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ひもろぎ逍遥

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今日はね





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今日はお掃除を頑張りましたよ^^

歴史カフェのテキストも新しい装いにしました。

同じものでも視点を変えるとまた味わいが変わるんですね^^






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# by lunabura | 2017-02-04 22:42 | にっき | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご55 新延の鎧塚古墳群と剣神社 剣岳に向かっていたヤマトタケルたち


ひめちゃご55

 新延の鎧塚古墳群と剣神社

剣岳に向かっていたヤマトタケルたち



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剣神社の境内の左手にある五つの古墳は円墳で、ささやかな大きさだ。

杉林の中にバイパスが通されたのだろうか。森の明るさが心地よい。

剣神社の創始に関わる人々の奥津城だろうか。

もちろん、ヤマトタケルの時代よりずっとあとのものだ。






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剣神社の神紋は八つの剣だった。それに渦の模様。











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祭神は素盞嗚命、宮簀姫命、應神天皇、高龗神、闇龗神、宗像三女神。

このうち、宗像三女神は境内に祀られ、

合祀された三座を除くと、本来の祭神は素盞嗚(すさのお)命、宮簀姫(みやずひめ)命となる。


福岡県神社誌を要約しよう。

「第12代景行天皇27年の冬に、
皇子の日本武尊が熊襲と西国の賊を征伐するためにここを通った。

行在所を経営して、軍事を謀られた。

こののち、日本武尊が帰途の際、ここに立ち寄り、報恩の為の祭を行い、
太刀と(かぶと)を置いていかれた。

ゆえに社殿のかたわらに埋めて永く神璽(しんじ)として崇信した。
これを(よろい)(づか)と言い伝えている。」








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この地は行在所だった。境内は高所にあり、見晴らしがよい。

ヤマトタケル十六歳。

軍議を行った中には武内宿禰もいただろう。十四歳ほどか。

そのことは佐賀の真手山の方に書かれている。


十六歳といえば、古代社会においては成人なのだろうが、

ヤマトタケルは景行天皇から疎まれていたように『古事記』は語る。

しかし、『日本書紀』では、
天皇からそれはそれは可愛く思われたように書かれている。

その饒舌さには、嘘を塗り固めた不誠実さが漂っていた。



さて、「脇巫女」の方もおさらいをしておこう。

前回の続きだ。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

この「新延」で岩にもたれ息を引き取ったヤマトタケル

そのことを悟られまいとして一行が向かったのは剣岳

ヤマトタケルに従う者たちの地

五人はヤマトタケルを剣岳の麓に埋葬し

近くの木の枝を折り、それぞれ山頂に向け植えていった

そこは、以前「菊如」さんが見えない大きな鳥居を見たところだった

五人はヤマトタケルを埋葬した麓に再び戻り

ヤマトタケルを中心に五角形の位置に座り、永遠の秘密が暴かれぬよう願い

その場で自害した

  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ヤマトタケルは瀕死の状態となり、苦しさのあまり、側近に鎧を脱がせた。

そして、ついに息絶えた。それがここだということになる。

五人の側近はその亡骸と共に剣岳に向かったという。




この日、私たちもヤマトタケルを埋葬した場所に向かった。

剣岳に向かおうとしたとき、目の前に川があった。

その向こうの剣岳を見た時、一行の思いが分かった。

剣岳の支援者の元に行こうとしていたのだ。

そこにはヤマトタケルを歓待した「今朝麿」たちが作った仮宮があった。

八剣神社の縁起に、そう書かれている。

八剣神社について星読に尋ねると、「新北もののべ」だという。

同じ剣岳の西の方の熱田神社が「熱田もののべ」で、

サンジカネモチはその「もののふ」だった。

新北も熱田もヤマトタケルを受け入れたのに、

サンジカネモチ一人が反旗を翻した。

それが彼を悲劇に向かわせた。

それにしても、何故ヤマトタケルの五人の側近たちは自害しなくてはならないのか、

分からない。

そう、尋ねると、五人には帰る所がないのだという。

第二のヤマトタケルには別の側近たちがいたのだ。

そうか、主が亡くなると五人は邪魔者になってしまう宿命なのだ。



私たちはその墓所に向かった。


その手前で、「あれが亀甲」と星読が教えてくれた。

亀甲は熱田神社でも格別に聖地として大事にしている所だと聞いている。

山裾の流れ出した地形にある森だった。

「かめんこ」と呼んでいるそうだ。


ヤマトタケルの墓所はよく手入れされている所にあった。

私たちは手を合わせた。

その場所はどこをどう通ったのか、説明ができない。


剣神社 新延








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# by lunabura | 2017-02-03 21:42 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)

ひめちゃご54 新延鎧塚古墳群のそばにて ヤマトタケルは鎧を脱いだ

ひめちゃご54 

 新延鎧塚古墳群のそばにて

ヤマトタケルは鎧を脱いだ



鎧塚古墳が前回の新延大塚古墳の近くにある。

確かヤマトタケルの伝承がある所だ。

そう尋ねて案内されたのは新延の剣神社だった。


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そこにある説明板に一瞬、物語と伝承の境目が分からなくなった。

星読の語る「脇巫女」の世界が現実にここにある?

ファンタジーはファンタジーとして楽しめばよい。

そう思うのだが。

ちょっとクラっとした。

それがこの歪み具合によく出ている(-_-;)


今日は久しぶりに脇巫女を読もう。

「脇巫女51」からの抜粋だ。

「熱田もののふ」とはサンジカネモチ、すなわち星読のことだ。

サンジカネモチはヤマトタケル勢との和合を拒んで、

自らヤマトタケルを討ちに行った。

その場所は「神崎(こうざき)」あたりだという。(上巻19神崎神社参照)

  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「熱田もののふ」は数人の伴と共にヤマトタケルを討ちに戦いへ

多くの敵を倒し、ヤマトタケルの前に立ちふさがる「熱田もののふ」

手にするは「黒だま」より造りし強靭な十握(とつか)の剣「三折(みつおれ)の剣」

左利きの「熱田もののふ」の力強き一撃がヤマトタケルの鎧を貫く

確かなる手ごたえ・・・

あろう事がヤマトタケルは自らの剣を落としてしまう

この時とばかりに「熱田もののふ」は大声で

「ヤマトタケルはもののふにあらず」と叫んだ


その叫びにひるむヤマトタケルの軍勢

すかさず剣を拾い上げる「熱田もののふ」



「熱田もののふ」は仲間に引き上げの合図を出した

幾人かのものたちが合図に従う

しかし、微動だにしない仲間がいた

声が届かないのか・・・

「熱田もののふ」は気付いた

その者たちは既に命を落としていると

・・・その姿は両の足で大地をつかみ

剣を構え

鋭い眼で敵を威嚇していた


この者たちに守られ「熱田もののふ」は「熱田」に戻る

このとき、ヤマトタケルの死を確かめなかったことが後の戦いへと繋がる



一方、深手を負ったヤマトタケルには傍の者五人が従った

ヤマトタケルは腹部に深手を負い、瀕死の状態で「泉水」までたどり着いたとき

のどの渇きに耐えかねて一口水を口にする

その水は赤くにごった水

この地の者は知っていた・・・水銀の混じった水・・・決して口にはしない水


「新延」(にのぶ)まで来たヤマトタケルは苦しさのあまり、

自らの鎧を取るように命じる

鎧が見つかることを恐れて隠した・・・その地は「鎧塚」


  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その舞台が新延の剣神社の近くだ。その境内に鎧塚古墳群がある。


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# by lunabura | 2017-02-02 20:54 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご53 新延大塚古墳2 装飾古墳だったのか

                 ひめちゃご53 


 新延大塚古墳2

装飾古墳だったのか



新しいカメラでの古墳内撮影はどうやらピンボケばかり。

暗い所では自動的に何枚か連写しているようだ。





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三脚を使わないといけない機種のようだが、少しキラキラの雰囲気が写っていた。





実はこの古墳は装飾古墳だという話を聞いた。

パンフレットにはそのような記述がないので、

もし装飾が目撃できたら、こんな嬉しいことはない。

気合十分。

古墳撮影のセミプロ、筑後国造にも参加依頼をしての探査だった。

しかし、それらしきものは肉眼では見当たらなかった。







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このように右手の袖石には墨でマントラが書かれている。

開口したあとに書かれたものだ。








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これは左の袖石。肉眼では見えなかった。












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玄室、左の壁。




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玄室、右の壁。
こうして改めて画像を見ると、黒くカビのように見えるものが、

         一定のリズム感を持っているのが分かる。



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玄室奥壁。左隅に赤と黒。




取りあえず、いろんな角度で撮影した。

やはり、痕跡があるようだ。

これらをじっと見ていると、あの王塚古墳(飯塚)レベルの

一面の画の存在が感じられる。

天井付近の石が赤いのは染料が残っていたのだろうか。

遠賀川でも最大の石室。

どれほどの実力者が眠っていたのか偲ばれる。

6世紀後半頃(古墳時代後期)のものだ。

そうすると、磐井の乱(527)ののち、葛子の世代になろうか。

この鞍手の(くら)()君が葛子の子だ。

百済王子と共に活躍するが、

574年に亡くなっているので、時代的にかなり近い。

その名が残る熱田神社は川の向こうだ。

こちらは別の人なのだろう。

ただ、この被葬者は鞍橋君の新羅での戦いを知っていると思われた。


被葬者を武人と考えるのは、馬具が沢山出ているからだ。

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しかも、そのデザインに見覚えがあった。左上の二つを見てほしい。

そう、近年発掘された船原古墳とそっくりなのだ。

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これは船原古墳の本物と復元されたもの。

当時貴重なガラスがはめ込まれていた。

古賀市ではこの種は国内唯一と言っているが、そうではない。

鞍手の分は見落とされている。

古賀と鞍手と並べて研究することを期待したい。

201721日>


文字の大きさが不ぞろいですが、プレビュー画面では揃っているのに、
画像には反映されません(´・ω・`)
エキサイトには既に連絡したけど、そのままです。
当方ではどうにもならないので、これからもこんな調子だと思います、、、






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# by lunabura | 2017-02-01 20:47 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご52 新延大塚古墳1星のようにきらめく光の石の下で眠る武人

ひめちゃご52 


 新延大塚古墳1

星のようにきらめく光の石の下で眠る武人



鞍手
)
町にある巨大な古墳は「新延(にのぶ)」にある。





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円墳だ。

県指定になっているので、残されている!

まずはそれが嬉しい。








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鍵を開けて入ると美しい石組が。

奥には不動明王が祀られていた。

奥壁はもちろん他の古墳のように素敵な平たい面が出ているが、

この古墳は奥室の左右にも平たい面があった。

たしか、糸島の櫻井神社の古墳の中もこのように

左右に平たい面が出ていたと思う。







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天井は高い。

送り出した石の上に蓋をしている。







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白いものはカビではない。

光を当てるとラメのようにキラキラと輝くのだ。

星読)によると、地元では普通に見かける石だそうだ。
古墳の築造者はわざわざ光が星のように輝くように

これらの石を配置していたのだ。

  

(つづく)

<2017年1月31日>







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# by lunabura | 2017-01-31 21:27 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

あれれ


あれれ。

今日、エキサイトブログの投稿画面が強制的に変更されている\(o)/!


ブログを持ってない方には分かりにくいでしょうが、

投稿画面に記事を書いて、UPするのですが、

エキサイトでは新しい投稿画面が提供されるようになりました。


かつて、その新しい投稿画面にトライした時、

プレヴュー画面と実際の投稿画面が一致せず、

かなりの時間を費やして、不完全のまま投稿したのです。


それに懲りて、こっそりと昔の投稿画面に戻って使ってたけど、

いよいよ強制終了されちゃいました。(´・ω・`)


しばらく短文で慣れるとするか。

画像投稿も練習だい。

さてっと、試しの画像はどれにするか?

在庫の中をゴソゴソ。






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2016
年の宇佐神宮でした^^







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# by lunabura | 2017-01-30 20:17 | にっき | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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