ひもろぎ逍遥

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神功マップとか 藁シン・ゴジラとか



神功マップとか藁シン・ゴジラとか



パワポを作ったり、バスハイクを練ったり。
ずっと籠っていても、楽しい話がメールや新聞で届きます。



西日本新聞の切り抜き。
例の調子でA4用紙の反故紙の裏側に貼り付けて分類してます。




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昨日(12月2日)の。

筑前町で巨大なシン・ゴジラ。映画は見てないけど、これは見たい。
12月初旬まで、見れるそうです。

場所は役場近くの「田んぼ」なので (^^;
筑前町企画課 0946-42-6601に尋ねると良いみたいです。


「嘉穂アルプス」の画像、綺麗!
遠賀の女神シンポの時、「夢サイトかほ」の舞台の借景がこの馬見山だったのです。

嘉麻市の遺跡から見たこの三山が美しくて、忘れられません。
あいにくのpm2.5のガスで写真が撮れなかったから、心残りです。






しかも、この馬見山は「ひめちゃご」とも関係が出てきました。

最初に登場した佐賀の若宮八幡神社から見ると、
この馬見山山頂から夏至の朝日が出るのです!



http://sakurasaku0911.blog.fc2.com/blog-entry-145.html

チェリーさんの作った画像と比較すると、反対側から撮ったのが分かります。

はやく「ひめちゃご」に戻れるように、
パワポやバスハイク資料づくりを頑張ってるので、この写真で癒されました。




新聞記事って、その場で切り抜かないと、探し出すのに苦労します(;’∀’)
なんでだろ。
皆さん、そんな経験ありません?




さて、もう一つ楽しい知らせは、崗懸さんからのメール。
これも西日本新聞がらみだけど、

「神功皇后伝説マップ完成 散策向けに16カ所紹介」

筑豊とその周辺に残る歴史遺産の魅力を発信しようと、
飯塚観光協会職員の稗田涼子さん(43)が
「飯塚神功皇后伝説めぐりマップ」を作製した~

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikuhou/article/286278

いつも書いているけど、
地元の方に詳しいマップを作っていただくのが次の夢だったので嬉しいです。

神功皇后関連のマップは福岡県のマップに続いて第二弾ですね!



http://www.kankou-iizuka.jp/public/jingukogo.pdf

PDFで印刷できます。

これを見てると、知っていながら行けなかった所がいくつも出ています。
皆さんが本気出せば、300社ぐらい、行けそう!

崗懸さん、ありがとうございます。






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by lunabura | 2016-11-04 00:01 | にっき | Trackback | Comments(20)

歴史カフェ 次回は「物部とヒメコソ神」



歴史カフェ 

次回は「物部とヒメコソ神」



今日の歴史カフェ、第一日目、ご参加ありがとうございました。

テーマは中大兄皇子(天智天皇)の
福岡での事績、水城や漏刻、指南車、観世音寺などでした。

中大兄皇子や斉明天皇の存在は福岡では語られることがなく、
記憶から消え去っている印象を受けます。

二人(に限らす大田皇女や額田も藤原鎌足も)が福岡に来たことを、
私たちは子供のころから教えられなかったので、
『日本書紀』の話が奈良や京都の話と思い込んでいたんですね。

新たな視点を得て読んでみると、
『日本書紀』は身近な歴史を伝えてくれているのがよく分かりました。

改竄や捏造も納得しながら読み込めば、
もっと故郷の歴史を導き出せることを確信しました。

「ひめちゃご」は中大兄皇子を通して見せられている部分もあり、
女神だけでなく、日本を守った人たちを知ることでもあるのだと
思うようになってきました。


百済が滅びて唐軍が占領し、
難民が筑紫に押し寄せるのを目の当たりにした中大兄皇子は、

続けて筑紫もまた唐軍に占領されることを恐れ、
筑紫の神々を守るために京都などに神々を遷したのではないか。

中大兄皇子の筑紫での祭祀を見ていると、そうも思われてくるのです。



「脇巫女」と「ひめちゃご」は同じテーマでありながら、
別の時代を教えられてもいるようです。

奇しくもその舞台は、鞍手、姫方、太神長島という「物部の里」でした。
(くらて、ひめかた、おおが・おさじま)

次回のお題は「物部とヒメコソ神」です。

物部の祭祀、出自、ヒメコソ神など、
これまでブログに出て来た内容を整理して、一緒に考えていきいと思います。

目次など詳細が決まったら、また案内しますが、募集は開始しますね。
ご参加お待ちしています。


また、本日(10月30日)の内容を11月10日にも話します。
興味のある方は申し込みお待ちしています。





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by lunabura | 2016-10-30 22:10 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

「規矩県主・耳熊丸」と「企救の重留遺跡」の広形銅矛はどうなんだろう。



「規矩県主・耳熊丸」と「企救の重留遺跡」

の広形銅矛はどうなんだろう。



さて、先日「いのちのたび博物館」に出向いたのは
「企救の国の青銅器文化」展があっていたからだ。

北九州から巨大な銅矛が出土した。


c0222861_20594197.jpg

これはそのチラシ。
卑弥呼の時代だ。
この時代は銅矛がここまで大きくなっている。

約85センチだったと思う。
このサイズだと、もう女性では簡単に抱えられない。
持つとき、必ず刃の部分を支えないといけないので危険だ。

だからなのか、刃の研ぎ出しはしていないようだ。

北九州で出土した銅矛は出雲のそれとサイズも似ている印象だが、
出雲の剣身に見られた矢羽のような研ぎ出しは見当たらない。

これが住居の隅に一本だけ埋納されていたという。
何度か使用しては埋め戻していた痕跡があるそうだ。

この地域は「企救(きく)郡」があった所なので、
「企救国」が想定され始めている。



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「企救」で思い出すのは、ここに県主(あがたぬし)の名が
伝えられていることだ。

その名を「耳熊丸」という。





拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻をお持ちの方は96番を見てほしい。





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神功皇后は京都郡(みやこぐん)の生立八幡神社(おいたつ)から
何処に向かったのか、
海上の行き先を探していたとき、次の伝承を知った。


「豊前国の葛城藤丸と規矩(きく)県主の耳熊丸は
神功皇后を筑豊の境に迎えに行った。」


寒風の吹く冬に船を仕立てて皇后たちを迎えにいった人たちの名が伝わっていた。

葛城藤丸。
規矩県主の耳熊丸。

この名は記紀には出てこないが、篠崎八幡神社に伝わっていた。
(小倉北区篠崎)

もともと高尾山の麓に鎮座していたのが、現在地に遷宮している。

この耳熊丸と同時代に生きていたのが

岡県主の祖の熊鰐であり、

伊都県主の祖の五十迹手(いとて)だ。


耳熊丸は紫川流域、
熊鰐は遠賀川流域と棲み分けていたのか。


「きく」は企救、規矩、菊とも表記される。
「企救国」が想定されるなら、この耳熊丸が治めていたと考えられる。

「きく」で思い起こすのは菊物部という名称だ。
耳熊丸が物部かどうかは分からない。

ただ、一緒に出て来た葛城藤丸は葛城氏だ。
篠崎八幡の葛城小藤丸は葛城襲津彦の末裔だという。

そして、時代は違うが、中大兄皇子の諱(実名)は葛城皇子だ。

こう連想すると、当地には物部氏、葛城氏のいずれかの
リーダーの存在が考えられる。


重留遺跡のすぐ北にある「城野遺跡」には
伊都国の平原遺跡と同様の「方形周溝墓」が発見されていた。


2基の石棺には水銀朱が塗られ、子供が埋葬されていたという。

規模は城野の方が大きいそうだ。

棺が平原遺跡は割竹木棺なので、こちらが石棺なのは興味深い。

しかも、水銀朱愛は同じ。

この城野遺跡は国有地だったのが、民間企業に売却されてしまったそうだ。
実に惜しい。
が、まだ間に合うはずだ。



この重留、城野遺跡と篠崎八幡神社の距離は2キロ未満だ。
その元宮と遺跡の関わりは深い。

これを探っていくことで、
企救国の古代が立体的に描き出せる予感はするのだが。

いちブロガーではどうにもならない。






「企救の国の青銅器文化」2016年11月6日(日)まで。
いのちのたび博物館
北九州市八幡東区東田2-4-1 スペースワールド駅下車






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by lunabura | 2016-10-28 21:03 | <遺跡・史跡> | Trackback | Comments(4)

いのちのたび博物館 恐竜がいっぱい sanpo



いのちのたび博物館

恐竜がいっぱい




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でか(;゚Д゚)











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すごすぎ。(;’∀’)
画面に入らない。











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どれも全身骨格?

数も半端ないっす。

これが何と常設展示。



え?
ホントは「企救の国の青銅器文化」展(~11月6日)
を見に来たんですがね。

なかなか行きつかないのです。(^^;

たのしい~~~




いのちたび博物館
北九州市八幡東区東田2-4-1









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by lunabura | 2016-10-23 20:49 | <歴史資料館・博物館> | Trackback | Comments(0)

筑紫舞 2016



筑紫舞 2016





天気予報では一日中、雨だったが、
今年も奇跡的に午後から回復。


宮地嶽神社で筑紫舞が舞われた。


「光の道」が参道に出現して秋祭の始まりを告げると、

九州王朝に伝えられたという筑紫舞が

あでやかな和の彩りを添える。

ご覧になる神は

神功皇后。
勝村神。
勝頼神。



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「千代の友」
千代の友とは菊の事。









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千代に八千代に、国が豊かであるようにと祈る。












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「鑑の曲」かんのきょく
筑紫秘舞。











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浮き立つ春の曙に 白み渡れる山の端の
雲の衣も紫のうら珍しき春の香










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「千鳥」










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梅が枝にこそ 鶯は巣をくへ
風吹かばいかにせん 花に宿る鶯











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「橘」










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雲居の庭に色変えぬ 花橘にほととぢす
千代を鳴らして久方の 空にぞ声の聞こゆる










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浮神(うきがみ)
芸能の祖と言われる阿曇磯良が舞ったという。

天上神が磯良に舞い降りて舞う「つくし神舞」の秘舞。










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イソラ神はここにもおはす。

鞨鼓を持ちて舞いたもう。







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by lunabura | 2016-10-22 20:34 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

第八回 歴史カフェ1030 1110 は「筑紫における中大兄皇子」



第八回 歴史カフェ
 1030 1110

「筑紫における中大兄皇子」


― 乞食の相あり に至るまで ―




お待たせしました。
次回の歴史カフェのご案内です。


中大兄皇子が「乞食の相あり」と言われて
みやま市の釣殿宮に至り、太神宮を祀るまでに
皇子はどのように筑紫と関わったのでしょうか。

前回は『日本書紀』の「斉明天皇紀」を元にして
筑紫入りした斉明天皇や中大兄皇子、中臣鎌足の祭祀を中心に見ていきました。

今回は『日本書紀』の「天智天皇紀」を元にして
筑紫での中大兄皇子の事績を見ていきます。

また、今回は『儺の国の星』などに書かれている中大兄皇子の事績を
突き合わせて見ていきます。

太歳の具体的な設定法、
漏刻や指南車を製作して太陽暦を響かせた話、
水城に貫通する謎の複数の水路の利用法、
ダムとしての水城と運河化、
観世音寺の創立と鐘の製造、初代管長の笠麻呂(加茂氏)など。

大宰府の天文官の家系ならではの伝承を紹介していきます。
そして、釣殿宮の位置付けを一緒に考えましょう。


日程 10月30日(日)2時~4時
   11月10日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)

募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ1030希望」もしくは「歴史カフェ1110希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)
メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ




 皆さんのご参加をお待ちしています♪



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by lunabura | 2016-10-21 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

バスハイクのお知らせ 12月2日 「洞ノ海 魚鳥池」 


バスハイクのお知らせ 
12月2日 (北九州市)

「洞ノ海 魚鳥池」 




「歴史と自然をまもる会」のバスハイクのご案内です。

12月のバスハイクは「神功皇后の足跡をたどる②」で、
北九州市の洞海湾の湾岸地域をまわります。

1.一宮神社(上巻2)八幡西区 熊鰐一族が守った神武天皇の岡田宮跡 磐境神籬
2.勝山勝田神社(上巻3)八幡西区 大倉彦の領地 竹竿供出
3.飛幡八幡宮(上巻6)戸畑区 仲哀天皇が祈った千曳の岩
4.若松恵比須神社(上巻7)若松区 武内宿禰が祈った光る石
5.魚鳥池神社(上巻8)若松区 神功皇后の船が立ち往生した洞ノ海あと
6.貴船神社(上巻9)若松区 船留の松 神功皇后が貴船の神を祀った
7.芦屋歴史の里 山鹿貝塚 赤ん坊を抱いた縄文人

山鹿半島は、かつては島で、
陸との間の穏やかな海を「洞ノ海」(くきのうみ)と言いました。
今は洞海湾(どうかいわん)と言いますね。

この海域で船団を組織し、造船をして修理もしていたのが
岡県主(おかのあがたぬし)の祖(おや)である熊鰐です。

遠賀水軍の長と言われています。

当ブログではよく登場しましたね^^

豊浦宮(下関)から周防にいったん疎開していた
仲哀天皇と神功皇后を熊鰐は迎えにいきます。

その途中から天皇と皇后は別の船に乗って遠賀川に向かいます。

皇后の船が魚鳥池(ぎょちょうがいけ)で立ち往生した話が
『日本書紀』に載っていますが、
その現場が田んぼになって残っています。

その周囲の神社も廻っていきます。

勝山勝田神社と貴船神社は水の神様をまつるので、
独特の神秘性があります。
私ももう一度行けるのが楽しみです。

最後に時間があれば「芦屋歴史の里」で縄文人の埋葬復元を見ます。
二人の女性が赤ん坊を挟んで眠っていますが、
その胸には大きな緑の石がかけられていました。
北九州の歴史を知りたい人必見の資料館です。

拙著『神功皇后伝承を歩く』上巻の2~9までのうち、
6社をまわります。

申し込みは「歴史と自然をまもる会」までどうぞ。
http://rekishi-shizen.com/

2016年12月2日(金)
天神8:30出発です。

(第一回は弁当を作って持っていったのですが、
唐戸市場に行ったので、海鮮丼を買って食べちゃいました。
自分の弁当はお持ち帰りです( *´艸`)

今度もおいしそうな所に連れていってもらったら、やばいから
弁当なしで参加します。

もちろん、歴史の案内は私がします!)



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by lunabura | 2016-10-20 20:41 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

本日「遠賀の女神」でした




今日は嘉麻市での古代史シンポジウム。
神功皇后について話をしました。

「夢サイトかほ」はとても素敵な会場でしたよ。
ラストに舞台の後ろのカーテンを開くと総ガラスになっていて、
馬見山が美しい姿を見せてくれました。

粋な演出ですね。(^_-)-☆

お世話になったスタッフの方々、
また足を運んでくださった方々、ありがとうございました。



神功皇后伝承に関しては、
「いくつもの話が複合されたのではないか」
というご意見をいただいたのですが、

「神功皇后」がここでこうした、
と書かれたものを、「誰か他の女性」が、と書き換えたとたんに
歴史の改竄になってしまいます。

私が手を入れるのは古語で書かれた文を現代語に直すことだけです。

自分の論に合わせて人物を創り出すような態度は避けています。
ですから、「神功皇后以外の誰か」と書き換えることは決して受け入れられません。



また、会場の質問で「伝承の精度」について質問がありました。

確かに平成になって書かれた説明板には現代人の考えが入ったものがあり、
採用できない内容のものを散見しました。



しかし、1800年もの間、祭や伝承を伝えている当該神社の由緒に対して
敬意と畏れはあっても、
「精度はどうですか」と言うような考えは一切もっていません。

伝承の精度というのは、事実が明らかにならないと比較できないものです。
今、伝承の研究に手が入ったばかりのところ。
精度の検証は次世代に委ねることになるでしょう。


まずは「あるがままを受け入れる」という態度を貫いての研究です。

これは譲れないです (´・ω・`)

その結果、神功皇后が一筋の道を歩んでいたことが分かったのです。
そして、多くの古代豪族たちが協力したり敵対したりした姿が浮かび上がりました。



今日、新たに分かった伝承がありました。

志村裕子氏によると、
「大三島の大山祇神社の縁起に『オチミナミの命』が『新羅の塵輪』の首を
取った時の刀が伝わっている」そうです。

それを謎に思われていたのですが、今日のシンポジウムで
裏付ける伝承が忌宮神社にあったのを知って驚かれたそうです。

私も、まさかあの「鬼石」に係わる武将がいたとは想像もしていませんでした。



古代の人の名がまた見つかった!

と言って、こつこつと伝承をつないで歩むだけです。


我ながら変な趣味だなあ(^^;




※コメント沢山ありがとうございます。返事は待っててくださいね。




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by lunabura | 2016-10-16 21:37 | にっき | Trackback | Comments(6)

「光の道」テレビ取材



「光の道」テレビ取材





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嵐のCMですっかり有名になった宮地嶽神社の「光の道」。

今年はNHK福岡が取材されます。

先週、宮地嶽神社から連絡があり、
「NHKが取材されるが、光の道だけでなく、それを熱く語る女性を」
という話をいただき、および腰でしたが、話をすることにしました。

スタッフが九州に来られて間もないとこのことなので、
土地勘がないのに歴史を聞くのは大変だろうと思って、
前夜に急遽パワーポイントを作りました。

いただいたテーマは
「宮地嶽神社と相島をつなぐ光の道」
 
そして安曇であること。


話したのは

宮地嶽神社
磐井の末裔
筑紫舞
相島
志賀島
奈多の浜
磯良の舞

などなど。



当ブログの訪問者は「またか」というほど馴染みの話ですが(^^;
まだまだマイナーです。



「熱くは語らないぞ」
と思って話し始めましたが気付くと2時間経っていました。

熱くはなかったけど「長~く」話してしまったのでした。

厭きずに聞いて下さってありがとうございます。

この日は顔合わせでした。

テレビに出るのはチョット苦手だなあと思っていましたが、
今日連絡があって、
出なくて良いとのこと!
安心しました。(笑)


「光の道」は天気次第なので、取材は何日にも及ぶことでしょう。

渾身の「光の道」を楽しみにしています(^^)/

放映はNHK福岡 ロクイチ 
6時10分からの番組で21日前後だそうです。

時間は4分程度。
歴史は無しです。
多分、筑紫舞も写されるでしょう。


飛び込みニュースが入ったらずれるでしょうから、
数日間、要チェックですね。



なお、「光の道」は18日の前後一週間が見ごろですが、
参道の石段は時間帯によって締め切られて、
車道を歩いて参拝するようになるそうです。

地元の方によると、昨年は近くの道路が正月よりも混んでいたということです。
正月は入場制限が掛かって正面から入れなかったから、
すごかったんですね。

「光の道」は天気次第です。

宮地嶽神社のHPで確認してから参拝されると安心ですね。

他のテレビ局のクルーも見かけたので、
あちこちの報道で「光の道」が出現しそうです。






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by lunabura | 2016-10-10 20:59 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

嘉麻市「筑豊の女神伝説探る」西日本新聞切り抜き20161007



「筑豊の女神伝説探る」 

西日本新聞切り抜き
20161007




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来週16日の古代史シンポジウムについて共催の西日本新聞に記事が出ました。

古代史で女神を扱うのは珍しいですが、
話者が三人とも女性という、前代未聞の企画です。

三人のリレーで、それぞれのテーマで話すことになります。

私は神功皇后の話をしますが、
他のお二人は壮大な話をされるようです。

地形や女神の話が新しい分野を拓(ひら)いていくのでしょう。

遠賀川の古代、魅力的です!






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by lunabura | 2016-10-09 21:00 | お知らせ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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