの社殿の右の方に幸神社があります。

幸夫人は物部膽咋(いくひ)の夫人の一人。

物部膽咋は神功皇后の時代の人で、
香椎宮での会議のメンバーの一人ですね。
物部氏の長老的存在です。

その膽咋が娶(めと)った若い幸夫人に赤ちゃんが生まれました。

ちょうど、そのころ山下影姫が武内宿禰を出産しました。

山下影姫の代わりに武内宿禰を育ててくれる乳母を探した結果、
幸夫人に白羽の矢が当たったのでしょう。

幸夫人は我が子と武内宿禰を育てることになりました。

乳兄弟は生涯強い絆で結ばれるそうです。

のちに幸夫人は武内宿禰の乳母として尊崇されたのでしょう。



この幸神社の縁起はまだ出会っていません。

幸夫人については「高良山雑記」の各文を読み込んで解釈したものです。








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撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻26 高良玉垂宮 高良下宮社の項




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by lunabura | 2017-07-20 20:30 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

湧水の宮 味水御井神社



湧水の宮

味水御井神社

 

久留米に着いて最初に参拝したのが、御井町の味水御井神社です。
駐車場が無いので、久留米大学前駅にバスを停めて、
そこから歩いて行くことにしました。

駅舎のすぐ左の橋を渡って行きます。
下にはJRの久大本線が通っていました。

石段からはいきなり森の中。
泉がまず目に飛び込んできました。








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二、三か所、水が湧いているようすが分かります。
阿蘇で見かける水源と同じです。

思えば、都会の中の湧水ですから、大変貴重なものですね。









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倒れたクロガネモチの巨木も片づけられて、
水の神・ミズハノメを祀る境内が整えられていました。

境内横の段差が678年の筑紫大地震の断層でしょう。
674年に高良山がついに仏教を受け入れた後の大地震ですから、
地元の人々はそれと結びつけて畏れたかもしれませんね。


そういえば、
「筑紫大地震で泉が湧いたのですか?」と尋ねられて
「そのころはまだ生まれてませんので、よく分かりません」
と返事したのですが、(^^;
神功皇后の時代には泉があったんですね。

大地震でも枯れなかったということでしょうね。

この日は猛暑でしたが、
神社の杜はどこも涼しくて暑さを忘れました。

コンクリートとは違う世界を残してくれる神社の杜。
大切にしていただいてありがたいです。



撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』
上巻27味水御井神社 神功皇后は朝妻で水を所望した


※メールを下さった方々へ
今夜はエキサイトのメンテナンスで使えないので、後日、返事します。






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by lunabura | 2017-07-17 21:27 | バスハイク | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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