ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:住吉神社・福岡市( 3 )

住吉神社(1)博多っ子に愛される筑前一の宮

住吉神社(1)
福岡市博多区住吉
博多っ子に愛される筑前国一の宮
住吉三神を祀る小島の宮だった


福岡の玄関博多駅から歩いて数分。
ビル街の中に住吉神社はあります。
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それでも一歩境内に踏み込むと、深い杜の中。別世界でした。
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心地よい木蔭道を歩くと、正面に神門が見え始めました。
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朱塗りの神門をくぐると、拝殿も朱塗りで、気分が高揚します。
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さあ、正面に来ました。まっすぐ向こうに神鏡が見えます。
中も朱塗りで、華やかなことこの上なしです。

御祭神は
底筒男命(そこつつおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
表筒男命(うわつつのおのみこと)の住吉三神です。
相殿に天照大御神神功皇后です。

三神は海から生まれた神々です。
今年は25年の式年遷宮を迎えました。
多くの人々の支えで神殿が一新されたばかりだったので、
ひときわ美しい神殿を紹介出来ました。
鮮やかな朱に包まれて心も晴れがましくなって来ます。

境内八社巡り
参拝を済ませてぐるりを廻ると、「境内八社巡り」がありました。
一つずつ参拝して行くと、いつのまにか境内を一周するようになっています。
これがその八社です。


船玉神社      猿田彦命  道開きの神
志賀神社      綿津見三神 海洋の神
人丸神社      柿本人麿  芸能・和歌の神
菅原神社      菅原道真  学業上達
稲荷神社      宇賀乃魂  五穀豊穣 商売繁盛
三日恵比須神社 事代主神  福の神 漁業安全 
少彦名       少彦名命(薬祖神)万病回復
天津神社      イザナギ大神 良縁・子孫繁栄

なるほど、この御祭神の顔ぶれを見ると、人の暮らしに必要な神さまが
まんべんなく揃っていて、この博多の人々が嬉しい時も苦しい時も
手を合わせて祈って来た歴史を感じさせられます。
一年間、このブログを書いたお蔭で、それぞれの神様がどんな神様なのか
大体分かるようになっていました。
これが去年なら、きっと「聞いたことはあるけど…。」と
お手上げだった事でしょう。

鎌倉時代のようす
これは神社の中の南門付近の看板です。
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鎌倉時代に奉納された絵馬の写しです。
船の地図らしく、南北が逆さまになっています。
住吉神社を黄色の丸で囲みました。
これを見ると、かつてここは島で、砂州でつながっていたのがわかります。
今ではこの緑の海は全部街並みになっています。
地名を見ているとラジオで交通渋滞を知らせる時、よく出てくる地名ばかりです。
この絵の横に解説が書かれていました。

博多古地図解説
この博多古図は当住吉神社蔵の絵馬で、鎌倉時代に描かれたものを江戸時代に筆写し、明治になって奉納されたものであります。

西公園は古から「荒津山」といい、現在の地名は荒津の変化したものと言われ、「草香枝」(くさかえ)は現在の大濠公園や草香枝の地名に当時の面影をとどめています。

また「袖の湊」は平清盛が築いたものと言われ、対中国貿易の重要な港で、今の呉服町付近にあたります。この時代では天神・中州はもちろん博多の大部分はまだ海中にあったことになります。
あまりの風景の違いに想像するのも難しいですね。
(ローカルな話ですみません。
地元の者からすると、へえ~と驚く事ばかりです。)

三日恵比須神社
さて、今回は八社の中の三日恵比須神社を紹介します。
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南門からすぐの所にあります。赤い橋が気になります。
由来書きがありました。

今は昔、昭和21年元旦当時の住田町(現美野島1丁目辺)在住の藤井吉太郎氏が、毎年の事として那珂川の河原より初日の出を拝まれていた時、簑島橋の橋杭に古めかしい木の小箱が寄り着いていたのを同氏がすくいあげた所、箱には恵比須の御神像が納められていました。

思わぬ拾い物に「これはもったいない事だ」と家に持ち帰り、お祀り申し上げた時からです。様々なもくろみが不思議に成就したり、宝くじに当選する等、大層なお金持ちとなったそうです。

このように御神徳はあまねく広まり、福岡市内はもとより田川・筑紫などの近郊から「福運」を求めて、お参りする方があとを断たなかったようです。

恵比須様を個人で独占してお祀りすると申し訳ないと、昭和24年1月3日、ここにお祀り申し上げる事になりました。現在も福運を求めて市内外より、多くの善男善女のお参りがございます。
皆様もどうぞご霊験にあやかって、良い御縁がありますようお祈り致します。

この話はなんと昭和の話でした。平安時代とかではないのです。
こんな、昔話に出て来そうなお話が昭和に起こったなんて。
しかも、その幸運を独占せずに他の人にも分かち合うこの心意気。
さすが、博多っ子です。
こんな神さまがあるなんて有り難いですね。
庶民の味方です!
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三日恵比寿神殿です。
みなさまの宝くじが当たりますように。

                  (つづく)

筑前住吉神社公式HP 
http://chikuzen-sumiyoshi.or.jp/index.html


地図 住吉神社 博多駅





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by lunabura | 2010-11-03 23:22 | 住吉神社・福岡市 | Trackback | Comments(3)

住吉神社(2)能楽殿ー天守物語ー日本建築の音響空間はすごい


住吉神社(2)

能楽殿ー天守物語
素晴らしい音響空間を体験しました


南門の近くに大きな建物があります。
その脇から路地を入っていくと、能楽殿です。
建物の間の軒下を通ると、レトロな空間。
昭和の初期にタイムスリップです!
靴を脱いで上がると昔の受付があり、使いこんだ木の暖かさに包まれます。
そして、階段を数段上って、目に飛び込んで来たのは能楽の舞台。
桟敷席は舞台をL字型に囲んだ畳の席です。
わあ、ホンモノだ!これこそ和の空間だ!
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舞台が始まる前に宮司さんがこの能楽殿の話をしてくれました。
これは昭和13年に、能楽を愛する博多市民の人たちの
援助によってできたそうです。
皇居の能楽殿を作った棟梁が建築したので、
それに近いものではないかという事でした。

驚いたのは、話す声が直接、聞こえてくるのはもちろんのこと、
舞台の床板や天井などの反響を交えて、
とても多層的な響きを持っていた事です。
こんな音聴いた事無い。
その音は私の体まで共鳴板に使っているように響いてきます。
耳で聴くというより、身体全体で聴くという感じ。
コンクリートで作った現代のホールとは全く異質な音なのです。

その秘密はこの建物が総ヒノキ造りであった事にもあるのですが、
この床の下の空間に、壺がいくつも置いてあるという事で謎が解けました。
素焼の壺が客席のいろんな方向に置かれていて、
スピーカーの役目をしているのだそうです。
そして、一つは演じる人そのものにも向いているとか。
そこに立つのを「思う壺に入る」というのだそうです。
みんな冗談だと思って笑ってしまったのですが、
「本当ですよ。」という事でした。
(壺の写真はホームページの「能楽殿」に掲載されています。)

音のすごさは、舞台が始まってから、さらに迫って来ます。
人の声がクリアに、艶やかに聞こえて来ます。
雨や雷の音の時にはそのリアリティーで、思わず天井を見上げてしまいました。
録音だとは分かっていても、屋根全体に雨が叩きつけるように聞こえてくるのです。
これは素晴らしかった。
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(説明をされる宮司さん)

そして、光の取り入れ方が未知の体験。
窓は天井近くの所だけにずらりと付いていました。
夕方6時から舞台が始まったのですが、明るい日光が自然に入って来て、
ほの暗い空間が心地よい。
そして日が暮れるとともに、刻々と舞台がその明るさを変えていきました。
自然光の変化は舞台の色彩も変えて行きます。
舞台の盛り上がりと共に、身の周りが暗くなっていくので、
自然と舞台に集中して行くのです。
目からも、耳からも、体験したことのない感覚を醸し出す空間。
これぞ、日本の建築の極み。
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(舞台正面)

「天守物語」を見ました。


この日鑑賞したのは、大徳寺昭輝氏の演出、主演の「天守物語」です。
泉鏡花の代表作です。
大徳寺昭輝氏はラジオで「天の夢」という古事記の神武天皇の物語を
放送しています。
その声の朗々とした美しさはなかなかのもの。
その大徳寺氏が自ら、劇団を率いて奉納をされるのを二日前に新聞で知って、
とにかく行ってみたら、残席わずかの中に滑り込めました。

大徳寺氏がもちろん姫の役をするのですが、
気品と愛らしさと毅然としたさまは、まさに天守閣にすむ異世界の姫神。
その声と演技の素晴らしさに、すっかり引き込まれました。

演劇はみなさん素人との事ですが、見ごたえがあって、面白かったです。
舞台が終わって、涙を流すお客さんもいました。

この能楽殿は広く市民に開放されていて、誰でも借りられるんですって!
詳しくはホームページを見て下さい。
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(神門。舞台が終わって、夜遅く参拝しました。)

御遷宮スケジュール

25年に一度、装いを新しくする住吉神社の御遷宮。
その遷宮神幸は先日ありましたが、
それを祝う奉納行事が11月中続きます。(2010年)

11月6日(土)横綱奉納土俵入り(本殿)
   7日(日)歩射祭(9時)
        地球交響曲第7番「ガイアシンフォニー」上映会
   13日(土)えにしの唄会(琉球民謡・能楽囃子)
   15日(月)七五三子供祭(10時)
   16日(火)~18日(木)アントンクルーのワ―ニャ(翻訳創作劇)
   20日(土)「face to ace」ライブ
   23日(火)新穀感謝祭(10時)
         すみのえ海幸山幸・宝市(南参道)
   27日(土)琉球舞踊「二人舞への誘い」
(出かける方はHPなどで確認してください。)

土俵入りは白鵬ですね!
                          (つづく)




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by lunabura | 2010-11-02 21:33 | 住吉神社・福岡市 | Trackback | Comments(2)

住吉神社(3)住吉三神はオリオンの三ツ星


住吉神社(3)

住吉三神はオリオンの三ツ星

今日は住吉三神についてのお話です。
まずは、その三柱の神の名前。
底筒男命(そこつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
表筒男命(うわつつのおのみこと)

」とは「」の事です。
ですから、この三柱は「上中下の三つの星」という意味になります。
この三神が生れ出るシーンを読んでみましょう。(古事記)
 
イザナギの命は橘の小戸の阿波岐が原でミソギながら、多くの神々を生んだあと、「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが弱い。」と言って、初めて中の瀬に潜ってすすぎました。その時に生まれた神の名は、
   八十禍津日(やそまがつひ)の神。
   次に大禍津日(おおまがつひ)の神。
この二神は、そのけがらわしい国に行った時の穢れによって生まれた神です。つぎにその禍(まが)を直そうとして、生まれた神の名は
   神直毘(かむなおび)の神。
   大直毘(おおなおび)の神。
   次にイヅノメの神。
次に水の底にすすぐ時に生まれた神の名は、
   底津綿津見(そこつわたつみ)の神。
   次に底筒の男の命
中にすすぐ時に生まれた神の名は、
   中津綿津見の神。
   次に中筒の男の命
次に水の上にすすぐ時に生まれた神の名は、
   上(うは)津綿津見の神。
   次に上筒の男の命

イザナギの命が一人で多くの神々を生むシーンです。
イザナギの命は死んだ妻を追って黄泉の国に行き、戻って来たあと、
このように海に入ってみそぎをしました。
三つの星の神はこの時に生まれています。

面白い事に、綿津見の神と交互に生まれて来ています。綿津見の神海の神です。
ですから、底・中・上の星の神は海から次々に生まれて来た事が読み取れます。

多くの本にはこの三神が何か分からないと書いてありますが、
これは「オリオンの三つ星」を指しています。

オリオンの三ツ星
岩波書店の古事記の注に
「筒」とは「星」で底中上の三筒男は、オリオン座の中央にあるカラスキ星で
航海の目標としたところから、航海をつかさどる神とも考えられる。

と書いてあります。カラスキとはオリオンの三ツ星の和名です。
私もこの説に賛成です。

オリオン座は真冬の寒さが一番厳しい時に、
南の空に悠然とその巨大な姿を見せてくれます
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これがオリオン座です。中央の三つ星が「上中下の星の神」です。
このイラストでは横並びに近いから上中下には見えませんが、
昇ってくる時には、縦になって一つずつ出て来るんですよ。
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その状態をイラストにしてみました。紺色の所は海だと想像して下さい。

冬の夜空を見ると午後7時には三つがになって昇って来ます。
だんだん横向きになって、午前5時明け方には、逆さまになって沈んで行きます。
時計と同じ方向に廻っています!
だから三ツ星の傾きの角度を覚えると時計の代わりになります。
それに方角も分かるので羅針盤にもなります。
夏には反対側に見えると漁師さんが教えてくれました。(志賀海神社(1))

ある日、ラジオドラマでちょうどこの三ツ星を捜すシーンが流れて来ました。
昔物語です。嵐の夜の海の航海のシーンでした。
「ああ。こんな夜に住吉様が見えたらなあ。雲がちょっと切れたらいいのになあ。
そうすれば、今どこにいるのか分かるのに。」
このドラマを聞いて、やはり昔は三ツ星を住吉様と呼んでいたのを知りました。
それをいつのまにか日本人は忘れてるんですね。
だから、いろんな本にいろんな解釈が書かれるようになりました。

住吉大社と三ツ星
この三ツ星の姿を大地に写し取ったのが、大阪の住吉大社です。
初めて参拝した時は神殿が四つもあって大変驚きました。

まさか、三ツ星の姿がそのまま、縦に並んでいるなんて。

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これが配置図です。
オリオンの三ツ星をかたどったものだというのがよくわかります。
底筒男命が上にあるので、オリオン座が昇って来る時の姿を表しています。

神功皇后と三ツ星

次に、神功皇后との関係を見てみましょう。
大阪の住吉大社では住吉三神の横に神功皇后が祀られています。
福岡の住吉神社でも、相殿に神功皇后と天照大御神が祀られています。

住吉三神と神功皇后はセットで祀られています。この理由も古事記を読むと明らかです。夫の仲哀天皇が神の教えを拒んだために突然亡くなった後の話です。
神の怒りを解くために、神へのお供え物を捧げ、国中の人々の犯した罪や穢れを払う大祓(おおはらえ)をしました。(略)この大祓を済ませると、再び建内の宿禰の大臣がサニワとなって、ご神託を求めました。
今度も、神が教え諭す様子は、全く先日の通りで、
「そもそも、この国は、皇后のお腹の中に宿る御子が治める国である。」
と諭されました。
そこで、建内の宿禰の大臣が言うには
「畏れ多いことです。我が大神さま、今お懸かかりになっているお方のお腹に宿る御子は男御子か女御子か、どちらでしょうか。」
「男御子ぞ。」
とお答えになりました。さらに詳しく尋ねました。
「今、このように教えられる大神のお名前を知りたいのですが。」
と求めると、すぐにお答えになりました。
「これは天照大神の御心ぞ。また、底筒男、中筒男、上筒男三柱の住吉大神ぞ。今まことにその国を求めようと思うならば、天の神や国の神、また、山の神、川や海の神に、ことごとく御幣を奉り、住吉大神の御魂(みたま)を船の上に祀り、マキの木の灰をヒョウタンの器に入れ、また、箸と柏の葉で作った皿をたくさん作って、それを皆大海に散らして浮かべて、渡るがよい。」
と言われました。
 そこで、詳しく教えられた通りにして、軍勢を整えて、船を並べて、西の方の国に渡られると、海原の魚、大小を問わず、ことごとく御船を乗せて進みました。その上、追い風も吹いて、御船は波が寄せるのに任せて行きました。その御船を乗せた波は新羅の国に押し上がって、完全に国土の半分まで達しました。

神功皇后が神懸かりをした時に降りた神々は天照大御神住吉三神でした。
この神の教えの通りにしたら、戦う事もなく新羅の国を帰順させる事が出来ました。
新羅王が降参したので、その王城の門にこの住吉三神の荒御魂を鎮めて来たように書かれています。
これは古事記の中の話なので、日本書紀ではまた少し違っています。

こうして住吉三神はオリオンの三ツ星という航海の守り神となり、
そして、戦争の勝利に導いた神となり、禊の中で生まれた事から禊の神となりました。

この話の背景を考えると、オリオンの三ツ星をシンボルとする海人族の協力で
戦ったのが見えて来ます。それが住吉族という海人族だと思います。

住吉三神(住之江の神)(現代語訳をしました。『古事記の神々』)
http://himeluna.exblog.jp/15348565/

◆ブログ内で古代人のオリオン座を見て歩く
オリオン座は氏族によっていろんな象徴となっています。

志賀海神社(1)龍の都と呼ばれた海神の宮―住吉三神はオリオンの三つ星
志賀海神社(2)沖津宮と小戸 住吉三神が生まれた聖地
日若神社 (5)イスケヨリ姫との結婚の背景
          姫の名前には古代鉄の暗号が。

住吉三神を祭る主な神社 (マイペディアより)
福岡市博多区住吉(筑前国一の宮) 三神の和魂をまつる。例祭10月13日
下関市一宮 (長門国一の宮)   三神の荒魂をまつる。例祭12月15日
大阪市住吉区住吉(摂津一の宮)  三神と神功皇后をまつる。例祭6月30日
壱岐市              三神の和魂をまつる。例祭11月9日。



さてさて、福岡に住吉神社があると知らなかったルナは大阪まで行って来ました。
何年も前の話です…。
そして、福岡にはさらに元宮があると知りました。これについては、またいつかレポートしますね。



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by lunabura | 2010-11-01 15:02 | 住吉神社・福岡市 | Trackback | Comments(22)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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