ひもろぎ逍遥

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小春日和に





今日のお昼の気温は18度。ほっかりとする小春日和でした。

この数日、小論を書いていました。
目覚めのメッセージはその訂正箇所の指摘ばかりで、
ブログの案が浮かびません(;’∀’)

小論の合間には歴史カフェの準備をしています。
賀茂氏があれこれと繋がって、謎がいくつも解けています。

歴史カフェでは、その説明をしていくのでストーリが分かるのですが、
ブログに書くにはボリュームがありすぎで、書けないでいます。

でも、どうやったら伝えられるか、いろいろ考えています。
何度か書いていますが、
バラバラに知ったことをまとめる時期に来ているんですね。

るな的な興味は、権力闘争ではなく、
渡来氏族たちがどうやって調和していったのか、
そんな所です。

毎日、発見するワクワクを伝えられるように、
力を付けていきたいな。




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# by lunabura | 2018-01-16 22:03 | にっき | Trackback | Comments(0)

阿志岐山山名考 アテラ 宮地岳 アシキ 天山



阿志岐山 山名考 

アテラ 宮地岳 アシキ 天山




筑紫野市の阿志岐山(339m)の山名には複数の名称があります。
アテラ山、宮地岳、阿志岐山、天山です。

その由来について、過去記事をリンクしておきます。
直接に由来を書いている訳ではありませんが、その説明を含んでいます。



(1)アテラ(左手等)山
朝倉の麻氐良山(右手等)に対応して「左手にある山」という意味。
高良山から見れば左右が該当する。



麻氐良と阿氐良




(2)宮地岳
北極星を宮地の星ということから、
南から観測して北にある神奈備山を宮地岳(嶽)という。

阿志岐山は高良山から真北にあることから、宮地岳というのではないか。
宮地岳は福岡の数か所にある。

下のリンクの記事の一部に高良山と阿志岐山のことを書いています。

湯の隈装飾古墳 朝倉市宮野湯ノ隈1326-2
被葬者は宮地嶽神社を守っているのか






(3)阿志岐山

舟人を「あきしき」或いは「あかし」といった。
蘆木(あしき)はまさに太宰府に直属して
千歳川の水行を司った氏族の名であった。(真鍋大覚)

千歳川とは筑後川のこと。荒船神社は阿志岐山の山麓にあり、南の高良山麓にもアシキの地名がある。その中間には赤司の地名もある。これらを結ぶ連絡船があったのではないか。地名はその名残か。

以下に前後の内容を書いています。
荒船神社(3)蘆木氏は太宰府に直属していた







(4)天香山から天山に変化した

阿志岐山はかつて天香山(あまのかこやま)といい、神武天皇や神功皇后がこの山の土から土器を造って祭祀に使った。天香山が変化して天山(あまやま)となった。

阿志岐山を天山というのはこれだろうか。




以上、るな的考察でした。

<20180115>





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# by lunabura | 2018-01-15 21:41 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(0)

阿志岐山を天山というのはこれだろうか




阿志岐山を天山というのはこれだろうか



筑紫野市阿志岐(あしき)にある阿志岐山(339m)は宮地嶽、阿氐良山
(あてら)、天山(あまやま)といくつもの呼び方がある。

それぞれに由来があるが、天山に関してはまだ情報がなかった。
ところが、王城神社の縁起を見ていると、
神武天皇と神功皇后に由来する可能性が出て来た。

一文が長いが、口語訳しよう。【 】の中は原文中の注書き的なもの。



「神功皇后が橿日宮(香椎宮)にいらっしゃった時、
事代主神らが宝の国がある事を神託されたので、
武内宿禰【宗像郡鐘崎小屋形山(サヤカタ山)鎮座。織幡の御神なり】
と共に此の山(四王寺山)において、

天香山(あまのかこやま)の土
【今天山(あまやま)という。四王寺より辰の方にある。
私が思うに、天の香山(かこやま)に準じたか、
又、香山のゆえんがあるか】を採って、天の平瓫(ひらか)を造り
【瓦器なり。そこを今は瓦田という。
鞭懸(ぶちかけ)の木【今社を造るのに鞭懸という木がある。

私が思うに、今ブチカケ町という所がそこであろうか】を切って、
御舎(みあらか)を作って、天神地祇を祭り、
宝の国を得んことをこの御神に祈誓された。
【神武帝、東征の御時、神のお告げによって、
八十平瓦を造り、神祇を祭って東夷を平らげられた吉例からくるという】


注書きが多くて読みづらい。
時系列に言い換えると、神武天皇が四王寺山にいた時、八十平瓦を造って東征を成功させたので、神功皇后もこれにならって、阿志岐山の土で土器を造って四王寺山に御殿を造って天地の神々に祈られた。
これが由来で、天香山に準じて天山というのではないか、
という私見が書かれている。



『高良玉垂宮神秘書』の一条に四王寺山が出てくるが、問題の多い箇所だ。
(系図が他の条と全く不整合という点で)
だた、四王寺山で神功皇后が祈ったという伝承がこれで合致した。

阿志岐山

宮地嶽

阿氐良山

の名の由来はすでに記事にしているので、近々、リンクしておきまする。

<20180114>





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# by lunabura | 2018-01-14 23:22 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(0)

ラジオでした



夜はRKBラジオ、神功皇后の話5回目を聴きました。
自分の声にもずいぶん慣れましたよ。

剣神社は鞍手の剣神社の話でした。
脇巫女の舞台ですが、もちろんその話はしませんでしたよ。
懐かしいですね。

剣神社の後は、ロケに行った香椎宮の話になったので、
鞍手古道は省略かもしれませんね。
物部氏の話になるので、どうせまた長~くなりそうで、どうしたもんかとチョイ悩んでました。
星読さんには鞍手を宣伝しとってと言われていましたが、(;’∀’)ごめんね。

そういえば、番組では神社名はアナウンスされるけど、住所を知らせていないので、
何処の話か分からないですね。次回から言うように気を付けます。

この番組では祭神を聞いてくださるんですが、これってめったに無い事なんです。
以前にも書いたけど、神社マップが出ても、まずご祭神は書かれていないのがほとんどです。

祭神を知ることは、氏族を知ることになるのです。
氏神さまは「氏族の神さま」なんですもん。

古代、そこにどんな氏族がいるか、重要な手がかりになるので、これから出来る神社マップにはそれを期待したいです。

次回6回目は来週、2018年1月20日の予定です。






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# by lunabura | 2018-01-13 23:00 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Trackback | Comments(0)

第17回 歴史カフェ 2月11日のご案内「 賀茂氏」



第17回 歴史カフェ 

2月11日 のご案内 「賀茂氏」



2018年最初の歴史カフェのご案内です。

第17回は、真鍋が「日本の開拓者」という「賀茂氏」について、北部九州の神社と寺の由緒から全体像を描いていきます。

ネットで賀茂氏を検索すると京都以降の事は書かれていますが、その前の姿が見えてきません。

賀茂氏は神武天皇以来八咫烏(ヤタガラス)として天皇家を支えた一族で、三女神の一人が大己貴との間に生んだ男子を始まりとしています。

つまり、出雲と水沼の通婚によって賀茂氏が生まれたわけです。その男子の名は阿遅鉏高日子根(あじすきたかひこね)と言います。福津市の楯崎神社(下巻70)にもそのことが書かれていますね。

 賀茂氏と神武天皇の足跡は宇佐市安心院(あじむ)や浮羽(うきは市)に残っています。また景行天皇や神功皇后の時代にもその姿が文献に留められています。

この賀茂氏の末裔が太宰府市観世音寺の初代管長になりました。満誓沙弥と言います。筑紫万葉歌壇で知られた人ですね。天智・天武両天皇が篤く信頼したのも、長い歴史があってのこととなります。
 
 真鍋大覚の伝承を紐解くと、そのシンボルから、山鹿の一ツ目神社、高句麗壁画に描かれた三足烏にもまた一族の姿を留めていることが分かります。

北部九州からアジアまで、その足跡を俯瞰(ふかん)しましょう。

 一昨年、「八咫烏」のテーマで使った資料を再編成して、別の角度からアプローチしていきます。



タイトル 仮題

古代の北部九州に展開した賀茂氏
―安心院、浮羽、高良山、観世音寺の鐘―


会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

お持ちの方は『神功皇后伝承を歩く』上下巻 を持参してくださいね。


日時 2018年2月11日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ211希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

新規の方の申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。
過去に申し込んだ方は当方からの返信もご利用ください。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。










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# by lunabura | 2018-01-12 20:42 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

にっき



歴史カフェの日程を決めました。2月11日(日)2時~4時です。
ちょうど一か月後ですね。
賀茂氏です。
詳しい案内は少しお待ちくださいませ。

今日は、磐井の乱を改めて読み直していました。
歴史は読み直す度に発見がありますね。
そして、知らないことがあるのにも気づかされます。
歴史はキリがありませんな。

失われた歴史を再発見するのに、一人で歩いても仕方がありません。
少しでも発見内容をシェアしながら共に進みたいと思っています。





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# by lunabura | 2018-01-11 23:00 | にっき | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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