ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

タグ:祭り・イベント・遊び ( 192 ) タグの人気記事

ドリームレッスンするかな…



ドリームレッスン

オーガニックひふみさん、海神商店さんの企画で古代史のお話し会をしたあとの交流会が
とても印象深かったのが、まだ心の中に残っています。

またお話し会をという案も出たりしていますが、
昨日から自分の中から湧いてくるものは、古代史でなく、夢セミナーでした。

私は過去世を沢山思い出したのですが、ヒプノセラピーの例は一つだけで、
あとは病の長い眠りから覚めた時、車の運転をしながら、
または肩の痛みにアクセスしたとき、などなど普段の生活の中で起こりました。



その原理について考察して、小説仕立てにしたのが「ガイアの森」ですが、
その中に出てくる「古代の森研究所」こそ、私の理想の形態なんですね。

小説では「原初のエネルギー」を受けられる場として「古代の森」を設定しましたが、
玄海灘に住む私たちは「原初の海のエネルギー」を神社に行けば充分にいただけるんですね。

それが、志賀島の沖津宮から帰って自分の中に起こっていることそのものでした。

一昨日、出会った人からは
「福岡の玄海灘のいくつもの神社の気が高いと、県外の禰宜さんから言われた」
と言われ、
昨日、会った人からは、
「夢ってやっぱり大事ですよね。ガイアの森のように夢を勉強したい。」
と、言われました。

自分の中から芽生えた思いと合致したのでした。

私自身、先週見た夢のシリーズは
金の棺、銀の棺、あるは天井の釘を抜くというシンボルでした。
一つの次元が終わり、新しい次元が始まる事を暗示していました。
何が始まるのだろうと思っていたのですが、それが「夢」のことでした。

もう一度、ドリームレッスンをしよう。
スピリチュアル・夢・セミナー。

私たち人類すべては毎日必ず変性意識を体験している。
それは眠りから覚めるとき。

無意識から覚醒状態に移行する時、必ず変性意識を通っているのです。
その意識状態はひらめきを察知する状態。

あらゆる次元にアクセスする意識状態。
シンクロニシティのサインに満ち満ちていることに気付く状態。

それを意識的に再現させる技術の一つとして「夢を思い出す」という行為に注目したのです。

海神商店さんの
「もう時間がないでしょ。癒され、禊いだら、目覚めるしかないでしょ」
が頭の中をリフレインしています(・.・;)
「アクション」もね。

ちょっと、会場探しなんぞをしてみます。



c0222861_21323128.jpg
ここはイザナギが禊ぎをした小戸。向こうは仲津宮。
水は無意識。浜は顕在意識と無意識のあいだ。すなわち変性意識。

ここを自分が渡った事は現実ですが、人生のシンボルとしても捉えることができます。




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2014-06-01 21:32 | にっき | Trackback | Comments(6)

志賀島でのお話し会を終えて



今日は新月。
海神商店さんのお誘いで志賀島で志賀島の神々の話をしてきました。

まずは志賀海神社に参拝。
禰宜さんから志賀海神社や安曇族のお話が聞けました(^o^)/
また、歌姫が君が代の発祥の地で「君が代」を歌ってくれました。
海に向かって朗々と。
いいなあ。

お昼は漁師さん宅でお食事。
さわらの炊き込みご飯や、いろんな海藻の料理など、
御主人の採って来た魚とともに舌鼓をうちました。

それから、私のレクチャー。
イザナギ神、玉依姫と豊玉姫、安曇磯良など、
志賀島と志式神社に祀られている神々について、『古事記』を読んでみたり、
江戸時代の記録を読んでみたりしました。

持衰(じさい)や傀儡子(くぐつ)、形代(かたしろ)など、
禊の思想はこの島が発祥で、暮らしに深く根付いているんですね。

主催してくださった海神商店さんのオーナー、安藤佐知子さん。
志賀島の海藻で石けんを造られました。

新月と満月の前後しか採れない神秘の海藻「ふのり」。
三種類の石鹸は志賀島で採れた「ふのり」から生まれたんですね。


c0222861_22545259.jpg


その三種類の石けんの名前が「いやし」「みそぎ」「めざめ」。
その「みそぎ」という名前こそ志賀島からしか生まれない名前だなあと思いました^^

『「癒」されて「禊」いだら、あとは「目覚め」しかないでしょ』
と笑いながら話される安藤さん。

―そうですね。
私たち、一人ひとりが自分の正体に気付き、内なる神に忠実に生きて、
地球の平和に貢献すること。
私は、そう解釈しました。

それは、無理をして何処かに出掛けて行くことではなく、
自分の目の前に現れる課題に取り組むことで、自然と道ができていく。

今回集まってくださった、20名の方々の自己紹介を聞いていてそんな思いを強くしました。

私の本。「神功皇后伝承を歩く」と「ガイアの森」
それは、私の目の前の課題に取り組んだあとの結晶。

はやく続きが読みたいというオーダーに応えられるように、努力をしたいと思います。
本が足らなくて渡せなかった方々ごめんなさいね。
お近くの書店で手に入らなかったら御一報ください。


今日は新月。
そう、私の願いの一つ、沖津宮参拝が実現しました。

新月と満月の干潮時にしか渡れない島。
いつか叶うだろうと思っていましたが、今日こうして素敵な仲間たちと
一緒に渡れました。

c0222861_22552343.jpg


一瞬、スコットランドのスカイ島にいるのかと幻覚を覚えました。
海人族つながりで、ケルトと志賀島が私の中で次元を重ねたようです。

沖津島からの戻り道、磯を渡りながら、Tさんが言いました。
「今の場所に来たことがあると思いましたよ」
「デジャヴですね。ついに思い出したのですね」

それぞれが魂の深層に触れて行けば、それは宇宙に繋がっていくし、
きっと人類の覚醒に繋がると信じています。

帰りには東京からリピートしてくださったKさんたちと再び志賀海神社へ。
静謐な時もまた真なり。

帰りしな、禰宜さんと再会。
「志賀島には八乙女や八軒、八人の射手など、どうして八が多いのですか」
という質問が朝、あったのですが、それに関して、

「八丁櫓」(はっちょうろ)という言葉があって、八人の漕ぎ手が揃って初めて事が上手く行く、
という言葉を後で思い出したんですよ」と教えてくださいました。

神功皇后の船を漕いだのも八人の海士でした。
安曇族にとっては「八」は聖なる数字なのですね。


c0222861_2256052.jpg




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2014-05-29 22:59 | お知らせ | Trackback | Comments(4)

古代の神々と私たち



昨日は「オーガニック ひふみ」さんで、神功皇后の伝承をお話ししました。
皆さん、とても集中して聞いてくださってありがとうございました。

東京からも来ていただいた方があって、感動。

お話し会のあと、交流会がありました。
自己紹介があったのですが、皆さん、それぞれが
出会いと行動力で人生を切り開いてありました。

植物の話が分かる方。
宇宙語が話せる方。
神の拠り代となって歌を奏でる方。
志賀島の海藻でせっけんを作っている方。
ヘンプでアクセサリーを作る方。
カバラを習得している方。
巨石が好きな方。
自宅から古代遺跡が出た方。
太宰府の風水を研究している方。
磯良にはまった方。
神さまに遣われてあちこち飛び回っている方。
龍のことで動いている方。
宗像神社の高宮でスイッチが入ってしまった方。
香椎宮の綾杉が好きな方。
などなど。

どの方もそれぞれ、自分の思いを大切にして人生を歩んでいらっしゃいました。
一人ひとりとお会いして、もっとお話が聞きたかったです。

実は、こんなスタイルのお話会がしたかったのです。
古代の神々の話をして、後半は、皆さんに起っている事をフリートークするという会です。

思いがけず、それが実現しました。

今回、交流会のお蔭で分かった、皆さんに起っている話の一部を書き出すとこんな感じです。

古代の人々の暮らしの側には食べられる草が集中して生えていること。
行き先々で神功皇后伝承に巡り合って、このブログに到達した方。

天の忍穂耳命、高木の神、三女神などの縁で動かされている方々。
ユダヤと日本―東西を繋ぐ方。
陰と陽のバランスを取る方。

イエローストーンとペレと富士山の鎮めの為に動いている方。
神々の所望に応じて日本中で歌を奉納して、チベット、バリなどに拡大しつつある方。

みなさん、それぞれ自分の前に提示されたミッションを感じ取り、実行してありました。

これらを俯瞰すると、今、日本がどのような状況にあるのかが見えてきます。
私たちはそれぞれが、目の前の事に取りかかればいいのだという事も確認できました。

自分の好奇心を満たすことを、ワクワクしながら行動すること。
それが自然と地球や神々と繋がる仕組みになっているんだと思いました。

神々の世界は広範囲で多次元なので、それぞれ取り組む課題が違っていて、
当然なのですね。

今、神や女神の事、あるいは神社に関心がある方は、
心魅かれる神社に参拝し、祭神を知り、心を澄ましてその神気に触れること。
その行動が次のステップへと導いてくれるだろうと思いました。

それぞれが古代の神と繋がらねばならないと言う方もいました。

検索するうちにこのブログに出会ったという方も多かったのですが、
多分、こうして読んでいて下さる方も、きっと古代の神々との御縁を感じてあるのでしょう。

今、古代の神々が浮上しつつある。
そして、安曇族も。

書き換えられてしまった歴史・神々の真実の姿を取り戻すことは、
今を生きる私たちの課題でもあるんですね。

このブログも、マニアックな古代史に踏み込まねばならないのでしょうが、
それが皆さんの手助けになっていることを知って勇気が出ました。

少しずつ紐解きながら古代を逍遥し続けようと思います。

このお話し会を企画して下さったひふみさん、スタッフさんありがとうございました。
スクリーンとプロジェクタを準備して下さったミクロウェーブさん、ありがとうございました。

そしてシェアしてくださった皆さまにも、ありがとうございました。




c0222861_2041734.jpg







いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2014-04-27 20:07 | にっき | Trackback | Comments(4)

筑紫舞(4)


筑紫舞(4)
ちくしまい


筑紫宮神楽(ちくしみやかぐら)
神無月の舞

<解説>
神無月とは十月、初冬の曲であり、古今和歌集に記された和歌に拠って舞われる。
筑紫舞としては唯一「肩抜き舞」であり、秘舞とされる。
曲は雅楽の陪臚(ばいろ)にも通じ、勺拍子・鼓・銅拍子で歌われ、笛と十三弦琴が主旋律を奏でる。
九州地方にて舞われていたとされる筑紫舞であるが、今日までも伝承される笛とジャンガラ(銅拍子)で
奏される筑前神楽に見える曲風で再興させたものである。


c0222861_19575512.jpg

大幣を掲げて登場。御衣が恭しく捧げられている。


c0222861_2003173.jpg

紫の御衣は身分が高い人のものであることを示している。


c0222861_2013180.jpg

御衣の主(あるじ)は故人となったことが暗示される。


c0222861_2015048.jpg

御衣は扇に替わった。
(高貴な宮処であったことがしのばれた)



c0222861_202123.jpg

肩抜きとなって大幣で祓いの舞が舞われる。


c0222861_2023826.jpg

筑紫舞の特色である、パペットのような手振り。能よりも高い位置に手が保たれる。
(これは筑紫舞の他の舞でも基本所作となっていたことに気付かれただろうか)


c0222861_2054051.jpg

パペットの身振りと振り出された足。(ルソン足が撮れたかな)



<歌詞>
一、竜田川 錦織りかく 神無月 時雨の雨を 経緯(たてぬき)にして

二、白雪の 所もわかず 降りしけば 厳にも 咲く花とこそ見れ

三、みよしのの 山の白雪 踏み分けて 入りにし人の おとづれもせぬ

四、昨日といひ 今日と暮らして あすか川 流れて早き 月日なりけり


古今和歌集の歌詞と舞の暗示するものが違っている。
この舞は明らかに天子の身分の人が亡くなったのを悼む舞だ。

それが秘舞として受け継がれた。
時代を生き抜くために、季節の歌を隠れ蓑にしていたのではないだろうか。
そう思われてならない舞だった。
音曲は江戸時代ものだという。
宮司は、さらに古式の形に復元し、後の世に伝えるのが自分の役目だと言われた。


c0222861_2063986.jpg

筑紫舞の特色として、跳躍がある。フィギュアで例えると、一回転ジャンプ。
フィギュアのような助走がないので、突然の跳躍に観衆が沸く。
気配なくジャンプするので、シャッターは遅れがち。
「神無月の舞」でも跳躍があったが、撮れなかったので前年の写真を。
五人一斉に飛ぶのは見応えあり。

「飛んだ!飛んだ!」と御婦人がはしゃいだ。
「去年はようけ飛んだぞ」
「いやあ、その前はもっと飛んだ」
そんな声が飛び交う。

浄見宮司は奇しくも筑紫舞を舞うようになる前に、
十年間、細男(せいのう)の舞を春日大社で舞われたという。
「細男の舞」こそ、「安曇磯良の舞」のこと。
安曇族である宮司が、多々ある舞の中で安曇磯良を舞われた不可思議。
そして、その「安曇磯良」の本を出そうとしている私が筑紫舞に出会った不可思議。

そして、私は「宮地嶽神社」の本を出す御縁をいただいた。
筑紫の君、磐井の後の葛子の時代。
九州王朝はどのようになったのか。
本で語ろうと思う。


「神謀」(かむはからい)という言葉があるのを宮司に教えていただいた。

<追記>
葛子の時代のお話は、次回、船原古墳でお話しますね!

船原古墳(5)
出土した馬具は宮地嶽古墳と同じもの?両古墳は同族?
http://lunabura.exblog.jp/20913640/


いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-11-04 20:09 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

筑紫舞(3)


筑紫舞(3)
ちくしまい


筑紫神舞(ちくしかんまい)
唐衣(からごろも)


<解説>
古今和歌集に詠まれた和歌に音曲が付き、筑紫舞の所作と共に伝えられたものである。
七世紀には唐より、我が国に数々の文化が伝わったが、工芸品の一つに衣服が伝わった。
当時、衣は貴重なもので、宮人に献上された。その折に出来た振りと言われている。


c0222861_2019528.jpg


<歌詞>
一、嬉しきを 何に包まむ 唐衣 袂(たもと)ゆたかに 裁(た)てと 言はましものを



c0222861_20193629.jpg


二、老いぬれば 避(さらぬ)別れの ありといへば いよいよ見まく ほしき君かな



c0222861_2021219.jpg


三、世の中に 避(さ)らぬ別れの なくもがな 千代もと祈る 人の子のため
                              千代もと祈る 人の子のため 



筑紫神舞(ちくしかんまい)
天下太平


<解説>
八橋十三曲の第四曲「天下泰平」とも書き、「雛鶴の曲」「太平楽の曲」「太平」などの別名があるが、
第三歌、第四歌、第六歌が筑紫箏と同様、他は先行歌謡に基づく古いものである故、
筑紫神舞に取り入れられたもとと思われる。

振りは「御魂鎮め(みたましずめ)」の様式で、宮舞の代表と思われる振りであり、
神の恵みを寿(ことほ)ぎ祝福する舞である。


c0222861_20231541.jpg




c0222861_2024414.jpg




c0222861_20242573.jpg



<歌詞>
一、天下泰平長久に、 治る御代の松風、雛鶴は千歳ふる、 谷の流れに亀遊ぶ。

二、人知れぬ契りは、 浅からぬ物思ひ、包むとすれど紫の、 色に出づるぞ はかなき。

三、はかなくも隈なき、 月をいかで恨みし、とにかくも我が袖に、  絶えぬ涙の夕暮れ。

四、花の宴の夕暮れ、 朧月夜に引く袖、定かならぬ契りこそ、 心浅く見えけれ。

五、住吉の宮どころ、 かき鳴らす箏の音の、神の恵みに逢ひ初めて、 過ぎし昔を語らむ。

六、秋の山の錦は、 龍田姫や織りけむ、時雨降る度ごとに、 色の増すぞあやしき。


〇五人舞。歌詞と振りの差に気づかれたでしょうか。
粛々と舞われる手振り身振りからは、亡き人への鎮魂の思いがひしひしと伝わり、
客席は水を打ったように静まり返りました。

真意を隠して生き残るために、しのぶ恋や移りゆく季節の営みなどの歌詞を隠れ蓑にして
伝えられたのではないかと思われてならない舞でした。




筑紫巫子舞(ちくしきねまい)
榊葉(さかきば)



<解説>
作曲者作詞者共に不詳。
古く「神舞」の内「巫子舞」として筑紫舞ではあつかわれていると聞いている。
「四季」の組の内、冬に組まれている。
霜が八度降りても、榊葉の枯れぬのは、神の御加護であると説かれている。



c0222861_2026456.jpg


<歌詞>
一、霜八度おけどなほ 枯れせぬものは 榊葉の 立ち栄ゆべき 
   蔭深く まします神の 巫子(きね)かも



c0222861_20262746.jpg




二、雪降れば 山里に 冬ごもりせし 草も木も
   匂ふばかりに 春もまだ 知られぬ花ぞ咲きける


c0222861_20265180.jpg


三 千早ぶる神の在(ま)す 賀茂の社の姫小松 万代経とも 葉も茂み 緑の色は変はらじ


○やわらかな桃色の衣裳の巫子(きね)の手に持つのは榊。
前曲の静けさのあと、華やかながらも気品にあふれた所作に、
舞の持つ無限の可能性を改めて知りました。
  
                                (つづく)




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-10-31 20:31 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(0)

筑紫舞 (2)


筑紫舞(2)
ちくしまい

お待たせ!
筑紫舞の御紹介です。
2013年の10月22日、宮地嶽神社の神前で筑紫舞が奉納されました。
かつては宮地嶽古墳の中で奉納された舞が、新たな場を得て美しい衣装で舞われています。
神前前の奉納は今年で30年を迎えるそうです。

台風の影響で朝はどしゃぶりだったのですが、
午後からは晴れ渡り、すがすがしい秋の光の中で舞われました。

演目は六番。
解説と歌詞はパンフレット「御遷座記念祭」からです。(一部変更)




筑紫古神舞(ちくし こかんまい)

秋風の辞(しゅうふうのじ)


<解説>
漢の武帝の詩に曲が付いたもの。陵王(りょうおう)舞風の勇壮な神舞である。


c0222861_19285428.jpg



c0222861_1929109.jpg



c0222861_19292760.jpg



<歌詞>
秋風起こって 白雲飛び
草木黄ばみ落ちて 雁 南に帰る
蘭に秀でし有り 菊に芳(こう)ばしき有り
佳人を懐(おも)ふて 忘るること能(あた)はず

楼船を浮かべて 汾河(ふんが)をわたり、
中流に横たわり 素波(そは)を楊(あげ)げ
 鼓鳴って 棹(さお)の歌をおこす

歓楽 極まって 哀情多し
少壮幾時(いくばくとき)ぞ
老をいかんせん





筑紫巫子舞(ちくしきねまい)

橘(たちばな)



c0222861_1930178.jpg



c0222861_19301613.jpg


<解説>
御巫(みかんこ)は神のお告げを受けるとされるが、
この巫子(きね)も同等の意味を持つと考えられる。

舞に用いられる「鈴」の音には音魂(おとだま)である霊力があり、
音にて祓いを行う所作が舞振中、随所に見られる。

<歌詞>
一、雲居の庭に 色変えぬ 花橘に ほととぎす
   千代を鳴らして 久方の 空にぞ 声の聞こゆる

二、葉替へせぬ 松の陰 常磐(ときわ)にすみて 岩が根に
   流す泉の 底清き 水は緑の 影ひたす

三、蝉の小川に 木綿かけて 今日水無月の 祓ひする
   その人々の 命こそ 千歳を延ぶと いふなり

                                            (つづく)



いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-10-30 19:36 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

筑紫舞を見て来たよ・九州王朝の宮廷舞だった


筑紫舞を見て来たよ
九州王朝の宮廷舞だった


今日は宮地嶽神社の筑紫舞を見て来ました。
筑紫舞は毎年10月22日に奉納されていて、今年で30年を迎えたそうです。

菊村検校によって、宮地嶽古墳の中で舞われた舞。
筑紫舞を受け継いだ西山村光寿斎。
そしてその謎解きを依頼された古田武彦。

その古墳の舞を目撃した光少年。

私はその光少年に筑紫舞の存在を教えられたのですが、
絶えたかに思われた筑紫舞が宮地嶽神社そのものに伝えられていたことを
知った驚きと喜びは如何ばかりか。

20曲はあるという演目が、毎年少しずつ奉納されています。

見れば明らかなのですが、これは宮廷舞です。
宮地嶽古墳の被葬者に捧げる舞。
被葬者は安曇族であり、磐井の君の末裔である勝村・勝頼。

思えば私はこのブログで神功皇后の足跡を3年、辿ったのですが、
それは皇后を支えた氏族たちが明らかにする旅でもありました。

秘められた宮、小山田斎宮(古賀市)や斎宮(久山町)、
また宮処となった香椎宮(福岡市)など、
いったい誰が提供したのだろうかと推理する日々でした。

どう考えても、古代の福岡市から東の方にかけて、
こんな場所を知っているのは安曇族しかいない、と思っていたのですが、
船原古墳(古賀市)から金銅製の馬具が出土すると、
やはり、ここまで川を遡れるのは安曇族しかいないだろうと推理しました。

そして、まさか、宮地嶽神社もまた安曇族だったとは。


私の漠然とした推論は、神社の伝承を知って、形になってきました。

しかし、通説と違う結論を世に問うには傍証が必要だ。

そうして神社の周辺を探査するうちに、磐井の乱後の九州王朝のようすが見えて来ました。

八女を中心にしていた九州王朝の広さは想像以上に広く、安心院にも及んでいました。

磐井の君は各地の豪族と通婚して領土の安泰に努めたもようで、
この宮地嶽神社の周辺はその子・葛子の一族が治めていました。
葛子の子たちが勝村・勝頼です。

それを知って筑紫舞を見ると、ここに宮廷舞が伝えられた理由がはっきりと見えて来ました。

c0222861_20103548.jpg



今日は今から写真の整理です。^^








いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-10-22 20:13 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(3)

今日は、みあれ祭だったんだね


数日前から、宗像大社の「みあれ祭」のキーワードで検索して、
このブログに来られる方が多かったのですが、今日、10月1日がお祭りの日だったんですね。

どんな記事を書いたのかな、と読み直しました。
2010年の祭なので、3年前になるんですね。

この日はすごくいい天気で、堤防沿いにずらりとカメラを持った人が並んでいたのが印象的でした。

祭の時間が近づくと、お巡りさんが来て、堤防から降りるようにと注意されていました。
「堤防に乗らなくても写真は撮れますよ」
と言ってね。

はるか遠くに船団が見えると、数十人が一斉に連写を始めて、びっくりした。
カシャカシャカシャという音が凄かった。
みんなアマチュアカメラマンなのに、装備がすごい…。

るなは、自分のカメラに連写モードがついていることも、知らず、
一本、一本、撮った。望遠もなく…。
三年経って覚えている事はそんなことだけ…(+_+)

自分で読みなおして、ブログに書いてて良かったなあと、あの日の祭りの感動を思い出しました。

何と言っても、姉姫様たちを待つ市杵島姫の神輿が一番心に残っています。
誰も気づいていなかったよ。
だって、写真を撮りに行ったのは るなだけだったもん。

それにしても、昔の記事は、写真、ちっちゃいね…。

長年、一度行きたいなと思っていたら、その年、良く見える場所を教えて下さる方があって、
早速、行動に移したのですが、やはりタイミングは大切ですね。
あれから、行くチャンスはありませんでしたから。

今フォルダを見直すと、百枚以上も撮ってた。
まだまだ、いいシーンがあるじゃん。

c0222861_21271882.jpg


c0222861_21273866.jpg


c0222861_21275683.jpg


c0222861_21281190.jpg


懐かしいな。でも、望遠でないので、やっぱりピンボケか…。




過去記事はこちら

宗像大社(6)みあれ祭
市杵島姫が姉姫さまたちを海上までお迎えに
秋季大祭は大船団の海上神幸から始まった
http://lunabura.exblog.jp/15221733/




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-10-01 21:30 | 宗像大社・むなかた・宗像市 | Trackback | Comments(6)

西九州道って伊都国、末廬国を走ってるんだ



今日は墓参のあと、鎮懐石神社へ。
正面からの入口が前回は分からなかったので、再び訪れました。
今回は宮司さんにお話を伺う事もできましたよ♪

c0222861_213454100.jpg

お礼参りも兼ねて。


その後、平戸へ。
途中の西九州道がどんどん伸びていて、伊都国を過ぎ、末廬国まで♪
いや、今日は神社も古代史も忘れて…と思ったのですが、あいかわらずですね。

唐津の田園は一枚ずつ地層が調査されて、堆積平野だったことが分かっているそうです。
つ・ま・り、田んぼはやっぱり海!

西九州道はその田んぼの上を通り、弥生の人たちの住んだ丘陵のそばを通っています。
西九州道の工事で発見された弥生遺跡がいくつもあるんですね。

弥生の人たちは住処として、海の側だけど波が襲わない、ちょっと高い所を選んでました。
魏志倭人伝の世界が立体的に見える、マニアックな道になりそう (^-^)
何と言っても、地形がそのままなのが魅力。

唐津千々賀インターとか、末廬国の国邑候補の一番手となった千々賀遺跡があるし。
ただし、運転手はよそ見厳禁。ですぞ。

こりゃあ、西九州道マップに、古代遺跡の名前をガンガン入れてほしいですね。


そういえば鎮懐石神社の前も波打ち際だったということでしたよ。

c0222861_21354031.jpg

平戸大橋を渡って、今回はUターン。
長崎はずいぶん近くなっていました。

今から写真の整理をします。




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-09-22 21:37 | にっき | Trackback | Comments(0)

サニックス2013ワールドラグビーユース交流大会


サニックス2013
ワールド・ラグビー・ユース交流大会

イン グローバル・アリーナ

今年も世界から高校生のラグビーチームが
宗像市のグローバル・アリーナにやって来ました。

イングリッシュ・ガーデンも一番華やかな季節を迎えました。


c0222861_17442328.jpg

メインコートでは東福岡高校VS東海大学付属仰高校

c0222861_17444423.jpg

決まった!

c0222861_1745587.jpg


c0222861_17452183.jpg

よくボールが廻ってました (^o^)/
32対7 で 東福岡高校の勝利。


c0222861_17451589.jpg


これはパン屋さん。

c0222861_17453480.jpg

木蔭でパンを齧りながらバグパイプに耳を傾けます。
エジンバラで優勝した高校チーム。
部員が200人ですって!
毎年、いろんなチームが開会、閉会時に素敵なパイプを響かせてくれます。
後ろの建物はスポーツジム。


c0222861_17464185.jpg

あずま屋。
毎年豊かな風情になって行きます。


c0222861_17472149.jpg


散歩したらずっとこんな感じ。


c0222861_17474625.jpg


ぐるっと一周しました。


c0222861_1748930.jpg


お、こちらではオーストラリアの高校VSニュージーランドの高校かな。
ぶっちぎりのトライ。


c0222861_17483129.jpg

歩いて帰っていると、ここでもあってる!
茗渓学園高校 VS アール マリオット セカンダリー高校 (カナダ)

ラグビーコートだけでも四面あるもんね。

日本にいながら外国の強豪と戦うチャンスをくれる素敵な交流大会です。

イングリッシュ・ガーデンもいつも最高!






いつも応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-05-04 17:52 | <催しもの・あそび> | Trackback | Comments(0)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー