ひもろぎ逍遥

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きたきゅう発掘!「考古学ノート」を買った


きたきゅう発掘!「考古学ノート」を買った


昨日は御心配をかけました。
病院で診てもらったら、かすり傷があったけど、
明日には完全に修復するとのことです。
やはり、すぐに目を洗ったのが良かったということでした。

さて、るなさんは、そんな時でもシンクロの女神がほほ笑んでくれました。

先日、(財)北九州市芸術文化振興財団 発行の

きたきゅう発掘! 「考古学ノート」
が出版されたので、電話して取り寄せたのですが、
待合室にそれを持って行きました。

そして開いたページが「首のない死体」。
吉野ヶ里遺跡のあの有名な甕棺の首のない人骨の写真がありました。
各遺跡に出て来る石剣や銅剣の折れた切っ先が
遺体についたまま埋葬された遺跡が福岡では結構な数、出ているそうです。

それを読んで、何?何?

実は、とある歴史資料館で甕棺で人骨に刺さっているのは石剣だけだと言われたのです。
最初は、銅剣もあるはずでは?と尋ねたのですが、
何度も繰り返される内に、そうか、甕棺の時代は石剣しか使わなかったんだ。
と思い込んでしまいました。
神功皇后がよく奉納する銅剣って、何だろうと思いながら。

そうして、今日、ちゃんと銅剣も実際に武器として使われていた事が書いてあって納得。
しかも、原稿の訂正に間に合う。
何が幸運に繋がるかホント分かりませんね。

ところで、この「考古学ノート」は写真がたっぷりで、
読み切りの構成なので、読みやすいです。
でも、遺跡の地図と住所が書いていないので、いったい何処の話なのか、
分からないという欠点がありました。(・.・;)

それでも、古代の銅の精錬炉のイラストがあったりして、たまりません。(*^_^*)

☎093(562)3016
こちらに頼めば 本代1200円+80円で送ってくれて、
あとで郵便振り込みです。(150円)本のタイトルは
きたきゅう発掘! 「考古学ノート」
です。



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by lunabura | 2013-03-30 00:37 | にっき | Trackback | Comments(0)

フライパンの油が目に


今朝、フライパンの油が目を直撃。
すぐに流水で洗って、一時間ほどアイスノンで冷やしました。
ついでに、パパさんから気功の手当。
それで、痛みもなく大丈夫なんですが、
念の為に歩いて行ける眼科に行ったら、休診 (・.・;)

往復一時間にめげて、他に当たる元気なし。
明日にでもまた行きます。
ケアの心を忘れないため眼帯をしてます。

片目で過ごす事もまた大事な経験ですね。
リラックスして過ごす事を心がけています。



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by lunabura | 2013-03-28 21:06 | にっき | Trackback | Comments(8)

太宰府―大分―大保


太宰府―大分―大保


「五」と「八」の謎のコメント欄で問答中の「太宰府・大分・大保」が
『晋』の時代の天子に関わる官職名「太宰・太傳・太保」を
反映している可能性はないかという話題になっているので、
福岡県外の方も分かるように、地図を出しておきます。

c0222861_23443571.jpg

大分-太宰府―大保



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砥上山と夜須と松峡宮



c0222861_23453083.jpg

太宰府と太宰別府(赤司八幡宮)


そういえば、赤司八幡宮は太宰別府でした。
詳しくはサイドバーからどうぞ。

桜もちさん、取り敢えず地図を出しておきます。
また、ひらめきや疑問があったらどうぞ。

カテゴリは「五」と「八」の謎に入れておきます。

「コメントまとめ」にはきりんさんの太宰府論があるので、併せてご覧ください。



このお話は 『「五」と「八」の謎』の つづきです。
http://lunabura.exblog.jp/19692168/




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by lunabura | 2013-03-25 23:50 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(14)

「五」と「八」と「PM2.5」の妄想編


「五」と「八」と「PM2.5」の妄想編


今日はいきなり妄想コーナーですよ。

渡来人の進入ルートとPM2.5の侵入ルートは似ているかもしれない。
そんな「とんでも妄想」です。

これは福岡県のHP。

c0222861_20415876.jpg
上は3月19日。昨日のデータ。
福岡県の北部からだんだん赤色が増えて来ています。赤色は「36」以上になった事を示しています。
この日の夜、外に出ると煙っていて濃霧が発生したかと思ったけど、そうではなくてPM2.5の煙霧だった。 (・.・;)   北から来るのは「五の民」と同じルート?


c0222861_2042209.jpg
これは3月17日 。PM2.5の36超えを見ていると大牟田や柳川から赤くなり始めて、筑後川沿いに北上。
小郡や太宰府を染めつつ、山越えして周防灘に抜けたか。
「八の民」と同じルート?

何でも古代に結びつける、るなさんでした。



c0222861_20424472.jpg
こうして地図を見ると中国も意外に近い。
揚子江が洪水になると、ゴミの山が九州に漂着するのも納得。
韓国のゴミはもちろん北部沿岸に辿り着く。

幸運な古代船は海流と風任せでも九州に辿り着いただろう。


c0222861_204308.jpg
こうして逆さにして見ると、
仲哀天皇が豊浦宮(下関市)から香椎宮に遷宮したのは、最前線に出て来たというのがよく分かるし、
豊浦宮から佐波に移動したのは避難したということもよく分かる。

以上、「五」と「八」の進入ルートとPM2.5の侵入ルートはよく似ているという妄想でした。
 (-。-)y-゜゜゜


このお話は 『「五」と「八」の謎』の 付録です。
http://lunabura.exblog.jp/19692168/



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by lunabura | 2013-03-20 20:46 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(2)

「五」と「八」の謎


「五」と「八」の謎


「五」と「八」について、
若八幡神社(2)のコメントにあった質問の返事をこちらに書きます。
質問はこうです。

Q:ところで、上のコメント中の
『北からは五、南からは八。シンボルはそんな数らしいです。』とは何でしょうか?
何かの民族のシンボルなのでしょうか?
ものすご~く気になってしまって、、、。
すみません、よろしければ教えてくださいませ(^^


A:「五」と「八」の話ですね。
真鍋大覚が、そんな言葉を一行だけ、さらりと書いているんです。

この「五」と「八」については、にゃん友さんの言われるように、
民族のシンボル案も含めてずっと考えているところです。

例えば、伊都県主(あがたぬし)の五十迹手は「いそとて、いとて」で、
「五」がついています。

神夏磯姫も「磯」をうっかり誤変換したら「五十」が出てびっくり。
烏賊津使主(いかつおみ)も「イカ」は「五十日」という字が正しそう。

これらは中東から朝鮮半島経由で渡来した人と考えられないかな
と考え中です。


それに対して、「八」は
「八幡」「八雲なす出雲」「八十物部」(やそ)などに使われます。


八幡はハチマン。ハッティのことだと真鍋大覚は言います。
ハッティの英語読みはヒッタイトです。
昨年、鉄の起源はヒッタイトより遡るという記事が出ていましたね。

大分県の藤重遺跡には縄文の製鉄遺構があると新聞で読みましたが、
ネットで確認すると、縄文の字が消えていた…。
(何か書けない事情があるのかな…。(・.・;)

出雲と八幡はもともと一つだったのが、
憚られている内に互いを忘れてしまったようなニュアンスの話も大覚は書いています。
これに隼人が絡んできます。
これらの話はかなり衝撃で、しかも追及心をそそるのですが、
謎解きをするには私はまだまだ力不足です。

景行天皇も羽白熊鷲も冶金技術が優れた系統だということで、
鉱山を巡る戦いが日本でも起こっていたと考えています。

私はブログで景行天皇という表記をしていますが、
これは、長い名前を覚えて書くのが面倒くさいという理由で、
当時は天皇という言葉はありませんでした。

「五」や「八」の人たちがそれぞれクニを作っていた時代で、
景行天皇もそんな中の一つのクニの王だったと考えています。

ところで世界に目を向けると、人類は銅の後に鉄を手に入れるのですが、
銅の東への伝播に鉄の伝播が追い付いて、
日本へ入ってきた時には同時だったと言われます。
何故なら鉄の需要がとても大きかったからです。

銅の民や鉄の民が中東から東へ向かう時、
中国から朝鮮半島経由が「五」、
そして中国からダイレクトが「八」。
こうした渡来ルートが「五」と「八」というシンボルで解けないかな、
と考えている最中です。

今のところこんな理解です。
答えになりましたでしょうか。 (^-^)

元の記事はコチラです。

若八幡神社(2) 神夏磯姫と香春岳と新羅
http://lunabura.exblog.jp/16643803/





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by lunabura | 2013-03-18 22:40 | 「五」と「八」の謎 | Trackback | Comments(34)

志式神社(6)荒ぶる神 豊玉姫


志式神社(6)

荒ぶる神 豊玉姫


c0222861_21121533.jpg
この絵は青木繁の「わだつみのいろこの宮」です。
山幸彦と豊玉姫の出会いのシーンです。

山幸彦の顔をしげしげと見ると、
若くて迷いの多い年頃の青年として描かれているのが分かります。
桂の木の上にいますが、背景は海藻のようです。

豊玉姫は左の赤い薄衣の女性です。
横顔からは少し年上のように見えます。
いずれも下からの光を受けて独特の神秘性を醸し出しています。

右にいる白い衣の女性は侍女でしょう。
水を汲みに来てそこに若者の顔が写っていて、驚いて見上げているシーンです。

神話のストーリーでは、その後豊玉姫がやってくるのですが、
それを破綻ない構成で見事に描いています。

三人の髪の毛の色が茶髪ですね。
青木繁の生きた時代は黒髪の人しかいなかったので、
現代の男女を見るようで、不思議な感じがします。

日本であり、かつどこか異国の情景を見ているかのような
芳しく豊かな神話の世界です。

豊玉姫の右手から下の方に水の泡が描かれていて、
これが海の底の物語だと暗示しています。

私はこの青木繁の絵が好きで、小学生のころ、
一人で何度も美術館に行っては見たものです。
小学生…十歳の頃なんですね、この絵に出会ったのは。
今見たら、意外に小さく見えるかもしれないな…。



それから時が経って、今。
三年前、豊玉姫を現代語訳してブログにUPしたのですが、
訳をしながら上手く行かなくてハタと困ったことがあります。
私はこの絵の影響を受けて、海神豊玉彦の宮は海の底にあると
完全に思い込んでいたのです。

そろそろ自分の訳を見直さないとイケない時期なのですが、
ちょっと見直す気になれない。

豊玉姫の出産シーンは亀の出産シーンそのものです。
ワニの訳で悩みました。
通説のサメではなく亀で訳した記憶があります。
こんな訳をするのは私ぐらいですから、勇気がいりました。
ワニはバニに通じ、フトマニのマニに通じる。
亀の甲羅を焼いて占いをした時代のワニとは亀のこと。

亀は神。
豊玉姫は本来の亀の姿に戻って出産したことになっています。
しかし妹の玉依姫は人間として問題なく出産している。

どうして豊玉姫は山幸彦と添い遂げられなかったのか。
子を自分で育てる事ができなかったのか。
妹だけが何故留まったのか。

そこに倭国の始まりの秘められた政情があるのではないか。
日本の歴史はこの時代にも捻じれを起こしている。
その謎を解く事は出来るだろうか。

妹の玉依姫は志賀海神社に祀られているのに、
豊玉姫の名前がない。

そして豊玉姫はこの志式神社に祀られています。
荒ぶる神として。
いったい何が起こったのか。

それを神功皇后が七日七晩、神楽で慰撫したというのですから、
神話に残されない哀しい出来事が秘められているのでしょうね。


c0222861_2113524.jpg


ここがその舞台。奈多の浜です。
日本の海が何処も美しかった時代にあっても、
この浜の美しさは名をとどろかせていました。
左に見えるのが志賀島です。
(つづく)




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by lunabura | 2013-03-15 21:18 | 志式神社・ししき・福岡市 | Trackback | Comments(0)

志賀海神社(9)舞能ヶ浜と沖津宮


舞能ヶ浜と沖津宮
まいわざ


c0222861_2154295.jpg

前回の下馬ヶ浜から歩いていくと舞能(まいわざ)ヶ浜に出ます。
小島に白い鳥居が見えますが、これが沖津宮です。
表津綿津見(うわつわだつみ)の神天の御中主(みなかぬし)神が祀られています。

ここは別名「大戸・小戸」
イザナギ大神が黄泉(よみ)の国から戻ってきて禊(みそぎ)をした所と伝わっています。
それから「御手洗」という地名が付きました。

ここで綿津見の神々が三柱生まれて、すぐそばに祀られました。
それが表津宮・仲津宮・沖津宮の三宮です。
神々は島の洞窟に住んで、ここに出て来て遊んだということから
「神遊瀬」と呼ぶようにもなりました。

景行天皇がここに参詣に来ました。
ここには古代の良港があったと言います。

そして神功皇后もやって来ました。
この時、神々がなかなか出て来られないので、
天の岩(岩戸)の神楽を奏しました。
それからここを「舞能ヶ浜」と呼ぶようになりました。

c0222861_216476.jpg


一か所にいくつもの名称があるので、
どうなっているのか訳が分かりませんでしたが、
天保時代に宮崎大門が志賀島にやって来て、
旧家坂本家に残されていた写本の一部を写し取り、
宮司たちから聞き取りをして
「志賀嶋所聞録」という本を残してくれていました。

それを読みほどいてようやく地名の由来が分かりました。
これですっきりです。 (^o^)/

でも、神遊瀬の読み方が分からない。
誰か教えてくさだいな。


地図 志賀島 勝馬





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by lunabura | 2013-03-13 21:08 | 志賀海神社・しかうみ・福岡市 | Trackback | Comments(0)

志賀海神社(8)下馬ヶ浜



昨日は志賀海神社や志式神社を書き直していました。



c0222861_21185913.jpg


ここは下馬ヶ浜と言います。
勝馬海水浴場と言う方が有名です。
この右手に志賀海神社の元宮があります。
下馬したのは神功皇后。
ここからは歩いて元宮に行ったのですね。
本当に美しい海です。

ブログを始めた頃は自然の美しさで心が満たされていましたが、
各地の神社で繰り返される同じテーマに気づいて、謎を追いかけ、
少しずつ並べて行って、壮大な叙事詩を紡ぎ出す日々となりました。

その中で安曇磯良の存在を知りました。
彼が神功皇后から説得されて、軍船の舵取りをするようになった事情を
高良大社の宝物館でも縁起として拝聴出来たのも
今思えば不思議な出来事でした。


私のブログを毎回プリントして読んで下さっている方がいると聞いています。
何と2000枚以上になったとか。
ありがとうございます。

私も自分の記事をプリントして、地域ごとにファイルしています。
そして、最近はテーマごとに小冊子のようにして楽しんでいます。



c0222861_21192686.jpg



今見直すと、どうしてここまで掘り下げられたのだろうかと、
驚くことも多々あります。

最近の楽しみは人に会う時、
その方に縁のあるテーマの冊子をプレゼントすることなんですよ。



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by lunabura | 2013-03-11 21:22 | 志賀海神社・しかうみ・福岡市 | Trackback | Comments(4)

替え歌 黄砂の終着駅 ♪



奥村チヨの「終着駅」のメロディーで ♪

   ♪ 黄砂の舞い散る福岡は
     pm2.5も降りて来る

     だから今日も室内
     明日も室内
     洗濯物を干す

   ♪ 一度 かかったら
     二度と治らない
     花粉症という名の恐ろしい
     グシュグシュの世界~ 


え?
奥村チヨを知らない?
生まれる前の歌手?
まいったな~

「終着駅」の動画はコチラ
http://www.youtube.com/watch?v=UB6nkUxZoWo

という訳で、毎朝 pm2.5の速報をチェックしながら
洗濯物を干す場所を変えています。
今日は一日室内干しでした。 (+_+)

黄砂と言えば春の風物詩だったのですが、
一昨年辺りから、写真を撮りに
天気が良い日を狙って出かけようとしても、
山がぼんやり霞んでいて、空が濁る日が多かったのも、
超微粒子の飛来のせいだったんですね。

今日も山の存在も全く分からないほど真っ白でした。
私の顔は赤くなってしまった。

明日は関東にも届くとか。

「福岡」を「ニッポン」に変えたらこうなった。

   ♪ 黄砂の舞い散るニッポンは
     pm2.5も降りて来る

     だから今日も室内
     明日も室内
     洗濯物を干す

   ♪ 一度 かかったら
     二度と治らない
     花粉症という名の恐ろしい
     グシュグシュの世界~ 

オソマツさま <(_ _)>










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by lunabura | 2013-03-09 20:53 | にっき | Trackback | Comments(2)

久留米大学 公開講座 のお知らせ


公開講座のお知らせ

「久留米大学 公開講座 2013年」でお話をする事になりました。
タイトルは「筑紫の神功皇后 -五つの戦いー」です。

2011年に「神社伝承から浮かび上がる神功皇后の移動ルート」
というテーマでお話をしましたが、今回は続編として
神功皇后が下関と福岡に滞在した間に起こった戦いにテーマを絞ります。

神功皇后の伝承を伝える神社巡りも100社を超えました。
逐次ブログで報告していますが、全容が分かりにくいのではと思っています。

古代の筑紫を3年間で駆け抜けた神功皇后の足跡を辿ることで、
天皇や皇后を支えた筑紫の人々の名前や住処まで見えて来ました。
(御存じ、熊鰐さんや、五十迹手さんとか、安曇磯良さんとか、
只今話題になっている田原麻瑠さんとか (^-^))

今回はそこら辺りは、さらりと名前が出る程度かも知れませんが、
まずは全容が分かるようにお話したいと思います。

パワーポイントを使って、美しい福岡の神社を紹介しながら、
伝承を紐解いて行く予定です。


ネットの検索は


久留米大学 公開講座 2013年
http://www.mii.kurume-u.ac.jp/shien/koukai-d.htm


c0222861_22474723.jpg

私の講座は「歴史を学ぶ」のグループの中の
「3 郷土歴史研究」で行われる五回シリーズの講座の一つです。

「3 郷土歴史研究」をクリックすると、下のページが出ます。

c0222861_224801.jpg



「3 郷土歴史研究」は5月11日(土)から毎週一回行われて、
私は四番手、6月1日(土)14:00~15:30 です。

受講料は2000円(五回分)
定員は100名
申込期間は 4月26日(金)まで
申込方法は ハガキ、FAX、メールにて (振込先着順だそうです)


c0222861_22482279.jpg


申込方法はネットに詳しく載っています。

会場でお会いしましょう。 (^-^)




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by lunabura | 2013-03-08 22:50 | お知らせ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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