ひもろぎ逍遥

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磯良の死


螺旋階段を登っているのか、降りているのか。

本格的にお籠り状態になりましたが、またもや新たな発見が。
あの磯良は大善寺玉垂宮(久留米市)で亡くなっていました。

そうすると、風浪宮(大川市)に磯良塚があるのも、本物の可能性が出てきました。
志賀島を経った8人の海士のうち、一人だけが志賀島に戻り、
残りの7人は大川市に定住したのですが、それが謎でした。

帰ろうと思えば帰れたのに。
風浪宮は国際港ではあったのですが、7人がみんな留まった謎。

そして、今日、大善寺玉垂宮を見直していて、藤大臣(玉垂命)がそこで亡くなったという記事を見つけて、
すべての謎が解けました。

阿部=藤。 阿部高麿・助麿は藤高麿・助麿とも書かれているので、
同じ宮地嶽神社の祭神なのですね。

その中央に座する阿部相丞(しょうじょう)。阿部大臣という立場の祭神です。
阿部=藤なら、藤大臣と書かれていても同じことだと、ようやく分かったのです。

実は、うすうす感じていたのは、磯良が神功皇后の招聘に応じたくなかった理由。

最初は豊玉姫の件があったのだろうと思っていたのですが、
阿部高麿・助麿が二人とも忌宮神社で討ち死にしていることから、
その父が阿部相丞ではないか、そしてそれは磯良か磯良の兄弟だろうと想像し始めていました。

で、思いがけず、大善寺玉垂宮の「藤大臣=玉垂命」という一文から、
磯良が国乳別命三潴に送り届けて高良山まで行き、戻る途中で客死ということが判明。

結論だけでは分からないと思いますが、宮地嶽神社の本と神功皇后の本を同時進行で書いた結果、
ミッシングリングは繋がったのです。



ここまで書いていたら、友人から電話。
「宮地嶽神社の古墳、入ったことありますか~?」

一瞬、訳が分からなくなってしまいました。
シンクロもここまで有り?

もちろんですね。
だって、その古墳の事、本に書いてるんだもん。

今日はその福津市に虹が掛かっていたというコメントも。

螺旋階段のように、あちこちに行きながらも、一つの方向に進んでいるのが分かりました。
歴史だから降りているんだろうか、それとも未来に登っているのだろうか。

3世紀と21世紀を行ったり来たりした一日でした。

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大善寺玉垂宮



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by lunabura | 2014-07-30 22:05 | 安曇磯良 | Trackback | Comments(2)

相島 また行って来ちゃった



昨日、相島にまた行ってきました。

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今回は西谷正氏の講演と現地ツアーということで、
7月、二度目の相島行きでした。

講演では積石塚を日本全体の遺跡と比較され、また東アジアの中での位置づけ、
歴史的な位置づけなどを知る事ができました。

また、初期須恵器が出土して、伽耶のものか、日本の物か、不明だったのが、
土の分析から日本の土で焼かれたものと判明した話など聞けました。

これをまとめておこうと思ったのですが、
神功皇后のガイドブックの下巻の出版の準備に取り掛かることになって、
優先順位を変えました。

下巻の原稿が出来て丸一年経ったのですが、
この一年間の調査は収穫が大きくて、
仮説だったものが事実として書けるようなことが幾つか出てきました。

それは一社だけの伝承でなく、複数の神社の縁起を組み合わせて
初めて分かることだったりしたので、
やはり一年間というのは必要な時間だったと感慨深くしています。

下巻、一日も早く皆さまのお手元に届くように、頑張ります♪



これに加えて、
昨夜は、「自分の故郷のガイドブックを作ります」という嬉しいメールをいただきました。

これは私の夢の一つだったんですね。
皆さんがそれぞれ自分の故郷の歴史を調べることはアイデンティティにも関わる事。
これを踏まえてのガイドブック作りをされるということで、
これもまた嬉しく思いました。

まずは、自分の為のガイドブックということで、提案をしました。
それに加えて、ちょいと書いておきます。

1 市誌・郡誌・町誌などの中に神社編があるのでそれをコピーする。
2 神社のリストを作る。
3 その祭神や縁起、住所を書き写す。
4 ネットで検索して、コピペをするのもOK。(引用先を明記する)
5 神社のマップを作る。
6 神社に参拝・取材しながら写真を撮っていく。
7 フォーマットを決めて、書き込んでいく。

これでオリジナルのガイドブック完成!
こうして手順を書いてみるとこちらまでワクワクしてきました。

今は多くの神社がかなりネットに挙げられているので、ずいぶん調べやすいですよね。
私もガイドブックを作る時、最後の方は上記のオリジナルガイドブックを作って
取材しに行ってました。

コピペは必ず引用先を明記するのがルールで、書いておくと、あとで役にたちます。

みなさん、自分の故郷のガイドブックを作ったら、メールで送ってくださいね!!
「みんなで故郷神社ガイドブックを交換する」、なんてイベントがあったら楽しそう♫





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by lunabura | 2014-07-28 21:02 | 相島 | Trackback | Comments(3)

虹色のヘビから



Iさんが、虹色のヘビの夢を見たことを話してくれたのは先週のことですが、
「虹色のヘビ」といえば、アボリジニーを思い浮かべてしまいます。

もし、チャクラが普段、見えていうる人は、人間が向こうから歩いてくると、
人間の中心線に沿って、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫、白という縦の虹が見えるはず。

私たちの尾骶骨付近にヘビのように眠っているエネルギーが目覚めて、
上昇していく時、回転する虹色のチャクラを一つずつクリアしていく。

そんな光景が「虹色のヘビ」という連想につながりました。
アボリジニーがそう言っているかどうかは知りませんが。

この話を聞いて、Yさんが虹色のトンネルを通り抜けた夢を見たことを
思い出してくれました。
それ以来、神社参りが始まったそうです。

これはクンダリーニの視点からスシュムナ管を上昇する時に見える光景そっくりです。

夢は思いがけないことを教えてくれているんですね。


今日は何故かアボリジニーという単語を何度も出していたら、
Iさん自身が、オーストラリアに行くんですって!40日間も。

そりゃあ、アボリジニーの聖地、ウルル、きっと行けるでしょう。
意志さえ持てば、自ずと導かれてね。

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夢の中で百人の僧侶からマントラを唱えられて、
ついにそのマントラを暗記してしまったNさんは、密教の阿字観体験へ。
そしてついに高野山へと縁が繋がりました。

夢に出た沖縄の御嶽に実際に行ったTNさんは再び沖縄へ。

夢と現実がリンクしながら新しい展開へと行動する方がいる一方、
夢で過去世を見せられたりする方々も。

夢を通して、現世の「思い癖」が過去世にあると気付き、
さらにそれに取り組んで新たな気付きを得ると、人は笑顔がこぼれてくるんですね。

とてもナチュラルな笑顔。

意識すること、決意すること、それが人生の主体者となることに繋がります。

Sさんは、いくつもの人生が書きこまれた巻物を見せられたそうです。
折りたたまれていたそうですが、それって、アカシックレコードですねん。

それは人によって、図書館だったり、スクリーンだったりと、
色んな形で出てきます。

み~んな違っているけど、シンボルで解けば同じなんですね。


夢でギフトを貰っている人も、いったい何を貰ったのか、謎が解けて先に進めました。
夢を知ると、人生の応援団がいるのが分かって勇気百倍。

ある事を選択して不安でいても、夢を解釈してみると
「それでOK」と背中を押してくれるのが分かって不安が解消されます。

アボリジニーもまた、皆で夢見を話し合っていたとか。
今回のドリームレッスンも想像もつかない世界を見せてくれました。


最後にSさんのメールです。

「先日は貴重で愛おしい時間をありがとうございました。
私の過去生の浄化の話以上に、皆さんのお話を共有させてもらったことがとても有意義で、
帰りの車中では泣きながら帰ってしまいました(笑)」


みなさん、ありがとうございました。^^


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by lunabura | 2014-07-26 21:00 | ◆ドリームレッスン | Trackback | Comments(4)

今日のお悩みは火明命と火酢芹命


今日のお悩みは火明命と火酢芹命
ほあかりのみこと・ほすせりのみこと


「相島」のユヅカツラと「相良」のアイラトビカズラ。
筏の材料が揃ったけど、どちらも「相」の字が付くので変な感じがしました。

先日、「糟屋官衙遺跡郡・阿恵遺跡」が公開されましたが、阿恵(あえ)は地名。


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倉庫群は「阿恵日守八幡宮」と葛子の墓かと言われている「鶴見塚古墳」の中間にありました。
葛子の後、100年以上当地は繁栄し続けて、広い平地に倉庫群がずらりと建っていたのです。

地元の文献資料に、「阿恵」は「相島」と関係があるのではないかと書かれていました。
阿恵(粕屋町)の周囲には志賀神社など、志賀の名の神社が複数あるそうです。

ここは万葉集でも「鹿の浜」(志賀の浜)と詠まれていて、
安曇族たちが豊かな物資を底の浅い船で運んだ重要拠点だということが分かります。

「あへ」「あうぇ」「あい」は同じ言葉の音韻変化なのでしょうか。
当時は「はひふへほ」は「ぱぴぷぺぽ」と発音していたので、「あぺ」もあるかも。

「あぺ」「あふぇ」「あべ」「あめ」
み~んな同じものみたい。
異民族同士の会話では、こんな発音が飛び交っていたのでしょうね。





地図 阿恵遺跡





相島は阿部の島。

その姫神たち豊玉姫と玉依姫の姉妹が相島では一緒に祀られていました。
意外にもこの組み合わせは珍しいです。

志賀海神社では玉依姫だけが祀られていて、
豊玉姫は島から見える志式神社の方に祀られています。

そして、神功皇后が来た時には、「荒ぶる神」とされていました。
これはもう何度も書いたことですが。

当時の天神三柱。
その名が豊玉姫・火明命・火酢芹命。

昨日から、火明命と火酢芹命とは誰だろうと悩んでいたのです。

「火明命」に関しては「ニギハヤヒ」説を取って紹介しています。
これは、たまたま元伊勢の籠神社から出ている神示が私の手元に届き、
そこに「火明命」は「ニギハヤヒ命」と書いてあったからなのです。

籠神社ではそうしているんですね。
しかし、『日本書紀』の一部では「海幸彦」となっています。
火明命はニギハヤヒなのか、海幸彦なのか…。

それでは火酢芹命は誰か。
これは『古事記』に誕生のことしか書かれていない。
で、『日本書紀』(一書)に火酢芹命(海幸彦)、彦火火出見尊(山幸彦)とあるのです。
当時、すでに混乱して伝わっていて、異伝は八つほど。

私はどの神が誰なのか、決定する立場にないのですが、
安曇族たちがこの二柱を神の島である志賀島から一歩退いて祀っている点に、
歴史の真実を解き明かすヒントがあるんだなと、ずっと思ってました。

で、本を書くに当って、私なりの立場を明らかにしないと困るので、
昨日から見直しをしていました。

結局、これまで通り、
火明命(ニギハヤヒ)、火酢芹命(海幸彦)ということで話を進めることにしました。

隼人族(海幸彦)の問題、呉から来た姫氏、周の制度などなど、
問題は段々広範囲を調べないと、理解できない世界になってきました。

本を読んでも、現地に立たないと理解できない脳味噌なので、
九州全体をカバーしないといけないんでしょうね。

壮大な古代史が九州各地に眠っていると思うと、楽しみでもあります。

湯布院とか、阿蘇とか、高千穂とか。
これまで観光で行った山の中にも、奥深い歴史があると思うと、ワクワクします♫




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(志式神社)




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by lunabura | 2014-07-24 21:26 | 相島 | Trackback | Comments(2)

アイラトビカズラ



アイラトビカズラ

不思議で、ゆかしい名前のカズラ。
その花は巨大だという。
かつては花が咲けば有事が起こる不穏な花が、今は毎年咲くと聞いた。

しかも、日本では一か所だけ自生しているという。
今では他に二か所見つかっているが、その数は余りに少ない。

太宰府地名研究会主催の「菊池山鹿玉名の神々」のツアーでその花を見ることが出来た。


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この厚い花弁の光沢は熱帯雨林を想像させた。
その香りは蜜を発酵させたような香りで、最初は良い香りと思っても、しばらくすると気分が悪くなっていく。
その香りは今でも思い出せる。

虫たちに最高のごちそうを提供するために、発酵という手段を選んだのか。
腐らない知恵なのだ。
そう思ったが、これは虫媒花ではなく、風媒花だとwikiには書いてあった。

このような密林の状態で風を利用する花なのだろうか。
印象と違うので違和感を持った。
Wikiにはさらに
「中国の長江流域が原産地とされ、日本にも広く分布していたとされるが国内では2カ所を除き絶滅」とあった。

類まれな花を見ることが出来た。




しかし、九州の古代史を明らかにしつつある地名研究会の案内なのだ。
着眼点は花ではなく、蔓(つる)だった。

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そう、筏(いかだ)のロープ。
前回、安曇族の島・相島(あいのしま)で見た「ユヅカツラ」が丸太にふさわしい木材だとすると、それを結び付けるロープが必要だ。

それがこのカズラではないかという話なのだ。
先程紹介した、石で出来た竜蛇「石づち」が境内にある久米八幡宮の吉田宮司の着眼で、

「凡そ、二千数百年前、呉越同舟の呉が亡んだ前後、呉王夫差の一族が列島に亡命し、有明海から熊襲の領域に入ってきたと考えられ、その際、大木で筏を組んだとすれば、その素材がアイラトビカズラだったのではないか?」といった提案を行われました。
(久留米地名研 古川清久)
ということでそのカズラを実見しに来たのだ。

呉なら志賀島の安曇族も呉の末裔だと言っていた。
安曇族は中国語を理解し、漢字も知っていた。

中国の長江付近を原産地とするカズラは
人の手によって日本にもたらされたと考えるのが理にかなっている。

呉(ご、拼音:wú、紀元前585年頃 - 紀元前473年)は、中国の春秋時代に存在した君国の一つ。現在の蘇州周辺を支配した。君主の姓は姫。元の国号は句呉,勾吳。

これはwikiから。

筏なら絶対沈まない。

「無人島に一つだけ持っていくとしたら何を持っていくか」
という問題を考えて、私なら「種」だと思ったことがある。
「種」こそ命をつないでくれる。

アイラトビカズラの種を持って来て筏に乗った人たちがいると考えるのは合理的だ。
しかし、思う。
挿し木できるんじゃないか。
一時期「幸福の木」がはやった。
段ボールの中に十センチ程度の長さの枝が入っていた。
それに土と水を与えれば育った。
ハワイのお土産にそんな「枝」や「種」を貰ったりした。

殆どの木が挿し木が出来る。
私が呉人なら、何種類もの木を腐葉土の入った壺に入れて、抱えて乗り込むかも知れない。

ロープの材料、丸太の材料、蚕の食料、竹のあれこれ、稲、あわ、ひえ…。

欲張りだから、かなり重い目にあっただろうな…。
そんなことを考えた。


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樹齢千年。


熊本県山鹿市菊鹿町相良




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by lunabura | 2014-07-22 21:28 | 相島 | Trackback | Comments(6)

若宮神社 祭神は豊玉姫と玉依姫


若宮神社

糟屋郡新宮町相島
祭神は豊玉姫と玉依姫
 
豊玉姫を祀る志登神社の炎上を聞いて、五日目です。
ようやく神社のお話しに戻る気分になりました。

ここは福岡県の玄海灘にある相島。
その波止場近くに若宮神社はあります。
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「若宮」の社号なので、どなたが祭神かと思って調べてみると、思いがけず豊玉姫と玉依姫でした。
のちにウガヤフキアエズ尊が合祀されています。


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参拝していると、氏子さんでしょうか、拝殿に上がっていいですよと声を掛けてくださいました。



そして、左手にある井戸を見せてくださいました。

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島で水が出るところは、ここともう一か所。
朝鮮使節団を迎えるために11本の井戸を掘り、これだけが現存しているそうです。


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電気が使えるようになって、ポンプで汲み上げるようになってから、
水質が落ちてしまったということでした。



「豊玉姫の井戸はここですか?」
「いえ、これではありません」

案内して下さったのは反対側、拝殿の右手です。

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井戸の跡に本殿が建ち、のちに左手に建築され、その後に石が置かれています。

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このうしろの木が「ゆづかづら」「由都嘉豆」の字が見えています。
繁りすぎたので、だいぶ切ったそうです。

「香椎宮の人が香椎浜から釣り針を探しに来て、ここに登っとった」
と聞き伝えているそうです。

前にも出しましたが、このシーンですね。
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相島にこのような伝承があると知ったのはタウン誌の記事からでした。
ずっと来たかったのです。
その場所が変わらず残っていたのが嬉しかったです。

記事を今見ると、話し手は「神宮寺住職・中澤慶輝さん(68)」となっています。
せっかくの記事なので、長いけど、写して紹介したいと思います。
「まちかど風土記」 若宮神社(3) 新宮町相島

境内にはユズカズラという木があります。神殿右の囲いの中に、何本もの幹を出して立っています。この木の葉は、妊婦の御守りなんです。

これは若宮神社の祭神「豊玉姫命と玉依姫命」と関係があります。『筑前国続風土記附録』には、祭神について「産神(うぶかみ)なり」と書かれています。

その後に続く文を簡単に訳すと「神社の後ろにユズカズラという神木がある。その実を妊婦の御守りと島民はいう。木の隣に水がきれいで素晴らしい井戸がある」。

ここに島の伝説も関係してきます。

相島には高妻(たかつま)神社というお宮があります。このお宮の祭神は『古事記』では「日子穂々手見命」、『日本書紀』では「彦火火出見尊」。さらに別名があり、山幸彦と呼ばれています。

伝説を「神道事典(弘文堂発行)」にそって話しますね。

彼は兄の海幸彦にお互いの道具を交換しようとせがみ、交換しますが、海幸彦の釣り針を魚に取られてしまうんです。そこで自分の剣を砕いて、大量の釣り針で弁償しようとします。ですが、海幸彦に拒否され、海辺で途方にくれていると塩椎(しおつち)神が現れます。その神は山幸彦を籠(かご)に乗せて海神の宮に連れて行きます。ここに出てくる海神の宮というのが若宮神社のことなんです。




「まちかど風土記」 若宮神社(4) 新宮町相島

連れてこられた山幸彦が海神宮(若宮神社)門前の木に登っていると、海神の娘である豊玉姫が出てきてユズカズラの隣の井戸に映った山幸彦を見つけ、宮の中に招き入れます。やがて二人は結婚し、3年過ごした後に、山幸彦はタイが飲み込んでいた釣り針を持って帰って行きます。

残った豊玉姫は、山幸彦に妊娠を告げます。そのとき「ウの羽で葺(ふ)いた産屋を作って待っていてください」と頼むんです。島の伝説ではユズカズラの葉で葺いた産屋となっています。

その後、約束どおり豊玉姫は妹の玉依姫を連れてやってくるんです。ところが、産屋の屋根が葺き終わらないうちにお産が始まります。そのとき、生まれた子に葺不合尊(ふきあえずのみこと)と名付けるんです。

ですが、出産の姿を見られた豊玉姫は恥じて海の宮に帰ってしまいます。妹の玉依姫がその子を育てるんです。葺不合尊は後に玉依姫と結婚し、神話では初代の天皇といわれる神武天皇の両親となっています。

こういった伝説や神話からユズカズラのことを「産の柴」と呼び、妊婦はその木の葉を安産のお守りとして持っています。

このユズカズラは若宮神社だけではなく、神宮寺の境内や穴観音の入り口にも何本か生えていますよ。


この伝承ではウガヤフキアエズの「ウ」ではなく「ユズカズラの葉」で葺いたとあります。
なるほど、コチラの方がリアリティがありますね。

幹は骨組みに使えそうだし、葉を屋根に葺いたら、一本の木で材料は揃うようです。
実際どうだったのでしょうか。

豊玉姫のお産に使われた種類の木ということで、安産のお守りになったそうですが、氏子さんお話では、最近は「産の柴」を御守りにする人もあまりないということでした。
でも、現在の大人の皆さんはこの神木に守られて成長されたんですね。

伝承からは思いがけない話もいくつか出てきました。

豊玉姫の住んでいた宮殿はここにあったそうです。

山幸彦は香椎宮を拠点としていた?
古賀市の愛鷹(あしだか)神社に山幸彦の名が出てくるのが不思議だったのですが、
糸島の高祖山から香椎まで、山幸彦の伝承は思いがけず広大になってきました。

事実がどうなのかは確かめようもないですが、
豊玉姫の物語を持っているのは安曇族ですから、安曇族が早くからこの島に入植して、姉妹の姫神を祀っていたのは明らかです。

もし、本当にここに海神宮があったとしたら面白いことになりますね。

一方、夫の山幸彦は島内では「高妻神社」の方に祀られています。
この日は行かなかったのですが、道は草が生い茂っていたそうです。
社伝の後ろに磐座があったという話も聞きました。

「新宮町誌」を見ると、高妻権現社が正式名で、祭神は彦火火出見尊。
島の人たちは高神(位の高い神)と信仰しているそうです。

なになに?
「元来祭神の彦火火出見尊は気性の荒い神様で、気に入らないとひどい神罰があるということで、いくつかの禁忌がある。その第一は女人禁制である。云々」
と書いてありましたよ。

女人禁制だったんだ。
よかったあ。行かなくて (・_・)



さて、このユズカズラの木を見て、
「海人族のいかだダア」と驚いて声を上げる人がいました。
そうか、そうだね。
この幹はまっすぐ棒状になっているので、切れば枝打ちせずにイカダが組めるんですね!

そうか、海人族たちは湊みなとで、船の材料を植えて行ったんだ。
丸太が揃えばロープがいる。
古代のロープは「かづら」。
それは、五月に見た熊本のアイラトビカヅラから繋がっていた物語でした。

次回は、そのアイラトビカヅラの話をしましょう。







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by lunabura | 2014-07-20 15:22 | 相島 | Trackback | Comments(6)

夢のシェアと8月の日程


今日はドリームレッスンの新たな始まりの日でした。

皆さんと夢をシェアしましたが、何だかすごいことに。

過去世から引き継いだ心の痛みと体の痛みを清算する時期に来ていることを教えられた夢。
新たな趣味に踏みだした時、ガイドが祝福してくれた夢。

嫌な虫は、実は新しい世界へ飛び込むための後押しだったという夢。
傷ついた自分を癒した夢。

夢に出て来た聖地に実際に訪れた方。
マントラを教えられて、新たな世界に進む方。

子供の頃に見た忘れらない夢の謎解き。
事件の状況を観察した夢。

などなど、それぞれにガイドが付いていて、私たちを励ましてくれているのを
目の当たりにする思いでした。

豊かな才能を開花させているYさんは、
前回のドリームレッスンから参加されていますが、
「夢の登場人物はすべて自分自身だ」ということをさらに発展させて、
シェアしたメンバーの夢も自分自身への教えがあると考えて
深い境地を得られています。

すごく参考になりますね。

さて、基礎コースが終わった方のための、自由参加のクラスの8月の日程を決めました。
夢のメッセージを受け取って、人生を心豊かに楽しみましょう。


8月8日(金)
時間 午後2時~4時
会場 美葉
会費 1500円 + ドリンク500円

参加希望の方はメールでお知らせください。


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by lunabura | 2014-07-19 21:05 | ◆ドリームレッスン | Trackback | Comments(0)

二日続いたテーマ


昨日は、ブログの読者の方たちと夢と歴史について語り合いました。
話題はブログに書いているような内容です。

そして、今日は、ずいぶん久しぶりの人から電話が。
何年振りだろう。
その人は、夢で教えられながら、歴史の裏に埋もれている世界を紐解いていた人です。

この二日間、夢と歴史の話が続きました。
話題の共通項は、隠された歴史を明らかにすること。
暴走しようとしている社会の出発点は歴史の改竄から。

正しい歴史を知って、出発点に戻り、何処で戦争をする社会を作ってしまったのか、
それを知ることが今必要なこと。

そして、想像以上に急がなくてはならない。
そんな気分でいます。

宮地嶽神社を調べて新たな発見が相次いだことから、
ガイドブックの下巻の方も見直しをしています。

想像しか書けなかった所に、証拠が挙がったという感じです。

不知火書房さんには、ガイドブックの下巻はまだですか、と、
書店や読者の方から、問い合わせが続いているそうです。
お約束の夏ですものね。
お待たせして申し訳ありません。

でも、お待たせしている分、内容は充実しています。
もう少しお待ちくださいませ。

さて、明日はドリームレッスンの二期目が始まります。
心豊かなひと時を皆様とシェアするのを楽しみにしています。



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栗の花





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by lunabura | 2014-07-18 20:49 | にっき | Trackback | Comments(0)

笛木優子と沢尻エリカ


笛木優子と沢尻エリカ


ずっと「四」のシリーズの夢を見続けていたある夜、二人の名前が提示されました。

「イルギーナとヒプソット」
「四」とは四人の登場人物のことだと、この時理解しました。
聞いたこともない、不思議な名前でしたが、女と男とだけは分かりました。
夢の中で聞いた言葉というものは、ほぼ忘れるのですが、この名前だけは覚えていました。

目が覚めてから、あと二人は?
と思うと、「リウとカマラ」と出てきました。

男二人、女二人の名前です。

イルギーナってどんな感じ?
ずっとテレビで探していて、NHKの歴史の番組でまさにその人を見たのです。


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笛木優子。
この時、初めて知った女優です。韓国のドラマの方によく出てあるのですね。
それから、しばらくして、大野城市に別の件でメールをやり取りしていて、
笛木優子が大野城まつりに出席をすると聞いて初めて実見しました。

やっぱりイルギーナだ!


そして、カマラは?
あのフワフワした女性こそ沢尻エリカ。



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これを言うと、皆さん納得してくれるんですね。^^


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そして、カマラはこんな風に変わっていくのです。


こうして、「ガイアの森」は始まりました。

二人の演技が見たいなあ。







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by lunabura | 2014-07-17 22:56 | ◆ガイアの森◆ | Trackback | Comments(0)

豊玉姫の宮


志登神社の火災の画像を見て、私は木花咲耶姫の燃える産屋と重ね合わせていた。

一夜の契りで懐妊したことを疑われた木花咲耶姫は産屋を塗り固めさせ、火を付けさせた。
身の潔白を証明するために。
山の姫神ならではの方法だった。

一方、豊玉姫の場合。
懐妊に気付いた豊玉姫は三年暮らした夫を追い掛けて上陸。
産屋を作らせたが、屋根を葺くのが間に合わずに出産する。
亀に戻った姿を見られた姫は子供を残して泣く泣く故郷へ一人帰っていった。

しかし、妹の玉依姫はのちに普通に出産した。

炎(ほむら)の中で真実を伝えようとする国津神の姫の思いが
志登神社の祭神、豊玉姫の思いに重なった。

豊玉姫の真実は分からない。

多分、対馬を拠点としたと思われる海人族の姫は
舟に乗ってはるばると大きな島にやって来た。

その上陸地が志登神社の辺り。
弥生の湊があったのだろう。

志登神社 御祭神
豊玉姫命
相殿 和多津見神 息長帯姫 彦火々出見尊 武内宿禰命
相殿 高祖明神 志賀明神 神功皇后 高良明神 『和漢三才図会』
相殿 高祖明神 神功皇后 高良明神 『筑前国続風土記』
上記祭神の高祖明神は高祖神社祭神・彦火々出見尊、
高良明神は、高良神社祭神・武内宿禰命である。(hp玄松子による)


祭神の面々を見ると、あの神功皇后の時代の祭神たちまでもが祀られている。
ここは伊都国の領地だろうが、五十迹手より前の時代に、
綿津見の神を奉斎する安曇たちが船を着ける湊でもあったのだろう。

博多湾は干潟だったので、船を着けるとしたら伊都国か、阿曇鄕あたりの奴国が適地だった。
すでに志賀島から東を掌握していた安曇族は伊都国に豊玉姫を送り届けたのだろうか。
玉依姫と共に。

のちに、ここからも神功皇后の時代に安曇たちは新羅に向かって船を漕ぎ出した。
五十迹手(いとて)の軍船と共に。

志登神社の炎上は、神話のオブラートに包まれて隠された歴史の真実を
伝えようとしているように思えてならない。



ずっと前に見た夢があった。

童女が何日か続けて夢に出た。その童女が私を海の底に連れて行った。
そこで見たものは、力なく横たわる姫。
赤い着物を着ていた。
私は何とかしなくてはとエネルギーを送った。
エネルギーを送るなんて、現実界ではしないのに。

あれは豊玉姫ではないか…。最近、よく思う。

先日、やはり赤い着物の豊玉姫の夢を見たという人がいた。

そして、また、こんな夢を見た人も。

Mさん
平成18年3月21日の夢。
前後の記憶は無し。十二単のような古代衣装の女性から美しい玉串のようなものを受け取った。それを手にしたとき女性は「私はトヨタマヒメといいます」と言った。それを持って私は現代の屋根の高い体育館のような大食堂にいた。その出入口らしき一角に移動式簡易トイレのような錆びたように汚れが付着した灰色の箱型のものがあり、私が何をしようとしていたかわからないが、ここではないなと思って、玉串を持ってその場を去った…夢の記憶はここまでです。私はその玉串の置き場所を探してきょろきょろしていたようでした。

その玉串のようなものを詳しく説明しますと、葉の形や全体の感じはお正月の鏡餅の下に敷く「ウラジロ」をもっと団扇のように横広くした感じで、全体的な色は綺麗な輝くような黄緑色。紙のような質感の半分が赤色で半分が白色の小さな長方形をしたものが全体にちらばって付いてる。それと、ソラ豆のような形をした金色に光るものがこれも全体的にちらばって付いている。受け取ったときは根元が私向き。
憶えている限り、登場人物が自分を名乗った唯一の夢で、とてもやさしい声でした。

当時、死やトヨタマヒメに関心があったわけでもなく、殆どの場合夢は記憶の整理と思う
私にはとても突飛な夢で、今でも鮮明に蘇ります。何かの暗示のようにも思うのですが、これと思い当たる出来事は今までなかったように思います。

この夢は先日、知り合いの宮司さんに話しましたら、シダ類は海人族に関係が深いので、ご縁のある古代人からの通信かもねとのご見解。なんとも言いようがないというのが本音でしょうね。


るな
メッセージドリームでしょうか。
これは誰かに解釈してもらうものではなく、探求していくことで次が明らかになっていく。
そんな気がします。豊玉姫が挨拶をするような立場の人。すでに色々と調べられたのでしょうが、調べて行く過程そのものが重要なことかもしれませんね。
不思議に豊玉姫の縁を感じる人が多いです。私も、ブログを始める前に見た夢に出て来た人はそれだったのかなと思ったりしています。豊玉姫に関しては、真実を明らかにする必要があるのだろうなと思っています。
答えになりませんが、以上です。


Mさん
この玉串を届けてほしい、といったメッセージではなかったかという想いがあります。
問題はその届先で、どうやって探し出せばよいのか途方に暮れるのですが、でもそれを見つけなければ、死ぬに死ねない気がします。

夢で聞いた豊玉姫のお声はうまく説明できませんが、とても優しく柔らかく、しかしはっきりとして、何か包み込まれるようなお声でした。お顔は誰に似ているというのは思いつきません。また、玉串のようなものに付いていた金色のものをソラ豆のような形と表現していましたが、本当のソラ豆より全体にもっと丸みがある感じです。何か他によい例えがないかと思います。


これを投稿しようとした矢先の志登神社の炎上だった。

アマミキヨさんのブログにシダが出ていなかっただろうか。
誰かこの続きの夢を見ていないだろうか。




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by lunabura | 2014-07-16 22:48 | 相島 | Trackback | Comments(0)
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