ひもろぎ逍遥

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広瀬アリス主演映画は宮地嶽神社で



広瀬アリス主演映画は
宮地嶽神社で



二年前に完成した「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」の原稿ですが、
この二年間に新たな情報も多々出て来ました。

3月、金星が逆行する時に、この原稿を書き直す、と決心して
大幅に書き直し始めました。

この数日は集中して推敲をしています。

副題には九州王朝の名も入れていましたが、
これは古田氏の造語だし、
正面切って「倭王朝」の名を使うことにしました。

『日本書紀』は安曇磯良の名も、磐井の姓も、
また鞍橋君の姓も隠し切って、
私たちの真の歴史を奪ったんだなあと、つくづく思っています。

あと少しで一度目の推敲が終わりますが、
今月はまだ公表してない歴史講座もあって、
資料作りに取り掛からねばならないタイムリミットと競い合っています。

そして、ふと思い出した映画の話。

広瀬アリスの映画の舞台が宮地嶽神社なんですね。
今年の夏に公開されます。

私の本も間に合うように、と頑張っておりましたが、
もう6月だから、間に合わんちゃけんど。

映画のタイトルは「巫女っちゃけん。」








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この画像の後ろが「光の道」ですねえ。




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# by lunabura | 2017-06-04 20:19 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(5)

スコットランドの器 付記:アベの語源はア(ヅミ)の部



スコットランドの器 
 

付記:アベの語源はア(ヅミ)の部



スコットランドの話題がテレビで続いていて、
心は日本の古代とスコットランドのバイロケーション状態です。






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これはスコットランドで一目ぼれして購入したお皿と
ワイングラス(ガラスではないけど(^^;)

これを記事にすると、気持ちも少し鎮まるかな。


いただいた胡蝶蘭も五輪になりました♡








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海の色とカモメが飛んでいる柄が素敵で(*’▽’) ついつい。









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どこの島で買ったのかと裏を見るとスカイ島でした。
スコットランドの北西部にあります。

地のアメ色は備前焼のように炎が付けた色みたい。釉薬では無いっぽい。

キッシュ用の皿かな。

作家ものらしく、イギリスで賞を取ったとか言われたような気がします。


サラダ入れに使っています♪




付記:アベの語源はア(ヅミ)の部(べ)

先ほど、NHKでアベ姓をやってたね。
奈良や京都止まりでは、アベの語源が分からないみたい。

アベ姓は阿曇(安曇)族の一員のこと。

ア(ヅミ)の一族が阿部(安部)。

「阿倍」は「隋書」とかには、「阿毎」とか書いてあるっぺ。


筑紫まで来て調べると出てくるんだけどね。(*´ω`)

滅びた倭王朝の末裔だから、名を隠したんだね。





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# by lunabura | 2017-06-01 20:49 | にっき | Trackback | Comments(6)

ウェールズの古墳は似過ぎ(^^;



ウェールズの古墳は似過ぎ(^^;



コメントをいただいて、NHKのウェールズ歩きを見ました。
今日の収穫はこれ。

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やっぱり日本の古墳に似過ぎ。(*’▽’)
5000年前だって。
どうなってる?


島の名前や遺跡の名前、チェックした方、教えてくださいね。





時代と場所は変わるけど、
国乳別皇子と玉垂命の墓は同時代、すぐそばにあるけど、
前者は前方後円墳で、後者は円墳。
(『神功皇后伝承を歩く』下巻57弓頭神社)

宮地嶽神社も円墳。

武内宿禰の母の山下影姫の墓は前方後円墳。

なんか気になるなあ。





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# by lunabura | 2017-05-30 23:51 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(6)

ひめちゃご81 タギツ 石占い




ひめちゃご81 
タギツ  石占い
 


2016年12月5日 結願3

シンロンの次に現れたのも女性だった。

崋山の顔を見て、菊如がクスっと笑った。
「オタフクさんですね」と。美人ではなかったようだ。

菊如が改めて尋ねた。
「地の人ですね。お名前は?」
「タギツ。浜の名前、タギシの浜から付いた名」

タギツの言語は柔らかい外国語だった。
言語変換がされて、日本語となった。

「出雲に多芸志(たぎし)の浜があるけど」
「こちらにもタギシの浜があります」

出雲と鞍手周辺に似ている地名がいくつかある。

特に鞍手のキヅキ(木月)は出雲のキヅキ(杵築)を連想させる。
この話になった。

「木月は杵築だったのでは?」
「その字は使えなくなりました。隠さねばならないものがあるのです」

「何を隠すの?」
「『築』が使えないのです」

それ以上のことは分からない。


「木月に大己貴は住んでいたの?」
「よく分かりません。
あそこの地は沢山の小さなお屋敷がありました。
一つの集落になっていました。
不思議なことに、他とは違っていました」

お屋敷について尋ねると、
「一人住まいのような」と言って高床式らしき家のようすを手で表した。
「他の人は地面に住んでました」
これは竪穴式住居のことらしい。


「他の人たちってどんな人?」
「他の人とは会ったことはありません」

「六ケ岳はどんな感じの山?」
「とても高い山で、上が雲にかかる高さ。
とうてい登れるような山ではありません」

いったいいつの時代か、また疑問が生じる。

菊如が私に質問を促した。
私は驚いてばかりで、思考停止中だった。

この女性がタギツ姫なら大己貴と結婚していたはず、と思い当たって尋ねた。

「誰かと結婚していましたか?」
「していません」

三女神の一人ではなかった。予測が外れた。

菊所が尋ねた。
「お仕事は?」
「石で占いをしておりました」

タギツは50センチ×60センチほどの平らな石を手で描いた。
右手で複数の小石を石台に投げる動作を繰り返した。

私はルーン文字を描いた小石で占う姿を連想した。


「どこにいたの?」と菊如が尋ねると
「亀甲(かめのこう)」と答えた。

亀甲はヤマトタケルが熊襲討伐から戻ってきて、
戦勝のお礼の祈りをした所ではないか。

熱田神社の宮司が心身清めて祭祀をしていたという。
それは剣岳の麓にある。


「誰か来た?」
「二人で占いに来られた方があります」

二人と聞くと、例の二人すなわちヤマトタケルと武内宿禰を連想した。

「目の色は?」
「一人は黒、一人は悟られぬように伏せて、違う色の目でした」

やはりヤマトタケルと武内宿禰だ。
私の夢に出て来た二人。タケルの目は青。

「何を聞かれた?」
「今いる場所からどの道を通って西に抜けると良いかと。
三つのルートを示されました」

「どう答えたの?」
「その一番真ん中。川と海から離れた場所。陸路です」

西。
これはヤマトタケルと武内宿禰が佐賀の熊襲タケルを襲う時の話に違いない。
遠征ルートを占ったのだ。

熊襲タケルが逃げ込んだのは佐賀だ。
その話はすでにブログで紹介していた。

それと組み合わせると、鞍手からヤマトタケルたちは
陸路を通って当時「ありなれ川」という筑後川に出て、
有明海の波が洗う佐賀に出たことになる。

「白山には誰か他の姫がいた?」
「私には分かりません」

白山とは鞍手にある山のことだ。

ここで、話は終わり、タギツは抜けていった。
崋山の自意識が戻って来たとき、
「出雲はヤマトタケルを快く思っていなかった」
と言った。

                            <2017年5月28日>



以下は佐賀の記録


ヨド姫三社めぐり(6)大願寺廃寺~健福寺
日本武尊が熊襲タケルを討伐した所だった









ヨド姫三社めぐり(7)真手(まて)山
熊襲タケル対ヤマトタケル



木月剣神社 『神功皇后伝承を歩く』上巻17 神功皇后が日本武尊の旧跡で祈った






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# by lunabura | 2017-05-28 16:59 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)

玉垂命は安曇磯良(アントンイソラ)




今日は久留米大学公開講座でした。
参加の皆さま、ありがとうございました。

3時間の講座のために12ページの資料を準備しましたが、
無事、最後まで読むことが出来ました。

あとで何人かの話を伺いましたが、
高良山の歴史は深く、広大な地域に影響を与えているのが
よく分かりました。

古くて、かつ今も歴史が生きているのが高良山です。

さて、準備した画像の一枚です。






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拙著『神功皇后伝承を歩く』からも画像を集めてみましたが、
なかなか面白いです。

左上から干珠満珠の形は15センチの勾玉と伝えています。

上中は高良玉垂宮の正面の龍と波。海の波と龍神の組み合わせは綿津見神ですね。
綿津見神は志賀海神社の祭神で、志賀島は龍の都(たつのみやこ)。


高良山と志賀島の繋がりを示唆しています。


上右は門司の和布刈神社の和布刈神事ですが、これは
安曇磯良が神功皇后に干珠満珠の秘法を授けた(玉垂)ことを示す神事です。

左下は志式神社の「磯良舞」。
海神(わたつみのかみ)が豊姫(神功皇后の妹)に干珠満珠を授ける場面。

どれもが「玉垂」(たまたれ)を表しています。
こうして、正史からは消されたアントンイソラですが、
今でも各地で伝えられています。

玉垂命は安曇磯良のことです。






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# by lunabura | 2017-05-27 22:42 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ 6月は休みます



昨日の歴史カフェご参加の皆さま、ありがとうございました。

「神秘書」は昨年に続き、二度目でしたが、
前回より内容を絞り込み、また全体像がイメージできるように試みました。

謎が解けた方、
謎が深まった方
いろんな方があったかと思います。

初めて古代史講座を受けた方もあり、
日常とはかけ離れた世界に驚かれたかもしれません。

誰もが正月や折々に、神社に参拝するのですが、
いったい誰に手を合わせているのか、
ほとんどは分からずに参拝しているのではないでしょうか。

様々の神々がいますが、
その中で最たる謎の神が玉垂命で、
それが誰であり、
どのように名を消されていったのか、
「神秘書」の解読を通してその一端が分かっていただけたらと思います。


ところで、
6月の歴史カフェはお休みにします。
執筆を頑張りますね。

明日は久留米大学の公開講座です。
12時からです。
さらに込み入った話もします。




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# by lunabura | 2017-05-26 21:55 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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