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ひめちゃご66 水鳥のすだく水沼を皇都となせり



ひめちゃご66

水鳥のすだく水沼を皇都となせり
 


三島神社の掲示板に足を止めた。
そこには万葉集の一首があった。

「水鳥のすだく水沼を都となせり」

そういえば、この歌は何処の歌かと思ったことがあった。
それがここか。

宮司に尋ねると、ここではなく、高三潴の方だという。
そうだ。高三潴こそ政治の地だった。


念のために万葉集を開いてみる。(岩波)

4261番
大君は神にし坐せば水鳥の多集く水沼を都となしつ 
おおきみはかみにしませばみずとりのすだくみぬまをみやことなしつ

作者詳らかならず
右の件の二首は、天平勝宝四年(752)二月二日に聞きて即ちここに載す


原典は以下のようになっている。

大王者 神尓之座者 水鳥乃 須太久水奴麻乎 皇都常成通
 
(※尓は山へん)

なんと原典では「都」ではなく「皇都」と書いてあるではないか。
これは大変なことだ。

「皇都」と単なる「都」では意味が違う。
これまではどうして「都」とされてきたのか。

「大君」は「大王」と書いてある。
これもそのまま「大王」で良かったはずである。

万葉集とは、かくも自由に文字変換されていたのか。

一般的な訳は、
大君は神でいらっしゃるので水鳥が集まってくる水沼の地を都とされた
で、
奈良の沼地に大君が木建設工事を采配して都を建設したような歌
となっている。


「右の件の二首」とあるので、
もう一首、その前に書かれた歌について確認してみた。

万葉集の編者は752年に聞いた歌を二首並べて載せていたのだ。

皇者 神尓之座者 赤駒之 腹婆布田為乎 京師跡奈之都
おおきみは かみにしませば あかこまの はらばうたいを みやことなしつ

例の歌ではないか。

あの天智天皇がみやまヤマトの太神宮で祈りの日々を送って
腹赤魚をもらって吉兆とした謎解きの歌なのだ。

「田」とは「たんぼ」ではなく、「指標となる星」のことで、
「赤駒」とは低緯度オーロラ。

すなわち、オーロラがでる北の天帝の座をも統べるようになったという歌で、
中大兄皇子が長い皇太子時代を終えて天皇の座に就いたという意味が
込められていた。

奈良で泥田を干拓した土木工事の素晴らしさを詠んだという
通説の歌ではないことを確認していた。

まさか、ここに戻ってくるとは。

万葉集の編者は、これが水奴麻(水沼)の皇家と都を示す歌と知ったために、
黙って置いたのか。

「水鳥乃 須太久水奴麻」は「皇都」
水沼の地に「皇都」があった。

こんな重要な歌を知ったため、説明を加えずに置いた。
そんな配慮があったのか。

これが時々浮上してくる三潴の皇都説の由来か。


「水沼」は倭妙類聚抄には「筑後国三潴郡美無万」とあるらしい。


水沼とは天と人をつなぐ巫女を出す家。
そこに入り婿した国乳別皇子。

政治の地、高三潴。(弓頭神社)(下巻57)
国際港、大善寺。(大善寺玉垂宮)(下巻78)

国乳別皇子の霊島、三潴郡大木町。
三女神が降臨した聖地、赤司(赤司八幡神社)(下巻56)

筑後川の真水と有明海の海水がせめぎ合い、
水と干潟が日に何度も姿を変えるところ。

それが水沼の統べる皇都だったというのか。




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水沼ノ総社 三島神社







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by lunabura | 2017-04-11 20:19 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(19)

ひめちゃご65 三島神社 国乳別皇子の御魂を祀る宮



ひめちゃご65

三島神社 

国乳別皇子の御魂を祀る宮
 


高三潴(たかみずま)で連玉ビーズが見つかったことから、
国乳別皇子(くにちわけのみこ)の話になったが、
思えば皇子はヤマトタケルの異母兄弟なのだ。

「ひめちゃご」とは全然違う方向に進んでいるかと思うと、
そうではなかった。

これはヤマトタケルの時代であり、
三女神を祀る水沼(みぬま)の話でもあるのだ。

景行天皇がどれほどこの女神たちを敬愛していたか、
今頃、気が付いた。

三女神の謎は景行天皇を調べる方が早く解けるのかもしれない。

ヤマトタケルは粗暴な性格のため、
父の景行天皇に疎まれたように『古事記』では描く。

しかし、『日本書紀』では異常なほどの可愛がり方だ。
嘘をつくと饒舌になるのが書紀の癖だ。

ヤマトタケルには佐賀や東国で戦わせるのに対し、
国乳別皇子には敬愛する三女神のクニを治めさせた。

同じ子供でもヤマトタケルと国乳別皇子の取り扱いが全く違っている。



さて、国乳別皇子の政治の地から出土した連玉ビーズは
さらに新しい出会いをもたらしてくれた。
それが三島神社である。
なんと、ここにも国乳別皇子の御魂が祀られているという。

三潴郡大木町蛭池871

弓頭神社からは南に四キロほどの所だ。
古代は海の中ではないかと思われるほど有明海に近い。






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これが遠景だ。
往時は島だったという。現在でも標高4.8mほどある。












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この鳥居は明治32年に四国から持って来たという。

そして、参道は珍しくL字型になっている。










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こちらが正面参道だ。










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石橋を渡ると神門があり、随身が脇を固めている。










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拝殿には豪奢な彫刻が施されている。

ご祭神は前面に事代主が祀られ、裏に国乳別皇子が祀られているという。

社家は宮崎姓で、かつては水沼姓だったという点で、
赤司八幡神社と同じだ。

大友氏に三女神を祀る神殿を焼くか、水沼姓を捨てるか迫られ、
女神の神殿を守った話は以前も書いた。

そして、事代主命を祀るようになったのは、延応元年(1239)に、
伊豆国の藤原家房(1167-1196)の玄孫(やしゃご)にあたる
西牟田弥次郎家綱が当地の地頭職に任ぜられてやって来たとき、
伊豆の三島神社をここに分祀したことによるものだという。



このようにして祭神が上書きされたのだが、
古絵図にも
「境内末社、若宮神社は延応以前の産神にして、千年以上の旧社なり」
とあり、こちらに国乳別皇子の御魂が祀られていたのが、
本殿に遷されたという。


本殿の右手に若宮神社がある。(上の画像)



こうしてみると、
国乳別皇子の陵墓と廟殿は高三潴に、
そして御魂は格別に南の島に祀ったのだから、
水沼君は景行天皇の皇子を殊の外、尊んだことが分かる。

そのスケールは大きい。




『神功皇后伝承を歩く』下巻
56赤司八幡神社
57弓頭神社





赤 三島神社 三潴郡大木町蛭池871

紫 弓頭神社










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by lunabura | 2017-04-08 20:46 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

ひめちゃご63 景行天皇の三女神祭祀



ひめちゃご63

 景行天皇の三女神祭祀
 



ヤマトタケルの父、景行天皇は九州の各地を回った。
その戦いの記録は『日本書紀』にも書かれているが、
祭祀については触れられていない。

パワーポイントをつらつらと流していると、
どうしてもここで止まってしまう。

何度も書いてしまうが、
今日も、水沼(みぬま)の話にお付き合い願おう。







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福岡県の筑後川。向こうに見えているのは耳納(みのう)山脈。
かつては水縄とも書かれていた。


こちら岸に赤司八幡神社が鎮座する。



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主祭神は道主貴(三女神)だ。
『日本書紀』には水沼君がもちいつくと書かれている。

止誉比咩命は豊姫、すなわち神功皇后の妹。(武内宿禰の妻)
與止比咩命は淀姫、すなわち津波を知らせてくれる水の女神。






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古くは筑紫中津宮といい、止誉比咩神社となった。

しかし、守り続けた水沼氏はキリシタン大名の大伴氏に
神殿を燃やすか、名を捨てるか、選択を迫られて、名を捨てた。
今は宮崎氏となっている。

この時、八幡神社となった。


かつて景行天皇がここで三女神を祀り、皇子を御手代として残した。
その皇子が国乳別皇子だ。

神功皇后でさえ、妹の豊姫を神形代に立てた。
何度も書いた話だ。



この国乳別皇子(くにちわけのみこ)の墓所が在る所が高三潴。
だから、古代の連玉ビーズが出ても何の驚きもない地だ。





そして飯塚での話で、景行天皇は日尾山(ひおさん)でも
三女神を祀ったと聞いた。
それが飯塚の厳島神社の由来だ。







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これは飯塚市の日若(ひわか)神社だが、
右の画像に日尾山が写っているので、ご紹介。
右の道を走ると行き止まり。


車で走ってもかなり大きな山塊だ。
ひおさんは「日尾山、日王山、日思山」の表記があった。








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この日尾山の重要性は何を意味するのだろうか。




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右の画像の川の右手の方から山道があるという。
古代の銅の道だ。

この日若神社そのものには景行天皇関連の伝承はないが、
日尾山が写っていたのでUPしてみた。

何故、景行天皇はこの山に三女神を祀ったのか。

三女神に祈り続けた景行天皇は何を知っていたのか。

『日本書紀』からは全く伺えない、筑紫の女神信仰。
景行天皇より古い時代からの水の女神。

それを消し去ろうとしたキリシタン大名。

そこらへんにも手掛かりがあるんだなと思う。





(神社についている番号は
拙著『『神功皇后伝承を歩く』の掲載番号。
ゆっくりと読み直してくださいませ)





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by lunabura | 2017-03-28 20:59 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(10)

高三潴は連玉ビーズが出ても当然の地だよ 水沼のクニは巫女のクニ



ひめちゃご 番外



高三潴は連玉ビーズが出ても当然の地だよ

水沼のクニは巫女のクニ
 
 


今朝のワクワク新聞記事。

しょっちゅう書いている水沼族の政治の地である高三潴から
連玉ビーズが出たそうですね。





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読み(水沼 みぬま 高三潴 たかみずま)

甕棺からだって。



時代がなんと弥生時代後期で、(1~2世紀)となってます。(西日本新聞)
毎日新聞では(約2000~1800年前)となっているので、
う~む。弥生時代って随分と遡ったんだね。

卑弥呼自死が248年なので、卑弥呼は古墳時代に昇格した?

(どうしてもあの奈良の某巨大前方後円墳を
卑弥呼の墓にしたい感みえみえ(´-ω-`))




ま、それは別として。



『日本書紀』説では神功皇后が1800年前なので、
連玉ビーズの時代に生きていたのは景行天皇やその子の国乳別皇子や
景行天皇を道案内した猿大海が含まれます。

昨日も、三潴は古代に栄えた所だと、飯塚でお話ししたばかりです。

水沼族の湊は大善寺玉垂宮の地で、中国からの文物がダイレクトに
どんどん流入して最先端の物が入って来ていた所です。
(下巻78大善寺玉垂宮)

ビーズどころではないものが沢山眠っているはずですよ。
発掘されていないだけ。


その水沼族の政治の地こそ、少し離れた「高三潴」なのです。
そこからビーズが出たのですね!





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そこには、国乳別皇子を祀る弓頭神社があります。
(下巻57弓頭神社)



田油津姫攻撃の前に神功皇后や武内宿禰が水沼水軍の船でやって来て、
武内宿禰と国乳別皇子が軍議をしているシーンが
大善寺玉垂宮の絵巻に描かれています。(下巻57)



水沼族の聖地は赤司八幡神社で、
道主貴(みちぬしのむち)=三女神が降臨したところと伝えています。

景行天皇はそこで天壇を構え、三女神を祀り、
自分の子供の国乳別皇子を天皇代行として残していきました。


水沼族の版図は広いですよ。
旧三潴郡だけではありません。



筑後平野での三女神信仰を基準に考えると朝倉も入ってきます。
福成神社は最初に景行天皇が祀り、神功皇后も祀り、
あとからは斉明天皇も祈願に来ています。(下巻53福成神社)



その北にある太刀八幡宮も三女神。

神功皇后が太刀「乙王丸」を奉納しました。
そこでは武器を手入れしています。
軍事訓練をするエリアです。
(下巻52太刀八幡宮)




新聞には「伊都国」と比較した記事がありますが、
その広さは比べ物になりません。

水沼のクニの方がはるかに広くて、
邪馬台国の7万戸も容易に賄える所ですよ。

伊都国の南に邪馬台国があるのですから、
当然ながら論争のターゲットになるべきクニです。

これまで話題にならなかったのが不・思・議。


ちなみに、「水沼」とは巫女を出す家系のことです。
ほら、邪馬台国の条件も揃ってますね。

赤司八幡神社の北部には弥生の環濠集落や漢鏡も出てます。


この水沼族の地には、三韓討伐の後、神功皇后を乗せた安曇磯良が入って来ます。

神功皇后が褒賞としてこの地を与えたのでしょう、
ついには安曇族の領地となります。
その祭神が「玉垂命」です。

ここはもともと女神を祀っていたのが、玉垂命に変わったのです。

玉垂とは「干珠満珠を垂れた」神という意味です。


神功皇后が亡くなってしまったのち、
磯良も年老いて死期を覚悟すると、ここに戻って来て、
神功皇后との思い出の船を焼かせます。


その時、竜骨だけは残しました。
それがご神体になったと書かれています。
(高良玉垂宮神秘書)

だから、山号が「御船山」なのです。


国乳別皇子の墓も安曇磯良の墓も高三潴にありますよ。
(下巻78大善寺玉垂宮)



だから、連玉ビーズが出ても当然の地なのです。



ガイドブックの下巻をお持ちの方は上記の番号を参考にしてください。
サイドバーからも各神社の記事が見られます。






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by lunabura | 2017-03-25 22:39 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご41 「宇佐と六嶽は均し」



ひめちゃご41


「宇佐と六嶽は均し」
 


『八幡宇佐宮御託宣集』に「波豆米」の名が出て来た。

「波豆米」
読み方は分からない。
一応「はづめ」と呼んでいる。
宇佐神宮の禰宜だ。
女性。

これを見て思い出した。
彼女の名は「鞍手町誌」に出ていたはずだ !

そう思って資料を開くと、やはり載っていた。

波豆米は六嶽神社に参拝していたのだ。

「六岳神社降臨紀」という縁起書があるらしい。
そこに次のように書かれているという。
(読みやすく改変)

<養老2年(718)、宇佐の祢宜、辛島勝波豆米という人、ゆえ有りて
この御社に参り至ったが、室木の長田彦の裔孫・室木ノ国彦というものが、云々

この時、辛島氏が
「このお宮は吾が宇佐宮に均しければ、よろしく宇佐の第二宮と称し奉るべきである」と言ったとある。>

これは享保五年(1720)の記録だ。


ついに核心が見えて来た。

「養老二年」(718)という具体的な年が出て来た。
712年を手掛かりに奈良時代を見ると、
710年に平城京に遷都が行われ、
712年に太安万侶が『古事記』を編纂している。

718年、福岡と大分、すなわち鞍手と宇佐で一つの交流があった。

宇佐から禰宜がわざわざ鞍手に派遣され、
「この六嶽神社は吾が宇佐宮に均し」と伝えたのだ。

そう言って、相手に「宇佐の第二宮」の地位を押し付けたのだが、
逆に言えば、当時の六嶽神社の格式が高かったのを明かすものと言える。

この言葉の本質は「宇佐と六嶽」が同じ「比咩神」を祀っている点にある。



これで分かった。

宇佐神宮とは何か?

そう思うだけで霧がかかり、思考停止したのだが、
こちらも三女神信仰だったのだ。

三女神か、あるいは市杵島姫+二女神か。それはまだ不明瞭だが。

繰り返そう。
宇佐神宮の本質は六嶽神社と同じだ。


そして、今日、飯塚での古代史講座の前に雑談をしていたのだが、
宗像大社の本質は市杵島姫で、出雲も、という話を聞いた。

やはり市杵島姫か。

これらを思うとき、六嶽神社に掲げられた縁起絵に思いが至った。

それは六ケ岳の上空に一人の姫がいて、左右で見守るかのような二姫の姿だった。
市杵島姫と姉神二人だ。

そうだ、星読が絵を撮らせていただこうと言ってくれていたね。
一つ一つ、実行していこう。

再び六ケ岳のシリウスの出が見える季節が廻って来ていた。


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御許山



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六ケ岳

山容も似ているような。






※ コメントの返事、少しずつですが、お待ちくださいね。




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by lunabura | 2016-12-15 20:36 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)

ひめちゃご40 薦神社(こも) 中津市



ひめちゃご40

薦神社(こも) 中津市
 








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知らずにまたもや動画ボタンを押していた。










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例の如く足も写っているが、鳥の声がいっぱい。












c0222861_22274969.jpg

境内では全く気付かなかった。







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ここは鳥の音に満ち溢れた世界だった。











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ご神体の三角池。

主祭神 比咩大神。

田心姫命

湍津姫命

市杵島姫命














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この池の真薦から薦枕が作られ、宇佐神宮の神殿に運ばれた。













c0222861_2230226.jpg


作り方は一子相伝で、あいにく途絶えたという。












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コメントありがとうございます。
リンク先など見せていただいています。
返事はまたね。











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by lunabura | 2016-12-12 22:33 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

ひめちゃご37 ヒメコソ三社参り



ひめちゃご37

ヒメコソ三社参り
 



今日はヒメコソ神を祀る三社に参拝した。
ウメとタケが同行してくれた。

エリアは小郡市から鳥栖市、みやき町にかけて。

特に鳥栖市とみやき町には同じ地名「姫方」があるが、
それは物部とイチキシマ姫祭祀によるものと考えられた。

二つの姫方を結ぶ夏至日の出冬至日没ラインを柱にして東から西へと回った。

この行程の計画をしているうちに、
朝日山がそのラインに乗っていることが分かったのだ。

今日は写真整理をしているが、なんと10か所も回っていた。


本日は備忘録として、リストを書いておきたい。

1 媛社神社 小郡市
2 福童神社 小郡市
3 大中臣神社 小郡市
4 姫古曽神社 鳥栖市 姫方
5 朝日山宮地嶽神社 鳥栖市
6 千栗神社 三養基郡 
7 物部神社 三養基郡
8 若宮八幡神社 三養基郡 中原
9 北浦天神 三養基郡
10 雌塚 三養基郡 姫方

このうち、ヒメコソ神三社とは次の三社を指す。

1 媛社神社 小郡市
4 姫古曽神社 鳥栖市 姫方
8 若宮八幡神社 三養基郡 中原

9時から3時ごろまで、ゆっくりと昼食を取ったので実質5時間の行程だった。
皆さんの参拝の参考までに。







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4 姫古曽神社にて







                     <2016年12月8日>



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by lunabura | 2016-12-08 23:16 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(3)

歴史カフェ 次回は「物部とヒメコソ神」



歴史カフェ 

次回は「物部とヒメコソ神」



今日の歴史カフェ、第一日目、ご参加ありがとうございました。

テーマは中大兄皇子(天智天皇)の
福岡での事績、水城や漏刻、指南車、観世音寺などでした。

中大兄皇子や斉明天皇の存在は福岡では語られることがなく、
記憶から消え去っている印象を受けます。

二人(に限らす大田皇女や額田も藤原鎌足も)が福岡に来たことを、
私たちは子供のころから教えられなかったので、
『日本書紀』の話が奈良や京都の話と思い込んでいたんですね。

新たな視点を得て読んでみると、
『日本書紀』は身近な歴史を伝えてくれているのがよく分かりました。

改竄や捏造も納得しながら読み込めば、
もっと故郷の歴史を導き出せることを確信しました。

「ひめちゃご」は中大兄皇子を通して見せられている部分もあり、
女神だけでなく、日本を守った人たちを知ることでもあるのだと
思うようになってきました。


百済が滅びて唐軍が占領し、
難民が筑紫に押し寄せるのを目の当たりにした中大兄皇子は、

続けて筑紫もまた唐軍に占領されることを恐れ、
筑紫の神々を守るために京都などに神々を遷したのではないか。

中大兄皇子の筑紫での祭祀を見ていると、そうも思われてくるのです。



「脇巫女」と「ひめちゃご」は同じテーマでありながら、
別の時代を教えられてもいるようです。

奇しくもその舞台は、鞍手、姫方、太神長島という「物部の里」でした。
(くらて、ひめかた、おおが・おさじま)

次回のお題は「物部とヒメコソ神」です。

物部の祭祀、出自、ヒメコソ神など、
これまでブログに出て来た内容を整理して、一緒に考えていきいと思います。

目次など詳細が決まったら、また案内しますが、募集は開始しますね。
ご参加お待ちしています。


また、本日(10月30日)の内容を11月10日にも話します。
興味のある方は申し込みお待ちしています。





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by lunabura | 2016-10-30 22:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

9月の歴史カフェお礼





今月の歴史カフェは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」でした。
ご参加の皆さまありがとうございました。

朝倉というエリアに絞ったので、
具体的なイメージが掴みやすかったのではと思いました。

同じ朝倉でも、西の方では神功皇后と羽白熊鷲との戦いがあり、
東の方では斉明天皇と中大兄皇子の祭祀がありました。

二つの歴史に共通したのが「福成神社」でした。

福成神社は三女神を祀る宮。

景行天皇が水沼の三女神を祀り、
神功皇后がその縁で三女神を祀り、
斉明天皇が宗像三女神を祀りました。


また、宮野神社では中臣鎌足が祖神と大己貴を祀りましたが、
それは神功皇后の時代の中臣烏賊津臣と大己貴を思い出せます。

神功皇后と斉明天皇を同一人物とする人もいますが、
時代も内容も全く違っていますね。



歴史カフェは、これまでのブログ記事を
一つずつテーマを決めてまとめようと思って始めました。

バラバラの記憶をつなぐと、
筑紫の各地域の歴史や特性が浮かび上がってきて、理解が深まります。

理解すると、その地を訪ねて体感したいと思うようになるのが不思議です。

どの回でも、現地に行こうという会話があっています。

そのとき欲しいのはやはり地図。
古代史には、平地でなく、山を中心とした地図が欲しいですね (^_-)-☆

古代史という難解な話題に賛同していただいて、
シェア出来るのはありがたいなといつも思います。



次回の歴史カフェは中大兄皇子の続きです。
水城や観世音寺、太神宮を柱として考えています。

大宰府の天文祭祀官の家系だった真鍋の力を借ります。

詳細はお待ちくださいませ。
募集は開始します。





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by lunabura | 2016-09-27 22:44 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご20 天智ゆかりの二社 狩尾神社 厳島神社



ひめちゃご20

天智ゆかりの二社 狩尾神社 厳島神社
 




今日は調べものをしていると
何故か、天智天皇関連の神社が新たに二つ出て来た。
北九州市の狩尾神社と朝倉市の厳島神社だ。

狩尾神社は山鹿半島の西部、狩尾岬にある。
「千畳敷」という、面白い岩盤の海岸があるので、
バスハイクの時間調整の候補としてリストアップしたのだが、
道を覚えておらず、確認していてヒットした。

社号の「狩尾」は山城国岩清水の狩尾神社を勧請したとあるが、
天智天皇がここで狩をしたことが由来するともいう。
主祭神は大国主命。

狩をするほどなので、磐瀬宮での滞在時間は長かったのだろう。

現地には岬をまわる「なみかけ遊歩道」があって、
潮風の中の楽しい散歩道となっている。

潮が満ちていたからか、全く記憶にない風景だった。
しかもカメラ忘れ。

狩尾神社はすぐに分かったが、長らく人が足を踏み入れていない気配で、
参拝を遠慮した。

どうしても風景が記憶に合わず、後で調べると、
やはり場所が違っていた。

ということは千畳敷という地層はかなり広く分布していることになる。
地球のダイナミックな動きが目に見える響灘(ひびきなだ)沿岸だ。

例の如く、勘違いから天智天皇ゆかりの宮へと繋がった。



さて、天智天皇ゆかりの神社、もう一つは、
歴史カフェのために分かりやすい地図を探していた時に見つかった。

朝倉の平松バス停付近に厳島神社があり、
斉明天皇が中大兄皇子に創建させたとある。
祭神は「市杵島姫」一座。

これで、斉明天皇は「志賀様」と「市杵島姫」を祀って、
安曇水軍と宗像水軍の神助を祈願したことになる。

しかし、祀ったのが三女神でなく、「市杵島姫」のみという点が
「ひめちゃご」のテーマに引っかかる。

今日も天智天皇と関わった不思議な一日だった。

カテゴリは「にっき」でもよかったのだが、
どうも気になるので、「ひめちゃご」に投入した。







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by lunabura | 2016-09-22 19:53 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)
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