ひもろぎ逍遥

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タグ:祭り・イベント・遊び ( 162 ) タグの人気記事

鹿家(しかか)・サーフィンの季節がやって来た!

鹿家(しかか)
福岡県糸島市鹿家
サーフィンのシーズン到来!


さて、糸島の魅力を追って、海岸線に行きましょう。
福岡から唐津方面に行く時、都市高速で行けば、信号も少なくて気分爽快ですが、
時間があれば「上深江」あたりで、海岸線のルートに出ましょう。
ここは断崖と海の間に造られた道なので、くねくねと曲がるのですが、
海がいろんな角度から現れて、感動ものです。
海。海。海。
きれい!降りて見たい!そう思うあたりに無料のパーキング!

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なんて綺麗な海。ここは鹿家。「しかか」と読みます。
そう言えば、JRの駅にも鹿家があって、
夏には海水浴の人たちが気軽にサンダル履きで歩いてた。

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沖に見える島の名前は姫島
右手の岬は糸島半島。ずっと右の綺麗な形の山は可也山
あの山も登ったなあ。そんな話をしていると、

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あれ、立ってる人がいる。オールで漕ぐんだ。

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おお、二人のヴィーナスがボードを抱えて、荒波の中へ。
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お、こっちでは、波をつかまえた。

このパーキングには、観光案内所がありましたよ。
さっそく、観光マップを貰いに行きました。
ここは「二丈パーキングエリア」というんだ。
海岸には「姉子の浜の鳴き砂」って書いてある。きれいなはずだ。

なるほど、糸島市は前原と二丈と志摩が合併して出来ている。
このブログで紹介したのは、桜井神社、伊都国歴史博物館、平原遺跡
あれ、たったこれだけ?(反省)
それじゃあ、もう少し遊ぼう。さあてっと、どっちに行こう。

鹿家海水浴場 桜井神社 伊都国歴史博物館 平原遺跡




★「葛城襲津彦」の現代語訳始めました。ちくっと、渋いぜよ。
でも、この辺りから、朝鮮半島に渡ったはず。
(古事記の神々)



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by lunabura | 2010-11-24 17:16 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(2)

宗像大社(6)みあれ祭・市杵島姫が姉姫さまたちを海上までお迎えに


宗像大社(6)みあれ祭

市杵島姫が姉姫さまたちを海上までお迎えに
秋季大祭は大船団の海上神幸から始まった


2010年10月1日。よく晴れた青空のもと、神湊(こうのみなと)へ。
宗像大社 みあれ祭についに行って来ました。

例年10月1日はこの日は三か所に分かれて祀られている三女神が
辺津宮(へつみや)に集まる日です。
遠い沖ノ島には田心姫(たごりひめ)。宮司さんだけが住む無人島です。
大島には湍津姫(たぎつひめ)。ここまでは女性が行けます。
辺津宮には市杵島姫(いちきしまひめ)。いわゆる宗像大社です。
その三柱が三日間だけ集まって秋季大祭が行われます。
遠い島に住む姉姫さまたちをお連れするのは地元の漁師さんたちです。
みなさんが力を合わせて大船団を組んで神湊(こうのみなと)までお迎えします。
この海上神幸がみあれ祭です。
今日は、その祭りのレポートです。

9時半に御座船(ござふね)が大島を出発して、約一時間で入港すると聞いて、
神湊のフェリー乗り場の第一駐車場に入ったのは8時11分。
あと四台分開いていますよ、と言われて、ぎりぎりセーフ。
波止場の防波堤の上に陣どりました。左右にはずっと年上のお兄さまたち。
情報交換をしながら、楽しく待ちました。
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今朝の太陽のオーラは舞扇を広げたようで、気分が高まります。
海には光の道が出来てきらきらととても綺麗です。
8時38分。辺津宮の市杵島姫を奉斎したお神輿が神湊に到着しました。
ひとり静かに姉姫さまたちを迎えに出る時を待ちます。

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今頃は御座船2隻と150隻の大船団が大島に集結しています。

9時30分。二人の姉姫さまの神輿が御座船に乗って、大島を出立しました。
御座船に選ばれた船はその年一年の豊漁を約束されるとか。
今は、新造船がその名誉を担います。
この波止場からも、大島が見えていて、はるかかなたの水平線に、
真っ白な船が真横に走っていくのが見えます。
大船団は一直線に鐘の岬の方に向かいます。
そう、織幡宮がある鐘の岬です。

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すると、こちらの市杵島姫の神輿も船に載って、姉姫さまたちを迎えに出ました。

三女神が合流すると、船団は直角に曲ってこちらに方向を変えました。
何隻も何隻も。大船団です。正面からこちらに向かって来ます。
その迫力に胸が熱くなって来ます。

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「どれか分からん。」とルナが興奮すると、
「一番高いが立っているのが御座船。」と隣の人が教えてくれました。
みなさん、望遠レンズで三脚もバッチリ。連続シャッター音の響く中、
ちっちゃなデジカメで限界に挑戦。なんとか、遠い船団が写りました。

すると花火が鳴って興奮も最高潮。
「あの花火が船団の解散の合図ですよ。」と隣の方。
それから船たちは各地の漁港に帰って行くのだそうです。
その直後、船たちは派手なパフォーマンスを始めました。
急カーブを描いたり、蛇行運転をしたり。
べたなぎの海面がうねって白いしぶきがあがります。
波が高くうねって、船はまるで嵐の中のように波間に見え隠れします。
各船それぞれに派手な運転で御座船に別れをつげて離れて行きました。

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残った三隻の御座船が粛々と入港して来ます。
神官や奉仕の人たちの姿もよく見えます。
すると海上の船から再び花火。
廻りの島々に届けとばかりに入港を知らせる花火が轟きました。

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三艘の御座船が岸壁に横付けされて、それぞれの船から神輿が降ろされると、
一年ぶりに三姉妹が揃いました。
この神輿を奉斎した船の人々の見守る中、清め祓いの神事が催行されました。

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それから、神輿はすぐそばの高台にある頓宮(とんぐう)へ。
「おー~。おー~。」という清めのケイヒツの声を先頭に神輿が練り歩きます。
空の雲までも鳳凰のよう。
向こうに見える右の島は地島。左が中津宮のある大島です。
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頓宮には建物は何もありません。古式そのものです。
頂上のひもろぎにて、改めて御迎えの神事「頓宮祭」が行われました。
ここでは三女神が揃っていて、こんなに間近で拝観する事が出来ます。
ただ今11時半。このあと、いよいよ本宮への行列です。


天気も最高で、おだやかな秋の一日。お祭りの初日のレポートでした。
永年の憧れだった「みあれ祭」。縁あってようやく見る事が出来ました。
一生に一度は見たかったので感慨もひとしおです。

まだまだこれから3日間、神事が続きます。
港では、日程の分かるパンフレットが配られたんですよ。
ここにその日程表を掲載しておきます。
 みあれ祭について
宗像大社の秋季大祭に先立ち、9月中旬に大島より御座船(ござふね)を仕立て、沖ノ島の沖津宮に向かい、まず田心姫(たごりひめ)の御神霊を大島の中津宮までお迎えする「沖津宮神迎え神事」が斎行されます。
 そして、10月1日に大島の中津宮より神湊(こうのみなと)まで、沖津宮と中津宮の神輿をお運びするのが海上神幸「みあれ祭」です。
 神湊では辺津宮の神輿がお出迎えになり、一年に一度、三宮の御神璽がお揃いになります。このおまつりは古くから行われた御長手神事(長い竹に布を付けたもの)を神のしるしとして辺津宮にお迎えした神事を再興したものです。

秋季大祭日程表
10月1日     午前9時30分  中津宮出港(海上神幸)みあれ祭
           午前10時30分 神湊入港
           午前11時     頓宮祭(宗像市神湊)
           午前11時20分 陸上神幸
           午前11時40分 入御祭斎行(主基地方風俗舞奉奏)

10月2日     午前8時     流鏑馬神事
           午前11時    秋季大祭第二日祭(喜多流翁舞奉奏)

10月3日     午前11時    秋季大祭第三日祭(浦安舞奉奏)
           午前11時40分 高宮祭
                      第二宮・第三宮祭
                      宗像護国神社秋季大祭
           午後6時     高宮神奈備祭(600年ぶりに復活)
     日程は変更になる場合があります。

高宮神奈備祭 (たかみやかんなびさい)
高宮神奈備祭は、秋季大祭を締めくくる祭典です。みあれ祭でお迎えした宗像三女神に秋祭りの無事斎行を感謝すると共に、新たな霊力を戴かれた宗像三神の神威の無窮を祈念する神示です。高宮は宗像大神降臨の伝承地で、神奈備山・神奈備の杜と崇めれられてきました。
神奈備とは神々が降りてくる山や杜を意味します。

高宮神奈備祭のレポートは宗像神社(3)に書いています。

るなメモ
●みあれ祭に行く時は、日焼け対策、風よけなどをしておくこと。
●第一駐車場料金 12時間300円。(2010年時点)

●御座船は一隻と思い込んでいたけど、三柱にそれぞれの御座船があったのを知ったのはとてもよかったです。

●神輿の先導のケイヒツの声を初めて聞きました。源氏物語に出てくるのですが、本では分からない、生の声が今に伝わっていました。

●海上神幸の航路がいったん鐘の岬に向かって行ったのは、現場に行かなくては分からなかった事。そこは海路の難所ですが、その岬にはこのブログで紹介した織幡宮があって、竹内宿禰が祀られています。この海路の安全と国を守る為です。そして、「御長手(おんながて)」という竹に幟を付けた始まりの宮でした。
船団がまるでそこに挨拶するように見えたのも、とてもゆかしかったです。

●地元の小学校では、男子生徒全員が船に乗ってこのみあれ祭を体験すると聞きました。残りの人たちは浜に出て、知っている船に手を振るとか。子供たちに祭りを体験させるのは、文化の継承のために一番必要な事なんだと思いました。

●遠方の人がこのみあれ祭を見るためには、地元のホテルや国民宿舎、民宿に前日から泊まるのが一番です。バスなどで祭りを見に連れて行ってくれます。神代の時代からの風景がそのまま残る宗像路の旅はルナのお勧めの旅です。


《ブログ内で宗像の旅をするなら》
       三女神の元宮を訪ねる  六嶽神社⇒神興神社⇒宗像大社       
       海と祈りの宗像路    宗像大社⇒織幡神社⇒玄界灘の黒船騒ぎ  
  
地図 宗像大社 神湊





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by lunabura | 2010-10-02 14:46 | 宗像大社・むなかた・宗像市 | Trackback | Comments(6)

日本最古の山城まつり・ユミン・笛木優子さんが審査員でしたよ!


「日本最古の山城まつり」
福岡市大野城市
ユミン・笛木優子さんが審査員でしたよ!



大野城市の広報課の方とメールのやりとりをしている内に、
古代山城サミット」がある事を知りました。
ところが、それは翌日開催と言います。午前中は仕事。あきらめました。
ところが、HPを見るとなんと笛木優子さんがシンポジウムに
パネラーとして出演すると書いてあるではないですか。
女優・笛木優子
私が彼女の事を知ったのは昨年の事。
2009年4月 NHK教育 ETV特集
「日本と朝鮮半島2000年 古代 人々は海峡を越えた」の番組です。

その内容は伽耶を訪ねて、古代の日本と朝鮮の交流を
考古学的に見て行くものでした。
当時から交流が活発だったのを知って、驚いたのですが、
韓国語を話す若い日本の美しい女性に釘づけになりました。
彼女は女優。え?韓国でドラマの主役を務めたという。

その笛木優子さんがパネラーなら聞きたいと思いましたが時間的に無理。

ところが午後から「日本最古の山城まつり」パフォーマンス・コンテストがあって、
彼女が審査員をすると書いてあるではないですか。
1時からとしか書いてない。この手のは大体2時間だ。
間に合うかもと、車でかけつけました。
会場は大文字公園。中に入ると、いきなりチマチョゴリの美人たち。
一瞬、古代の筑紫に紛れ込んだのかと思いました。

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推測するに、韓国舞踊を披露してくれたのでしょう。あいにく、遅かった。

次々に地元の子供から大人まで、趣向をこらしたパフォーマンスが披露されました。

そして、圧巻は福岡大学付属・若葉高校。あっ、もと九州女子高だ!
ダンスチームはBチーム、Cチームが出演という。すごい大所帯です。
彼女たちが毎年、全国大会で優勝しているのをテレビで見ています。
それをナマで鑑賞できるとは。
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出番を待つ彼女たち。この余裕ぶりは明らかに納得する稽古量があってこそ。
テーマは「玄海の海と人々」・「炭坑節」。郷土をテーマにするのは素晴らしい。

デジカメを買って知ったのですが、シャッターを押すと、
映像はその0.5秒ぐらい後が保存される。
だからダンスを撮ると、タイミングがずれて間の抜けた映像になるのですが、
彼女たちの踊りはどこで切り取ってもスキがない。
どれだけ努力したか、よく分かります。

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若葉高校のダンス部のみなさん、パワフルで素敵なダンスをありがとう。


さて、いよいよ審査の発表です。
すると、韓国の舞踊団が一等席に集まって来ました。
その表情をみると、期待十分。
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憧れのまなざしの先には

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ワンピース姿のユミン笛木優子さん登場。
彼女たちの熱狂ぶりを見ると、やっぱり韓国じゃ有名女優なんだ。
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笑った顔の目線はこちら♡

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話している人を必ず見ている姿が人柄を伺わせる。
ルナはどうしても笛木優子さんに会いたい。会って伝えたい事がある。
それまでは、日韓友好の懸け橋となって、輝いていて下さい。


祭りの記録
2010年9月24日(土)
古代山城サミット~神護石系山城・朝鮮式山城~大野城まどかぴあ大ホール
日本最古の山城まつり 大文字公園

笛木優子の登場するETV特集
2009年4月 「日本と朝鮮半島2000年1~古代 人々は海峡を越えた~」
2009年6月 「日本と朝鮮半島2000年3~仏教伝来~」
2010年1月「日本と朝鮮半島2000年SP「海峡を越える国宝の美」

出演ドラマのほんの一部
わが家(原題 (우리집)MBC 2001年) チョン・ダイン
(韓国MBCのTVドラマ「わが家」で聴覚障害者ダイン役)
オールイン 運命の愛(原題 올인 SBS 2003年) 落田リエ役
ホテリアー(テレビ朝日 2007年) - 柏木真由美 役
アイリス(原題 IRIS|아이리스 KBS 2009年) 日本内閣情報調査室国際部 佐藤えりこ役

カメラは5倍ズームしかなく、今日はピンボケの写真ばかりです。




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by lunabura | 2010-10-01 00:25 | <催しもの・あそび> | Trackback | Comments(2)

神興神社・三女神はここで神威を発揮・タケシ番組に出た所

《宗像三女神の元宮を辿る旅》

神興神社
じんごうじんじゃ
福岡県福津市津丸645-1
宗像三女神はここで神威を発揮したという。
タケシ番組に出たのはココ

鞍手町の六ケ岳に降臨した宗像三女神は、室木の六嶽神社に着いたあと、
この神興神社に着かれたと文献に書いてありました。
そこで、そのルートをたどって神興神社へ向かうと、大きな山が立ちはだかっています。
この山を迂回する道があって、古くからの人家が所々にあり、
かつての街道だったんだろうなという風情のある、いい感じの道です。
ナビなら福間東中学校と入れると簡単です。
その隣に神興神社はあります。廻りにはほとんど人家はありません。

ゆるやかな峠の頂きに出ると脇に小さな丘があって、こんもりと樹木が杜を作っています。

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この石段を登れば、すぐに境内です。

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いかにも氏神さまの雰囲気ですが、三女神を勧請したのではなく、元宮にあたります。
そう言う点では特別なお宮です。

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拝殿正面に石の祠が見えます。

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誰かが祠の扉を開けたままだったので、中を写せました。二つの細長い石が御神体のようです。


ここにどんな歴史があるのでしょうか。

入口に書いてあった縁起を写します。(一部分かりやすく変えています。)
神興神社縁起
祭神宗像三女神 (天照大御神の御子神)
多紀理姫命
市杵島姫命
多岐都姫命

神興神社は往時よりこの地に御鎮座あり。
11部落、即ち上西郷、下西郷、久末、津丸、手光、
村山田、八並、本木、畦町、内殿、舎利蔵
の住民により、祭祀を斉行する。(例祭は10月5日)
宗像社縁起に曰く、
「宗像三女神、初め、室木の六ヶ嶽にお着きになって、その後この地に留まり給う。
この村において神威輝耀されたことから、神興と号す。
その後、三所に霊地(田島、大島、沖ノ島)に御遷座あり云々とある。

三女神がその三所に遷った後も、この地にも御社殿はおごそかで、祭祀も盛んだったと聞く。しかしいつ頃か、兵乱に遭い、御社も崩壊したが、村民の「土一」という者に夢のお告げあって、小さな祠を営んだ。
その後、旱魃、凶作年に祈願すれば、霊応があるといって、隣村、民力を合せて、石祠を建立する。

大正年間、古瓦が発見されて、鑑定の結果、延喜11年の銘があり、我が国で二番目に古い瓦と解り、この神社の往時の壮大なるをしのぶ。
昭和55年10月吉日建立
神興神社氏子会

宗像三女神は、六嶽神社からここに遷られました。
ここで、大変な神威を発揮されたという事で、「神興(じんごう)」という名の由来になりました。
三女神が宗像に遷られたあと、いったん衰退しますが、「土一」という者に夢のお告げがあって
、再び石祠が建てられて、この地に恵みをもたらしました。

古い瓦が境内から発見されて、すぐそばには寺院も建てられたのが明らかになりました。
その楚石の石がこれです。

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大きいですね。当時の規模のすごさが分かります。

さて、蛇足です。
タケシのTVタックル裏話

ずっとずっと前にタケシの番組でUFOをやってた時、友人のNちゃんが出ていてびっくりしました。
そして、再現ドラマがはじまりました。
それはNちゃんが神社の境内で、女性三人で輪を作っていると、空から黄金の玉が降りて来る話でした。

実はその話の現場がこの神社です。三人の内の一人は私です。
テレビでは三人の輪の中に降りて来たようになっていましたが、そうではアリマセン。

事実は、私は本殿の裏にいて、Nちゃんは境内の左。もう一人は右。
と三人はバラバラにいました。
すると、Nちゃんが、「金色の玉だ。ほらほら見て。」と空中を指していました。
すぐに行ってみたけど、私には全く見えません…でした。(;一_一)


再現ドラマは事実よりかっこよく製作されていましたが、(神社も東京あたりで撮ったのでしょう。)
この神社で起こった事です。
テレビで放映されたのを、書こうかどうしようかと迷ったのですが、平成になってもいまだに、
三女神はこの地で人々に恵みを垂れているという証を示されたのかもと、書く事にしました。

地図 神興神社


では、いよいよ宗像大社へ。



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by lunabura | 2010-08-11 13:37 | 神興神社・じんごう・福津市 | Trackback | Comments(0)

開運桜と神馬


宮地嶽神社(2)
みやじだけ
福岡県福津市宮地

開運桜と神馬(2月)

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拝殿です。日本一の大きさを誇る大しめ縄がかかっています。

今日は3月中旬の暖かさ。桜を求めて宮地嶽神社に行って来ました。(気が早いですねえ。)
やっぱりありましたよ。その拝殿から右の方に回ると、桜が咲いてました!

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家に帰ってみると、夕刊が届いていて、この神社で真っ先に咲く開運桜だと書いてありました。

じゃあ、この御利益を皆様にと、早速、お届けします。

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こちらは御神体山と狛犬。

今日のもう一つのお目当ては神馬です。民家村の左奥にいます。
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退屈そうに、ロープに歯をこすらせて、音をたてて遊んでました。
「ねえ、広い所で撮りたいんだけど。」と、言ったら、桜の木の下に移動して、しばらくポーズ。
三分ほどして、また戻って来ました。ホントに聞いてくれた?!

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この神馬は大祭の時に宮司さんを乗せて歩きます。もと、競馬だったそうです。
ステキな一枚を有難う。

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by lunabura | 2010-06-13 17:56 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(6)

宮地嶽神社(3)6月の菖蒲まつり

宮地嶽神社(3)

福岡県福津市宮地
6月の菖蒲祭りに行きました。
今年の祭王に選ばれる女性歌手は誰かな


さあ、今日は、海岸の一の鳥居から神社に向かって行きましょう。
ここは玄界灘。津屋崎海岸です。宮地浜と言います。

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海から上がって、長い参道を歩きます。両脇は人家です。2キロほど歩いたでしょうか。
お店がたち並ぶ参道を通ると、ようやく境内の石段に着きました。

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今日は菖蒲祭りの最中です。石段の一歩目からずらりと、菖蒲が並んでいます。
すべて鉢植え!すごいおもてなしです。

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石段をいくつか登りきった所で左に曲ります。

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正面に御神体山が見えます。ここからは三輪山と同じような形に見えますね。
ここも左右に菖蒲が…。

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二つの鳥居を過ぎて、さらに右に曲りました。ようやく神門が見えて来ました。

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神門を入ると、広い拝殿前の境内にも、埋め尽くされた菖蒲。
ここは普段は玉砂利が敷き詰められているんですよ。
それを全部菖蒲で埋め尽くすなんて。なんとありがたい。
参拝者を迎えられる神社のもてなしの心に頭が下がります。

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拝殿です。しめ縄の大きさは日本一です。

神社の境内案内図がありました。
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現在地は左下、御本殿の前ですよ。


前回は右奥の「民家村、自然公苑」と「みやz00」を紹介しました。
今回から数回かけて、奥の不動神社まで行きたいと思います。

この綺麗な色の案内図には由緒書きも書いてあったので、書き写します。
御祭神
息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)
勝村大神
勝頼大神

御創建は約1600年前。当社の御祭神「息長足比売命」別名「神功皇后」は第14代仲哀天皇の后で応神天皇の母君にあたられます。

古事記・日本書紀等には渡韓の折、この地に滞在され、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇を祀り、
「天命を報じてかの地に渡らん。希(ねがわ)くば開運を垂れ給え」
と祈願され船出したとあります。

その後、神功皇后のご功績をたたえ、主祭神として奉斎し、随従の勝村・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神」としてお祀りしました。当社は、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮です。


御祭神は神功皇后でした。
この神社も神功皇后が来て、山に登って、天地の神々に祈っています。
この祈りが通じたのか、新羅攻撃は勝利をおさめて凱旋します。
このことから、この神社は開運や勝利などを願う参詣者が大変多く、
今年のお正月は、ついに入場制限があったと聞きました。

華やかな秋季大祭
秋季大祭では、歌手が祭王に選ばれて、十二単衣で牛車に乗って参拝されます。

初代祭王が奥村チヨ。そのあと、小柳ルミコ。五代マリ。小林幸子。
三沢あけみ。島倉千代子。八代亜紀。天童よしみ。石川さゆり。などなど。

選ばれた年には、必ず大ヒットするので、女性歌手は選ばれるのを心待ちにすると聞いています。
今年は誰なのか、楽しみですね。

2010年度
菖蒲祭り 6月13日(日)まで
秋季大祭 9月21日~23日
菖蒲はまだまだ三分咲きでしたよ。(6月5日現在)

(つづく)



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by lunabura | 2010-06-12 15:11 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(4)

冬の駕与丁(かよいちょう)公園

冬の駕与丁(かよいちょう)公園
福岡県糟屋郡粕屋町大字仲原字駕輿丁

冬の薔薇園はつぼみが輝いてました

冬のバラを見に行って来ました。
冬なのに?
そう。
きっと、冬でもバラが咲いてるはずなんです。

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ほら、やっぱり。
小春日和の中で、冬のバラが咲いていました。




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綺麗!
それにつぼみのエネルギーもすごいです。





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花びらが柔らかそう~。


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花の活力がみなぎっていて、体感温度は ↑




薔薇園の隣の散歩道です。

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ベンチの向こうに見えるのは菖蒲園です。
菖蒲はまだまだ、気配もありません。
菖蒲の中を歩ける初夏が楽しみです。

裸の木は桜です。
枝がほんのりピンク色になり始めましたよ。




薔薇園の住人、じゃなく、住猫で~す。



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どう?
決まってる?



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う~。ばりばり。



c0222861_206611.jpg

んふ~。
%&?¥~$#…。


帰る時、一匹が
薔薇園の端っこまで見送ってくれました。

また会おうね。

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by lunabura | 2010-02-01 20:18 | 駕輿八幡宮・かよい・粕屋郡 | Trackback | Comments(0)

高良大社(10)税として納められた鷹と鷹鳶神人


税として納められた鷹と鷹鳶神人

 高良大社

只今、当ブログの話題は英彦山や高良山、星野村など
福岡の山岳に鎮座する高樹神社や高木の神などに及んでいます。
その山々には鷹が神として飛来する話があるので、
鷹の話題で盛り上がっているのですが、

今回、愛読者さんから、奈良時代に
筑後の国から鷹と鷹匠などが税として納められていたという
面白い記録を紹介していただきました。
その話の中に出て来る、「鷹鳶神人」の持つしるしの写真があるので、
コラボで紹介します。

まずはコメントから。これは「ちょっと」というタイトルの記事にあります。



愛読者:
もうひとつ「鷹」と「高良別宮」ですが、
「筑後国天平十年(738)正税帳」に
「貢上鷹養人参拾人」(略)「貢上壹拾伍頭」、
同じく「周防国天平十年正税帳」に
「従大宰府進上御鷹部領使(ことりづかひ=先導役)
筑後国介従六位上日下部宿禰古麻呂将従三人、持鷹廿人、(中略)御犬壱拾頭」
とあります。

当時筑紫から「御鷹」が筑後の日下部氏に先導され、
併せて「30人の鷹養人・犬25頭・20人の鷹持ち(当然鷹も20羽以上)」が
税として貢がれたというものです。

このような莫大な鷹の献上は筑紫からしかありません。

そして、「筑後の日下部氏」とは、高良大社官長職の日下部氏で、
高良大社御神期大祭の御神幸には羽の付いた冠を被った「鷹鳶」の行列が見られ、
筑後久留米市草野町には「隼鷹(はいたか)天神」もあります。

「御鷹・御犬・鷹持」等の尊称から、
鷹狩は高良玉垂命=九州王朝の尊い行事だったと思われます
(もちろん神功皇后とも関係)。
(「正税」とあるから天平10年に大和朝廷に召し上げられたことになる!!)



るな:
これは、面白いですね!!
税から鷹の話が出て来るとは。
しかも、日下部氏なんですね。
私は高良大社の勅使祭の、その写真を撮っているので、
愛読者さんのコメントと、私の写真でコラボの記事を書きましょう。
とても重要な位置にありましたよ。 (^-^)



ということで、早速行列のイラストを挙げましょう。

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これは2012年10月14日に催行された高良大社神幸祭の行列の一部です。
本来50年に一度あるのが、臨時的に20年目に催行されました。

鷹鳶神人は行列の中でちょうど中央に位置するのですが、
コメントに書いたような重要な位置ということはありませんでした。<(_ _)>

鷹鳶神人の冠を見ると、確かに羽根が挿してあります!!
全然気づかなかった。
私はそれよりも、掲げる太陽らしきシンボルに夢中だったのです。



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ごれが実物。
よく見ると、今回の神幸祭では烏帽子(?)のままですね。
この人が「鷹鳶神人」というのですが、手に持っているのは
太陽という解釈でいいのでしょうかね。
巴神人の後ろに日月神人がいて、そちらにも太陽のシンボルがあるので、
また別の解釈があるのかも、と思ったりもしています。

高良山は「高牟礼山」とも言うのですが、
冗談で「鷹群山」と書いたら、
少なくとも20羽以上の鷹が税納されたというのですから、
確かに鷹が群れ飛んでいたのかもということになりました。

鷹の飼育人30人、鷹匠20人、犬(狩用だと思う)15匹が納められる環境なのですから、
大規模な鷹狩りの為の繁殖や訓練組織があったはずです。

現在の鷹匠は大変少なくなっていて、
佐賀県の女子高生が鷹匠になったという報道を見ました。
カラス対策にすごい効果があるそうです。

鷹の群れ飛ぶ高良山、鷹群山か…。
在り得るかも。



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by lunabura | 2009-12-27 00:53 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Trackback | Comments(23)

八所宮(Ⅱ) 夜祭りだァ


八所宮(Ⅱ)
はっしょぐう
福岡県宗像市吉留
夜祭りだァ
日向ひょっとこ踊りとお神輿

例大祭
毎年、10月第3土、日がここの大きなお祭りの日です。
夜から始まるという事で、日が暮れてから訪ねました。
あたりは人家がないので、夜は真っ暗です。
お宮の周りに裸電球がぐるりと渡してあって、闇夜にほっとしました。
こんな暗闇は久し振りです。

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参道の灯篭にも火が灯されて、参拝する人を迎えてくれます。
なんとも良い風情です。
石段を上って境内が近付いてくると、祭りの音が聞こえて来ました。
闇夜の笛の音は何とも、心惹かれます。

境内の舞台はすでに盛り上がっていて、地元の人々の舞いや歌、独奏、などなど、芸達者ばかり。
見ていると、次から次へと、こんなに沢山の芸能が日本にはあるんだと、感動です。

今日はそのなかでも「日向(ひゅうが)ひょっとこ踊り」を紹介します。
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鉦と笛の音が聞こえてくると、いきなりハイテンションになりました。

チャンチャラ、ラッ。
チャンチャラ、ラッ。
チャンチャラ、ラッ。チャ。

金属性の高い鉦の音が四拍子をとります。
(ジングルベルと似たリズムです。)
笛の音がそれに絡むように吹かれます。

男も女も赤い着物を着て、お面をかぶり、ほっかぶりです。
ふんどしを垂らして、一人ずつ踊りながら入って来て、次第に輪を作って、ぐるぐると回ります。

チャンチャラ、ラッ。
チャンチャラ、ラッ。
チャンチャラ、ラッ。チャ。

周りに原生林しかない、里山の空間に、ひたすら単調なリズムが響き渡ります。
なんとも、キツネやタヌキが人を化かした昔にタイムスリップしたような気分になって来ました。
よく見ると、キツネのしっぽを垂らした人もいます。
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山の精霊たちのお祭りを木陰から覗かせてもらっているような不思議な気分です。
踊り手たちは、滑稽な動きでどこまで人を笑わせられるか、ひたすら追求しています。
こんなひょうきんな踊りが、可愛らしい乙女たちの「浦安の舞」の後に
あるのですから、そのギャップがたまりません。

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ハレとケ。よそ行きと普段。
聖と俗。
闇夜と灯り。
この両極端が、日本人の原風景にあり、自分の身体の中にもあるのを再確認した夜祭でした。

密かに行われる御神事
さて、のど自慢も登場して、舞台がいよいよ盛り上がった頃に、
神殿では、御神体を神輿に移すための祝詞が奏上され始めました。
人々は舞台を見ているので、拝殿の前には数人しかいません。
そこに立っていると、前からは祝詞が、後ろからは南春夫が聞こえて来ます。

聖と俗の境界線に立って、これまた摩訶不思議な空間です。
氏子さんたちが頭を垂れる中、神官の手によって、しずしずと御神体が神輿に移されました。
神輿は三台です。
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御神体が移されて、運ばれるのを待つばかりの神輿。

そして、それが大名行列に先導されて、釣川の岸辺にこしらえられた御座所に
運ばれて行きます。

真っ暗な中、紅白の垂れ幕に囲まれた御座所がこうこうと照らしだされて、
祭りならではの、風情のある光景でした。


このお祭りに出かける時は真冬の格好がお勧めです。
秋でも夜中は冷え込みます。
来慣れた人は、ダウンを着ていましたよ。

宮崎県で盛り上がっている「日向ひょっとこ踊り」の動画が見られるサイトがあります。
笛と鉦のお囃子も聞けます。

日向ひょっとこ夏祭り公式ホームページ
http://www.hyottoko.jp/fs/

やっぱり星の神々がありましたよ。しばらくお待ち下さいね。

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by lunabura | 2009-12-13 00:00 | 八所宮・はっしょ・宗像市 | Trackback | Comments(4)

志式神社 (Ⅱ)万年願と早魚神事と神功皇后


志式神社 (Ⅱ)

万年願と早魚神事と神功皇后


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神社のお話が聞けましたよ。

 秋の日、朝からお参りに行くと、氏子さんが掃除をしていました。
そこでお話を伺いました。

「境内横の大きな穴はどんど焼きでもするのですか。」
「そうですよ。毎年決まった日にしています。
ここは、もともと、三良(さぶろう)天神が祀ってあって、祠の形でした。
昔、奈多の町が大火災に遭った時に、この神が助けられてから、
大きな拝殿を建てたそうです。」
といって、参道の左の足元にある、三良天神の鳥居の額を教えてくれました。


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「へえ、これがそうなのですか。」
聞かなければ、見逃してしまう所でした。

「それから、感謝の思いを万年後も伝えるために、7月19日~20日に、
踊りを奉納する「万年願」の祭りをしています。
神社に入ってすぐ右の方に建物があったでしょう。
そこで、踊るのです。」
「ああ、あれは舞台だったのですか。」
普段は閉まっているために、使っているとは思いもしませんでした。
志式座と言います。
明治時代に伊野天照皇大神宮からここに移籍して、
改築しなら大事につかってあるものだそうです。
(このまえ掲載したばかりの伊野皇大神宮から来ていたなんて、
嬉しくなっちゃいます。)


早魚神事が聞けたよ。

「また11月19日~20日は早魚神事をしますよ。
『はやま』と読みます。

真冬の夜中に、この下の海の中で禊をした若者衆が、階段を駆け上がって、
境内で着物に着替えて、網元の家に行って神事をします。

今ではそれが手狭になって、公民館になっています。
 公民館では夜7時から御神楽を演じて、神事を迎えます。
舞台には二匹の大鯛がおかれ、二人の青年によって、さばかれます。
そして、どちらが神に先に奉納するかが競われる神事です。」

「鯛はウロコを取ったりするのですか。」
「いえ、もう、ざっと二枚にするだけです。あっという間です。」
「そして、どうなるのですか。」
「神官がいて、その人にどちらが先に奉納するかを競うのです。
昔は、漁師がしていましたが、今では人が少なくなったので、地元の青年団たちがしています。」
というお話でした。

この神事で翌年の、漁場が決まるらしく、公平にするために、
当時の夜だけリハーサルをして、くじで決められたそうです。

この神事の由来は分からないという事でしたが、
その答えは、拝殿の上にちゃんと書いてありますよ。

1800年ほど昔、神功皇后に捧げた鯛のお話を神事として伝えているのです。
これはすごい事です。
神事のパワーはこんな所にあるのですね。
先人達がどうしても子孫に伝えたい事を、
こうして神事にしておけば、毎年その話を思い出す。
先人の知恵が、ここに、こうして実っています。

「早魚」を「はやま」と読ませるのは面白いです。
ルナは実は、これを見た時「はやゆ」と呼んでしまいました。
古文の授業で「魚」を「いを」とか「いゆ」とか読んだのを
覚えていますか?
奈良時代には「はやィゆ」と読んだんだろうなと思ったのです。

実は、中国語を三年前から習っているのですが、「魚」の発音の難しいこと。
口を「い」と「え」を発音する形にして、「ゆ」を言うのです。
なんだ、これって、古文の発音じゃん。
日本語で書こうとすると、「いを」「いゆ」「を」「ゆ」としか書けないのです。

現代人でも、発音が難しいのです。
ましてや、部族で言葉が違った大昔、
「はやィゆ」と言われて「え?え?」と聞き返しただろうなと思いました。
今でも、必ず「え?はやま?」って聞き返しますもんね。

それで御祭神の一人、「葉山姫」の「はやま」と関連付けて、
「ハヤマでよかたい」、となったような、印象を受けました。

追記
籠神社を調べていたら、笑原魚居神社というものを見つけました。
「えばらまない」と読むそうです。

そこで「まな」で辞書を引くと「真魚」で「まな」と読み、
おかずになった状態を、そう言うとか。
「いを」は生きた魚だそうです。

すると、「早魚」は「はやまな」とか「はやな」とか、
言っていたのかも知れませんね。

で、やっぱり、「はやま」でよかたい…?
と聞こえてきそうです。

さて、拝殿の正面に板が渡してあり、砂が一つかみずつ盛ってあります。

「このお汐井は?」
「家に皆さんが持ち帰って、清めに使うのです。」
「砂はここのですか?」
「すぐになくなるので、浜から私たちが取ってきます。」
あの急な坂を上り下りして、重い砂を取って下さっているんですね。
御苦労さまです。


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さあ、核心の神功皇后を聞いてみましょう。(ドキドキ。)
「神功皇后がここに来られたように書いてありますが。」
「そうですね。でも、この辺は神功皇后ばかりでしょうが。
私は信じません。」
「ほんと、このあたりはその話ばかりですよね。」

ルナも『ひもろぎ逍遥』で、神社の伝承めぐりをしているだけなのに、
なぜか、神功皇后の追っかけレポーター状態なのですから。
とにかく、ここら辺は神功皇后の伝説だらけなのです。
この伝承をつなげば、彼女がいつ何をしたか、日記にでも書けそうです。

氏子さんは「信じません」と抵抗されますが、それが却って、
彼女の伝説の多さを物語って、伝承に重みを加えていて面白いです。

「ここは、丘でしょうが。ここで神功皇后は軍の会議を開いたそうですよ。」
「え?ここで、ですか?」
氏子さんは境内をぐるりと指し示しました。
広い境内には松林がありました。

 正面鳥居から入ると、石段が十段だけで、平坦な地形だと思ったけれど、
ここは丘だったんだ。
確かに、裏の松原にでると、急勾配で海に降りて行くのを思い出しました。
そうか、海から発想するべきなんだ。


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(やったあ、もう見つかった!
日本書紀に和白(わじろ)で軍衆会議があったというのがここ?)

確かに、この広さがあれば、軍の要人たちや、兵士たちも駐屯できる。
神功皇后が軍勢を解散したといわれる、
大分宮(だいぶぐう)の広い境内を思い出しました。
(あの宮も広かったし、ここもそう言えば広い所。)
(大分宮については、別稿で。)

(でもここは和白じゃない。どうしたら解明できるのだろうか。)
と思いました。

ここは奈多です。

ところが、すぐその後、訪ねた公民館の方が何気なく、
「昔は奈多と三苫(みとま)と和白を合わせて、和白と言っていました。」
と教えてくれたのです。
それなら伝承どおり、ここで軍衆会議があったと取っていい。

拝殿は何故海を向いていない?

「もともと、祠の時には海の方を向いていたんですが、
拝殿を建てた時に反対向きに作られました。」
(なるほど。やっぱり昔は海を向いていたんだ。)
これも謎が解けました。

この玄界灘に面した大きな神社はみんな、海を正面にしているのです。
ですから、(この志式神社は何故海を背中にしてるの?)
と思っていたのです。これも謎が解けて、嬉しかったです。

「11月19日に早魚神事がありますから、見に来て下さい。」
「はい、是非行きます。」

氏子さん、いろいろとお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。

という訳で、お祭りへいざ。

                         
                       (Ⅲ)へつづく
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by lunabura | 2009-11-22 00:00 | 志式神社・ししき・福岡市 | Trackback | Comments(2)
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