ひもろぎ逍遥

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歴史カフェ 3月と4月



今日は歴史カフェ第12回の糸島編の日曜版でした。
参加の皆さまありがとうございました。

今日は地元の糸島の方、あるいはフィールドワークしてきた方など、
現地でしか分からない情報もシェアしていだいて、
謎がその場で解けるという嬉しい展開もありました。

エジプト人渡来については、真鍋の本の色んな所から抜き出して
概要を描き出すという手法を取っていますが、
想像を絶する古代の話なので、
自分自身も戸惑いながらの作業です。

それでも現地の資料、あるいは世界の神話などに
裏付けるものが出てくると、
白黒の世界が急にカラーになって興味深いです。

地名を辿ればエジプト渡来系がどのように移動していったかも
伺えて地名の謎もまた一つ、ひとつと解けています。

3月9日(木)に同じ内容をもう一度しますが、
今日の皆さんの情報も早速加味してお伝えしたいと思います。

残席があと3席です。
興味のある方の申し込みをお待ちしています。





4月(第13回) 磐井の乱ののち

第13回は、磐井の末裔たち10名の記録から
磐井の乱後に弔い合戦があったことや、
磐井の君と戦った継体天皇や物部麁鹿火らが次々に死去、
大伴金村も失脚して、磐井の子の葛子が筑紫君に返り咲いたこと、

政治の中心は久留米の磐井城から福津の宮地嶽神社に遷り、
磐井の子や孫たちが百済を支援していったことなど、
記紀で抹殺された6世紀後半の話をします。

タイトルはまた後程決めますが、
日程は次のように決まりました。

4月6日(木)
4月16日(日)
いずれも2時~4時、会場ひふみです。

参加希望の方は
歴史カフェ406希望あるいは416希望で申し込んでください。

同じタイトルで「歴史と自然を守る会」でも行いますが、
こちらはパワーポイントバージョンにしようかなと思っています。




久留米大学公開講座


もう一件。
サイドバーに書いている久留米大学公開講座ですが、
今年も講座の話をいただきました。

「高良玉垂宮神秘書概説」というタイトルです。

5月27日(土)12時~16時(休憩30分)
という180分のロングバージョンです。
申し込み方法は久留米大学のネット公開の後、リンクをします。

この「高良玉垂宮神秘書」の120分バージョンは
5月の歴史カフェでも行う予定です。

バスハイクは4月に鞍手~宮若に行きます。
今からスケジュールを組みますね。( ..)φメモメモ








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by lunabura | 2017-03-05 22:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

天豊財重日足姫天皇の名に星の名が込められていた



天豊財重日足姫天皇の名に

星の名が込められていた





天豊財重日足姫天皇
(あめのとよたからいかしひたらしひめ)
とは斉明天皇の名です。
皇極天皇とも言いますね。

この長い名前の一部「重日足」は「いかしひたらし」と読みますが、
これはシリウス星を指しているそうです。

「古代エジプト人は夏至の東の空に上がるシリウスを
ソティス、あるいはコプトと崇めた」
と真鍋は書いています。

ソティスとは豊穣の女神で、イシスの化身ともされています。
コプトとはプタハとも言い、鍛冶や職人の守護神だそうです。




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(左 ソティス 右 コプト)

シリウスを見て、豊穣を祈る氏族と、
鍛冶の成功を祈る氏族がいたということになります。

後者については、
シリウスはそのプラチナのような、ダイヤモンドのような輝きから
坩堝の職人たちが生み出した結晶とも例えられ、
その達人は石上(いそのかみ)、あるいは五十師(いそし)、
あるいは伊覩率(いとし)とも呼ばれていたそうです。

そう、この名前は五十迹手(いとて)の所に出てきます。『日本書紀』にね。
拙著『神功皇后伝承を歩く』では上巻28高祖神社p85に書いています。

伊都の県主の祖である五十迹手(いとて)を仲哀天皇が「いそいそし」とほめますが、
これは「坩堝の達人」という意味だと言うことになります。




また、前者については、
「古代エジプトでは夏至の正午を一年の中日」としたそうです。
つまり、夏至の朝、シリウスの出を見て、
その日を一年の折り返しと認識したわけです。
これは暦を作る人たちの考えになりますね。

シリウスはナイル川の氾濫を知らせる星でもあるので、
豊穣をもたらす女神だったということになります。


さて、タイトルの斉明天皇の名前ですが、
天豊財重日足姫天皇の「重日足」を「いかしひたらし」と読むののですが、
「いかたらし星」もまたシリウスを指しているそうです。

「斉明」も、「最明」と同じ「さいめい」ということから、
夜空で一番明るい星、シリウスを指しているとか。
「恵蘇星」(えそのほし)もまたシリウスのことです。



そうすると、斉明天皇のモガリの宮だった朝倉の「恵蘇八幡宮」の「恵蘇」もまた
シリウスを指していると読めます。

これは天武天皇が命名した社号だそうですが、
天武天皇もまた夜空のシリウスを見るたびに母帝斉明天皇を思い出し、
「最明の星」シリウスの別名として「恵蘇」を
モガリの宮に付けたのかもしれませんね。



以上、次回の歴史カフェの予習編でした。^^

 <2016年10月24日>

12回の歴史カフェの予習にもなるので、再掲しますね。

<2017年3月3日>





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by lunabura | 2017-03-03 01:12 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

エジプトの壁画と「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな



エジプトの壁画と
「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな


3月の歴史カフェは、糸島がテーマですが、
二度目の参加の方もあるので、少し変化させて
テーマを絞って、深く切り込むことにしました。


糸島におけるニニギ尊と木花咲耶姫の通婚の話と
真鍋によるエジプト人の渡来についての話の二本立てです。

一年ぶりですが、この間、私の理解がさらに進んだので、
真鍋の解釈のエリアを少し広げることができました。

すると「吉井」の地名が出てきました。

「冬至の日輪」を「ゆつまのひのあかり」と言い、
それが出入りするのを観測する所を、
万葉の頃には「吉日」と書き、平安時代には「日吉」と書いたそうです。

「吉日」はいつしか「よしひ」とも読むようになり
「吉井」という地名になったといいます。

「出入り」ですから、日の出も日の入りも観測するわけですが、
まさに吉野ヶ里遺跡がそうでしたね。





「吉井」の地名は福岡県うきは市吉井町にも残っていますが、
そこから例の珍敷塚古墳の壁画が出ているのです。



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「ゆつまのひのあかり」を観測するところが「よしい」
「ゆつま」はルクソールと同じような地形の場所。

こうしてなんとなく繋がりそうです。

ほかに「小郡」「戸畑」など、
いくつかの地名の成り立ちも関連します。

まだまだ理解の途中ですが、みなさんとシェアして、
理解を深めていこうと思っています。




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by lunabura | 2017-03-01 20:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ第12回は「糸島―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―」



歴史カフェ第12回は

糸島

―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―



歴史カフェのタイトル、お待たせしました。

「糸島―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―」

です。今回のテーマは二つに絞りました。

糸島から佐賀基山に掛けて展開するニニギノ命と木花咲耶姫の伝承と
真鍋による糸島へのエジプト人渡来についてです。

ニニギノ命と木花咲耶姫は神話とされる部分ですが、
意外にも糸島には二人の伝承が色濃く残っています。

有名な細石神社と高祖神社を中心に伝承の整理をします。

また、うきは市の珍敷塚装飾古墳に描かれている太陽の船が
エジプト壁画と類似していることが指摘されていますが、
どのようにしてこのシンボルがもたらされたのか、
その道筋を求めて真鍋の著書を紐解きましょう。

糸島の地名に残されたエジプト人渡来の手掛かりを解説します。





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福岡県観光パンフレットより。





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壁画の左に該当する太陽の船がある



ガイドブックをお持ちの方は下巻上巻のみで結構ですよ。


日程 3月5日(日)2時~4時
3月9日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ305希望」もしくは「歴史カフェ309希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、
メールフォームを使わずに綾杉の返信から申し込みください。
住所は書かなくても結構ですよ。
申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。
DoCoMo社に返信が届かないケースがみられます。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ
 
皆さんのご参加をお待ちしています♪








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by lunabura | 2017-02-27 20:30 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

古代史が盛ん



福岡では各地で古代史講座が盛んにあっています。

どれも受講したいのですが、なかなか動けないでいます。
でも、今日は久留米大学の公開講座に行ってきました。

古代の瓦が定説では飛鳥から始まったとなっているらしいのですが、
福岡や熊本からはもっと古いものが出ているそうです。

また、三角縁神獣鏡が中国では出ていないのが定説ですが、
三角縁の規矩鏡や神獣鏡的なものが「越」の国から出ていました。

画像を一瞥しただけですが、平原遺跡から出た鏡に似てましたよ。

古代史、もっともっとダイナミックに描かれる時期が到来する予感。

こういう在野の研究が真実の歴史の構築に繋がるように願っています。


私も真鍋について、一つずつまとめたいという思いがつのっています。

そのためには、これまでにやり掛けたものを完成させなくては
ならないという、ジレンマの中、時間を生み出す工夫をする日々です。

そして、今日はもう一つ、水沼の関連から
大木町の三島神社に参拝して、お話を伺う事が出来ました。

落ち着いたら報告したいと思います。





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by lunabura | 2017-02-26 23:26 | にっき | Trackback | Comments(2)

クシュ王国の鉄製品に驚いた



クシュ王国の鉄製品に驚いた



今日もテレビの備忘録。


アフリカ大陸のスーダンにクシュ王国がありました。





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紀元前2000から紀元400年ごろまでの国で、
メロエのピラミッド群はエジプトの影響だといいます。





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この国は鉄製品の輸出で栄えたといい、鉄滓が山積みになっていました。

日本のデコポコしたのと違って、粘質的なものが固まっています。

その鉄製品が一瞬写ったのですが、
生産用具がメインで、ヤットコもありました。

すでに紀元前から現代に通じるデザインがあったんですね。

ピラミッドを造る能力があるのだから、
そのようなものを作って当然なのですが・・・。

それに驚く私の頭の中はまだまだ固い(´-ω-`)




その北のエジプトから日本に渡来した人たちは
まずは糸島に入植したと真鍋はいいます。

エジプトーチベットー日本をつなぐ一つのストーリー。
エジプトの母系制など。

これも3月の歴史カフェのテーマの一つです。
真鍋の解読はとても興味深いです。



タイトルを「糸島―倭国創世紀前の王と王妃―」
にしようかなと考え中。

基本は昨年のものと同じですが、神話を読んでいなかったので、
今回は関連する天孫降臨の所も読もうと思います。

遠賀川上流の馬見山にニニギ尊が降臨した話。
韓国に向かう糸島に降臨した話。

など、まずはどんな課題があるのかを知ることから始めましょう。


『日本書紀』ではニニギ尊を
「筑紫日向可愛(え)の山稜に葬る」とあります。(p124)

鞍手の六ケ岳には瓊瓊杵尊(ニニギ)が葬られた「可愛の宮」があるのです。
これもまた大きな謎です。






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by lunabura | 2017-02-25 17:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

今日は神功皇后のお話しでした



今日は飯塚市の麻生西日本新聞TNC文化サークルでの神功皇后の話、
四回目でした。

空気が澄んでいて、幸袋(こうぶくろ)から雪の英彦山が見えましたよ♪
車で移動中だったので、写真は撮れませんでした。


皆さんと相互交流が出来るようになりましたが、
あと一回を残すだけになりました。

この最後の五回目が『日本書紀』から消された歴史が満載なのです。

ガイドブックが出てから現地の皆さんがあちこち調査されて、
情報をいただいたので
より踏み込んで理解できるようになりました。

豊の国であった大きな話が消されたんだなあと今ではきっちりと分かります。
次回はそれが話せます。

今日も意図的に安曇族の歴史が消されたことを痛感したのですが、
これを文章化するには時間と力量が不足していますな (´-ω-`)

でも、少しずつ努力を積み重ねていこうと思います。

春になると、歴史関係の楽しい行事があちこちでありそうです。
どんどんお伝え出来ればと思います。





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by lunabura | 2017-02-16 20:52 | にっき | Trackback | Comments(0)

「弓削」(ゆげ)の話と「中西」の話



「弓削」(ゆげ)の話

「中西」の話

 


弓削の道鏡が建立した由義寺(弓削寺)跡が発見されたという
2017年2月13日の新聞記事をテーブルに置いたのですが、
先日歴史カフェでいただいた久留米市の文化財マップを
整理しようと手に取ってビックリ。


「弓削・北野地区」のタイトル\(◎o◎)/!

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「弓削」と「弓削の道鏡」!

これはいったいどういうシンクロ?

実は高良山に仏教が入り込んだ白鳳二年(673)。

この時、高良山の支配は安曇から物部に変わるのですが、
この物部氏が何故か、のちに武内姓を名乗るようになるのです。

武内宿禰は智将として人気があるとしても、
姓が変わるのはよほどのことと考え、

物部氏の社会的な事件が関わった可能性を想定したのですが、
この二つの資料が並んだ時、弓削氏から考えるようにと
示唆された思いがしました。

白鳳二年に出家したのが隆慶ですが、その母が弓削氏なのです。
つまり、物部氏と弓削氏はここで通婚しています。

この弓削氏だった母も白鳳7年に出家します。
正覚寺を営むとあるので、その寺は久留米で探さないといけないのですが。
(誰か教えて…)

弓削の道鏡が孝謙上皇の病を完治させたのが761年。
隆慶の母が出家した白鳳7年は678年。

弓削氏においては仏教は、道鏡より筑後の方が百年も早いことになります。

百年後の弓削道鏡事件がきっかけとなった可能性、ありますね。

少し時間を掛けて精査したいと思います。
今日はアイデアを忘れないために φ(..)メモメモです。





さて、明日は飯塚での古代史講座です。
神功皇后の話もいよいよ渡海準備の段階になります。
いわゆる三韓征伐ですが、簡単には行けないのですね。

住吉族と安曇族との交渉、
軍事訓練、
決意のパフォーマンス、男装の美豆良結い、
複数の出港地説、寄港地説などを整理します。

神功皇后が渡海の時、「この風は何か」と尋ねると、
「中西」と答えたことから、その水手(かこ)に
「中西」と名乗るようにと告げた話があります。

これがよく分からなかたのですが、
赤間の喫茶店で筥崎宮の氏子さんが突然教えてくれたのです。

「志賀島から朝鮮半島に一気に渡ることが出来る風が吹く季節があり、
その風を中西というんですよ」と。

つまり、魏志倭人伝に出てくる、楽浪郡から糸島に至る航路の
抱える問題が解決したのです。

朝鮮半島から倭国に渡るのは簡単なのですが、
逆のルートは潮流が邪魔をするので、倭国から半島に行くのは難しいのです。

しかし、一年に数日だけ吹く「中西」を捉えたら簡単に行ける!
こうして、不思議な廻り合わせで謎が一つ解けました。

それは学説では出てこない生きた歴史ですね。
伝承とは私たちに伝えてくれる知恵でもあります。

明日は、スポット参加も出来ます。
興味のある方お待ちしています。





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by lunabura | 2017-02-15 21:23 | メモ | Trackback | Comments(26)

歴史カフェ第11回終わりました


11回の歴史カフェ、209212が終わりました。

ご参加の皆さまありがとうございます。



二巡目と言いながらも、内容がすっかり変わりました。

一年間でいろんな変化や進化、深化があったんですね。



さて、次回の歴史カフェは35日(日)と39日(木)です。



内容は糸島の女神たちと倭国創世期の王たちと遺跡の関わりの話です。



また詳しい内容は改めてご案内しますが、募集は開始します。


申し込みは
サイドバーの申し込み先か、返信メールでどうぞ。




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by lunabura | 2017-02-12 21:37 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ第11回209、212のご案内

追記
明日から寒波のようですね。
気を付けてお越しください。




歴史カフェ第11回

209、212のご案内


今年の歴史カフェはこれまでの分を最初からおさらいしていきます。

第11回のタイトルは

       「脇巫女」の舞台 鞍手と佐賀
     ―物部・三女神・ヤマトタケル・熊襲タケルー
です。

「脇巫女」は不思議なきっかけで始まった集団幻想小説ですが、
改めて読み直すと、あらすじに矛盾がなくて
興味深いストーリーが紡ぎ出されていました。



第1回は始まったばかりだったので、中間報告的な意味合いでしたが、
一年経って、ほぼ全体のストーリーが見えたので、
今回はそのあらすじを話したいと思います。
鞍橋の君は関係ありませんでしたね^^


セオリツ姫、姫大神、二女神、イチキシマ姫、三女神などについて、
分析してみると、一貫性のある世界観があって、驚いてもいます。


この話をきっかけとして、鞍手と佐賀の地名と古代史を知り、
物部と三女神の伝承を知るというスタンスでお話ししたいと思います。


次のような構成です。

1「脇巫女」の物語 あらすじと鞍手の地名歴史
2 宗像三女神 
3 川上タケルと江上タケル 佐賀と北九州・直方
4 日本武尊と武内宿禰 

ヤマトタケルの進入によって二つに分裂する物部、
滅ぼされて宇佐や佐賀に逃げた一族、
また伝承に残された熊襲タケル二兄弟。

など、北部九州の点と点をつなぐ古代史を一緒に楽しみましょう。


2017年2月9日(木)と2月12日(日)です。



『神功皇后伝承を歩く』を持っている方は上下巻とも持ってきてください。
付箋もあるといいですね。
当日は詳しく読む時間がないので、
どこに書いているのか、あとで楽しむための付箋です。

本は持っていなくても大丈夫です。
購入希望の方はメールか、コメント欄(非公開で)に書いてください。
持ってきます。




日程 2月9日(木)2時~4時
2月12日(日)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)

募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755


申し込み方法 
「歴史カフェ209希望」もしくは「歴史カフェ212希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)


メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、フォームを使わずに、
直接、綾杉の返信から申し込んでくださってもOKです。
二度目以降は住所を書かなくてもいいですよ。


申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ



 皆さんのご参加をお待ちしています♪






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by lunabura | 2017-02-08 23:27 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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