ひもろぎ逍遥

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明日の準備に行ってきました



明日の準備に行ってきました



明日の歴史カフェの会場、福津市中央公民館は初めての使用なので、
プロジェクタとパソコンが上手く繋がるかどうか、
確認のために行ってきました。

とりあえず、自分のパソコンを三つ持っていきましたよ。
旧タイプから新タイプへの変換器も購入しておきました。

変換器のおかげで、新しい相棒で接続ができました。

そこで、スクリーンが広い視聴覚室を借りることにしました。

借りていた研修室はキャンセルできないので、
二部屋借りることになったのですが、
自分のイメージに近いことを優先しました。

皆さま、「研修室」でなく、「視聴覚室」にお越しくださいね。
「視聴覚室」は「研修室」の左の部屋です。

2階に上がって左手にあります。

スクリーン優先なので、かなり広い部屋で、座席が沢山あります。

飛び込みOKです。
時間が取れるようになった方、是非お越しくださいませ。
資料は多めに印刷していますが、
当日の午前中までに御一報くださると助かります。



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この福津市中央公民館は宮地岳の南斜面に当たります。

駐車場の上に「わかたけ広場」があるのですが、
それを見て、明らかに古代のムラが展開した地形だと思いました。
画像から斜面に建てられているのが分かると思います。

ほんの少し高台ですが、かなり広範囲が見渡せます






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これは正面から福津市内を撮ったもの。
左奥に見えるのは犬鳴連峰。
手前の水田付近は縄文貝塚が出ているとか。

安曇族である宮地嶽神社の氏族がここに古代社会を形成し、
宮地嶽神社を聖地とした印象を受けます。

地元の武内氏は波切不動古墳から宮地嶽古墳に参拝したと伝えますが、
その中間点に近い所です。
ここは古代遺跡が沢山眠っていただろうと思われる所でした。

新たなご縁の地です。



参考『神功皇后伝承を歩く』下巻 69宮地嶽神社(手光波切不動古墳)








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# by lunabura | 2017-09-23 20:51 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

糸島バスハイク2  染井の古道を探検した



糸島バスハイク2

染井の古道を探検した
 


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染井神社の下宮にいた時、地元の方が話をしてくれました。

下宮から中宮への道があるというのです。
「道は今は無い」と古書に書いてあったので、
まさかのまさか。

しかも、歩いて5分というのです。

5分( ゚Д゚)
5分♪

中宮ヘは染井信号から車で上れます。
一般車両はUターンできますが、
マイクロバスは厳しいので、今回の予定から外していました。

でも、下宮から5分?
なんでそんなに近い?

人の言う5分はきっと15分ぐらい。
と疑うのですが。

皆さん「行こう」「行こう」と張り切ってある。

道についての説明は
「下宮から突き当りを左に行って右。納骨堂はダメ。」

これだけの情報で山道に入るのはいくらなんでも。
しかも、大勢。

でも、行ったことのある私はいいけど、
初めての人は行きたいよね。

ま、道に迷って遭難しても5分だけだし。
お昼御飯が遅れる程度だし。
予定より30分早く進行しているし。

と、登るのを決定。








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すぐに突き当たって左。
山道でも、石段があってどんどん行きました。
出たのは納骨堂。
「ああ、ここはダメですね。」

そして戻って脇道を発見。
確かに右だったのですがね。
陰になっていて、見逃すのが当然。

皆さんの後について山道を登ると、すぐに中宮の脇に出ました。









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確かに迷わなければ5分。

神功皇后が下宮で鎧を染めたとして、山の中腹になんで持っていく?
という謎があったのですが、
歩いて5分なら、有り得ますね。

ちなみに、本当は鎧ではなく「旗」だったようです。

と、知らない山道の探検は無事に終わりました。
行けて良かった(*´з`)








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いいでしょ。こちらは染井神社中宮の参道です。



『神功皇后伝承を歩く』下巻63 染井神社



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# by lunabura | 2017-09-22 20:04 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

糸島の秋 彼岸花と赤米アート! sanpo



糸島の秋

 彼岸花と赤米アート!




秋のバスハイク、糸島を堪能してきました。
今日は旬の光景です。






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天神からの都市高速でのシーホークとドームの光景。
大好きな構図だけど、シャッターチャンスは一瞬!
助手席でないと撮れないんですよね。
ついにゲット。でも、ランプが正面(´・ω・`) 
また、いつか。








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カメラを持ってたら、一度は撮りたい彼岸花。
稲と彼岸花を撮るなら糸島、お勧め♪





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染井神社の所。
あちこちの田圃で見れますよ。











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こちらは二丈町。
赤米のハート。








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「いいね!」

マムシ温泉を目指してから浮嶽神社に行く途中です。

『神功皇后伝承を歩く』下巻61浮嶽神社
           下巻63染井神社




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# by lunabura | 2017-09-21 21:45 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

明日はバスハイク




明日は久しぶりのバスハイクです。
真夏を避けて、9月にしたのですが、
朝晩もずいぶん涼しくなって、行楽日和の季節が到来していました。

一年半ぶりの糸島です。
このバスハイクは拙著の順を基本にして回っています。

神功皇后の足跡と古代道は、かなり面白いです。
天皇家の協力者の里を訪ねる感じがとても強まります。

五十迹手(いとて)は天皇家の祖神を祀る高祖神社を
代々祀り続けましたが、
五十迹手自身の居城はどこにあったのかな、
そんな謎が残っています。
船出は周船寺から今津の西端なので、
どこに居城を構えたら、治めやすいのかな。

つまり怡土の県主の居城です。
平原遺跡との関連もすごく興味深い。

糸島は多民族が棲み分けをしていたような所なので、
日本の始まりがシャープに描き出せそうな地域ですね。

龍がとぐろを巻いているという雷山の雷神社にも行きますよ♪

新しい写真を撮るのも楽しみです。



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# by lunabura | 2017-09-20 21:07 | にっき | Trackback | Comments(8)

ひめちゃご98 祈りと幾何学



ひめちゃご98

祈りと幾何学
 

今朝の目覚めは、
磐井の山城は結界の中心点ではなく、
自衛隊の射撃場付近ではないか、
というものだった。

自衛隊の訓練地を選定するとき、
ある程度の平地があったのではないか。
そここそ、籠城のための山城ではなかったか。
そういう思いで目覚めた。

軍備に適する地というのは、今も古代も地形上、
重なり合うのは当然のことだ。

今でこそ、遺跡の出土品は市町村に伝えるが、
かつては鏡が出ても近くの神社などに預けるしかなかった。

早く開拓された地域の出土物の多くは離散したことだろう。

ただ、今回の結界のようなものは痕跡を残す。



さて、「ひめちゃご」の始まりのきっかけとなった
ウメとタケそしてミユと先日久しぶりに顔を合わせた。

ウメとタケは地図上で住んだ土地を結び、
「正三角形」を描く頂点に行くと
縁がある人に出会えるという。
60度だ。



同じ三角形でも三橋一夫が発見した「聖三角形」といえば、
30度、60度、45度、90度を利用した図形で、
古代人が天から気を降ろして、この角度を使った三角形で
気を広げていく手法を見つけ出した。

三角定規の直角三角形や二等辺三角形の形だ。

これを三点法というが、日本全国に聖三角形が描かれている。

これを描いた古代人は時代の変化で仕事を失うと、
前方後円墳の設計をしたと推定している。

現代では前方後円墳は左右対称のように描かれるが、
それは現代人が勝手に変えたもので、左右不対称が本質だ。
現代人の合理的思考が古代の祈りのカタチを見えなくしている。

チェリーの利用する角度が聖三角形に近い。

何故、有意の三角形は縁を結ぶのか。
そんな話をしていたとき、
伊勢神宮の斎宮の「折り紙」の話を思い出した。

祈りの手法の一つに「折り紙」がある。
一定の形に紙を折ることで祈りを成就させるというものだ。

この技術がのちに多種多様の折り紙となっていく。

私の関心は「紙を折ること」が
何故、願望成就になるかという点にあった。

そこで、思いついたのが、
祈りが成就する高次元とは幾何学の世界だということだ。

真言密教の両界曼荼羅も、
胎蔵界なら円の八等分(45度)、
金剛界なら正方形の三分割。(90度)
そこに擬人化された現象界が仏の姿を採って並んでいる。

曼荼羅とは宇宙の仕組み。
そこは幾何学の世界でもあるのだ。

成就した世界が存在する高次元が幾何学の世界だとすると、
言霊(ことだま)より、向こうの言語である幾何学の方が伝わりやすい。
それを古代に知り得た人がいたのだろう。
だから、大変貴重な紙を折り畳んで聖なる角度を作って祈る。

聖なる角度は天と通じるチカラがあると考えられたのだろう。
聖なる図形と人間の願望をつなぐのが巫女だ。

その聖なる角度を大地に描く人たちが古代にはいた。
そのポイント一つ一つに祈りの祠が置かれた。
だから、神社を繋ぐと聖なる三角形が出来るのだ。

祈りと幾何学は密接に繋がっている。




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# by lunabura | 2017-09-19 20:32 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(12)

ひめちゃご97「鷹取山結界」と脊振山と代々の筑紫君



ひめちゃご97

「鷹取山結界」と脊振山

代々の筑紫君
 


「鷹取山結界」についてブログに挙げると、
それに関する電話が複数あった。

糸島~脊振山に形作る龍を教えられていた人の話とか。
また、酔っぱらうと物部が出る人が「鷹取は三つある」と言った話とか。
いったい何が始まったのやら。

チェリーが、結界の中心を作図してくれた。









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明星山の頂上から南西に下がった所にある。
陸上自衛隊の正面から国分寺跡を結ぶ道路にも赤い垂線が重なっていた。
かなり古い道だったのだろう。

南への垂線にも道が重なる部分があるようだ。

さらに、中心部を拡大してくれた。







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中心点は明星山からの尾根の﨑に当たり、視界が良さそうだ。
東~南は急峻で守り易い。

飛岳も視界が効くということで、物見の砦でも置きたいところだ。
代々の筑紫君の山城を探すにはこの中心点からが目安になるだろう。

江戸末期の記録には山中に「社地」があったという。

磐井君はカマ谷から石を採って強固にしたので、
磐井の名がついたとも言われている。
「社地」には何らかの石垣が残っているはずだ。

三つの鷹取山によって結界を築いたと考えてよいだろう。


【脊振山】(せふりさん)
その龍を思わせる脊振山系について、昨日、真鍋を読んでいると、
脊振山は金龍山(からやま)とも言ったと伝えていた。
徐福関連の地名の金立(きんりゅう)はそこから付いたという。

神功皇后が登頂して神々を祀り、航路の説明を受けた。
また、
<行基、最澄、空海、栄西に至るまで唐土で修業した名僧智識は
韓泊(からどまり)で船から上がるとまず
脊振山頂に詣でて四方を拝し、
それから大宰府に下りて帰朝の手続きを済ませたのである。>
(『儺の国の星』)
と記す。

今は自衛隊のレーダーがあるが、
駐車場の近くの池は「龍ケ池」というそうだ。

鉱物の金も採れ、薬草が多彩だという脊振山系は
私たちが思う以上に神の山として崇敬されていたようだ。

八女の飛形山から見ると、脊振山を中心に両翼が控える形に見えた。


やはり脊振の龍脈と鷹取山結界と代々の筑紫君は深い関わりがあるようだ。






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# by lunabura | 2017-09-18 21:52 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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