ひもろぎ逍遥

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タグ:祭り・イベント・遊び ( 192 ) タグの人気記事

第4回 神功皇后伝承地巡り バスハイク




今日はあいにくの雨模様でしたが、
予定通り、バスハイクに行ってきました。

遠賀川中流域の中間と鞍手を始めとして田川、飯塚への旅です。

このエリアは『日本書紀』には書かれていないのですが、
仲哀天皇と神功皇后の足跡が濃厚に伝わっています。

田川の田原麻瑠と宇美町の宇美八幡神社の伝承が対応しているのは面白いです。

逆に、田油津姫が兄の夏羽と共に怨霊となってしまった話が
田川に伝わっているのは哀しい対応です。

百社廻ったおかげで、
バラバラの伝承が繋がっているのが分かったのですが、
それを伝える機会をこんな形で頂いたのは有り難いです。



雨の中の宮はいずれも重厚な美しさをたたえていました。

桜のつぼみが膨らみ出してピンクになり、
先が赤く染まっています。

幹がしっとりと雨に濡れて黒々として、
つぼみの色を際立たせています。

開化前の美しさをゆっくりと見たのは初めてでした。

昨年の今頃は満開だった桜がまだ開かない。
こうして一喜一憂するから、桜がなおさら愛おしいんでしょうね。





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by lunabura | 2017-03-31 22:50 | Trackback | Comments(0)

第13回歴史カフェ 406・416のご案内



第13回 歴史カフェ 

406・416のご案内


第13回 歴史カフェの詳細、お待たせしました。

「磐井の乱後2 ― 磐井の孫・鞍橋君は百済王子を助けたー」
です。

新羅(しらぎ)が拡大するのを防ぐために、
百済(くだら)が何度も筑紫に援軍を頼みます。

倭国はそれに応じ、鞍橋(くらじ)君が出兵して
百済王子とともに新羅に入って籠城したことが
『日本書紀』に書かれています。

この時、鞍橋君が敵の大将を矢で射て窮地を脱します。

鞍橋君の身分は「筑紫国造」ですが、
筑紫君葛子の子とは書かれていませんでした。
『日本書紀』は重要な情報を書かなかったのですね。

鞍橋君はこの功により、
鞍手の新延(にのぶ)と新北(にぎた)を与えられました。
脇巫女の舞台となった地です。

天皇も継体天皇からその子、欽明天皇の時代に変わっています。

今回はこの鞍橋君に焦点を当て、筑紫の状況を探っていきましょう。


前回の時には、磐井君の末裔十人の紹介と、
磐井夫人が幼子を連れて福津に逃げ、宮地嶽神社を中心に展開して、
菩提寺を造った話に焦点を当てました。

今回は前回のおさらいをして、磐井を祀る宮など、新しい資料も紹介します。

昨年の第3回「磐井の乱後」を聴いた方には新たな話を、
また、初めての方には前回の復習で全体像がつかめるようにしています。

福岡の古代史が少しずつ立体的に理解できて面白いですね。

皆さまのご参加をお待ちしています。^^



日程 4月6日(木)2時~4時
   4月16日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ406希望」もしくは「歴史カフェ416希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、
メールフォームを使わずに綾杉の返信から申し込みください。住所は書かなくても結構です。
申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。
オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)


地図 オーガニックひろば ひふみ
 




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by lunabura | 2017-03-30 10:39 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご61 君が代の発祥



ひめちゃご61

君が代の発祥
 



「君が代」が今でも語り継がれているのが「山誉祭」(やまほめさい)だ。








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社人が櫓(ろ)を漕ぎながら語らう中に「君が代」が出てくる。
「君が代」の発祥は志賀島だ。

左手前に正座する三人の後ろ手に持たれた藁は跳ねる魚を現している。

見守る八乙女のまなざしは母のように優しい。
八乙女の発祥もまた志賀島だ。




櫓を漕ぐ二人の社人の語らう神楽の中に、「君」とは誰か、答えが出てくる。








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あれこそは「阿曇の君」。

「君が代」とは「阿曇の君」を寿(ことほぐ)語りで生まれた。

この画像は志賀島の北部の勝馬。下馬の浜。
神功皇后が「皇神」(すめかみ)に祈るために馬から降りて歩いていったという。













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2番 君が代は 千尋の底の さざれ石の 鵜の居(ゐ)る磯と 現はるるまで

「君が代」の二番では荒磯の鵜が歌われている。
この画像は志賀島の二見岩の磯。
鵜が羽を広げるようすはなんとも心ゆかしい。


明治になって、鹿鳴館で外国の客に日本の歌を紹介するために、
資料を求められたのが香椎宮の宮司・木下美重(よししげ)だった。

多くの神楽が香椎宮に記録保存された中からこの「君が代」が選ばれた。

宮内省雅楽寮の奥好義(おくよしいき)によって作曲されたという。
(『儺の国の星拾遺』より)



この「君が代」は万葉集の時代には旅芸人によって、
節をつけられて広められた。

旅芸人とは傀儡女(くぐつめ)。

放浪する安曇だ。


<2017年3月22日>

『神功皇后伝承を歩く』下巻71 志賀海神社 参照





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by lunabura | 2017-03-22 21:49 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)

第五回バスハイク 鞍手・宮若 物部の里 ご案内


神功皇后の足跡をたどるバスハイク
 
第5回 鞍手・宮若
物部の里
     
2017年4月13日(木) 

   

「歴史と自然をまもる会」主催のバスハイクで、案内を務めます。
今回は鞍手町から宮若にかけての神社を訪れます。

香椎に向かう道中、仲哀天皇と神功皇后は遠賀川を後にして鞍手で上陸します。
古物神社はその行在所で、
隣には『太宰管内志』を著した伊藤常足の邸があります。


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(古物神社)


天皇と皇后は神崎神社を通って白山嶺を越え、宮若市の春日神社、
笠松神社、若八幡宮、山口八幡宮にその足跡を残していきました。




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(左手前 剣岳 正面 六ケ岳)


今回はこの物部の里を訪れ、国指定史跡の古月横穴、
教科書に出てくる装飾古墳の竹原古墳も見学します。



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(竹原古墳)



天神8:30―(鞍手)古物神社・伊藤常足邸―神崎神社
―古月横穴―鞍手歴史民俗博物館―剣山―
(宮若)春日神社―笠松神社―竹原古墳―若八幡宮―山口八幡宮―天神



①古物神社・伊藤常足邸(上巻18)鞍手町 仲哀天皇と神功皇后の行在所
②神崎神社(上巻19)鞍手町 神功皇后が通過した
③古月横穴 国指定史跡
④鞍手歴史民俗博物館
⑤剣山
⑥春日神社(上巻20)宮若市 神功皇后の馬の鞍を大楠に掛けた
⑦笠松神社(上巻21)宮若市 神功皇后が笠を松の木に掛けた
⑧竹原古墳 国指定史跡
⑨若八幡宮(上巻22)宮若市 神功皇后がここに立ち寄った
⑩山口八幡宮(上巻23)宮若市 神功皇后がここで休んで見坂峠に向かった

つつじの美しい季節ですね。
「脇巫女」の舞台としては古物神社(ふるべもののべ)と神崎神社が該当します。
剣岳はヤマトタケルの旧跡ですね。

どなたも参加できます。

申し込みは「歴史と自然をまもる会」へ。
http://rekishi-shizen.com/
メールも受け付けますが、電話やFAXが確実です。




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by lunabura | 2017-03-12 18:41 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ 3月と4月



今日は歴史カフェ第12回の糸島編の日曜版でした。
参加の皆さまありがとうございました。

今日は地元の糸島の方、あるいはフィールドワークしてきた方など、
現地でしか分からない情報もシェアしていだいて、
謎がその場で解けるという嬉しい展開もありました。

エジプト人渡来については、真鍋の本の色んな所から抜き出して
概要を描き出すという手法を取っていますが、
想像を絶する古代の話なので、
自分自身も戸惑いながらの作業です。

それでも現地の資料、あるいは世界の神話などに
裏付けるものが出てくると、
白黒の世界が急にカラーになって興味深いです。

地名を辿ればエジプト渡来系がどのように移動していったかも
伺えて地名の謎もまた一つ、ひとつと解けています。

3月9日(木)に同じ内容をもう一度しますが、
今日の皆さんの情報も早速加味してお伝えしたいと思います。

残席があと3席です。
興味のある方の申し込みをお待ちしています。





4月(第13回) 磐井の乱ののち

第13回は、磐井の末裔たち10名の記録から
磐井の乱後に弔い合戦があったことや、
磐井の君と戦った継体天皇や物部麁鹿火らが次々に死去、
大伴金村も失脚して、磐井の子の葛子が筑紫君に返り咲いたこと、

政治の中心は久留米の磐井城から福津の宮地嶽神社に遷り、
磐井の子や孫たちが百済を支援していったことなど、
記紀で抹殺された6世紀後半の話をします。

タイトルはまた後程決めますが、
日程は次のように決まりました。

4月6日(木)
4月16日(日)
いずれも2時~4時、会場ひふみです。

参加希望の方は
歴史カフェ406希望あるいは416希望で申し込んでください。

同じタイトルで「歴史と自然を守る会」でも行いますが、
こちらはパワーポイントバージョンにしようかなと思っています。




久留米大学公開講座


もう一件。
サイドバーに書いている久留米大学公開講座ですが、
今年も講座の話をいただきました。

「高良玉垂宮神秘書概説」というタイトルです。

5月27日(土)12時~16時(休憩30分)
という180分のロングバージョンです。
申し込み方法は久留米大学のネット公開の後、リンクをします。

この「高良玉垂宮神秘書」の120分バージョンは
5月の歴史カフェでも行う予定です。

バスハイクは4月に鞍手~宮若に行きます。
今からスケジュールを組みますね。( ..)φメモメモ








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by lunabura | 2017-03-05 22:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

天豊財重日足姫天皇の名に星の名が込められていた



天豊財重日足姫天皇の名に

星の名が込められていた





天豊財重日足姫天皇
(あめのとよたからいかしひたらしひめ)
とは斉明天皇の名です。
皇極天皇とも言いますね。

この長い名前の一部「重日足」は「いかしひたらし」と読みますが、
これはシリウス星を指しているそうです。

「古代エジプト人は夏至の東の空に上がるシリウスを
ソティス、あるいはコプトと崇めた」
と真鍋は書いています。

ソティスとは豊穣の女神で、イシスの化身ともされています。
コプトとはプタハとも言い、鍛冶や職人の守護神だそうです。




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(左 ソティス 右 コプト)

シリウスを見て、豊穣を祈る氏族と、
鍛冶の成功を祈る氏族がいたということになります。

後者については、
シリウスはそのプラチナのような、ダイヤモンドのような輝きから
坩堝の職人たちが生み出した結晶とも例えられ、
その達人は石上(いそのかみ)、あるいは五十師(いそし)、
あるいは伊覩率(いとし)とも呼ばれていたそうです。

そう、この名前は五十迹手(いとて)の所に出てきます。『日本書紀』にね。
拙著『神功皇后伝承を歩く』では上巻28高祖神社p85に書いています。

伊都の県主の祖である五十迹手(いとて)を仲哀天皇が「いそいそし」とほめますが、
これは「坩堝の達人」という意味だと言うことになります。




また、前者については、
「古代エジプトでは夏至の正午を一年の中日」としたそうです。
つまり、夏至の朝、シリウスの出を見て、
その日を一年の折り返しと認識したわけです。
これは暦を作る人たちの考えになりますね。

シリウスはナイル川の氾濫を知らせる星でもあるので、
豊穣をもたらす女神だったということになります。


さて、タイトルの斉明天皇の名前ですが、
天豊財重日足姫天皇の「重日足」を「いかしひたらし」と読むののですが、
「いかたらし星」もまたシリウスを指しているそうです。

「斉明」も、「最明」と同じ「さいめい」ということから、
夜空で一番明るい星、シリウスを指しているとか。
「恵蘇星」(えそのほし)もまたシリウスのことです。



そうすると、斉明天皇のモガリの宮だった朝倉の「恵蘇八幡宮」の「恵蘇」もまた
シリウスを指していると読めます。

これは天武天皇が命名した社号だそうですが、
天武天皇もまた夜空のシリウスを見るたびに母帝斉明天皇を思い出し、
「最明の星」シリウスの別名として「恵蘇」を
モガリの宮に付けたのかもしれませんね。



以上、次回の歴史カフェの予習編でした。^^

 <2016年10月24日>

12回の歴史カフェの予習にもなるので、再掲しますね。

<2017年3月3日>





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by lunabura | 2017-03-03 01:12 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

エジプトの壁画と「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな



エジプトの壁画と
「吉井」の壁画のつながりが見えてきたかな


3月の歴史カフェは、糸島がテーマですが、
二度目の参加の方もあるので、少し変化させて
テーマを絞って、深く切り込むことにしました。


糸島におけるニニギ尊と木花咲耶姫の通婚の話と
真鍋によるエジプト人の渡来についての話の二本立てです。

一年ぶりですが、この間、私の理解がさらに進んだので、
真鍋の解釈のエリアを少し広げることができました。

すると「吉井」の地名が出てきました。

「冬至の日輪」を「ゆつまのひのあかり」と言い、
それが出入りするのを観測する所を、
万葉の頃には「吉日」と書き、平安時代には「日吉」と書いたそうです。

「吉日」はいつしか「よしひ」とも読むようになり
「吉井」という地名になったといいます。

「出入り」ですから、日の出も日の入りも観測するわけですが、
まさに吉野ヶ里遺跡がそうでしたね。





「吉井」の地名は福岡県うきは市吉井町にも残っていますが、
そこから例の珍敷塚古墳の壁画が出ているのです。



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「ゆつまのひのあかり」を観測するところが「よしい」
「ゆつま」はルクソールと同じような地形の場所。

こうしてなんとなく繋がりそうです。

ほかに「小郡」「戸畑」など、
いくつかの地名の成り立ちも関連します。

まだまだ理解の途中ですが、みなさんとシェアして、
理解を深めていこうと思っています。




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by lunabura | 2017-03-01 20:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ第12回は「糸島―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―」



歴史カフェ第12回は

糸島

―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―



歴史カフェのタイトル、お待たせしました。

「糸島―木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承―」

です。今回のテーマは二つに絞りました。

糸島から佐賀基山に掛けて展開するニニギノ命と木花咲耶姫の伝承と
真鍋による糸島へのエジプト人渡来についてです。

ニニギノ命と木花咲耶姫は神話とされる部分ですが、
意外にも糸島には二人の伝承が色濃く残っています。

有名な細石神社と高祖神社を中心に伝承の整理をします。

また、うきは市の珍敷塚装飾古墳に描かれている太陽の船が
エジプト壁画と類似していることが指摘されていますが、
どのようにしてこのシンボルがもたらされたのか、
その道筋を求めて真鍋の著書を紐解きましょう。

糸島の地名に残されたエジプト人渡来の手掛かりを解説します。





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福岡県観光パンフレットより。





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壁画の左に該当する太陽の船がある



ガイドブックをお持ちの方は下巻上巻のみで結構ですよ。


日程 3月5日(日)2時~4時
3月9日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ305希望」もしくは「歴史カフェ309希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
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「一度参加された方」は、
メールフォームを使わずに綾杉の返信から申し込みください。
住所は書かなくても結構ですよ。
申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。
DoCoMo社に返信が届かないケースがみられます。

オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ
 
皆さんのご参加をお待ちしています♪








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by lunabura | 2017-02-27 20:30 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

古代史が盛ん



福岡では各地で古代史講座が盛んにあっています。

どれも受講したいのですが、なかなか動けないでいます。
でも、今日は久留米大学の公開講座に行ってきました。

古代の瓦が定説では飛鳥から始まったとなっているらしいのですが、
福岡や熊本からはもっと古いものが出ているそうです。

また、三角縁神獣鏡が中国では出ていないのが定説ですが、
三角縁の規矩鏡や神獣鏡的なものが「越」の国から出ていました。

画像を一瞥しただけですが、平原遺跡から出た鏡に似てましたよ。

古代史、もっともっとダイナミックに描かれる時期が到来する予感。

こういう在野の研究が真実の歴史の構築に繋がるように願っています。


私も真鍋について、一つずつまとめたいという思いがつのっています。

そのためには、これまでにやり掛けたものを完成させなくては
ならないという、ジレンマの中、時間を生み出す工夫をする日々です。

そして、今日はもう一つ、水沼の関連から
大木町の三島神社に参拝して、お話を伺う事が出来ました。

落ち着いたら報告したいと思います。





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by lunabura | 2017-02-26 23:26 | にっき | Trackback | Comments(2)

クシュ王国の鉄製品に驚いた



クシュ王国の鉄製品に驚いた



今日もテレビの備忘録。


アフリカ大陸のスーダンにクシュ王国がありました。





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紀元前2000から紀元400年ごろまでの国で、
メロエのピラミッド群はエジプトの影響だといいます。





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この国は鉄製品の輸出で栄えたといい、鉄滓が山積みになっていました。

日本のデコポコしたのと違って、粘質的なものが固まっています。

その鉄製品が一瞬写ったのですが、
生産用具がメインで、ヤットコもありました。

すでに紀元前から現代に通じるデザインがあったんですね。

ピラミッドを造る能力があるのだから、
そのようなものを作って当然なのですが・・・。

それに驚く私の頭の中はまだまだ固い(´-ω-`)




その北のエジプトから日本に渡来した人たちは
まずは糸島に入植したと真鍋はいいます。

エジプトーチベットー日本をつなぐ一つのストーリー。
エジプトの母系制など。

これも3月の歴史カフェのテーマの一つです。
真鍋の解読はとても興味深いです。



タイトルを「糸島―倭国創世紀前の王と王妃―」
にしようかなと考え中。

基本は昨年のものと同じですが、神話を読んでいなかったので、
今回は関連する天孫降臨の所も読もうと思います。

遠賀川上流の馬見山にニニギ尊が降臨した話。
韓国に向かう糸島に降臨した話。

など、まずはどんな課題があるのかを知ることから始めましょう。


『日本書紀』ではニニギ尊を
「筑紫日向可愛(え)の山稜に葬る」とあります。(p124)

鞍手の六ケ岳には瓊瓊杵尊(ニニギ)が葬られた「可愛の宮」があるのです。
これもまた大きな謎です。






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by lunabura | 2017-02-25 17:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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