ひもろぎ逍遥

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ひめちゃご34 巫女舞に秘められたもの



ひめちゃご34

巫女舞に秘められたもの
 


宮地嶽神社の筑紫舞は昼間の祭事だが、
前夜祭があっていて、その夜にも同様に舞われている。

ウメとタケはその前夜祭に行ったという。

ウメ「タケが巫女舞で気づいたのよ」
るな「何々?」

タケとウメが交互に説明してくれた。

それは見えない世界の話だ。

しかし、心の奥に深く染み入った。

二人から聞いた話そのものは上手く表現できない。
私が感じたままその世界を描いてみたい。

画像は3年分を混ぜている。

舞手は5人の時もあれば6人の時もあった。






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巫女たちは神楽鈴を手にして四方に向かい、音を鳴らす。





c0222861_22221951.jpg

その鈴の音は人々に届き、その中の「カタチのモト」を呼び出す。


宇宙の一元から生まれた「カタチのモト」は、
時と共に次第に本来の姿を変形させている。



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変形しながらも「カタチ」に留まっている「カタチのモト」は
巫女の鳴らす鈴の音に呼び出されて集められる。







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そして、それらは天に返され、再び「本来のカタチ」に戻される。
  








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「本来のカタチ」に整うと、
巫女たちは扇を手にして、それらを「かたち」に戻していく。




こうして境内に集う人々は本来の姿に戻る。



これが巫女舞の在り方とタケは言う。


目に見えない粒子の世界。
感情によって歪められた「カタチのモト」が正されて再び肉体に留まる。

神道の祓いの奥義。







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by lunabura | 2016-12-01 22:27 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(9)

歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ




歴史カフェ2016の目次と次回のテーマ

星の神-妙見・北斗・北辰―


本日は平日版の歴史カフェでした。
参加の皆さまありがとうございました。

今年は交流の年として、歴史カフェを企画しました。
おかげで沢山の方とお会いできました。

また、参加の皆さまの縁が繋がっていくのを目の当たりにしました。
同じ趣味で集まるのは楽しいですね。

内容については、毎回、タイトルが浮かぶままに、まとめていったのですが、
かなり奥深い内容になりました。

それでも、繰り返されて出てくる事項も多く、
最初は理解することに苦労した内容も、
方向を変えて出てくると、二度目にはすんなりと入って来ました。

パズルがはまる感覚ですね!
ここに歴史を学ぶ面白さがあります。



さて、次回の歴史カフェですが、
12月は会場が取れなかったので休みです。

それで、今日が今年最後となりました。

これまでのタイトルのリストを挙げてみます。

1 「脇巫女」の今 鞍手
2 糸島の女神たち ―糸島に祀られる倭国創世期の妃たちー
3 七支刀 
4 磐井の乱の後
5 八咫烏 ―賀茂氏と鉄の民―
6 『高良玉垂宮神秘書』 -アントンイソラと神功皇后―
7 中大兄皇子と朝倉橘広庭宮
  -斉明天皇と中大兄皇子の祭祀から広庭宮を推定するー
8 筑紫における中大兄皇子 ―乞食の相ありに至るまでー  
9 物部とヒメコソ神

気が付くと、物部氏に始まり、物部氏に終わりました。
加えて、安曇族、賀茂氏など、
古代氏族の分布も少しずつ具体化してきました。

そして、繰り返し現れるのが「市杵島姫」祭祀です。

日本書紀の編者が「沖ノ島に市杵島姫が祀られていた」という伝承を
未来の人たちに書き残してくれていたことに思いを致す時、
その未来人の中に私たちも含まれていることに感動を禁じ得ません。

日本書紀を誰もが読めるようになったのはつい最近のことなので、
こんな話を皆さんと共有できたのは有り難いことでした。


思えば、福岡の歴史の画期は、
神功皇后の時代、磐井の君の時代、中大兄皇子の時代、
この三つの時代の戦いと連帯が倭国を形成していったと見ることもできます。

奇しくもそれら三つの時代を通すこともできました。

希望があれば、来年もこのテーマを一からやり直すこともしたいなと思っています。
別の会場で、希望があれば連絡をください。

さて、「ひふみ」での歴史カフェ、来年のタイトルが決まりました。

星の神 -妙見・北斗・北辰―
です。

古来、星の中でもとりわけ北の星への信仰は篤く、
さまざまな名前や形で伝わっています。

北極星と北斗七星が
神の名、神社の名、地名、などに残されています。
これら、北に関わる星の神と神話を整理したいと思います。


日付は2017年1月15日(日)と1月17日(火)です。
2時~4時
「ひふみ」
です。
皆さまのご参加をお待ちしています。





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by lunabura | 2016-11-29 22:18 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

楽しみ



昨日は歴史カフェ。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。

今回はヒメコソ神を祀る神社が二つある鳥栖~小郡市を中心とした
神社の縁起や肥前風土記などを比較して、全体の理解を進めました。

地図は大型のものを用意しましたよ。
ハサミとノリが必要だったのはA3を二枚つなぐためだったんです。

地図は本当に楽しいですね。
神社の位置や祭祀線、遺跡などを記入すると、古代の姿が蘇ってきます。

特に今回のエリアは「肥前風土記」に郷の名が書かれているので、
それを地図上に反映できるという稀有な所でした。

媛社の郷、物部の郷、綾部の郷。

その中の神社や遺跡が見えてくると、どんな氏族がいたのか、
何を生産したのか、その歴史が浮かび上がってきます。


歴史カフェの後、二次会をするのですが、
この時は皆さんからの情報が飛び交い、興味津々な話が次々に飛び出します。


また、町史や市史など、興味深い本を貸していただき、
またまた探査が楽しみになりました。

思えば、神功皇后の時には福岡県全体が対象だったので、大変だったのですが、
市町村なら回りやすく、新たな楽しみ方も見えてきました。

明日も平日の歴史カフェです。
ワクワクしています。




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by lunabura | 2016-11-28 21:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ1127・29は「物部とヒメコソ神」


歴史カフェ1127・29は

「物部とヒメコソ神」



今月の歴史カフェのご案内です。

今回は「物部とヒメコソ神」というテーマです。

進行中の「ひめちゃご」の始まりが「ひめこそ」だったのですが、
今回の歴史カフェでは、
佐賀から小郡市にかけての「ヒメコソ神」を祀る宮々、
そしてその不思議な関わりを伝える「肥前風土記」などのの整理をします。

また、『古事記』や『日本書紀』に書かれている「市杵島姫」を整理します。

これで分かったのですが、
沖ノ島に祀られているのは「田心姫」(たごりひめ)とは限っておらず、
列挙すると、多紀理毘売、田心姫、瀛津嶋姫、市杵島姫となりました。

つまり、本によって祭神は異なっていたのです。

また、三女神は十握剣から生まれたとされていますが、
勾玉からだったり、三本の剣からだったりしていました。


これを彗星の物語とするのが真鍋大覚です。

真鍋を読むことは物部の祭祀を読むことにも繋がるので、
今回も少しずつ読み合わせていきましょう。

そして、ヒメコソ神を祀る佐賀~鳥栖~小郡、
また、七支刀を持つ神像を祀る太神~長島、
など、物部の色濃い地域の祭祀線などを地図に落としていきます。

今回は色塗りペンを3色持って来て下さいね。
(追加:ハサミとノリ)
(追記:定規)


ご参加、お待ちしています。



日程 11月27日(日)2時~4時
    11月29日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ1127希望」もしくは「歴史カフェ1129希望」と書いて、
郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。




オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)


地図 オーガニックひろば ひふみ

 皆さんのご参加をお待ちしています♪


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by lunabura | 2016-11-26 21:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(5)

天智天皇と水城の話なぞ



昨日は歴史カフェ。
ご参加の皆さまありがとうございました。

テーマは、天智天皇の筑紫における事績で、
即位問題、太歳、長津宮、水城、観世音寺などでした。

『日本書紀』と真鍋大覚の記録を比較していったのですが、
地形・地理を知ることが歴史を知るためには重要な事だなと
つくづく思いました。

例えば、
水城は473年に博多平野で大洪水があったために平野が干潟化し、
また、裂田の溝の水量が減ったために農業用水に困るようになり、
筑紫君磐井がダムとして着工したものだと伝えています。

水城が農業用のダムである証しとして、
水城を貫通する何本もの木樋が挙げられます。

冬に蓄えた水をイタドリ(スカンポ)の葉が青くなる季節に
板樋の仕切りを取って下流に流したと伝えています。


ところが、百年後、573年に再びの大洪水が福岡を襲いました。

蓄えた水が水城を破ってしまい、濁流が平野を流れ、
箱崎では水害に遭った人々の生活用品が玄界灘に流れ出したと伝えます。

たまたま現代でも、二日前に博多駅前の大陥没が起き、
その地形を見ることになったのですが、駅前は入り海でした。

岩盤が深部にあるといえども粘土質のもので、上部に砂が堆積。
洪積平野としての博多を目の当たりにしました。

水城の構造内部に謎の砂の層があるのは、洪水の跡と考えています。


この水城に天智天皇は疎水(運河)を通したそうです。

水城と三笠川の交点に謎の石畳が出土しましたが、
それが疎水の痕跡ではないかと考えています。

斉明天皇の亡骸を船で筑後川から那珂川町に運ぶとき、
水城では棺を降ろさねばならなかったはず。

中大兄皇子としては色々考えることがあったのでしょう。

中大兄皇子は加茂氏に梵鐘を作らせて、太陽暦の時刻を鳴り響かせたそうです。
その梵鐘が観世音寺に移されたといいます。

通行税を観世音寺の経費に充てたそうです。
その責任者が加茂氏の満誓です。

そういえば、「針摺の瀬戸」の質問が出ましたが、
博多湾と有明海が繋がっていたことを証明するために、
真鍋はボウリングを私費でしています。
海の貝殻が出土したことから、古伝が証明されました。

中大兄皇子時代に新羅沖で津波がにあって福岡を襲った
という話も書かれているのですが、
先日の韓国の慶州の地震を福岡で体感した結果、
今では納得できるようになりました。

いろいろな災害があるたびに、真鍋の記録が説明できるようになることに、
畏怖の思いも抱きます。

さて、今日はバスハイクの資料作りをしました。
意外に早く終わったので、
お題の「物部とヒメコソ神」に取り掛かりました。

物部氏の研究はネットにたくさん出ているんですね。

それを見ているうちに、しなくてはならないことは、系図などではなく、
物部の具体的な天文祭祀を伝える真鍋の研究だと分かりました。


がんばるべ。




                     2016年11月11日



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by lunabura | 2016-11-11 23:09 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ジビエ



<ジビエ>


今日は鍋に大根を入れてコトコト煮ていたら、ピンポーンと来客。
なんと、トロ箱に入った巨大なイノシシの肉\(◎o◎)/!

フトモモ(^^;と、スペアリブ40×40センチ、ロース80センチ。
驚き、桃の木、二十世紀(^^)/
というあの方のクラシックなダジャレを真似をしたくなりました。

肉と格闘して、早速大根と一緒に煮ました。
豚肉のような臭みがなく、濃厚な味で美味しかったです。

冷凍庫に入りきらないものは、おすそ分け。

そんなジビエの世界で格闘していたら、
アメリカの大統領選挙結果へのショックも吹き飛びました。

ますます不透明になっていく世界情勢でも、
目の前のことを淡々とやっていく。
それしか無いことを痛感しています。

精神世界には願望実現の側面もありますが、
禅や和尚(オショー)などの、欲を手放す教えに触れると
ほっとする自分もいます。

一時期、玄米と菜食だけで過ごしていたら、
友人が玄界灘で釣って来た鯛を持って来てくれました。
私の誕生日とも知らずに。

それからは肉も魚も普通にいただいています。

ありとあらゆるものがバランスを取っていく。
極端なことをすると、反作用も大きいのが真理なのでしょう。

現在、自分がやることは、これまで知り得た古代の世界をまとめていくこと。
それは次なるステップの基礎になると思っています。

明日は、歴史カフェ。
筑紫での天智天皇の世界に触れる時間です。
皆さんと分かち合うのを楽しみにしています。





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by lunabura | 2016-11-09 21:46 | にっき | Trackback | Comments(4)

神功マップとか 藁シン・ゴジラとか



神功マップとか藁シン・ゴジラとか



パワポを作ったり、バスハイクを練ったり。
ずっと籠っていても、楽しい話がメールや新聞で届きます。



西日本新聞の切り抜き。
例の調子でA4用紙の反故紙の裏側に貼り付けて分類してます。




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昨日(12月2日)の。

筑前町で巨大なシン・ゴジラ。映画は見てないけど、これは見たい。
12月初旬まで、見れるそうです。

場所は役場近くの「田んぼ」なので (^^;
筑前町企画課 0946-42-6601に尋ねると良いみたいです。


「嘉穂アルプス」の画像、綺麗!
遠賀の女神シンポの時、「夢サイトかほ」の舞台の借景がこの馬見山だったのです。

嘉麻市の遺跡から見たこの三山が美しくて、忘れられません。
あいにくのpm2.5のガスで写真が撮れなかったから、心残りです。






しかも、この馬見山は「ひめちゃご」とも関係が出てきました。

最初に登場した佐賀の若宮八幡神社から見ると、
この馬見山山頂から夏至の朝日が出るのです!



http://sakurasaku0911.blog.fc2.com/blog-entry-145.html

チェリーさんの作った画像と比較すると、反対側から撮ったのが分かります。

はやく「ひめちゃご」に戻れるように、
パワポやバスハイク資料づくりを頑張ってるので、この写真で癒されました。




新聞記事って、その場で切り抜かないと、探し出すのに苦労します(;’∀’)
なんでだろ。
皆さん、そんな経験ありません?




さて、もう一つ楽しい知らせは、崗懸さんからのメール。
これも西日本新聞がらみだけど、

「神功皇后伝説マップ完成 散策向けに16カ所紹介」

筑豊とその周辺に残る歴史遺産の魅力を発信しようと、
飯塚観光協会職員の稗田涼子さん(43)が
「飯塚神功皇后伝説めぐりマップ」を作製した~

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikuhou/article/286278

いつも書いているけど、
地元の方に詳しいマップを作っていただくのが次の夢だったので嬉しいです。

神功皇后関連のマップは福岡県のマップに続いて第二弾ですね!



http://www.kankou-iizuka.jp/public/jingukogo.pdf

PDFで印刷できます。

これを見てると、知っていながら行けなかった所がいくつも出ています。
皆さんが本気出せば、300社ぐらい、行けそう!

崗懸さん、ありがとうございます。






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by lunabura | 2016-11-04 00:01 | にっき | Trackback | Comments(20)

歴史カフェ 次回は「物部とヒメコソ神」



歴史カフェ 

次回は「物部とヒメコソ神」



今日の歴史カフェ、第一日目、ご参加ありがとうございました。

テーマは中大兄皇子(天智天皇)の
福岡での事績、水城や漏刻、指南車、観世音寺などでした。

中大兄皇子や斉明天皇の存在は福岡では語られることがなく、
記憶から消え去っている印象を受けます。

二人(に限らす大田皇女や額田も藤原鎌足も)が福岡に来たことを、
私たちは子供のころから教えられなかったので、
『日本書紀』の話が奈良や京都の話と思い込んでいたんですね。

新たな視点を得て読んでみると、
『日本書紀』は身近な歴史を伝えてくれているのがよく分かりました。

改竄や捏造も納得しながら読み込めば、
もっと故郷の歴史を導き出せることを確信しました。

「ひめちゃご」は中大兄皇子を通して見せられている部分もあり、
女神だけでなく、日本を守った人たちを知ることでもあるのだと
思うようになってきました。


百済が滅びて唐軍が占領し、
難民が筑紫に押し寄せるのを目の当たりにした中大兄皇子は、

続けて筑紫もまた唐軍に占領されることを恐れ、
筑紫の神々を守るために京都などに神々を遷したのではないか。

中大兄皇子の筑紫での祭祀を見ていると、そうも思われてくるのです。



「脇巫女」と「ひめちゃご」は同じテーマでありながら、
別の時代を教えられてもいるようです。

奇しくもその舞台は、鞍手、姫方、太神長島という「物部の里」でした。
(くらて、ひめかた、おおが・おさじま)

次回のお題は「物部とヒメコソ神」です。

物部の祭祀、出自、ヒメコソ神など、
これまでブログに出て来た内容を整理して、一緒に考えていきいと思います。

目次など詳細が決まったら、また案内しますが、募集は開始しますね。
ご参加お待ちしています。


また、本日(10月30日)の内容を11月10日にも話します。
興味のある方は申し込みお待ちしています。





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by lunabura | 2016-10-30 22:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

「規矩県主・耳熊丸」と「企救の重留遺跡」の広形銅矛はどうなんだろう。



「規矩県主・耳熊丸」と「企救の重留遺跡」

の広形銅矛はどうなんだろう。



さて、先日「いのちのたび博物館」に出向いたのは
「企救の国の青銅器文化」展があっていたからだ。

北九州から巨大な銅矛が出土した。


c0222861_20594197.jpg

これはそのチラシ。
卑弥呼の時代だ。
この時代は銅矛がここまで大きくなっている。

約85センチだったと思う。
このサイズだと、もう女性では簡単に抱えられない。
持つとき、必ず刃の部分を支えないといけないので危険だ。

だからなのか、刃の研ぎ出しはしていないようだ。

北九州で出土した銅矛は出雲のそれとサイズも似ている印象だが、
出雲の剣身に見られた矢羽のような研ぎ出しは見当たらない。

これが住居の隅に一本だけ埋納されていたという。
何度か使用しては埋め戻していた痕跡があるそうだ。

この地域は「企救(きく)郡」があった所なので、
「企救国」が想定され始めている。



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「企救」で思い出すのは、ここに県主(あがたぬし)の名が
伝えられていることだ。

その名を「耳熊丸」という。





拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻をお持ちの方は96番を見てほしい。





c0222861_2104428.jpg


神功皇后は京都郡(みやこぐん)の生立八幡神社(おいたつ)から
何処に向かったのか、
海上の行き先を探していたとき、次の伝承を知った。


「豊前国の葛城藤丸と規矩(きく)県主の耳熊丸は
神功皇后を筑豊の境に迎えに行った。」


寒風の吹く冬に船を仕立てて皇后たちを迎えにいった人たちの名が伝わっていた。

葛城藤丸。
規矩県主の耳熊丸。

この名は記紀には出てこないが、篠崎八幡神社に伝わっていた。
(小倉北区篠崎)

もともと高尾山の麓に鎮座していたのが、現在地に遷宮している。

この耳熊丸と同時代に生きていたのが

岡県主の祖の熊鰐であり、

伊都県主の祖の五十迹手(いとて)だ。


耳熊丸は紫川流域、
熊鰐は遠賀川流域と棲み分けていたのか。


「きく」は企救、規矩、菊とも表記される。
「企救国」が想定されるなら、この耳熊丸が治めていたと考えられる。

「きく」で思い起こすのは菊物部という名称だ。
耳熊丸が物部かどうかは分からない。

ただ、一緒に出て来た葛城藤丸は葛城氏だ。
篠崎八幡の葛城小藤丸は葛城襲津彦の末裔だという。

そして、時代は違うが、中大兄皇子の諱(実名)は葛城皇子だ。

こう連想すると、当地には物部氏、葛城氏のいずれかの
リーダーの存在が考えられる。


重留遺跡のすぐ北にある「城野遺跡」には
伊都国の平原遺跡と同様の「方形周溝墓」が発見されていた。


2基の石棺には水銀朱が塗られ、子供が埋葬されていたという。

規模は城野の方が大きいそうだ。

棺が平原遺跡は割竹木棺なので、こちらが石棺なのは興味深い。

しかも、水銀朱愛は同じ。

この城野遺跡は国有地だったのが、民間企業に売却されてしまったそうだ。
実に惜しい。
が、まだ間に合うはずだ。



この重留、城野遺跡と篠崎八幡神社の距離は2キロ未満だ。
その元宮と遺跡の関わりは深い。

これを探っていくことで、
企救国の古代が立体的に描き出せる予感はするのだが。

いちブロガーではどうにもならない。






「企救の国の青銅器文化」2016年11月6日(日)まで。
いのちのたび博物館
北九州市八幡東区東田2-4-1 スペースワールド駅下車






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by lunabura | 2016-10-28 21:03 | <遺跡・史跡> | Trackback | Comments(4)

いのちのたび博物館 恐竜がいっぱい sanpo



いのちのたび博物館

恐竜がいっぱい




c0222861_20445094.jpg


でか(;゚Д゚)











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すごすぎ。(;’∀’)
画面に入らない。











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どれも全身骨格?

数も半端ないっす。

これが何と常設展示。



え?
ホントは「企救の国の青銅器文化」展(~11月6日)
を見に来たんですがね。

なかなか行きつかないのです。(^^;

たのしい~~~




いのちたび博物館
北九州市八幡東区東田2-4-1









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by lunabura | 2016-10-23 20:49 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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