ひもろぎ逍遥

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<   2016年 11月 ( 20 )   > この月の画像一覧

あたらしいカメラ



カメラレンズにカビが生えてしまいました。
雨の中でも撮影したりしたので、当然の報いです(:_;)

修理も考えたのですが、
時代の進化についていこうと、新機種を探すと「4K」の時代。
もう、よく分かりません(;’∀’)

結局、動画より静止画面の方を優先したいので、
イメージに近いものを、型落ちでしたが、ポチリました。

今日、到着したのですが、電池の充電法もこれまでとは違っているんですね。

170分間充電しないといけないので、初撮影は明日に持ち越しです。

これまではコンパクトデジカメで本の表紙から中の画像まで全部撮りました。
思えば素人だからか、大胆なことが出来た…。

でも、今度もまたコンデジです。

ですが、新しい機能が楽しみです。

これまでと違った画が出るかもです^^





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by lunabura | 2016-11-30 22:41 | にっき | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ




歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ

星の神-妙見・北斗・北辰―


本日は平日版の歴史カフェでした。
参加の皆さまありがとうございました。

今年は交流の年として、歴史カフェを企画しました。
おかげで沢山の方とお会いできました。

また、参加の皆さまの縁が繋がっていくのを目の当たりにしました。
同じ趣味で集まるのは楽しいですね。

内容については、毎回、タイトルが浮かぶままに、まとめていったのですが、
かなり奥深い内容になりました。

それでも、繰り返されて出てくる事項も多く、
最初は理解することに苦労した内容も、
方向を変えて出てくると、二度目にはすんなりと入って来ました。

パズルがはまる感覚ですね!
ここに歴史を学ぶ面白さがあります。



さて、次回の歴史カフェですが、
12月は会場が取れなかったので休みです。

それで、今日が今年最後となりました。

これまでのタイトルのリストを挙げてみます。

1 「脇巫女」の今 鞍手
2 糸島の女神たち ―糸島に祀られる倭国創世期の妃たちー
3 七支刀 
4 磐井の乱の後
5 八咫烏 ―賀茂氏と鉄の民―
6 『高良玉垂宮神秘書』 -アントンイソラと神功皇后―
7 中大兄皇子と朝倉橘広庭宮
  -斉明天皇と中大兄皇子の祭祀から広庭宮を推定するー
8 筑紫における中大兄皇子 ―乞食の相ありに至るまでー  
9 物部とヒメコソ神

気が付くと、物部氏に始まり、物部氏に終わりました。
加えて、安曇族、賀茂氏など、
古代氏族の分布も少しずつ具体化してきました。

そして、繰り返し現れるのが「市杵島姫」祭祀です。

日本書紀の編者が「沖ノ島に市杵島姫が祀られていた」という伝承を
未来の人たちに書き残してくれていたことに思いを致す時、
その未来人の中に私たちも含まれていることに感動を禁じ得ません。

日本書紀を誰もが読めるようになったのはつい最近のことなので、
こんな話を皆さんと共有できたのは有り難いことでした。


思えば、福岡の歴史の画期は、
神功皇后の時代、磐井の君の時代、中大兄皇子の時代、
この三つの時代の戦いと連帯が倭国を形成していったと見ることもできます。

奇しくもそれら三つの時代を通すこともできました。

希望があれば、来年もこのテーマを一からやり直すこともしたいなと思っています。
別の会場で、希望があれば連絡をください。

さて、「ひふみ」での歴史カフェ、来年のタイトルが決まりました。

星の神 -妙見・北斗・北辰―
です。

古来、星の中でもとりわけ北の星への信仰は篤く、
さまざまな名前や形で伝わっています。

北極星と北斗七星が
神の名、神社の名、地名、などに残されています。
これら、北に関わる星の神と神話を整理したいと思います。


日付は2017年1月15日(日)と1月17日(火)です。
2時~4時
「ひふみ」
です。
皆さまのご参加をお待ちしています。





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by lunabura | 2016-11-29 22:18 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

楽しみ



昨日は歴史カフェ。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。

今回はヒメコソ神を祀る神社が二つある鳥栖~小郡市を中心とした
神社の縁起や肥前風土記などを比較して、全体の理解を進めました。

地図は大型のものを用意しましたよ。
ハサミとノリが必要だったのはA3を二枚つなぐためだったんです。

地図は本当に楽しいですね。
神社の位置や祭祀線、遺跡などを記入すると、古代の姿が蘇ってきます。

特に今回のエリアは「肥前風土記」に郷の名が書かれているので、
それを地図上に反映できるという稀有な所でした。

媛社の郷、物部の郷、綾部の郷。

その中の神社や遺跡が見えてくると、どんな氏族がいたのか、
何を生産したのか、その歴史が浮かび上がってきます。


歴史カフェの後、二次会をするのですが、
この時は皆さんからの情報が飛び交い、興味津々な話が次々に飛び出します。


また、町史や市史など、興味深い本を貸していただき、
またまた探査が楽しみになりました。

思えば、神功皇后の時には福岡県全体が対象だったので、大変だったのですが、
市町村なら回りやすく、新たな楽しみ方も見えてきました。

明日も平日の歴史カフェです。
ワクワクしています。




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by lunabura | 2016-11-28 21:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ1127・29は「物部とヒメコソ神」


歴史カフェ1127・29は

「物部とヒメコソ神」



今月の歴史カフェのご案内です。

今回は「物部とヒメコソ神」というテーマです。

進行中の「ひめちゃご」の始まりが「ひめこそ」だったのですが、
今回の歴史カフェでは、
佐賀から小郡市にかけての「ヒメコソ神」を祀る宮々、
そしてその不思議な関わりを伝える「肥前風土記」などのの整理をします。

また、『古事記』や『日本書紀』に書かれている「市杵島姫」を整理します。

これで分かったのですが、
沖ノ島に祀られているのは「田心姫」(たごりひめ)とは限っておらず、
列挙すると、多紀理毘売、田心姫、瀛津嶋姫、市杵島姫となりました。

つまり、本によって祭神は異なっていたのです。

また、三女神は十握剣から生まれたとされていますが、
勾玉からだったり、三本の剣からだったりしていました。


これを彗星の物語とするのが真鍋大覚です。

真鍋を読むことは物部の祭祀を読むことにも繋がるので、
今回も少しずつ読み合わせていきましょう。

そして、ヒメコソ神を祀る佐賀~鳥栖~小郡、
また、七支刀を持つ神像を祀る太神~長島、
など、物部の色濃い地域の祭祀線などを地図に落としていきます。

今回は色塗りペンを3色持って来て下さいね。
(追加:ハサミとノリ)
(追記:定規)


ご参加、お待ちしています。



日程 11月27日(日)2時~4時
    11月29日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ1127希望」もしくは「歴史カフェ1129希望」と書いて、
郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。




オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)


地図 オーガニックひろば ひふみ

 皆さんのご参加をお待ちしています♪


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by lunabura | 2016-11-26 21:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(5)

ひめちゃご33 再会



ひめちゃご33

再会
 

白山神社への道は伊野天照皇大神宮の山沿いではなく、
もう一本、平地寄りの道沿いにある。

鳥居が道路沿いに無いので見つけにくい。
七色と星読は口々に「ここだとは」と驚いていた。

私が道案内しないと、行きつくのに苦労しただろう。

私がこの宮の存在を知ったのは、福岡の研究者の本からだった。

著者の名前は忘れたが、鉄工所を経営する人で、
この宮のご神体は「鉄滓」だと書いてあったのが強く印象に残った。

言い換えれば、鉄の民の宮だということになる。
それで、ご神体を見てみたいと思って出かけたのだが、それは遠慮された。

現在の祭神は「五十猛神」で、かつては「菊理姫神」など、と掲示板にあった。
この宮は祭神が書き換えながら、変遷していったようだ。

社殿は急な石段を上った所にある。



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参拝を済ませて、境内を回ってみると、
ここもまた小さな山のピークを平らに削ったものだと分かった。

稲荷地形だ。
前日の馬見神社と同じだった。
やや、こちらが狭いか。
左右には溜池があった。

すると、奥には裏参道があるのか、と思っていくと、やはりあった。
途中まで車のワダチがあるが、あとは山道のようだった。

七色がスマホで確認すると、これが首羅山に通じている道のようだった。
前回、まおからも「首羅山に白山神社から登った」というコメントが入ったので、
これが登山道なのだろう。

三人はそれぞれに地形を見ていった。
七色が来なければならないのは、ここだったのだろうか。
弥生の遺跡のような姿を夢で見せられたというが。



首羅山は道昭が仏教を開いたという。
法相宗なら、ヨガセンターのような感じで、多くの人が瞑想をしたのだろうか。
350ほどの坊があったという。
それを感得したのか。



ここで、斉明天皇の菩提を弔ったというのだが、
その出典が何だったのかも、忘れてしまった。

中大兄皇子に乞食の相があるのを見抜いたのは道昭かもしれないと、
淡い期待を持っているのだが。

「乞食(こつじき)とは、単なる物乞いの意味ではない」と、
タケが話してくれたのを思い出す。

改めてウィキペディアを引くと、
<僧侶は比丘(びく)というが、これはサンスクリット語の音写訳で、
「食を乞う者」という意味である。
これが後々に中国で仏典を訳した際に乞食(こつじき)、
また乞者(こっしゃ)などと翻訳されたことにはじまる。>
とある。
比丘と乞食は同意となる。

また、続きに、
<『大乗義章』15に
「専行乞食。所為有二。一者為自。省事修道。二者為他。福利済世利人」>
とあった。

乞食には二つの目的があり、一つは自分の為、そして、もう一つは
他者のためとある。

言い換えると、私たち一般人が托鉢僧に布施をするのは、
僧を助けるためではなく、
自分のカルマを浄化してもらうためということだ。

僧は布施をした人のカルマを引き受けて修行する。

だから、托鉢僧は頭を下げないのだ。

これは傀儡子(くぐつ)と同じ思想だ。
人形に穢れを移して祓う。
あるいは自らに穢れを移して祓う。
これが、のちに雛祭りに変化していく。

中大兄皇子は天皇という最高祭祀者に即位するに当たって、
仏教にも同じような思想があることを知って、心魅かれたのかもしれない。

神道の最高祭祀官が、仏教徒に母の弔いを依頼するということは、
よく考えると、驚天動地の出来事なのだ。

死後の世界観が違うのだから。

中大兄皇子は人を殺めたその手を見る時、
そして、自分の御代に倭国を滅亡させてしまうのかと、その罪深さにおののくとき、
仏教にも「自らに受けて祓う」という思想が在ることを知り、
「乞食の行」に救いを求めたのかもしれない。

それが、旧山門郡の長島(おさじま)の太神宮へと彼の足を進めさせた。

この数か月、私はそんなことを考えていた。

私が白山神社の参拝を欲したのは、天智天皇の心を覗きたかったからだった。




七色が、三人が出会ったのはちょうど一年前だった、と言った。
そうか、そうだったのか。
11月に三人が出会い、「脇巫女」が始まった。

「きっとこれから何かが始まる」
と、七色が言った。


              <2016年11月25日>




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by lunabura | 2016-11-25 22:22 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(8)

ひめちゃご32 白山神社へ



ひめちゃご32

 白山神社へ
 


馬見神社に参拝した翌日の11月14日。

思いがけず白山神社に参拝することになった。
この白山神社は糟屋郡久山町にある。

少し前に七色からメールが入っていた。
糸魚川巡礼の準備の最中だったようだ。

<2016-11-12 >
「こんばんは。
昨夜 チェリーさんとお話しまして糸魚川巡礼の打合せをしました。

その直後 能生白山神社を発見しまして
こちらへ行きたい希望をメールして、寝ました。

すると今朝夢を見ました。
「糸魚川巡礼へ行く前に『久山の白山』へ行くように」
と上空から久山の白山を見せられている夢でした。

夢の中では久山の白山は、吉野ヶ里遺跡みたいな感じのスペースでした。

このような夢を見たので、本日
るなさんブログ過去記事の白山を読ませて頂きました。

なぜに?
糸魚川巡礼と久山の白山の関係がまだわかりません…

というような事がありました。

今朝の夢に るなさんに話している場面がありましたので、
勝手ながらメールさせて頂きます。
何かあれば…宜しくお願い致しますm(_ _)m 」

はてさて。
戸惑った。
糸魚川と久山の白山神社?
白山つながりなら、白山比咩神社のことしか思い浮かばない。

るな「加賀の白山比咩神社のことでしょうか。
位置を調べると、糸魚川からは逸れているようですが、
泰澄が白山の女神を感得したんですよね。」

と返信した。

久山の白山神社の過去記事は、最近自分も読み直していた。
その上の山の首羅山で斉明天皇の菩提を弔ったというが、
登山道などが分からず、手が付けられずにいた。

もう一度確認しにいこうと思いながら延び延びになっていた。

翌日、返信が来た。
<2016-11-13 >
「こんばんは能生白山神社は、糸魚川市の隣町付近にあります。
加賀の白山比咩神社は、来年行く予定です。

今回は、2日間をかけて糸魚川とその周辺へ行きます。
フォッサマグナミュージアムへ行きお勉強してまいります。
何かの発見がアリアリかな?(笑)

すでにお知らせが半端なく出ている現状です。
本当に困ります。
なので動いてみます。

そして久山の白山神社へ参拝に行かなかったら、本日寝込んじゃいました(泣)
なので…
星読さんに連れてって欲しいメールを致しました。

星読さんも何かを感じているようで。
みんな不思議です。

穂高神社へ行く日の朝の夢に、
るなさんたちメンバー、星読さん、そして夫が別々に出てきました。

なので夢を見たメンバーは、フォッサマグナ地帯関連なのかな?
~なんて妄想しちゃってまぁす(o≧▽゜)o

又々 不思議メール失礼致しましたm(_ _)m 」

星読か。
懐かしい名前が出て来た。

久山の白山神社に再訪するのに良い機会かもしれないが、
資料の締め切りがいくつもあって、身動きが出来ない。
日程を考えたくなかった。
必要があれば、一緒に行くこともあろうし、
時間が合えば合流するまでだ。

流れに委ねることにした。

「星読さんと二人で日程を決めてください。合えば合流します」
と、そっけない返信をした。

すると、バタバタと日程が決まって、11月14日の午後という知らせが来た。
それなら、動ける。

こうして、久山の天照皇大神宮の駐車場で待ち合わせをすることにした。




五十鈴川の紅葉が始まっていた。


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                      <2016・11・23>


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by lunabura | 2016-11-23 21:39 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(12)

ひめちゃご31 馬見神社からニギハヤヒの山が見える



ひめちゃご31

馬見神社からニギハヤヒの山が見える
 


昨日、馬見神社の参道からの眺めを投稿したが、
早速チェリーが確認してくれた。

その結果、香春岳かと言った山はボタ山だった。
ボタ山かあ。

県外の方は分かるだろうか。
ボタ山とは、石炭を掘った時に出る不要な石を積み上げて出来た山だ。
そんな石の山も、今では緑の山となっている。

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チェリー「写真の二つの山は、残念ながら香春岳ではなく、
筑豊炭鉱を象徴する「忠隈炭鉱のボタ山」の威容だと思います。」

カシミールでの画像(100mm望遠相当)を添付します。



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ボタ山とは残念だったが、その向こうに笠置山と宗像の連山が見えている!
これは素敵だ。
笠置山はニギハヤヒの降臨地なのだから。

ニニギを祭る馬見山からニギハヤヒの笠置山が見えるなんて、面白い。
二神は一応、兄弟神だ。






さて、チェリーがもう一枚、画像を作ってくれた。

チェリー「樹木がなれば、馬見神社から香春岳が見えるはずです。
このカシミールの画像も添付します。

 幻想的な画像になりました
(100mm望遠相当:目盛は1°刻みです 太陽が二個入るくらいの角度です)。」





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馬見神社からの眺めだ。
現場ではあいにく木々が茂っていて、隙間から辛うじて見えていた山が
こうしてくっきりと描かれているのを見ると感無量だ。

香春の三山が見えている。
そして、その奥には北九州の山々。

香春の向こうの谷に田川の現人神社がある。

那珂川町の現人神社と田川の現人神社が馬見神社を介して繋がるかな、
と思ったが、上手くはいかなかった。

ちなみに、祭神は 
那珂川町の現人神社は住吉三神、
田川の現人神社はツヌガアラシト。

祭神の関係も分からない。




この馬見神社に祀られているイザナギ神とニニギ尊は
この景色を日々眺めて、
人々の営みの安寧なることを祈られているのだろう。

そして、木花咲耶姫もまた然り。






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by lunabura | 2016-11-22 23:46 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(10)

ひめちゃご30 馬見神社にふたたび



ひめちゃご30

馬見神社にふたたび
 




女神シンポジウム以来、「馬見山」の言霊が随所に出て来ていた。

シンポジウムの会場となった「かほ夢サイト」からの馬見山。
新聞記事の嘉穂アルプス。
町史、などなど。


そして、チェリーの発見した
宇美八幡神社(糸島)―現人神社(那珂川町)―馬見神社の東西ライン。


これは決定打だった。
馬見神社に行こう。

11月13日に嘉麻市に行く用事があったので、
馬見神社参拝を日程に組み込んだ。




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この冬は何度も探訪を重ねることになる筑豊の地。
まずは、そのご挨拶に。








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晩秋の候、桜の葉は既に散っていたが、











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やはり、古社の佇まいは夢のようだった。









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丸い飛び石を見て、かつてデジャヴを起こした所だということを思い出した。

ブログに書いていなかったら忘れ去っていた話だ。
もう、映像を思い出そうにも心もとない。








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最後の急登を上って拝殿に出た。

イザナギ尊。
そしてニニギノ尊が祀られている。
后の木花咲耶姫と共に。

糸島には二人の出会いが色濃く残っていた。
何故に、この地に二人は祀られているのだろうか。

それはニニギ尊の父、天忍穂耳が英彦山に祀られていることと
無縁ではないだろう。

英彦山と馬見山。
この二つが遠賀川の神の山だ。

これまで訪ねて回った遠賀の神々の系譜が浮かぶ。



今回、改めて境内を回ってみると、
周囲が急斜面になっている小ピークだったことに気付いた。
よく出会う稲荷と同じ地形だ。






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裏にはピークに至る細道があるが、左右は絶壁だ。
特異な地形で左右に石垣が見える。
ハタと、これは谷を埋めて造られた裏参道かもしれないと思った。

このような山中に稲荷という鉄生産の地形があるのは不思議な感じだった。

思い起こせば同じような地形とサイズに稲築八幡宮や撃鼓神社があった。

全体的に遠賀川流域の稲荷地形の境内は、ありなれ川流域のそれよりも広い。
測量した訳ではないが、二回りほど広い印象を受ける。





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遥拝所が山に向かっていた。
あとで地元の人に聞くと、
9合目(?)の磐座を向いていると言われているとか。





そして、もう一度正面に回って神紋を確認した。


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馬見神社の神紋。
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下はあの緑の川の美しい釜屋神社(立花町)の紋。

同じ紋?違う?
?????
どうなっている?
繋がっている?

まだ紋の名も知らない。




さて、チェリーの調査によると、
この馬見神社の真西に遠く那珂川町の現人神社が鎮座するという。
さらにその西に糸島の宇美八幡宮。

どれもこれもが神功皇后ゆかりの宮だった。


ラインが結ぶ神々に意味はあるのだろうか。

宇美八幡宮(仲哀天皇・ニニギ尊・気比大神ほか)平群木莬の末裔が祀る
現人神社(三筒男尊)住吉族の始まりの宮
馬見神社(イザナギ尊・ニニギ尊・木花咲耶姫)神武天皇が参拝した

繋がりは、見えそうで見えない。









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そして、参道を下る時に開けた平野が見えた。
ここからは、箱庭のような、神が作った庭のような美しい盆地だ。

今日もPM2.5のガスが掛かっている。

左手に見える二つの山は田川の香春岳だろうか。
二つの山が傾斜の厳しい姿を見せている。

もし、あれが香春岳だとすると、
その北にもう一つの現人神社が鎮座していることになる。
そうなると、ちょっと面白いのだが。

                 <2016年11月21日>







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by lunabura | 2016-11-21 21:45 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

ひめちゃご29七面山―希望峰―富士山 聖なるライン



ひめちゃご29

七面山―希望峰―富士山 聖なるライン
 


七色が七回、七面山に登るという。

今日は第五回目の登山中だ。

チェリーがその山についてメールで語ってくれた。
読むと、大変な登山ではないか。
その内容を転載しよう。

その中には、希望峰と富士山の聖なる関係についても書かれていた。

◇◇ ◇

まず、七色さんとルーちゃんが登山中の「七面山」についてです。

山梨県南巨摩郡身延町と早川町に跨る、標高 1989mの山です。
西は南アルプス、東には富士山がそびえます。

 日蓮宗法華経の聖地とされ、標高約1700mのところに
身延山久遠寺に属する敬慎院があり、
登山口からの標高差1200mを5時間程もかけて登ることになります。

七色さん親子は敬慎院を目標として、ここに一泊します。
かなりハードな急登です。

 何故この山が選ばれたのか?

最初に目が止まったのが、北から流れる川です。
「早川」といいます。セオリツ姫を連想しました。

北から真っ直ぐにこの山を目指して流れるのです。
全国に「はやかわ」と呼ばれる川はたくさんあるのでしょうが、
この「はやかわ」の源は日本第二位の高峰「北岳」なのです。

これはいいかもしれない…セオリツ姫に関係してないかなぁ…

 この5月に七色さんに連れられて敬慎院を訪れました。
私がガイドしたような印象があるかもしれませんが、
実際にガイドされたのは、私の方だったのです。
その事は最近分かりました。

 敬慎院の僧侶の方が説明されたのは
「春分・秋分の日には、富士山の頂上から日が昇り、
山門を通って光が本道に届く」とのことだったのです。

 太陽信仰です!
この山、とりわけ敬慎院の地が選ばれたのは、
春分・秋分の日の出を祈る為だったのではないか…

 翌日、大ガレという大崩壊地の淵を通って山頂に着きました。
(この大ガレがすごい迫力で、今まで見たガレ場の中でも最大でした。)

後で知ったのですが、その先に「希望峰」というピークがあって、
登山者の皆さん、僧侶の方も、そこまで足を延ばすとのこと…

 西側の南アルプスの展望地だというけど、
特徴のあるピークではないし、何でかなぁ…

 ところが帰ってみてわかったのです。
ここから富士山噴火口が真東だったのです。
その先に須走の冨士浅間神社がありました。

 「希望峰」から「冨士浅間神社」まで 89.99°(距離 46.703km ) 
真東との誤差 -0.01°(約 8m )です。

 七面山は太陽を信仰する山でもあり、富士山と方位の関係を持つ山だったのです。


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◇◇ ◇

チェリーの作製した画像のお陰で、その重要性がよくわかった。




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by lunabura | 2016-11-18 20:19 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(13)

ひめちゃご28誰にもメッセージがある



きょうは飯塚のTNC麻生西日本新聞文化サークルでの古代史講座、
神功皇后の五回シリーズの初日でした。

ご参加の皆さま、ありがとうございます。

『日本書紀』と現地の伝承を比較しながらの古代の旅。
古典に書かれた場所が神社になっているという稀有な所、福岡。

本や画像でタイムスリップし、
福岡の古代史トリップのガイドになればと思っています。


さて、「ひめちゃご」の続きと参りましょう。






ひめちゃご28

誰にもメッセージがある
 


「水神であり狐の女神」探しの旅を始めることになった七色だが、
私がそれを聞いて思い浮かんだ大嶽神社(志賀島の手前)にも
七色は実際に出向いたと言う。

◇ ◇ ◇

るなさんからメール頂いて2日後の
7月19日に大嶽神社へ行きました。

7月19日
志賀海神社、大嶽神社、小嶽神社、西戸崎神社へ参拝致しました。

大嶽神社は数年前に夢に見ていた場所でした。
いわくらと稲荷たちにビックリしましたが…
稲荷たちの場所では、不思議なことがありました。

大嶽神社参拝後に、能勢妙見へ行く旅費代を突然授かりまして、
巡礼へ行く事になりました。

◇◇ ◇

そんなこともあるのだと、こちらがびっくりした。

成るようになる、とはことのことである。

七色からは続けてメールが入った。
第一回目の巡礼が書かれている。
七色は三人の幼い娘たちを連れて旅に出たようだった。



◇◇ ◇

阪九フェリー内にて…

2016年7月21日
阪九フェリーにて、私と三姫との初女子親子旅へ行きました。

長女ルーは、やっぱり体調が悪くてヨコイヨコイしていました。

そして末っ子も阪九フェリー内に入った途端 、
カンムシがわいたみたいで、グズりが始まりました。

何のお知らせかな?
と考えていたら、船内の運航地図に目が行きました。

見てみると「姫島」の横を通過する前だったので、
急いで末っ子を連れてデッキに上がり、自分の目で姫島を見ました。

姫島にご挨拶し、デッキの上から祈りました。

それから、反対側の景色に魅了されました。
反対側には、黄金色から鮮やかなピンクに変わった夕日が見えました。
あまりの綺麗さに夕日にも手を合わせました。
すると…
涙とともに「大地を揺るがす」とメッセージが届きました。

「大地を揺るがす」の意味がわからず、
チェリーさんに報告しょうとロビーに降りました。

ロビーに降りると、末っ子が転んでしまい、
左オデコにピンポン玉サイズのタンコブが出来まして、
スタッフさんに手当てをして頂きました。

カンムシお知らせだと確信したので
チェリーさんへ報告メールをしました。

チェリーさんに調べて頂いた結果
「大地を揺るがす」とメッセージを受けた場所辺りに
「3本の断層が通っている」とのメールを頂きました。

「大地を揺るがす」が何の事だったのか?まだわかりませんが…
チェリーさんからのメールから末っ子の機嫌は元に戻りました。

不思議な巡礼のスタートとなりました。


◇◇ ◇

以上、メールを編集して転写した。

七色は目の前の事象からメッセージを取っていた。

「脇巫女」以来、特に、
自然災害の知らせを身をもって受け取っているようだった。

チェリーは連絡を受けると、その地の情報を調べている。
チェリーが驚くのは、それらが不思議に意味のある地点だということらしい。

今回の事は困難な未来を暗示するかもしれないが、
むやみに恐れを抱く必要はない。


私が七色のメールを転載するのは、情報を書くというより、
読者一人ひとりがメッセージを受け取っているということに
思いを致してほしいという考えからだ。

誰もがメッセージは受け取っているのだ。

また、内容も人それぞれだ。


内なる声にひたすら耳を傾けることでそれは得られる。
そこから沸き起こる思いが魂の目的に繋がっている。

遠くて困難なものではない。

ただ、一歩踏み出すことでしか答えは手に入れられない。
それが人生を全うすることに繋がると思うのだ。

そして全体の集合意識の中で進化の形を取っていく。

必要なものは既に揃っている。

七色の大嶽神社参拝と旅の始まりを聞いてそう思った。

<2016年11月17日>















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by lunabura | 2016-11-17 23:25 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(6)
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