ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:◆古代鉄・スズ鉄( 3 )

アマテラスvsスサノオ(2)神話の暗号 天の斑馬


アマテラスvsスサノオ(2)

神話の暗号 天の斑馬


アマテラス大御神が、忌み清めた機織りの御殿に行って、神の御衣を織らせている時に、スサノオの命はその御殿の棟に穴を開けて、天の斑馬(ふちこま)を尾の方から逆に皮を剥いだものを落とし入れたので、天の機織女(はたおりめ)が驚いて、オサ(機織りの道具)で陰部を突いて死んでしまいました。

これは前回の『古事記』の続きです。
スサノオの行いは理解に苦しみます。なぜ、こんな残酷な嫌がらせをしたのか。

しかし、真鍋によると、この赤字の部分にもまた、鉄の民の大事なものが
描かれているというのです。
(「玄海灘の海上気象)p129 一部読みやすいように改変)

(略)『古事記』上巻の素盞嗚尊が天照大神の機屋(はたや)に逆剥(さかは)ぎにして投げ込んだ天の斑馬(ふちこま)について、
アマテラス大御神が、忌み清めた機織りの御殿に行って、神の御衣を織らせている時に、スサノオの命はその御殿の棟に穴を開けて、天の斑馬(ふちこま)を尾の方から逆に皮を剥いだものを落とし入れたので、天の機織女(はたおりめ)が驚いて、オサ(機織りの道具)で陰部を突いて死んでしまいました。(るな訳)
に出てくる「天の斑馬」とは「鹿」のことで、しかも白い斑点が鮮やかな夏秋は鞴(ふいご)の採取に絶好の繁殖力の盛んな時期であり、同時に熔鉄作業開始の時期でもあった。

斑馬は「ふく」である。ここを「鞴(ふいご)を吹く」ということであろうか。また背に負う負籠(ふご)もこれであろうか。

鹿は「しし」とも言う。鹿が乱獲され、これに代わる猪を充てたか。治承元(1777)年、平家追討の陰謀は洛中東山鹿ケ谷(ししがたに)で行われた。

 このときの平清盛、平重盛に由緒ある志摩郡金屋に十六町の小字名があり、これは鹿待(しかまち)を四四十六(ししじゅうろく)と戯化したものであろうか。鹿が可也山系から餌を求めて下りて来るところを、適当な頭数を揃えて捕獲していたところと思う。
引用文の中で、私が理解できる部分は言葉を補って改変していますが、
分からない部分に関してはそのままにしています。
(研究する方は原典をみてください)

アマテラスの神聖な仕事の一つに機織りがありますが、
その建物の屋根に穴を空けてスサノオはひどいものを投げ込みました。

それは「天斑馬」(あめのふちこま)の皮でした。
しかも尾の方からはぎ取ったものなのです。

この「天斑馬」とは「鹿」のことだと真鍋は言います。

当時の日本には馬は存在しているのですが、
魏志倭人伝に「そのほか、牛・馬・虎・豹・羊・鵲(かささぎ)は無い」と
書かれていることから、馬はいなかったというのが定説です。

しかし、対馬では馬がまるまる一頭出土していますし、
旧石器時代の馬の化石が発見されたので、きっと定説は変わるだろうと思っています。

で、話を戻すと、『古事記』に書かれた「馬」は「斑馬」と書かれて、
「斑点」が描写されているので、「馬」のことではなく「鹿」の事だと真鍋は言います。


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写真は鹿の斑点のようすです。(画像出典 フリースタイル)
この斑点が出ると、冬の製鉄作業に備えて鹿を捕獲していたわけです。

古代では鹿の皮を使って「フイゴ」を作っていました。

鞴(ふいご)の字には「革」篇がありますね。

ふい‐ご【×鞴/×韛/▽吹子/▽吹▽革】. 《「ふきがわ」の変化した「ふいごう」の音変化》火力を強めるために用いる送風装置。箱の中のピストンを動かして風を送る。古代から金属の精錬や加工に使用された。ふいごまつり【鞴祭(り)】
多く11月8日に、鍛冶屋(かじや)・鋳物師(いもじ)など、ふいごを使って仕事をする職人が、稲荷神または金屋子(かなやご)神を祭り、ふいごを清めて祝う行事。踏鞴(たたら)祭り。《季 冬》
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/189930/m0u/
(g00辞書より)
空気の漏れない袋を古代にどうやって作ったのかというと、
p131
四足を切り取って、空剥(うつはぎ)にした鹿の皮の袋がフイゴに利用された。

とあります。稲の民からみると、残酷極まりないのですが、これが現実です。
肉も大事に食されたことでしょう。
アジアでは牛?の浮袋を抱えて川を泳いで渡る人をテレビで見ました。

「鹿」(しか)は「しし」と読み、その例として、真鍋は「鹿ケ谷」を挙げています。
古賀市の地名「鹿部」は「ししぶ」と読みますね。

福岡市西区の「拾六町」という地名は九九の掛け算、シシジュウロクから来たもので、
「鹿」をシシと呼んだことから「拾六」となったのではないかと推測しています。

万葉集には九九を使った歌はいくつもあるので、
掛け算は早くから知られていたことが分かります。
「四四の乙女」とかは「十六の乙女」と訳します。

糸島では、可也山の鹿が山を下りてくるのを待って、
必要な数を捕獲するための鹿待(しかまち)を「ししまち」と呼んで
「拾六まち」と呼んだと推測しています。
都市高速のインターの名前にも出てきますね。

話は冒頭の神話に戻りますが、
スサノオの投げ込んだ「天斑馬の逆剥ぎ」とは鉄の民の大事な「フイゴ」だったことになります。

それにしても、機織り女の死に方は異様です。
これについて真鍋はこう言っています。

煤煙で黒くなった爐壁(ろへき)と中の赤い火種を陰(ほと)すなわち女体に比喩したのは、このように脚色することによって神話が永遠に語り継がれる事を意識した、更年四十を越した巫女の臆するところなき洞察と見なければならぬ。

大胆な脚色をすれば未来に語り継がれると考えた巫女、
きっと四十を越えた知恵のある巫女の洞察だろうと真鍋は言います。
なるほどですね。




拾六町





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by lunabura | 2014-08-15 23:19 | ◆古代鉄・スズ鉄 | Trackback | Comments(0)

アマテラスvsスサノオ(1)神話の暗号 スサノオの暴虐


アマテラスvsスサノオ(1)

神話の暗号 スサノオの暴虐


「鉄穴流し」(かんなながし)は下流に土砂を流しこんで田畑を埋めてしまう。
そんな問題について、真鍋大覚は「玄海灘の海上気象」で、
高天原でのスサノオの狼藉(ろうぜき)を、製鉄における問題の神話化として読み取っています。

まずは、鉄穴流しにはどんな問題点があるのか、「和鋼スポット解説」
http://www.wakou-museum.gr.jp/spot1.htm
から引用します。

 (前略)
このうち、山土に微量に含まれる(0.5~10%程度)山砂鉄を採取する方法として、中国山地では、とくに宝暦年間から「鉄穴流し(かんなながし)」という方法が行われるようになりました。

幕末期の記録(「芸藩通志」「日本山海名物図会」「鉄山秘書」など)にのこっている鉄穴流しの方法は大雑把に分けると採取と洗鉱の2つの仕事からなります。

 その作業は、まず適当な地質の山を選び、花崗岩系の風化した砂鉄母岩を切り崩し、予め設けてあった水路(走りまたは井出という)に流し込みます。

この走りを押し流される間に土砂は破砕されて土砂と砂鉄は分離され下場(洗場、本場ともいう)に送られます。

下場では、一旦、砂溜り(出切り)に堆積されたのち、大池、中池、乙池、洗樋と順次下流に移送しますが、その際、各池では足し水を加えてかき混ぜ軽い土砂を比重の差で砂鉄と分け、バイパスで下流へ吐き出しながら砂鉄純度を高めて下流の池に移送し、最終的には80%以上の砂鉄純度にしました。

 一方、この方法は多量の土砂が下流に流出し、農業かんがい用水に悪影響を与えることから、一時期、農民の嘆願を受けて城郭の堀が埋まるとの名目で禁止されましたが、鉄山師の強い要請と藩財政を維持するために操業期間を農閑期である秋に彼岸から春の彼岸までと定めて解禁となり、逆に農民の冬場仕事ともなって農民にとって良い収入源であるとともに、鉄山自体もこれらの季節労働に大きく依存しました。

 また、鉄穴流しの跡地や、土砂流出によって膨大な土砂が下流に堆積して生じた平地は田畑として耕作され、山内(さんない:たたら集団の部落)の食糧の一部を補いました。今日、中国山地で棚田として残っているものはこのようにして形成されたものが多いのです

赤字で強調した所を書き抜きます。

1 多量の土砂が下流に流出し、農業かんがい用水に悪影響を与える
2 鉄穴流しの跡地や、土砂流出によって膨大な土砂が下流に堆積して生じた平地は田畑として耕作され、
3 棚田として残っているものはこのようにして形成されたものが多い

これは江戸時代の話ですが、
山を削って土砂を流すことで、土砂が灌漑用水を埋めてしまう被害が生じています。
一方で、跡地には平地が生まれて田畑となっていくという長所がありました。

真鍋はこの話が神話にシンボライズされて伝えられていると示唆しています。

それはアマテラスとスサノオが誓約(うけい)をして、
スサノオに邪心が無いことが証明されたあとの話に出てきています。

その部分を、るなの訳で御紹介。

こうして、スサノオの命がアマテラス大御神に言いました。
「私の心は清く、正しかった。だから、私の生んだ子は手弱女(たおやめ)でした。
ウケイの結果から言うと、私の勝ちですね。」と言いました。

それからは、スサノオの命は勝者としての振る舞いの度が過ぎて、アマテラス大御神の耕作している田のあぜを壊し、その溝を埋めて、またその大嘗(おおにえ…最初に収穫した米)を召し上がる御殿に糞をし散らかしました

スサノオの命がそんなことをしても、アマテラス大御神はとがめずに、
「糞をしたのは酔って吐き散らしたんでしょう。私の大事な弟がしたんだから(大目に見ましょう)。

又田んぼのあぜを壊して、溝を埋めたのは、土地が惜しいから広くしたいと思ったんでしょう。私の大事な弟がしたんだから(考えあっての事でしょう)。」
と、悪い事も良い方に解釈してかばいましたが、その悪い行為はやまずに、ますますひどくなりました。
神話の赤字の部分「田のあぜを壊し、その溝を埋め」
というのが鉄穴流しによる弊害を暗示しているという訳です。

びっくりですね。
でも、よく考えると、スサノオって鉄の民です。
稲の民であるアマテラスと鉄の民のスサノオの出会い。

稲の民の田を台無しにする鉄の民の生業。
しかし鉄のお蔭で鍬の先に鉄をつけて、生産力が上がるし、平地も増える。

両者の出会いにはそんな問題がありました。

さらに大嘗祭の時の直会でスサノオが糞をし、吐き散らかすことも、
真鍋には、酔っぱらいの所業ではなく、別の意味が見えていました。

天叢雲(むらくも)剣は、素盞嗚尊の手づから天照大神に捧げられたのであるが、顔をそむけさせる暴状は、仕事熱心のあまり、一酸化炭素あるいは熱射病の不慮の中毒に罹り、一時失神状態に陥って、嘔吐と排便を寛容しているものと解釈できぬこともない。

有明海特有の「へどろ」は膠質(こうしつ)性軟泥を指し、反吐(へど)から由来するものと聞いている。溝埋や畔放は砂鉄洗別による放出土砂の被害と解釈すれば、従来の水稲栽培田のことがらと別の意味が現れてくる。屎(しき)は鉄滓(かなくず)であり、反吐は炉の熱灰であった。
スサノオが神殿で吐いたり排便をしたのは、一酸化中毒や熱射病などの病状であったと考えると、なるほど、と納得できます。

溝を埋めたり、畔(あぜ)を壊したりするのは、砂鉄洗別のための土砂の被害だというのも、うなずけます。

さらに、スサノオは罪を重ねていきますが、
これについても真鍋には別の世界が見えていました。

(つづく)


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山鹿市 薄野神社(一ツ目神社)



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by lunabura | 2014-08-12 23:50 | ◆古代鉄・スズ鉄 | Trackback | Comments(0)

古代鉄の謎 ホの一族とはスズ鉄の一族だった?


古代鉄の謎 Q&A
ホの一族とはスズ鉄の一族だった?


ある日の昼さがり、ルナは聖洲さんと話をしていました。
(聖洲さんの絵は名島神社に載せてます。)

「聖洲さん、この前ですね、馬見神社をブログに出したんですけど、
アマテラス大御神の系図を書いていたら、名前にが付いてる世代が
三代も続いているので、「ホの一族」と名前をつけちゃったんです。」

その系図がこれです。
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古代史に詳しい人は、この赤字で書かれた人たちが
天皇家の祖先だとすぐピンと来ると思います。
でも、そんな先入観をなくすためにわざと、カタカナで書いてみました。

すると面白い事にアマテラスの子供からひ孫まで、
直系にずらりとホの字が付いています。
このホに「穂・菩・番・火」の字が当てられています。
稲穂を指しているというのが定説です。

『ひもろぎ逍遥』の旅をしていて分かったのは、
アマテラスの子供と孫が三人も遠賀川流域の山々に降臨したという
伝承がある事です。
具体的には、
     天のオシミミの命 ⇒ 英彦山
     天のアカリの命  ⇒ 笠置山
     天のノニニギの命 ⇒ 馬見山
です。
定説では、先ほど書いたように「ホ」を稲穂と解釈し、
「豊葦原の水穂の国」を「稲穂が豊かに実る国」とします。
でも、ルナはなんだか納得できなかった。

「葦原になんで稲穂が出来るんだ?」そんな素朴な疑問です。
訳をするととても不自然なのです。
ところが思いがけず、この日、そのホの謎が解けました!

では、先ほどの会話のつづきに戻りましょう。
ルナと聖洲さんの話に大長老の光さんが入って来ました。

光さん「あのね、豊葦原の水穂の国の水穂って何だか分かる?」

そう聞かれて、何故か突然、の意味が分かりました。

るな 「え?水穂?…。あっ、そうか。分かった!葦の穂ですね。」
光さん「そう。水穂の穂は稲穂の穂じゃなかとよ。」
るな 「何だあ。そうですね。そうか。
葦原の水穂って、そのまま解釈すればいいんですね。」
光さん「そう。」

「豊葦原の水穂の国」とは、そのまま、「葦が豊かに水辺で茂っている国」と
解釈すればいい事で、無理に葦を稲にすり替える必要なんてないんですね。
なんてシンプルな事。

でも?あの葦が沢山生えてる事が何の役に立つの?
なんで日本の国を象徴するんだろう?

そこまでルナが辿り着くと光さんがさらに話してくれました。
光さん「昔は、スズ鉄と言ってね、葦の根を焼いて精製して、
     鉄を作りよったと。」
るな 「え~?葦ってあの植物の葦ですか?水辺に生えている。」
光さん「そう。これで作った鉄は固い。しかし、戦うと折れてしまうったい。
     草薙のつるぎがそうたい。
     韓国人が熱田神宮から、持って帰ろうとしたのがそれたい。」
るな 「韓国人が草薙の剣を持って帰ろうとしたんですか?」

これは今から二か月前の話で、まだ八剣神社を調べていなかったので、
初耳でびっくりするばかりでした。

今では、それが天智天皇の時代の事件で、犯人は道行で、
取り戻された草薙の剣は、一時期、八剣神社に保管されたかもしれない
とまで、知っています。
(初めての方は、八剣神社、古物神社を見て下さいね。)

光さんはさらに話してくれました。
「それから、青銅の時代になったと。そのあと、砂鉄の時代になった。
韓国の伽耶(かや)から出雲族が持ってきたのがそれたい。
玉鋼(たまはがね)の事で、日本刀の材料。
しなやかでそりが戻るのが特徴。」
「ああ、日本刀ですね。材料は砂鉄なんですか。」

それから数日後、偶然テレビで日本刀を作っている所を見ました。
白装束を着て、伝統的に作っていました。
そしてラスト。
まっすぐな刀を水に入れたとたん、ぐぐぐっとそりが入りました。
真っ直ぐの刀がですよ。
水の中で反るなんて。びっくりしましたよ。
光さんの言うのがこれ?

るな 「でも、ま、ま、待って下さい。
    歴史の教科書では、青銅器時代から鉄器時代と習ったんですが、
    そうじゃないんですか。」
光さん「そう。」
るな 「ええ?じゃあ、鉄器時代から青銅器時代になって、
    また鉄器時代になったというのですか?」
光さん「そう。」

教科書を信じ込んでいたルナはホント、たまげました。
でもこれなら、「ホの一族」の謎が解ける!
とも思ったのですが、正直、半信半疑でした。
どうやってこれが検証できるの?

光さん「そのあと、鉄鋼石の時代が来たと。
     これは切れ味がいい。ゾーリンゲン砲弾によい。
     しかし鉄鋼石より、砂鉄のほうが質がよかった。
     戦艦大和陸奥はアメリカのクズ鉄の再生品で作ったね。
     自分の所の船は新品でね。」
るな 「はあ。そうなんですか。そんな素材の違いの問題もあったんですか。」
光さんは、戦争の秘話にも詳しいのです。

さて、光さんが金属に詳しいとなると、どうしても知りたい事がもう一つある。
あの平原遺跡に眠る日の巫女は胸に水銀を入れた壺を抱えていた…。

るな 「じゃあ、水銀は?」
光さん「水銀があれば、金と銀が採れるね。」
るな 「そんなにすごいんですか。そう言えば昔は白粉や口紅も水銀で
    作っていて、それで水俣病になったという話も聞きますよね。」
光さん「そう。」

水銀の重要性にもう一つ、鏡を磨くのに必要だったそうです。
平原の日の巫女は鏡のコレクターだったので、それで鏡を磨いたんだろうか。
それとも、お化粧として持っていたのだろうか。

なんでも詳しい光さんに、もう一つ聞きたいのは、
あの『竹内文書』に出てくるヒヒイロカネ
るな 「ヒヒイロカネは?」
光さん「ヒヒイロカネは自然鋼。硬すぎて折れてしまう。」

ヒヒイロカネの存在を知る人も少ないと言うのに、
その使い心地まで知ってるなんて…。
余りにも物知りなので、ルナも興奮して、さらに質問です。

るな 「じゃあ、餅鉄(べいてつ)は?」
光さん「餅鉄はヒヒイロカネとは違う。」
まいったなあ。なんでも知ってるなんて。

餅鉄は川で自然に見つかったりするものらしく、もちのように丸い自然鋼です。
これをヒヒイロカネだと言う人があるのを御存じなんですね。
「ふうん。鉄と言っても色んな鉄があるんですね。」
光さんはうなずきました。
そうか、おかげで色んな謎が解けた。

「葦原の水穂の国」とは「葦からスズ鉄が採れる国」という事なんだ。

遠賀川河口に砂鉄で作る芦屋釜という茶道具の名品があるのですが、
これを現代に再現した人の話が新聞に載っていて、
砂鉄だけでは、割れてしまうので大変苦労したと書いてありました。
昔の人の技術の素晴らしさを痛感したそうですが、
もしかしたら、同じ鉄でも材料が違うんだ。
もっと上流に残っている、スズ鉄で作ったのが本来の芦屋釜かもしれない。

そんな事も考えながら、帰りましたが、
はてさて、どうやってスズ鉄を検証したらいいんだ…。

それで、ネットで「スズ鉄・葦」を検索すると、
「もりもりキッズ」さんのブログに写真入りで記事が出ていました。

川にが浮かんでいるのを見た事がありませんか?
「こんな所に油を捨ててひどいなあ」とルナも思った事があるんですが、
その油は鉄バクテリアの集まったもので、それが鉄を集めているそうです。
ですから、その葦の根を焼けば簡単に鉄が採れるんですね。
温度は野焼きで大丈夫だったらしい。

知らなかったァ。
でもね、これで日本神話の初めの神の名の意味が分かったよ。

「古事記」の冒頭の文です。
天と地が初めて別れた時、高天(たかま)の原に現れた神は
天の御中主((あめのみなかぬし)の神でした。
次に、タカミムスヒの神。
次に、カミムスヒの神です。
この三柱の神は、みな単独の神として、身を隠されました。

次に国土が出来たばかりで、水に浮かんだ油のように、
クラゲのように漂っている時に、
葦の芽が牙のように大地を突き破って芽生えるようにして、
出現した神の名はウマシアシカビヒコヂの神。

次に、アメノトコタチの神。
この二柱の神もまた、単独の神として、身を隠されました。
以上の五柱の神は特別な天(あま)つ神です。

この太字の部分をスズ鉄の出来るようすとして解釈すると、
「それまで海だった所に次第に土砂が堆積して、国土が出来始めた頃に、
川には鉄バクテリアが油のように浮かんで、クラゲのように漂っている時に、
葦の芽が牙のように大地を突き破って芽生えるようす」を神格化したのが、
「ウマシ葦カビヒコヂの神」という事になります。

「ウマシ」は「すばらしい」、「カビ」は「芽」、「ヒコヂ」は「中州」です。
組み合わせると「すばらしい葦の芽が生える中州の神」。
おお、なんとすっきりと訳が出来るんだい。

スズ鉄の氏族はこの葦の芽映えを心から待ち望みました。
この神は、中州が出来て、鉄が採れる葦が生えて来るようすを
神格化したものでした。

こうすると、アマテラスのあと二人の息子の「天津日子根
活津日子根」のも葦の根を象徴しているのが分かります。

この砂鉄とスズ鉄の事については、真鍋大覚氏も詳しいのですが、
さすが工学部の助教授らしく、化学式で説明されているんです。
鉄の鉱石成分はFe3O4とFe2O3の二種があって、
日本には前者は無限に埋蔵されており、原料に事欠くことは絶対にないが、
これを還元するには山林をあまねく伐採しなければならない。
しかし、後者はわずか少量で事足るが、産地が稀である。

これを言い換えると、
砂鉄は火山の国、日本なので、無限に採れるのですが、
木を沢山燃やすために、周りの森がすぐになくなってしまいます。

スズ鉄は葦の根を燃やせばいいので、木も少なくていいけど、
河口の湿原地でないといけないので、
遠賀川や信濃川など、産地が限られてしまう訳です。

スズ鉄は農耕には十分だけど、戦いの為の刀にすると折れやすいので、
砂鉄の部族の方が有利だったのが分かります。
なるほど、これで、いろんな歴史的事件の謎も解けるんだ。
(パズルがカチカチとはまる音)
でも、今日はここらへんで。

今回は、思いがけず「ホの一族」の謎が解けたページになりました。

なお、「もりもりキッズ」さんから教えてもらった、古代鉄を知る本はこれです。
古代の鉄と神々」真弓常忠 学生社 1997年刊

これにスズ鉄の事が詳しく書かれています。

それでは、「銀の冠」を見に行きましょか♪
鞍手町歴史民俗資料館へ。



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by lunabura | 2010-07-05 17:23 | ◆古代鉄・スズ鉄 | Trackback | Comments(14)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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