ひもろぎ逍遥

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<   2016年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧

歴史カフェ 延期のお知らせ


歴史カフェ


延期のお知らせ


みなさん、こんにちは。

春の嵐なのか、身辺バタバタしていていました。

ブログの更新の時間がやっととれました。


勝手な都合ですが、

4月と5月の「歴史カフェ」の開催を「延期」せざるを
得なくなりました。



申し込みされた方へ


ご迷惑をおかけします。


せっかく、ご都合を合わせての申し込みをいただいていますが、

また、スケジュールを組みなおしてご案内いたします。



よろしくお願いいたします。







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by lunabura | 2016-03-31 15:19 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(19)

今日の歴史カフェ



今日の歴史カフェ


今日も良いお天気でした。



今日の歴史カフェ、宮崎や遠方から近郊の方々まで、
少人数で楽しい古代史のひと時を過ごしました。

前回も熊本や長崎からもお越しいただきました。
ネットのチカラには目をみはらされます。

交流会の話題は各地の神社や神々や祈りのこと。
各地に祈りの方々が居られ、
それぞれの地に祈りを捧げられているようすを、
リアルタイムで交換できました。

舞や機織りもまた祈りの姿。


それぞれが自分の使命に向かう姿は美しいものです。



自分の使命への一歩は、内なる思いに対して行動すること。

そこから縁が結ばれていくんですね。

だって、自分が縁結びの神様だったら、
ぐずぐずしている人に縁を結ぶのは大変です。

思ったら行動。

そんな人なら、縁結びも可能性が広がりますよね。




今日も、座ったら目の前にご縁の方。

そんな、嬉しい光景を見せていただきました。



そう、歴史カフェの時には、名刺や小さな印刷物など、

ちょっと交換できるものを用意していたら、便利そうですよ。



※ 皆さま、コメントありがとうございます。




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by lunabura | 2016-03-22 20:56 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ 3月4月5月


歴史カフェ

3月4月5月

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本日の歴史カフェ312、集まっていただいて
ありがとうございました。

「糸島の女神たち」とは
糸島に、木花咲耶姫と磐長姫から始まり、
豊玉姫、玉依姫、奈留多姫と歴代の王妃が狭いエリアに
集中して祀られていることに注目した話です。

糸島にはこの王妃に対応する王たち、
ニニギの命から彦火火出見、ウガヤフキアエズ、神武天皇までも
集中して祀られています。

細石神社の近くには楽浪郡からの使者が留まった形跡のある三雲井原遺跡や
三雲南小路遺跡があり、3世紀初頭の平原遺跡まで、
三つの遺跡から出土した銅鏡を足すと105面にもなります。

特に三雲南小路遺跡には王者の印であるガラスの璧が副葬されていました。
この遺跡から1~2分歩けば細石神社に着きます。

遺跡の周溝と細石神社の水路の大きさがほとんど同じということは、
両者が深い関わりを持っていることを示しています。

この細石神社には大山祇一族の姫神たち、木花咲耶姫と磐長姫が祀られていて、
木花咲耶姫が塗りこめた土の産屋で火の三子を生んだ場所も伝わっています。
ここに産鉄族が集落を営んでいたことを暗示しています。

木花咲耶姫は三雲村に留まらず、南にそびえる脊振山系に祀られ、
契山ではニニギの命と出会った伝承もあり、
神話の世界が実は伊都国に実在したことを物語っています。

今日は、バスツアーの内容を時系列に捉え直して、
系図や地名、系図の理解に重きを置きました。



同じ内容を3月22日(火)でも話します。
2時から4時まで。会場は「ひふみ」です。
参加ご希望の方は「歴史カフェ322」希望と書いて
お申込みください。



4月のテーマは「七支刀」です。

石上神宮の七支刀を実見したところ、年号の一部が削り取られていました。

教科書には、この存在しない元号に想像の年を当てたものが
書かれていたことが判明しました。

七支刀は一本だけではありません。
中国に存在していたものを複製したことが裏の銘文に書かれています。

複数存在することが分かったので、
福岡県みやま市のこうやの宮の神像の手に持たれている七支刀も
また新たな観点から考察する必要があります。

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奈良県石上神宮の「布留」という地名と鞍手の「古」のつく地名。
デザインの元となった「ひかげのかずら」。
賀茂氏との深い関わり。
など、七支刀の全体を整理したいと思います。

4月9日はお陰で満席になりましたので、(時間は2時からにしました!)
新たに4月17日を設定しました。
時間はいずれも2時~4時です。

4月9日(土)2時~4時 満席

4月17日(日)2時~4時 募集中 (歴史カフェ417)


5月のテーマは「八咫烏」です。
高句麗壁画に描かれている「八咫烏」。
神武天皇を導いた八咫烏。
比較すると日本の八咫烏の方が古いですね。
ついでに、高良大菩薩が手にしていたのはミサキ烏。
などなど、八咫烏について整理します。

5月7日(土)2時~4時 (歴史カフェ507)

会場はいずれも「オーガニック広場 ひふみ」古賀駅前です。


以下から 希望日付、氏名、郵便番号、住所を記入の上、
お申し込みください。
必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは番号違いがないか、
調査をお願いします。


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 20名(要予約)

申し込み方法 
「歴史カフェ417」希望 「歴史カフェ507」希望と
それぞれ書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。

(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

一度参加された方は住所は書かなくても結構です。


会場 オーガニック広場 ひふみ 
福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755


下は「ひふみ」のHPとfacebookから。
オーガニック広場 ひふみ

092-944-5755
http://miroku.ocnk.net/

オーガニック広場ひふみの所在地は『福岡県古賀市天神1-2-3』です。
JR鹿児島本線古賀駅西口正面にあります。駅を降りたら徒歩10秒ほど。

麻、竹、竹炭、天然木等を店内随所に使用・設置していますので、心身と商品にやさしい環境でお買い物を楽しんでいただけます(^^)



オーガニックな食材が沢山あるので、
お買い物をする方は始まる前に前にどうぞ。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ


皆さんのご参加をお待ちしています♪





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by lunabura | 2016-03-22 08:38 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(13)

それぞれの神


それぞれの神


サヨリ姫

ミヤズ姫

イチキシマ姫

タギツ姫

タゴリ姫

セオリツ姫


ヤマトタケル



数日間のコメントで、皆さんの心の中に


それぞれの神が住まわれているのを知りました。



言葉にならぬ深い祈りの思い。



よく伝わってきます。


星読の心の奥から生み出される不可思議な世界

「脇巫女」

そのページを開くと、その神々が肉体をまとい、息づいている。

ほんのひと時だけど、

その神々が己が心の中に息づく。

心から敬愛する神とのひと時。

どれほど恋い焦がれたか。





しかし、この後、あなたは様々な感情に触れなければならない。

悲しみや憎しみ、恐れ、絶望。怒り。嫉妬。

それは何度もの転生の中で魂が受けた心の傷だ。


魂の心の傷は表現を求めて、言葉を作り出す。

言葉が生まれたら、一歩踏みとどまって振り返ろう。


己が言葉を。




すべての言葉は宇宙を創造している。

己が言葉は良き未来を創り出しているだろうか。



己が言葉の生み出したものを見届けよう。

愛があふれる世界を創造しているだろうか。



あなたも神そのものだ。

あなたの言葉は宇宙を創り出している。


あなたの中の神は何を求めているだろうか。

光り輝く自分自身の姿を見つけてもらいたいのだ。




光体の自分自身。



今世紀の私たちの挑戦は、光り輝く自分自身に出会うこと。



そうは思わないかい?





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by lunabura | 2016-03-21 21:28 | 「脇巫女」 | Trackback | Comments(7)

会計




今日は講演会を聞きに行ってきました。
菜の花が真っ盛りです。

昨日から沢山のコメントありがとうございます。

人それぞれ意見がありますし、
表現の自由が保障されています。
何人も私の文章を検閲することはできません。

日本は本当にありがたい国ですね。


さて、昨年から町内会の会計を預かっていまして、いよいよ年度末。
一昨日はエクセルのプロに習いに行ったりして、数字と格闘しています。

で、コメント、いっぱい頂いていますが、お返事しません。

報告書
が出来上がったら、また「脇巫女」再開します。



これはファンタジーとかエンターテイメントの部類に属する「小説」ですから、
真実と勘違いしないでくださいね(^_-)-☆



読者の方、謀られませぬよう。

謀られたら、私の勝ちです^^






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by lunabura | 2016-03-20 20:05 | 「脇巫女」 | Trackback | Comments(7)

脇巫女52 第一代ヤマトタケル


脇巫女52

 第一代ヤマトタケル


前回の続きだ。

◇◇ ◇
一方、深手を負ったヤマトタケルには傍の者五人が従った
ヤマトタケルは腹部に深手を負い、瀕死の状態で「泉水」までたどり着いたとき
のどの渇きに耐えかねて一口水を口にする
その水は赤くにごった水
この地の者は知っていた・・・水銀の混じった水・・・決して口にはしない水

「新延」(にのぶ)まで来たヤマトタケルは苦しさのあまり、
自らの鎧を取るように命じる

鎧が見つかることを恐れて隠した・・・その地は「鎧塚」

この「新延」で岩にもたれ息を引き取ったヤマトタケル

そのことを悟られまいとして一行が向かったのは剣岳
ヤマトタケルに従う者たちの地

五人はヤマトタケルを剣岳の麓に埋葬し
近くの木の枝を折り、それぞれ山頂に向け植えていった

そこは、以前「菊如」さんが見えない大きな鳥居を見たところだった

五人はヤマトタケルを埋葬した麓に再び戻り
ヤマトタケルを中心に五角形の位置に座り、永遠の秘密が暴かれぬよう願い
その場で自害した
◇◇◇

菊如が見た「見えない大きな鳥居」について尋ねた。
二人はその後、この話を検証するために各地を探査したが、
その時、菊如が剣岳の麓で現存しない鳥居を見たという。

石碑があったので人に尋ねると、疫病を防ぐ神として祀られているという。
そこがヤマトタケルの埋葬地の推定地となった。

何故、側近の五人は自害したのか。
自害の必要があるのか、と尋ねると、思いがけない話を聞いた。

王たる人物には影武者的な跡継ぎが決められていて、
王が亡くなっても、すぐに代わりの者が動けるような仕組みがあったという。

ヤマトタケルの場合も第二代、第三代が決められ、側近も組織化されていたため、
第一代ヤマトタケルが死ぬと、第二代が取って代わり、
外見では何ら変化が分からぬようになっていたという。

このため、第一代の側近たちは戻る場所が無くなってしまい、
自害の道を選んだと言う。

木を植えたのは挿し木によって道しるべを作ろうとしたのだろうか。
もし上手く根付けば、山頂の木と同じ木を探しながら降りてくると、
埋葬地に辿り着くということになるのかもしれない。
この件は、また確認しよう。

こうして、第一代目のヤマトタケルは死んだが、
ただちに第二代目のヤマトタケルが指揮を執るようになった。

これをサンジカネモチは知らなかった。







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by lunabura | 2016-03-19 20:33 | 「脇巫女」 | Trackback | Comments(13)

脇巫女51  熱田の「もののふ」


脇巫女51

 熱田の「もののふ」


星読が前回までの内容をまとめてくれた。
登場する「熱田もののふ」とは星読のことだ。
ミヤズ姫は「熱田」の姫で、サヨリ姫は「六嶽」の姫だった。

◇◇◇
<2016年2月27日> 熱田の「もののふ」

これは、熱田の「もののふ」の夢物語

2月22日と24日の二日にわたり
「菊如」さんと「崋山」さんが祈り、
見えない者たちと行った会話に同席した
「星読」が聞き、感じたことをまとめたもの
この時、多くの方々が現れたので「星読」の言葉で表現したもの

この地は「モノノベ」たちが創り、守ってきた地
その地に、海を越えて外の者たちが奪いに押し寄せて来ていた

外敵を打ち払うための武力集団「熱田」
民と土地を耕し、民と共に暮らす「新北」

これらに力添えする「古物」
ほかの多くの「モノノベ」たち
「六嶽」に従うものたち

ともに協力し合い、この地を守り、暮らしていた

この地の神聖なる山「六ケ岳」
そこより採れる鉱石
特に「黒だま」は貴重なものであった
重くて強靭な鉱石

六嶽の「たたらの者たち」は「黒だま」を製錬する技術を持っていた
「黒だま」から造られる農耕具や武器はこの地の宝

その宝を狙う外なる者たちを「熱田」と「新北」のモノノベたちは
絶妙な連携で敵から守り続けていた


あのヤマトタケルが現れるまでは・・・・

ヤマトタケルは「ひとつの国」になろうと持ちかけてきた者
だが・・・

「モノノベ」たちの意見は割れた
ともに協力してきた者たちの意見が割れた
ヤマトタケルが内なる者か、外なる者か

いや、内なる者か、外なる者かが問題ではない
われらが築き、守ってきたこの地を奪いに来たことに違いないではないか!!

引かない「熱田」
ヤマトタケル側についた「宗像」が説得

ヤマトタケル側は忠義の証として大切なもの(姫)を差し出せと迫る

引かない「熱田」
説得する「宗像」

国をひとつにするためだ

引かない「熱田」
説得する「宗像」

姫を差し出せ?
「熱田」と「新北」が姫を差し出すことは国を手放すこと
この地を手放すこと・・この地はわれらが守ってきた地・・他のものには渡せない地

われらの姫
幼き頃より活発で
野を駆け、海にもぐり、われらと戯れる背中に「ほくろ」がある元気な姫
姫の名は・・・「ミヤズ姫」

姫は渡せない・・・断じて出来ない

「熱田」の一人の「もののふ」がヤマトタケルを討ち取ることを決意する

この地を守るために・・・
「新北」と「熱田」「ふるべ」は固い絆で結ばれている
ともに聖地「六ケ岳」を守ってきた者たち
「古物」(ふるべもののべ)の地にまずは「ミヤズ姫」を移した

その「熱田」が分裂した
「熱田」は「六嶽」の姫を「熱田」にさらった。
「六嶽」の姫
姫の名は「サヨリ姫」・・・後の名を「イチキシマ姫」
壱岐の津から来た「姫」
「星読みの民」の姫巫女

「サヨリ姫」は
「黒だま」は農耕具を造るために神が授けたもの
武器を造るものではない・・・いつも言っていた心優しき姫

「熱田もののふ」は数人の伴と共にヤマトタケルを討ちに戦いへ

多くの敵を倒し、ヤマトタケルの前に立ちふさがる「熱田もののふ」
手にするは「黒だま」より造りし強靭な十握(とつか)の剣「三折(みつおれ)の剣」
左利きの「熱田もののふ」の力強き一撃がヤマトタケルの鎧を貫く
確かなる手ごたえ・・・
あろう事がヤマトタケルは自らの剣を落としてしまう
この時とばかりに「熱田もののふ」は大声で
「ヤマトタケルはもののふにあらず」と叫んだ

その叫びにひるむヤマトタケルの軍勢

すかさず剣を拾い上げる「熱田もののふ」

「熱田もののふ」は仲間に引き上げの合図を出した
幾人かのものたちが合図に従う
しかし、微動だにしない仲間がいた
声が届かないのか・・・
「熱田もののふ」は気付いた
その者たちは既に命を落としていると
・・・その姿は両の足で大地をつかみ
剣を構え
鋭い眼で敵を威嚇していた

この者たちに守られ「熱田もののふ」は「熱田」に戻る
このとき、ヤマトタケルの死を確かめなかったことが後の戦いへと繋がる

◇◇◇

鞍手には複数の物部がいた。
新北物部は農耕もする氏族。
熱田物部は武装集団だ。

「熱田」の長が「熱田もののふ」で、名を物部サンジカネモチという。
この熱田の姫はミヤズ姫という。

ふるべ物部は最大勢力だった。
これらの聖山は六ケ岳という。

その遥拝所として六嶽神社があり、近くに「たたら」という地名が残っている。
六嶽の姫はサヨリ姫で「星読みの民」の脇巫女でもあるという。


ヤマトタケルを討つ決心をしたサンジカネモチは
みやず姫を「古物」に預け、「六嶽」のサヨリ姫を奪って「熱田」にかくまった。

そうして、ヤマトタケルを襲撃する。
サンジカネモチは十握剣(とつかのつるぎ)である「三折の剣」
(みつおれのつるぎ)を持ち、ヤマトタケルに深手を負わせた。

ヤマトタケルは、持っていた草薙剣を落とす。
サンジカネモチはその草薙剣を奪い、両の手に剣を持って凱旋した。

三折の剣は刃が波打つような形をしていたという。
「黒だま」で造った剣なので、どれよりも強靭だった。



話は少しずつ肉付けが進み、内容が詳しくなっていく。





古物神社



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by lunabura | 2016-03-18 20:31 | 「脇巫女」 | Trackback | Comments(14)

脇巫女50 古代の鉄に思うこと


脇巫女50

古代の鉄に思うこと


古代の鞍手に物部たちが入植した目的は黒玉にあったというが、
それがどんな鉱物か、いろんなアドバイスをいただいた。

崋山から
「色々な鉱物を混ぜ合わせ最終的に黒くなったものの感じです。
私が見たものは黒くて艶があり、ラメみたいなヒカリモノが所々散らばって、
その大きさは様々。」
とコメントがあったことから、鉄鉱石ではないかと考えた。

古代日本で鉄鉱石を製錬した可能性は、考古学では決して認められないだろう。
隕鉄もスズ鉄の話も受け入れられない、というか話題にも上らない。

ただ、多くの人は学校で青銅器時代の後に鉄器時代が来たと習ったために
それが刷り込みになっているが、
日本に入って来た時には青銅器と鉄器はほぼ同時だったというのが
今の定説となっている。

鉄の武器は紀元前一世紀頃に入って来ていて、あっという間に広がったようだが、
それ以前に入って来た鉄製品は日用品だったのだろう。

例えば、高度な青銅の剣や鏡があるいはガラス製品が造られる時、
それを扱う道具に木の枝の棒のイラストとかを見かけるが、考えられない。

燃えるし、折れて落としてしまったら終わりだ。

紀元200年頃の平原遺跡の溝には鉄の斧や小刀、砥石などが奉納されている。

さらにそれより300年前の三雲南小路遺跡の溝には
水銀朱のついた杵が出土し、それを使った祭祀の痕跡が指摘されている。

これらを精製するための道具は鉄や銅だったのだと考えた方がよいのではないか。

砂鉄の精錬に関しては弥生時代に熊本では既に行われているが、全く無視されている。

以上、私は素人ではあるが、これまで各地で見聞したことのメモとして残しておこう。

そして、今日はテーブルを片づけていたら、
テレビを見ながらメモした紙が出て来た。何というタイミングだ。

アナトリア BC2300年 鉄
ヒッタイト BC15世紀 隕鉄
カマン・カレホユック遺跡 4200年前 鉄鉱石 鋳型

と書いていた。

アイスマン 紀元前3300年頃 99・7%の純銅の斧

古代社会の鉱物の製錬技術の高度さに関しては
もっと謙虚に知ろうとして良いだろう。

その技術が一部、日本に入って来て、絶えたことも考えてよいのではないか。

あまりに特殊技術なため、技術者が一酸化中毒などでやられたら、
もう次世代には残らない。

榊で祓う動作は、その毒ガスを払う所作の名残だということを真鍋は書いている。

現代人は自分が知らないと、すぐ否定しようとする傾向が強いことをよく感じる。
日本の古代鉄に関しては、まだ研究さえ始まっていないように思えるこの頃である。





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by lunabura | 2016-03-17 22:34 | 「脇巫女」 | Trackback | Comments(4)

こうやの宮(磯上物部神社)「七支刀」でつながる奈良と鞍手と太神


こうやの宮(磯上物部神社)

「七支刀」でつながる奈良と鞍手と太神(おおが)


4月の「歴史カフェ」は「七支刀」についての整理をしますが、
七支刀を持つ神像が祀られている「こうやの宮」について
自分の過去記事を見ると感想だけしか書いておらず、
その詳細は記録していないことに気づきました。

ネットを見ると、こうやの宮の祭神や新しい社殿に関して
誤解した記事があるので、改めて書いておこうと思います。

今回は
「みやま市みなみ校区まちづくり協議会「みなみ地元学」」の
辺春秀雄氏の講演の時のメモを起こします。
聞き違いがある場合は、是非とも指摘、訂正をお願いします。


「こうやの宮」は福岡県みやま市瀬高町太神字鬼木長島(おさじま)にあります。
「太神」は「おおが」と読みます。

そこから七支刀を持った神像が発見されました。
これは奈良の七支刀の発見よりずっと古くから伝わっているものです。

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この地の旧名は筑後国山門郡太神村で、『倭妙類聚抄』には「太神郷」と出てきます。

「山門」には「夜万止」(やまと)、
「太神」には「於保美和」(おほみわ)と読み仮名がついています。

ですから、「太神」の読みは「おおみわ」から「おおかみ」「おおが」と変化しているのが分かります。

「こうやの宮」は正式には「磯上物部神社」と言い、
高良山と関係の深い宮だそうです。





現代になってだんだん祭祀が困難になっていくのはこの宮も同じで、
この宮を日比野克彦氏がレポートした時には社殿の壁板には隙間があり、
風雨が入り込む状況でした。

この中に五柱の神像が祀られていて、その重要性に気づいた古田武彦氏が
プロのカメラマンを呼んで記録を撮られたそうです。

そして、自ら、古田史学会の方々と共に費用を負担されて、
新しい社殿を建立されたと聞きました。

記名帳に最初に記名されたのはそういう事情から、当然のことです。
事情を知らない方が変な印象を書かれていたので改めて記録しておきます。

新しい社殿の建立の時、厨子を地元の方が造って寄贈されたのですが、
あいにく一般的な三部屋の厨子を造られたそうです。

このために、五体の神像を厨子に入れていくとき、
大きさに合わせて順番が入れ替わったのです。

だから、この謎を研究する人は現在の並び順で解いてはなりません。

聞き取った順は「左」から次のようになります。

1番目 赤い河童らしき神像
2番目 マントを着た男神像
3番目 鏡を持った女神(あるいは少年神)
4番目 七支刀を持った男神像
5番目 五七の桐の神紋の男神座像

今では五七の桐の座像が中央になってしまっていますが、
本来は「鏡を持った神像」が中央です。
その髪型は稚児髪で、裾をしぼった袴を履いていて、
少年か女神か意見が分かれています。

実見すれば、男女は判定できるかもしれませんね。
「こうやの宮」の主祭神は「鏡を持った神像である」ということを
認識していただきたいと思います。

二十年前までは花見の時には神像を連れて出かけたそうです。
のどかな話ですね。

社家は因幡家ですが、古くは中島家で物部氏だったといます。

この「こうやの宮」の周囲には小さな宮が集中して鎮座しています。
グーグルで見て、森が見えるとしたら、その殆どが宮です。

この地区での大きなイベントは景行天皇の西国巡視と天智天皇の西国修行です。
鞍手とそっくりです。
鞍手の方は景行天皇の子のヤマトタケルと、
岩瀬宮に滞在した天智天皇の組み合わせです。

太神の沢山の宮々の一部の祭神と縁起を紹介します。

「釣殿殿」祭神は景行天皇とも天智天皇とも言われている。
「田中の神」は物部田中神で、ご神体は石三個。(確か巨石だったと思う)

「西の宮」は物部阿志賀野氏の祖先神を祀る。因幡家が祭礼を司った。ご神体は葉っぱの化石、あるいは浮彫の人物絵。

「大神宮」は天智天皇がひもろぎを立てた所。祭神は天照大神。筑紫三宅連得許が奉納した。得許は天智3年白村江の戦いで捕虜になり、天武13年(684)に21年ぶりに唐から帰還した。

「宇津羅姫社」は宇津良比女神で、景行天皇が黒崎から岩津の高田行宮、宇津に到る行路を守護した女酋長で、ここに墳墓を築いた。
(同じ地方で葛築女は景行天皇に滅ぼされている)

「乙姫神社(小河神)」祭神は豊玉彦命と豊玉姫。神職の先祖が海神の宮から赤玉・白玉を持ち帰って箱に収めて祀ったが、のちに玉は紛失。

「天道社(天下皇神)」川上明神、祭神 罔象女神(みずはのめ)神、瀬織津姫神。
主神は女神像で異国風の衣装。頭巾らしきものを被り、頭部に「猿頭」を刻む。
脇にカッパ像。河童は技術を持って来た渡来人。

長島南部の野田は殆どが三栗野姓で、鍛冶屋ばかりだた。

まだまだありますが、これくらいで。

祭神の組み合わせも鞍手そっくりですね。

太神には物部氏、安曇族、カッパ(國栖すなわち鞍手)のコロニーが
そのまま残っていたのではないかと思われます。

古代の国際港、榎津もすぐ近くです。
景行天皇の時代から天智天皇の時代まで重要な拠点だったのは明らかです。


景行天皇の時代には宇津羅姫が女王として天皇を援助していますが、
全く同時代に北西部にいた女王・葛築目(くずちめ)は殺されています。

この辺りは、マップを使ってカフェではしっかりと押さえたいと思います。

太神の物部は天皇方でした。

すぐ次の時代の神功皇后の名が祭神には見当たらないのですが、
付近に上陸して葛築目の跡継ぎの田油津姫を滅ぼしています。

田油津姫はもちろん田川の姫でしたね。

「こうやの宮」の祭神そのものは名前が分かりませんが、
高良山と関係が深く、この時代の神々を祀っているとすると、
神功皇后を中心として、
高良下宮社の武内宿禰、安曇磯良(高良玉垂命)物部膽咋(いくひ)という
組み合わせの仮説を立てることも可能かもしれません。


白村江の戦いで筑紫君薩夜麻が唐の捕虜となっている話は歴史から消されていますが、この邑の筑紫三宅連得許も連行されたとなると、
かなり突っ込んで研究が出来そうですね。

天智天皇がすぐに即位しなかった事情も、
面白い話が伝わっているので、妄想のレベルでお話しします。


鞍手の歴史を学んでいる時に、七支刀の縁で、
みやま市の歴史が同じような状況であることを学ぶのもまた不思議なシンクロです。


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by lunabura | 2016-03-16 21:04 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

お知らせ


お知らせ

豊日社 猿田彦大神のお祭があります



脇巫女に登場する猿田峠の豊日社に猿田彦大神が祀られています。
今年も4月3日に祭が行われます。

今回も福岡 小戸妙見神社の増田宮司に祭祀を、
神楽の代わりに
音楽家 アルパカさんによるアイリッシュフルートの奏上があります。
曲目は「明日への手紙」です。

皆さま、是非ご参加ください。

日時:2016年4月3日 11:00~
  (集合は10:30です)
場所:宗像市吉留1905 豊日社(グローバルアリーナ前)


なお、このイベントは皆さまの志で全てまかなっております。

連絡先 090-7448-0060(田中)




豊日社





以上、菊如さんからの伝言でした♪






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by lunabura | 2016-03-15 20:26 | お知らせ | Trackback | Comments(4)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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