ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

<   2017年 07月 ( 22 )   > この月の画像一覧

卑弥呼より400年前の奴国は青銅器製造が花盛り 春日市須玖 岡本遺跡とタカウタ遺跡



卑弥呼より400年前の奴国は青銅器製造が花盛り

春日市須玖 岡本遺跡とタカウタ遺跡

テクノポリスだった奴国が具体的に見えてくる



2017年7月26日付け西日本新聞より




c0222861_21264710.jpg


【把頭飾の鋳型の出土】

春日市の須玖タカウタ遺跡で「把頭飾」(はとうしょく)を造るための
土製鋳型が発見されました。

把頭飾とは銅剣の柄の先端に付ける飾り。





c0222861_21284112.jpg

この「把頭飾の土製鋳型」の発見は国内で初めてとか。
把頭飾は従来、半島や大陸由来説が主だったので、
歴史観の見直しが必要になるのでしょうね。

紀元前2世紀頃のものなので、卑弥呼より約400年ほど前の工房。







c0222861_21271323.jpg


【把頭飾の出土】
同じ春日市須玖の「須玖岡本遺跡」で
紀元前150年ごろの銅剣と青銅製の「把頭飾」が出土しています。

国内産の可能性も視野に入ってきました。
卑弥呼から約400年前の人物です。シルクや水銀朱も出てますね。












c0222861_21273786.jpg


【多紐協の鋳型】

須玖タカウタ遺跡からは、多紐鏡の鋳型も出てますよ。
これも輸入品とされていたのが、国産品の可能性を示しています。


これまで歴史講演で、把頭飾や多紐鏡が出てくると、
朝鮮半島や中国大陸製と決めつけている印象があって、
その論拠が分からなかったのですが、
やはり、輸入品と決めつけることが出来ないのを知って納得です。

春日市、大注目ですね。



ちなみに奴国(なこく・ぬこく)の「奴」には「大きい」という意味があります。
博多湾を囲んだ「大きい国」という意味かも。
もちろん、志賀島も入っていますし、
香椎宮は儺(な)の県(あがた)ですし、
那珂川町も儺の国の一部です。
古代は海や山を中心に考えると分かりやすいです。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2017-07-31 21:29 | <遺跡・史跡> | Trackback | Comments(0)

次回のバスハイク



今日は次回のバスハイクのデザインでした。

次回は9月の糸島です。


糸島は昨年の3月3日に女神巡礼のバスツアーを組んで、
皆さまをご案内しました。

格別な思い出です。
皆さまお元気でしょうか。

リンクしたりして、もう少しシェア出来たんじゃないかと
後で思いつきました。

細石神社と櫻井神社では
特に思い深く感じていらっしゃったようすで、
名残惜しかったなと思っています。





c0222861_2154049.jpg

こうやって画像を見ると、空気がきれいな日でしたね。






9月のバスハイクは「歴史と自然をまもる会」の主催の分で、
神功皇后の伝承地を8社廻ります。

何度も通って少しずつ調べていった頃には見えない
聖地巡礼の姿が見えてきます。

高祖山、雷山、浮嶽。

神功皇后が戦勝祈願をした山は
古代からのパワースポットだったのでしょうね。

秋には糸島がどんな顔を見せてくれるか、
今から楽しみです。





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-30 21:55 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

年表づくり



戸を開けて あまりの暑さに 三歩歩めず



と言う訳で、昨日は博物館には行きませんでした(^^;

連日、35℃越えですね。

会期中に30℃ぐらいに下がるといいのですが、
下がるのを待ってたら、行きそびれそうです。

また、チャンスをうかがって出かけましょ。



で、今日はどうしてもエクセルの個人講習を受けたくて、
早めに予約して、行ってまいりました。

便利な機能が沢山学べて、オドロキの連続です。

エクセルが必要なのは、古代史の年表を作るからです。

二種類作ってます。
相対的なものと絶対的なもの。
古代は生年と没年が分からないので、仕方がないですね。


どうしても、歴史上の人物はみな熟年に見てしまう傾向があるので、
思い込みをはずすのに私にとって必要な作業なのです。


文章を書くより、こんな準備作業をしていることの方が
実は多いですが、
結構、楽しい作業です。






c0222861_20545542.jpg

撮影場所
御勢大霊石神社(上33)








いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-29 20:57 | にっき | Trackback | Comments(2)

愛する人の御魂を石に留めて 御勢大霊石神社



愛する人の御魂を石に留めて

御勢大霊石神社 

みせたいれいせき



不吉な鷹が止まったという隼鷹神社。(上巻34)

その鷹は南にある御勢大霊石神社の場所から飛んできました。





c0222861_21122075.jpg


この地に仲哀天皇が羽白熊鷲攻撃のための陣を敷いて、
祭祀を始めた時でした。

高木の神が鷹に化身して飛んできたのです。
そして、北に向かって飛んで行きました。

ある日、天皇が夕暮れに前衛の兵士たちを励まして戻ってくる時、
敵の流れ矢が天皇に当たりました。

そして、天皇は崩御してしまいました。

激戦中だったので、天皇の死は伏せられたといいます。




神功皇后は天皇を御勢(みせ)の君と呼んでいたそうです。

愛する天皇の御魂を霊石に留めました。


こうして、この宮を御勢大霊石神社と呼ぶようになりました。


c0222861_211336.jpg

凱旋後、神功皇后が天皇のゆかりのものを埋納した所を
御本体所(殯斂地)といいます。

隼鷹神社では高木の神を祀りました。

高木の神は高良山の地主神でした。(上巻26高良玉垂宮)








c0222861_21141574.jpg


成末神社には仲哀天皇の荒魂が祀られています。三韓鎮撫神として。










c0222861_21143915.jpg

弥生の墓からこのような石が出てきます。
埋もれかけたものを手にすると、朱がついていました。
これが霊石(みたまいし)ではないかと思っています。

神道では今も御魂を木や紙に留めているようですね。

この石を撮影したのはみやま市(旧山門郡)の車塚古墳。
神功皇后の田油津姫攻撃の陣営地と伝わっています。



撮影場所 
『神功皇后伝承を歩く』上巻33御勢大霊石神社 仲哀天皇は敵の矢に討たれた
下巻59老松神社 田油津姫の墓と言われる蜘蛛塚 「車塚古墳」の項







いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-28 21:16 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

このファラオ



<このファラオ>


c0222861_1518535.jpg

この黄金のマスク看て、ガン見。
口元が緊張してる。(^^;

生前に顔の型を取るんだろうか。
妙にリアルな表情筋。
息をウっとこらえたような緊張感。



ツタンカーメンの華奢なマスクしか知らないので、
すごく興味を持ちました。

マスクの主は アメンエムオペト王ですって。
(第3中間期 第21王朝)

紀元前993~984年頃の治世ということは、
今から3000年前かあ。

この時代の金属加工技術はどれほど優れていたか。
溜息が出ます。


ところで、王の耳を見てください。
ピアス用の穴は開いてませんね。




ツタンカーメンのマスクにはピアスの穴があいてます。







c0222861_15184069.jpg

ピアスは女性しかしていなかったので、
ツタンカーメンのマスクは実は女性用のものだという説が出ました。

ツタンカーメンが急死したので、マスクが準備されておらず、
ネフェルティティの物を代用したという説です。

これは面白い。

ピアスは女性しかしていなかったのは本当なんだろうか。








c0222861_15191237.png

ネフェルティティ
耳、どうなってるんだろ。



こんな説も、鵜呑みにしたら後で困ることになるので、
何でも疑ってみる、るなさんでした。




今日、原稿がようやく完成(*´з`) ♪
レターパックで送ってきました。
(メールでなく、アナログワールドです  ^^)

気分転換に、このファラオに会いにいきたい。

今、福岡市博物館に滞在中ですって。


 2017年8月27日まで





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-27 15:22 | にっき | Trackback | Comments(0)

ゴール直前




3月からの長いマラソン、ようやくゴールが見えてきました。


最後の直線コースでも、
同じペースで走らないと、ですね♪




c0222861_21241371.jpg




c0222861_21242628.jpg





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-25 21:25 | にっき | Trackback | Comments(0)

隼鷹神社 運命の高木の神



隼鷹神社

運命の高木の神


御勢大霊石神社で仲哀天皇が神事をしている時、鷹が飛んできました。


それから北を目指して飛んでいきました。








c0222861_21224315.jpg


そののち仲哀天皇が矢に討たれて崩御。







c0222861_21231455.jpg


神功皇后はその鷹が止まった松の木に高木の神を祀りました。










c0222861_21233514.jpg


松の木は枯れ、代わりにクスノキが 生長しました。








c0222861_21235551.jpg




バスハイクにて



撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻34 隼鷹神社
 鷹となって現れた高木の神を皇后が祀らせた
小郡市




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-22 21:26 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

高樹神社と磐井城



高樹神社と磐井城



バスハイク。久留米市。







c0222861_21214691.jpg

高樹神社です。

地主神だった高木の神は高良の神に結界を張られて
戻れなくなってここに鎮座しています。





高樹神社の境内から磐井城のあった丘がよく見えてい ます。





c0222861_21222274.jpg

正面の森の中です。

ここは御井郡(みいのこおり)でした。









c0222861_2123119.jpg

その下の放生池は磐井川を堰き止めて出来ています。

磐井城はもう一つ、北側にもありましたよ。












c0222861_21232030.jpg

拙著『神功皇后伝承を歩く』の地図です。

古墳と神社をしっかり書き込んでます♪
すごくお気に入りの地図です。

前回の下宮社も書いてますよ。

本が無い方もスマホを持って、この地図を見ながら高良山を探訪できますね。

見どころは沢山あります♪




撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻 26高良玉垂宮 「高樹神社」



いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2017-07-21 21:25 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

幸神社 山下影姫と幸夫人 武内宿禰の「乳母」を祀る宮か



幸神社 
山下影姫と幸夫人

武内宿禰の「乳母」を祀る宮か






c0222861_20283032.jpg


バスハイク。高良下宮社です。
三つの社殿の右の方に幸神社があります。

幸夫人は物部膽咋(いくひ)の夫人の一人。

物部膽咋は神功皇后の時代の人で、
香椎宮での会議のメンバーの一人ですね。
物部氏の長老的存在です。

その膽咋が娶(めと)った若い幸夫人に赤ちゃんが生まれました。

ちょうど、そのころ山下影姫が武内宿禰を出産しました。

山下影姫の代わりに武内宿禰を育ててくれる乳母を探した結果、
幸夫人に白羽の矢が当たったのでしょう。

幸夫人は我が子と武内宿禰を育てることになりました。

乳兄弟は生涯強い絆で結ばれるそうです。

のちに幸夫人は武内宿禰の乳母として尊崇されたのでしょう。



この幸神社の縁起はまだ出会っていません。

幸夫人については「高良山雑記」の各文を読み込んで解釈したものです。








c0222861_20291139.jpg






撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』上巻26 高良玉垂宮 高良下宮社の項




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2017-07-20 20:30 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

湧水の宮 味水御井神社



湧水の宮

味水御井神社

 

久留米に着いて最初に参拝したのが、御井町の味水御井神社です。
駐車場が無いので、久留米大学前駅にバスを停めて、
そこから歩いて行くことにしました。

駅舎のすぐ左の橋を渡って行きます。
下にはJRの久大本線が通っていました。

石段からはいきなり森の中。
泉がまず目に飛び込んできました。








c0222861_21245164.jpg

二、三か所、水が湧いているようすが分かります。
阿蘇で見かける水源と同じです。

思えば、都会の中の湧水ですから、大変貴重なものですね。









c0222861_21253470.jpg


倒れたクロガネモチの巨木も片づけられて、
水の神・ミズハノメを祀る境内が整えられていました。

境内横の段差が678年の筑紫大地震の断層でしょう。
674年に高良山がついに仏教を受け入れた後の大地震ですから、
地元の人々はそれと結びつけて畏れたかもしれませんね。


そういえば、
「筑紫大地震で泉が湧いたのですか?」と尋ねられて
「そのころはまだ生まれてませんので、よく分かりません」
と返事したのですが、(^^;
神功皇后の時代には泉があったんですね。

大地震でも枯れなかったということでしょうね。

この日は猛暑でしたが、
神社の杜はどこも涼しくて暑さを忘れました。

コンクリートとは違う世界を残してくれる神社の杜。
大切にしていただいてありがたいです。



撮影場所
『神功皇后伝承を歩く』
上巻27味水御井神社 神功皇后は朝妻で水を所望した


※メールを下さった方々へ
今夜はエキサイトのメンテナンスで使えないので、後日、返事します。






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2017-07-17 21:27 | バスハイク | Trackback | Comments(0)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー