ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

<   2016年 05月 ( 24 )   > この月の画像一覧

歴史カフェ626「磐井の乱の後」


歴史カフェ626

「磐井の乱の後」



c0222861_208553.jpg





「筑紫君磐井」は『日本書紀』には「国造」と書かれているが、
『古事記』には「竺紫君」と書かれている。

『日本書紀』では磐井の乱は継体天皇との戦いのように書かれているが
『古事記』では継体天皇は戦いの前に死んでいる。

このように多くの矛盾を抱えている記紀では、実態を描くには限度がある。



筑紫の各地の伝承はどうだろうか。
それらを総合してみると、次のような世界が描き出された。

磐井君は久留米市の高良山と明星山に居城を構えていた。

磐井君の死後、その末裔たちは筑前と豊前で同時多発的に一斉蜂起したが、
またもや敗北。


磐井君の夫人は幼子を連れて現・福津市へ逃れた。
葛子の夫人は福津市で何者かに暗殺された。


しかし、葛子の子である鞍橋君は百済と共闘して新羅と戦った。
そして、同様に葛子の子である勝村・勝頼は宮地嶽を守った。



福津市では磐井の菩提寺が作られ、宮地嶽には巨大な古墳が作られた。

勝村・勝頼が眠る宮地嶽古墳から出土した鉛ガラスは何を語るか。

古墳内で舞われた筑紫舞にはもう一人の証言者がいた。


そして、昨年。
ついに舞われた秘舞は宮地嶽神社が安曇族であったこと示した。

これら、各地の神社縁起や寺の縁起を通して
磐井の乱の後の子供や孫たちが「磐井の乱の後」にどうなったかを描く。



これは久留米大学の公開講座で話した内容ですが、
今回はパワーポイントを使わずに資料を使ってお話しします。

出版予定の「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」(仮題)
の内容の一部を先行して話すものです。


c0222861_2094087.jpg

拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 69番宮地嶽神社




日時 6月26日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ626希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。

(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い』がないか、
調査をお願いします。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ



 皆さんのご参加をお待ちしています♪





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-31 20:14 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ヒカゲノカズラと「七支刀」



ヒカゲノカズラと「七支刀」



今日は、歴史カフェ「七支刀」。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。
近郊および、佐賀県、あるいは東京からの参加もあり、
今日も新しいご縁が生まれて、嬉しく思いました。


「七支刀」のデザインの元はヒカゲノカズラ、と
真鍋大覚が書いているので、それを検証したのですが、
パラさんが「本物」を持って来てくれて、テンションMax。(^^;







c0222861_21253431.jpg

アメノウズメのように「日影をタスキに」かけて楽しませていただきました。








c0222861_21261729.jpg


ヒカゲノカズラの葉の並びを見ると七支刀と基本構造が似てる。
そして、こうやの宮の神像の七支刀の刃はまるで炎のよう。
これは賀茂氏(ヤタガラス)の信仰する「火雷神」の化身でもあるようです。

ヒカゲノカズラがあったので、謎解きの大きなヒントとなりました。
この辺りは、610に参加される方々のためにネタバレなしにしときましょ。


ヒカゲノカズラは鉱物が露天掘り出来るようなところにも生えるそうです。
渡来した古代人もこれを見つけたらきっと大喜びしたでしょうね。


花の胞子は現代でも、花火に使うそうです。







いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-29 21:27 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(9)

明日




明日は「歴史カフェ529」です。
ただ今、テキストを印刷中です。

資料をまとめ、リハーサルを何度かするうちに、
テーマに深く接することが出来るのでしょうか、
七支刀とはどんな目的で造られたのか、
予想を付けず、白紙の状態でいると、
不思議におのずと結論が出てきました。

明日、これを皆さんと分かち合い、
皆さんからも意見をいただいて、
話し合えると思うとワクワクします。

武器ではない神剣。
やはり素敵です。



それでは明日、「ひふみ」でお待ちしています。(^^)/




c0222861_23154841.jpg



『神功皇后伝承を歩く上下』を少し持って行きます。
ご希望の方は、メールで申し込んでおかれたら、確実に渡せます。
当日、本を見て購入を考えられても大丈夫です。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-28 23:16 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

二つのこと




今日は天神へ

c0222861_22234658.jpg






二件の打ち合わせをしてきました

私にとって新しいことが始まるのですが、
形が出来たら、またお知らせしますね。





c0222861_222467.jpg









いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-27 22:26 | にっき | Trackback | Comments(0)

十握剣と天叢雲剣の行方



十握剣と天叢雲剣の行方


今回は、歴史カフェ「七支刀」に来られる方への予習編です。
(^^♪

歴史カフェでは「七支刀」の環境についてお話しするのですが、
ブログでは触れたことのない内容で、
初めて話す話ばかりなので、聞いていて頭の中が混乱するかも、です。


そこで、今日は、理解するための下地として、
「十握剣と天叢雲剣の違い」と、
「その行方」について予習をしておくことにしました。

参加される方、一応頭の中に入れておいでくださいね。
覚えなくていいです。
そんな感じかあ、とでも思っていただければ。

カフェに参加できない方も、楽しんでください。




十握剣と天叢雲剣

素戔嗚命(すさのお)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治しました。
この時、素戔嗚命が持っていたのが「十握剣」(とつか)です。
そして、八岐大蛇のしっぽから取り出したのが、
「天叢雲剣」(あめのむらくも)です。





天叢雲剣

素戔嗚命は天叢雲剣を天照大神に持って行きます。
天照大神はニニギの命が降臨する時、その剣を手渡しました。

そののち、天叢雲剣は天照大神を伊勢神宮に祀った倭姫(やまとひめ)から
甥のヤマトタケルに渡されます。


ヤマトタケルは敵に火を放たれた時、その剣で草を薙ぎ払ったので、
その剣は「草薙剣」と呼ばれるようになりました。

ヤマトタケルはその剣を宮簀媛(みやずひめ)に預けます。

そして、ヤマトタケルが戦死したのち、
宮簀媛は熱田神宮を建てて草薙剣を祀りました。



それから数百年後。
天智天皇7年(668年)に新羅僧の道行がその剣を盗み出しました。

その剣は鞍手の古物神社に降ってきました。
そこで古物神社に大切に祀られました。

それから、福岡県岡垣町の高倉神社に届けられました。

高倉神社では草薙剣の七口のコピーが作られ、七つの神社に配られました。
八つの神社は八剣神社と呼ばれるようになりました。





十握剣

一方、素戔嗚命が持っていた十握剣は、天照大神とのウケヒの時、
天照大神が三つに折って噛み砕きました。
その息吹から三女神が生まれました。

その三女神の降臨の地は鞍手の六ケ岳
あるいは水沼族の祀る久留米の赤司八幡神社とも言われています。

『日本書紀』には「三女神は水沼の祀る神」という話も載せています。

以上、予習でした^^


『神功皇后伝承を歩く』を持っている方は、


c0222861_2131362.jpg

11 高倉神社

17 剣神社


c0222861_21315343.jpg

18 古物神社

56 赤司八幡神社

を読んでみてください。
さらに楽しめると思います。(^^♪







いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-26 21:35 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

七支刀のレジメ



気持ちを切り替えて、七支刀のレジメづくりをしています。


c0222861_2215384.jpg

七支刀を多角的に捉えられたかな。
これまでのブログでの記事も、今回一緒に整理しましたよ。

こうして、こうやの宮の神像と七支刀を並べてみると、
失われた歴史の謎の一部を解いてごらんと、
突きつけられているようにも思えてきます。



かつて、七支刀を実際に見た印象は鮮烈で、
今でもその色や質感などが蘇ります。


その七支刀がある奈良の石上神宮の祭神をじっくりとまとめていると、
鞍手や遠賀川流域の話ではないか、と錯覚しそうです。



歴史カフェならでは。
少人数だから、言えること、
すなわち、石上神宮の縁起に現れる神々を遠賀川流域に置き換えてみたりして、
楽しんでみたいなとも思います。

「こうやの宮」のある太神という地域も物部の里そのものでした。

三か所の物部の里。
並べてみると、見えてくるものもありそうです。


最後の佐賀の賀茂神社も、真鍋の話を検証したいと思っていたら、
偶然に、知人から連れていってもらいました。

これで、画像がそろいました。

皆さんと一緒にチャレンジしたいと思います。






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-23 22:03 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

石田三成と伊野天照皇大神宮



石田三成と伊野天照皇大神宮



NHKの真田丸の石田三成が
寡黙でカミソリの刃のような鋭い人物として描かれ、
山本耕史が好演している。




c0222861_2139415.jpg


実はずっとこの石田三成に注目していた。




何故なら、
三成が福岡久山町の伊野天照皇大神宮にたびたび参拝していたからだ。



焼失した神社の再建に期待されたが、
すぐに福岡を離れたらしい。

彼は名島城も一時期与えられていたようだ。

脇役なので、大河ドラマでは福岡の話は省略されるだろうと思っているが、
たったこれだけの縁で俄然、興味深くなった。

現在の宮は江戸時代に移されている。
元宮はバスターミナルの近くにある。

三成がどちらの方に来たのか、まだ確認していないが、
それを調べるのも、楽しみだ。


伊野天照皇大神宮は拙著『神功皇后伝承を歩く上』の表紙に。



c0222861_21392696.jpg







いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-22 21:41 | 伊野天照皇大神宮・粕屋 | Trackback | Comments(2)

「磐井の乱後」-磐井の菩提寺と宮地嶽古墳―を話し終えて



「磐井の乱後」
-磐井の菩提寺と宮地嶽古墳―
を話し終えて



今日は久留米大学公開講座で
「磐井の乱後」-磐井の菩提寺と宮地嶽古墳―
の話をしてきました。

足をお運びくださった皆様、ありがとうございました。





パワーポイントの最初と最後の画像は最後に選んだのですが、
こんな風になりました。


c0222861_23303075.jpg








c0222861_23305654.png

並べてみると、どちらも宮地嶽古墳です。

これは宮地嶽神社の境内にあり、宮地嶽神社の祭神が祀られて続けています。
被葬者は「勝村神。勝頼神」です。

二神は筑紫君葛子の子と伝えています。
ですから、筑紫君磐井の孫に当たります。




これが、ある日突然、宗像徳善の墓だ、と学者に言われて、
その誤解はいまだに解けずにいます。

宮地嶽神社側のショックはただならぬものがあったようです。




宮地嶽神社は安曇族です。

その証が欲しかったのですが、
ついに昨年、宮司だけが舞える秘舞として、
磯良の舞が再現され、発表されました。



こうして、安曇磯良の存在は
志賀海神社、高良玉垂宮、宮地嶽神社へと受け継がれていたことが、
平成になって明らかになりました。



安曇族の境内に宗像族が出かけて行って墓を作ることはあり得ません。
宗像族は自分たちの氏族の近くで眠るはずです。
わざわざ山の向こう、見えないところに作るはずがない。

こんなシンプルな理論も無視されています。



学者の論文に宗像市として堂々と書かれているのを見たことがあります。
正しくは福津市です。


宗像徳善は娘を天武天皇に差し出していて、
飛鳥浄御原宮の時代に外戚として娘の援助をしています。

飛鳥浄御原宮は672~694年です。
徳善はそのころ全盛期だったのでしょう。
孫は大臣に昇りつめています。
ですから、墓は700年前後に作られたと想定するのが理に適っています。

それに対して宮地嶽古墳は600~630年の推定。
両者には100年ほどの違いがあるのです。

もう、宗像徳善の名前を出すのは止めましょう。

「誰かが言ったから、そうだ。」
という発想が古代史の闇を深くしているのです。



今日は、この話や、磐井の菩提寺が作られた話、
また磐井の孫が百済王子と共に戦った話などをしました。


出版は、もうしばらくお待ちくださいね。








いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-21 23:32 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(4)

久留米大学公開講座2016 「磐井の乱後」を話します

 

久留米大学公開講座2016

「磐井の乱後」を話します

 
今年も久留米大学で公開講座が行われますが、
5月21日(土)2時~3時半に話をすることになりました。

「6 郷土の古代史2016」 の枠で
「磐井の乱の民族考古学」という演題になっています。

具体的なタイトルは
『磐井の乱後』- 磐井の菩提寺と宮地嶽古墳 -
です。

これは出版予定の
『宮地嶽神社と磐井の末裔たち』-巨大古墳の謎と九州王朝―(仮題)
の内容を話すものです。

あいにく、本は出来ていませんが、新発見の磐井の菩提寺や、各地の神社縁起に出てくる磐井の末裔たちの記録から、磐井の乱後を描きます。

従来の通説である、磐井の新羅寄り説や宮地嶽古墳の宗像徳善説が誤りであることも話します。

申し込み手順は、久留米大学公開講座に直接メールなどで申し込み、
返信を待って、銀行か郵便局に受講料2160円を払って完了です。
当日、振り込み表を持参となっています。

締め切りが明後日4月28日(木)です。

この受講料でもって、5月14日(土)と21日(土)の二日間が受講できます。

久留米大学公開講座2016

プログラムと申し込みはコチラ

会場:御井キャンパス 500号館51A教室




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-20 18:13 | お知らせ | Trackback | Comments(2)

行橋市歴史資料館 埴輪に会いに行く?



行橋市歴史資料館

埴輪に会いに行く?



「あのお、写真撮影していいですか」
「いいですよ」

「ブログに掲載していいですか」
「いいですよ。どんどん宣伝してください」
と、気持ちのいい答え。

そう、ブログに書けば見に来る人、きっといる♪
それはあなた?



歴史資料館はデザインの宝庫。
固定観念はずしてくれる。

今日は歴史の勉強無し♪









c0222861_2117376.jpg

全長33.6センチ。
元祖、ゆるキャラっぽい。
造った人も楽しそう。









c0222861_21175258.jpg

三環鈴も出てる!
天河神社、思い出す。








c0222861_2118291.jpg

兜だけど、私の頭は入らない。
かなり小さい。











c0222861_21184255.jpg

この人の鎧(よろい)は革。
鉄が手に入らなくても戦わねばならない。

以上、稲童古墳群。

磐井の乱の時とかどっちの味方したんだろう。
大伴氏関連の人たちかなあ。








次からは弥生のデザイン。







c0222861_2119059.jpg

ジョッキがいい?
それとも高坏で呑む?








c0222861_21191279.jpg

食器には必ず蓋をしないと、アレが飛んでくるもん。
デザイン、今と同じだね。






c0222861_21193096.jpg

切れ味のいい小刀は、麻織物でくるむ。
誰が育てて、誰が織ったのだろう。

神功皇后の時代の人たちの暮らし。

こんな楽しみ方もいいかな。








c0222861_2136320.jpg

福岡県行橋(ゆくはし)市にいます。






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-05-19 21:21 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー