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ひめちゃご31 馬見神社からニギハヤヒの山が見える



ひめちゃご31

馬見神社からニギハヤヒの山が見える
 


昨日、馬見神社の参道からの眺めを投稿したが、
早速チェリーが確認してくれた。

その結果、香春岳かと言った山はボタ山だった。
ボタ山かあ。

県外の方は分かるだろうか。
ボタ山とは、石炭を掘った時に出る不要な石を積み上げて出来た山だ。
そんな石の山も、今では緑の山となっている。

c0222861_21423727.jpg




チェリー「写真の二つの山は、残念ながら香春岳ではなく、
筑豊炭鉱を象徴する「忠隈炭鉱のボタ山」の威容だと思います。」

カシミールでの画像(100mm望遠相当)を添付します。



c0222861_2344687.jpg

ボタ山とは残念だったが、その向こうに笠置山と宗像の連山が見えている!
これは素敵だ。
笠置山はニギハヤヒの降臨地なのだから。

ニニギを祭る馬見山からニギハヤヒの笠置山が見えるなんて、面白い。
二神は一応、兄弟神だ。






さて、チェリーがもう一枚、画像を作ってくれた。

チェリー「樹木がなれば、馬見神社から香春岳が見えるはずです。
このカシミールの画像も添付します。

 幻想的な画像になりました
(100mm望遠相当:目盛は1°刻みです 太陽が二個入るくらいの角度です)。」





c0222861_23445535.jpg

馬見神社からの眺めだ。
現場ではあいにく木々が茂っていて、隙間から辛うじて見えていた山が
こうしてくっきりと描かれているのを見ると感無量だ。

香春の三山が見えている。
そして、その奥には北九州の山々。

香春の向こうの谷に田川の現人神社がある。

那珂川町の現人神社と田川の現人神社が馬見神社を介して繋がるかな、
と思ったが、上手くはいかなかった。

ちなみに、祭神は 
那珂川町の現人神社は住吉三神、
田川の現人神社はツヌガアラシト。

祭神の関係も分からない。




この馬見神社に祀られているイザナギ神とニニギ尊は
この景色を日々眺めて、
人々の営みの安寧なることを祈られているのだろう。

そして、木花咲耶姫もまた然り。






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by lunabura | 2016-11-22 23:46 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(10)

ひめちゃご30 馬見神社にふたたび



ひめちゃご30

馬見神社にふたたび
 




女神シンポジウム以来、「馬見山」の言霊が随所に出て来ていた。

シンポジウムの会場となった「かほ夢サイト」からの馬見山。
新聞記事の嘉穂アルプス。
町史、などなど。


そして、チェリーの発見した
宇美八幡神社(糸島)―現人神社(那珂川町)―馬見神社の東西ライン。


これは決定打だった。
馬見神社に行こう。

11月13日に嘉麻市に行く用事があったので、
馬見神社参拝を日程に組み込んだ。




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この冬は何度も探訪を重ねることになる筑豊の地。
まずは、そのご挨拶に。








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晩秋の候、桜の葉は既に散っていたが、











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やはり、古社の佇まいは夢のようだった。









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丸い飛び石を見て、かつてデジャヴを起こした所だということを思い出した。

ブログに書いていなかったら忘れ去っていた話だ。
もう、映像を思い出そうにも心もとない。








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最後の急登を上って拝殿に出た。

イザナギ尊。
そしてニニギノ尊が祀られている。
后の木花咲耶姫と共に。

糸島には二人の出会いが色濃く残っていた。
何故に、この地に二人は祀られているのだろうか。

それはニニギ尊の父、天忍穂耳が英彦山に祀られていることと
無縁ではないだろう。

英彦山と馬見山。
この二つが遠賀川の神の山だ。

これまで訪ねて回った遠賀の神々の系譜が浮かぶ。



今回、改めて境内を回ってみると、
周囲が急斜面になっている小ピークだったことに気付いた。
よく出会う稲荷と同じ地形だ。






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裏にはピークに至る細道があるが、左右は絶壁だ。
特異な地形で左右に石垣が見える。
ハタと、これは谷を埋めて造られた裏参道かもしれないと思った。

このような山中に稲荷という鉄生産の地形があるのは不思議な感じだった。

思い起こせば同じような地形とサイズに稲築八幡宮や撃鼓神社があった。

全体的に遠賀川流域の稲荷地形の境内は、ありなれ川流域のそれよりも広い。
測量した訳ではないが、二回りほど広い印象を受ける。





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遥拝所が山に向かっていた。
あとで地元の人に聞くと、
9合目(?)の磐座を向いていると言われているとか。





そして、もう一度正面に回って神紋を確認した。


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馬見神社の神紋。
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下はあの緑の川の美しい釜屋神社(立花町)の紋。

同じ紋?違う?
?????
どうなっている?
繋がっている?

まだ紋の名も知らない。




さて、チェリーの調査によると、
この馬見神社の真西に遠く那珂川町の現人神社が鎮座するという。
さらにその西に糸島の宇美八幡宮。

どれもこれもが神功皇后ゆかりの宮だった。


ラインが結ぶ神々に意味はあるのだろうか。

宇美八幡宮(仲哀天皇・ニニギ尊・気比大神ほか)平群木莬の末裔が祀る
現人神社(三筒男尊)住吉族の始まりの宮
馬見神社(イザナギ尊・ニニギ尊・木花咲耶姫)神武天皇が参拝した

繋がりは、見えそうで見えない。









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そして、参道を下る時に開けた平野が見えた。
ここからは、箱庭のような、神が作った庭のような美しい盆地だ。

今日もPM2.5のガスが掛かっている。

左手に見える二つの山は田川の香春岳だろうか。
二つの山が傾斜の厳しい姿を見せている。

もし、あれが香春岳だとすると、
その北にもう一つの現人神社が鎮座していることになる。
そうなると、ちょっと面白いのだが。

                 <2016年11月21日>







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by lunabura | 2016-11-21 21:45 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

遠賀川流域の弥生遺跡へ



今日は遠賀川流域の弥生時代の遺跡巡りに参加してきました。

まずは嘉麻市の鎌田原遺跡・原田遺跡。(かまたばる・はるだ)
この規模は吉野ヶ里遺跡に匹敵する広さだそうで、
なんと古処山が向こうに美しい姿を見せていました!
羽白熊鷲とどんな関係だったのかと、ついつい思いを馳せてしまいました。

また、木槨墓が出た丘陵では、
長方形と推定される周溝の周囲から甕棺などが出土。
ずっと行きたかった所だったので、望外の喜び。

丘陵の突先にある墓と集団墓地という組み合わせは
祇園山古墳の立地を思い出さずにはいられませんでした。

久留米の祇園山古墳は『高良玉垂宮神秘書』などには、
物部日往子(ひゆきこ)の墓と書かれています。

祇園山古墳は方形墓ですが、頂上部の石槨墓だけが発掘されていて、
男女が一緒に埋葬されていたと、新聞に大々的に発表されていたけど、
久留米市史では消えていると言う、不可思議な古墳です。

歯科医が直接歯を見て確認した証言も得ていますが、
歴史からは消えてしまったようです。

江戸時代には墳丘墓の中の方を発掘したらしいです。

関係ないけど、ちょっと思い出しました。

鎌田原遺跡・原田遺跡。
地元の方の脚光を浴びて、発掘調査される機運が生まれればいいですね。
途方もないものが眠っています。


この日は、飯塚市の立岩遺跡にも行けました。
どちらも自力で訪問するには道が分からなさ過ぎ(^^;

弥生人の好きな丘陵地帯歩きとなりました (^^)/



コメントありがとうございます。
返事は少々お待ちくださいませ。




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by lunabura | 2016-09-10 22:38 | にっき | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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