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カテゴリ:鮭神社・嘉麻市( 1 )

鮭神社・山幸彦とウガヤフキアエズとを祀る宮・鮭は豊玉姫の使い

鮭神社
福岡県嘉麻市大隈
山幸彦とウガヤフキアエズとを祀る宮
鮭は豊玉姫の使い


鮭が戻って来て、鮭神社に奉納されたという話を
前から聞いていましたが、ようやく参拝する事が出来ました。
九州に鮭?
そう、遠賀川流域の神社の話です。
昭和の初期までは鮭が遡上していたのが、
石炭産業による川の汚染のために見られなくなりました。
しかし25年ほど前から地域住民が稚魚を放流して、
最近では、年に数例の鮭が確認されているとか。
場所はうまく説明が出来ない…です。

鮭神社の二の鳥居です。
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この石段を上れば境内です。
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拝殿と境内です。拝殿の中には、鮭に関する絵馬が奉納されていました。

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鮭の剝製だよ。
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鮭の拓本もある。昭和53年12月13日のものだって。
体長81センチとは、かなり大きいですね。
捕獲場所は遠賀川!見事、地元に鮭が帰って来ました。
そう。ここは、名前のとおり「鮭の神社」なんです!

どんな謂われがあるのでしょうか。まずは「筑前国続風土記拾遺」から。

鮭大明神祭礼の9月23日、この社に奇事があり、毎年鱖魚が社辺の川に登って来ることがあるというが、鱖魚の字はいぶかしいと思う。(鮭の間違いだろう)
長さ2~3尺(40~90センチ)の鮭が社辺まで上ってくるが、これは海神・豊玉姫が御子のウガヤフキアエズのミコトのもとへ鮭をお使いとして遣わされるという。

上大隈から遠賀川の河口の芦屋の海までは12里(48キロ)余り。この間には100以上の井関もあり、無事に上ってくればその年は豊作であり、これを途中で捕えて食べれば災禍に遭うと言い、盲目になるとか、家が絶えるなどの言い伝えがあって、広く信じられている。
鮭を神の使いとする村の氏子の人々は、今だに鮭は食べない習慣が残っている。
鮭は神の使いと崇められている。

これは江戸時代の本です。
鮭が秋になると海から上って来る、けなげな姿を見て、
豊玉姫が我が子恋しさに使いをよこしている姿と重ね合わせているんですね。

この神社の御祭神は
彦火々出見尊 鸕鷀草葺不合尊 豊玉姫尊
ヒコホホデミのミコト ウガヤフキアエズのミコト トヨタマ姫のミコト

豊玉姫の夫と子供が一緒に祀られていました。ヒコホホデミは山幸彦の事です。
このあたりの神話は何度読んでも、こんがらがります…。
もう一度、おさらいしましょ。

釣り針を失くしたヒコホホデミ綿津見の宮に行って、豊玉姫と結ばれます。
三年たつとヒコホホデミは中つ国に戻って行きました。
しかし、妊娠していた豊玉姫は天つ神の子供を生むために、葦原の中つ国に行き、生む所を決して見てはいけないと言って、ウの羽根を葺いた産屋の中で出産しました。
しかし夫は覗き見をしてしまいました。それを知ると、豊玉姫は子供を残して海神の国に戻って行きました。
その子供はウガヤフキアエズの尊と名付けられました。


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境内にある石碑です。
「私共氏子は鮭を捕えた人々が持参してくれたら、神前にお供えして
神官を呼び祝詞を上げて頂いて、鮭塚へ埋める習慣になっていた。」そうです。

神社には興味深い伝承がありました。(分かりやすく書き換え)

古事記中巻 神武天皇は兄の五瀬命高千穂宮で相談なされて、天下を治めるのによい所を求めて、東をめざして日向を出発なされた。

豊後豊前をすぎて筑紫の岡田宮に一年滞在されたとある。その時途中で天皇は自ら親しく神籬(ひもろぎ)を設けて、高木の神当村岩岳山尾上に祭り給うとある。詳細は別書「社伝」にある。

神武天皇の名前が出て来ましたよ。
古事記によると神武天皇はこの遠賀川の下流の宮で1年滞在しています。
古事記ではわずか一行で済ませていますが、
神武天皇の足跡を伝える神社がこの地方には数か所あります。

この社伝からは、神武天皇はこの大隈村にもやってきて、
「高木の神」を祀っているのが分かりました。
高木の神天照大御神と一緒に高天原を経営した人で、
後に神武天皇がピンチになった時に、高倉下を通して神剣を授けた神です。

謎の多い神ですが、この川の上流にも多く祀られています。
高良山では、神の交代劇として伝えられています。
神武天皇から見たら、祖先にあたります。
(天照大御神でなく、高木の神を祀った所が興味深いですね。)
系図を見てみましょう。
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この遠賀川流域で出す系図は古いな~といつも思います。
神武天皇が父や祖父母でなく、高木の神を祀った点からも、
この神社には幾層にも渡る伝承があるように思われます。
社伝を読む機会があればいいけどな…。

「鮭神社」は出雲にもあった。  

この名前の神社は全国でもここだけと言われていたのですが、
昨年(2010年)、雲南市にも「鮭神社」があるのが分かりました。
そのきっかけが、雲南市の宮司さんの兄が嘉麻市を通りかかって、
鮭神社を見つけた事だったそうです。
両神社に同じような伝説や習慣、方言があるとか。
この嘉麻市の鮭神社は奈良時代に創建。雲南市の方は鎌倉時代の建立。
どちらも、昭和の初めまでサケが上って来ていたそうです。
これをきかっけとして両神社の交流が始まりました。
遠い昔に氏族が神社とともに移住した可能性があり、
また、鮭が遡上する事も加えて興味深い神社です。


遠賀川流域の神武天皇の伝承を伝える神社
日若神社(2) (日少神社)
         神社史を訳すと、古事記の空白を埋める記事が現れた
         霊泉をめぐる神と神武天皇と神功皇后の話
馬見神社 (2)
         上宮の白馬大明神とはニニギノ命だという。
         そうすると、ここは天孫降臨の山になってしまうが…。

『古事記の神々』ウガヤフキアエズについては「豊玉姫」でどうぞ。

地図 鮭神社のある大隈町


さてっと、神武天皇が出てきたら、やっぱり岡湊神社と神武天皇社ですよね。
次回はどっちを先にしようかな。




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by lunabura | 2011-01-20 20:35 | 鮭神社・嘉麻市 | Trackback | Comments(5)
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