ひもろぎ逍遥

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初詣 20180106



初詣 20180106



 今日は初詣。宮地嶽神社に行ってきました。
ようやく渋滞も少なくなっていましたよ。








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宮地岳。












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光の道。










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神門を潜って参拝。









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古墳から戻る途中、立花山が見えるのに初めて気が付きました。

その麓に香椎宮があるんですね。



ラジオ収録で香椎宮に年末に伺ったばかりなので、ちょいと不思議な感じ。



神功皇后もきっとここから香椎宮を思いやったんでしょうね。




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by lunabura | 2018-01-06 19:53 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

王城神社縁起 胸肩県主に阿部高丸・助丸の名が



王城神社縁起 

胸肩県主に阿部高丸・助丸の名が



 太宰府市にある王城神社の縁起を見ていると、
胸肩県主阿部高丸・助丸 今宗像郡宮地村の宮地嶽大明神なり」
という記事が出てきて、思わずのけぞった。

これはどういうこと?????

胸肩県(むなかたのあがた)の長は「阿部高丸・助丸」だというのだ。
この二人はもちろん宮地嶽神社の失われた祭神で、安曇族だ。
宗像の長は宗像氏ではないことになる。
そして、宗像は安曇族の領地だったということになる。

これをいったい、どう解釈していいのだろうか。
大体、あの時代、釣川の河口域に平地があったのだろうか。
かなり奥まで海が入っていたはずだ。
そして、奥には安曇族が入っていた。八所宮然り。安倉然り。

宗像大菩薩とはいったい誰だったのだろうか。

改めて、この「胸肩県主=阿部高丸・助丸」でどのようなストーリが出来るのか考察せねばならなくなった。 

この一文の前後は神功皇后が出産ののち、王城神社で「皇子の賢くましまさんこと」を祈った時のことが書かれ、阿部高丸・助丸と武内宿禰が側で祈ったとある。

すでに阿部高丸・助丸は豊浦宮で戦死しているはずだ。
忌宮神社(豊浦宮)で戦死している。それは出雲でも神楽になっている。


実はここに『日本書紀』がどうしても隠したい歴史がある。
それは新羅が先に倭国の皇居を襲って侵略しようとしたことだ。

三韓征伐の真の目的は新羅の侵略を食い止めるためだったのだ。
徹底的に隠された戦いが今でも古代史家を欺いている。

真実は忌宮神社に残されているのだ。




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それにしても、阿部高丸・助丸(高麿・助麿)兄弟が宮地嶽神社の祭神であるという記録に初めて遭遇した。

この史料は『大宰府市史』の「王城神社縁起」だ。



ところで、王城神社の神紋の扇は安曇磯良が神功皇后から賜った紋と同じだ。
当社の真魚箸神事(まなばし)は志式神社の早魚(はやま)神事の継承変形だ。

明らかに安曇族の聖地だったものが、白村江戦ののちに事代主命に上書きされている。

王城神社にはいくつも大事な記録がある。

神武天皇の城が四王寺山に築城された件もその一つだ。中国史に載る筑紫城の候補となる。
水城の水は山口川から入れられた。

今日は取りあえずメモしておこう。
ちょっと、時間をかけて取り組む内容だ。史料には間違いも含まれているので慎重に当たらねばならない。



最近、当たる資料が多すぎ、アイデアも、どこに書いたか忘れて探すこともしばしば。
ブログに書いておくのが一番確実だと気付いた。

自分で、自分のブログのサイドバーで検索するっちゃ。(´・ω・`)

『神功皇后伝承を歩く』上巻1 忌宮神社 p11「塵輪の襲撃」





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by lunabura | 2017-12-25 20:56 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

筑紫舞の琴は「叩く琴」だった



筑紫舞の琴は「叩く琴」だった




RKBラジオ「古代の福岡を歩く」の伊都国博編で、古代の琴の話題が出ていました。
伊都国博物館で「叩く琴」が展示されていたのですが、出雲大社でも叩く琴が神事に使われているということで、その時の実際の音色が放送されました。

叩いて音を出すのですから、弦の琴とは全く趣が違いましたね。

番組を聴きながら、どうやらこのディレクターは「叩く琴」を追求しているぞ、と思い、香椎宮での収録のあと、逆取材を試みました。

厚かましいですな(;’∀’)
でも、るな自身も「叩く琴」を追求していたので、すごくうれしかったのです。

( ..)φメモメモ

何故なら、雉琴神社(上巻31)の伝承に、「雉の声を琴の音かと思って目を覚ました」という話があるからです。

琴の音=「春の海」のような豪華絢爛な弦の響きと思い込んでいたので、雉の鳴き声と結びつかなかった。

そうして調べていくうちに、忌宮神社(上巻1)の「板神楽」を知って、神功皇后時代の琴は「叩く琴」だったのが分かったのです。それなら、雉の声に聞こえる。

そんな話を香椎宮の古宮から不老水に行く途中で話しました。
(これは放送されない)

で、収録が終わって尋ねているうちに、な、なんと!「筑紫舞の琴は叩く琴だった」という話を聞いたのです。

しかも、その言葉は西山村光寿斎さんからの聞き取りだったのです。

それを聞いたディレクターが前回書いたように、筑紫舞の番組を作られたのです。

その番組、聴きたいですよね。
筑紫舞の情報は、古田武彦氏と、私のブログの光氏からの聞き取りしかないのですから。

今度ディレクターに会ったら、再放送か、アーカイブをお願いしようと思いますよ♪
実現するかどうかはその先のこと。

まずは、お願いから。
どうぞ、希望がある方はコメントに書いてくださいね。
きっと、届きますから。






それにしても、日本の神社って、すごい。
2000年ほど前の奏法を伝えているんですから。




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by lunabura | 2017-12-16 20:56 | メモ | Trackback | Comments(0)

辺津宮―大島―沖ノ島 海底に沈んだ陸と遺跡




辺津宮―大島―沖ノ島

海底に沈んだ陸と遺跡


 

いまだに信じられない。
かつて大島は陸続きだったという。





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神湊の頓宮から大島を撮ったのだが、この間は陸地だったというのだ。
しかも、この海が出来たのは475年。倉良の瀬戸という。
今から約1500年前のことだ。
そんな話を伝えるのは、もちろん真鍋大覚ぐらいしかいない。






しかし、海底に沈んだのはこちらだけではない。
大島の向こう、沖ノ島の手前にも海底に沈んだものがある。







30mほどの石柱が四本。一本には螺旋階段がついている。
これは真鍋の口碑の裏付けになろう。

もしかしたら、両方とも同じ時期に沈んだのだろうか。





鼻栗瀬もそのとき、一部が崩壊したのか。






合わせ鏡の舞台だ。


話は逸れるが、大島には洞窟が沢山あるそうだ。
かつてそこで金を採掘していたという。
陸地の方も孔大寺山は金を産出していた。
金の鉱脈が繋がっているのか。


<2017年12月4日>




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by lunabura | 2017-12-04 19:29 | 大島 | Trackback | Comments(7)

宗像大社中津宮1三女神は「本朝八幡宮の根本神」だった




宗像大社中津宮1

三女神は「本朝八幡宮の根本神」だった



神湊からフェリーで渡ると大島の渡船場のすぐ近くに中津宮が鎮座している。









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フェリーから撮ったもの。正面の灰色の屋根の建物の左手に鳥居が一部見えている。









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一の鳥居を撮ると絹のような雲が掛かっていた。
不思議にも、同じ三女神を祀る福津の神興神社(じんごう)の上に掛かった雲と同じ姿だった。









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石段の上に神殿が輝いている。









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拝殿は辺津宮を思い起こさせた。

ご祭神は掲示板によると、
「皇祖天照大神の三女神・湍津姫(たぎつひめ)神、別の大御名を道主貴と申し上げ、あらゆる道を司り給う最高最貴の神様をお祀り申し上げております。」とある。
春季大祭 旧暦3月15日
秋季大祭 旧暦9月15日









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ご神殿は内削ぎ。鰹木が丸と四角の珍しい取り合わせだ。

造営は「筑前国続風土記拾遺」によると、永禄9年、大宮司氏貞によるという。永禄9年は1566年。戦国時代に造営されたことになる。









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手前の赤い灯篭に揮毫がある。これは東郷平八郎の手になるものだそうだ。

社殿は巽(たつみ)の方角、すなわち田島を向いているという。
田島とは辺津宮の鎮座地のこと。









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帰路、参道から宗像の山々が良く見えていた。



福岡県神社誌の「宗像神社」を見ていると、驚くものを見つけた。
その神徳が列挙されているのだが、

 交通主宰の神。国土開発の神。外敵覆滅の神。武運長久の神。
 酒造りの元祖神。本朝八幡宮の根本神。弁財天の総本社。

とあり、三女神が「本朝八幡宮の根本神」と書かれていた。

宇佐八幡宮の祭神は
   八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后
で、この「比売大神」とは三女神なのか、何故中央に祀られているのか、という謎がずっとあったが、宗像大社の方でも、「本朝八幡宮の根本神」と伝えているということは、やはり、比売大神とは三女神であるということになる。そして、中央に祀られる存在だということになる。

思いがけない伝承だったが、
これはさらに、三女神は何故「八幡宮の根本神」なのか、
という新たな謎の出現となってしまった。

宇佐八幡宮の本宮は何故大分宮なのか、という謎と共に。

『神功皇后伝承を歩く』大分八幡宮 下巻84


<2017年12月3日>




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by lunabura | 2017-12-03 21:56 | 宗像大社・むなかた・宗像市 | Trackback | Comments(0)

神湊 インスタ映えの木



神湊 

インスタ映えの木




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神湊(こうのみなと)で大島に渡るフェリーを待つ間に見つけた木。








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インスタ映えしない?








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駐車場から見つけてね。











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by lunabura | 2017-12-01 19:52 | 大島 | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ お礼




今日は歴史カフェ、ご参加ありがとうございました。
二か月ぶりですが、すご~く久しぶりの感じがしました。

自分がやりたい題材を選んでやっているので、自分的にとても達成感があります。
これも、参加の皆さんがあってのことなので、本当にありがたいです。

古代氏族たちの分布は教科書では奈良県内の分布を覚えましたが、福岡にもその拠点があるのを、よくぞ真鍋家は伝えてくれていたと思います。まずは、その内容を理解して、検証する基盤を作りたいですね。


次回の歴史カフェは来年になりますが、賀茂氏について、真鍋の本と神社と比較しながら古代の姿を見ていこうと思っています^^


那珂川町が出している増刷の真鍋の本も、参加者の方から見せてもらいました。ライトな装丁の本になっていて、身近に置きやすくなっていましたよ。何処で手に入るか、質問がありました。那珂川町で直接購入か、郵送してもらう方法があります。HPを見てください。

さて、今夜は次回のバスハイクの行程計画の仕上げをします。再び朝倉に行って、羽白熊鷲の終焉の地にご案内の予定です。

バスハイクは福岡県内には限らないので、来年には佐賀の方にも出かけようと思っています。神功皇后が田油津姫討伐を終えて、唐津に出るまでにも一繋ぎの道のりがあります。スケジュール作りもとても楽しい作業です♪




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by lunabura | 2017-11-26 20:56 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

16回歴史カフェ「ありなれ川」の準備の仕上げ中



16回歴史カフェ

「ありなれ川」の準備の仕上げ中





あと3日後、11月26日の歴史カフェの準備も仕上げの段階になり、今日は「ありなれ川」について、パワーポイントと資料の見直しを進めていました。

真鍋は水城の成立に関しては通説の防衛説ではなく、雪解けの洪水を防ぐ堤から発展したものと伝えています。この話一つを検証するために、数年かけて水城に関する講演や現地説明会に出かけました。その数は10回近くになります。

今夏の上大利水城の現地説明会に行って、ようやく真鍋の言う小水城の成立事情が理解できました。それに加えて、あいにくの朝倉の水害を目の当たりにしたことも理解を深める結果になりました。災害と利水。営々とした人々の営みを先人から学ぶことは大切ですね。

第1章ありなれ川
第2章針摺(はりすり)瀬戸
第3章宇佐島と左佐島(天原)
第4章水城は瀦水塘(ちょすいとう)だった(小水城と水城 上津土塁)
第5章大宰府と「とほのみかと」は別のものだった
第6章筑後川(千歳川)
第7章古代氏族の分布(蘆木・平群・曽我・葛城・巨勢・物部・中臣・国栖・賀茂)

このような順で話をします。

真鍋は中近東の言葉が倭語にたくさん残っていることを書いています。

テレビを見ていると、エジプトの漁師さんが網を引き揚げるとき、「アラヨッ」と言い、竜骨を大勢で持ち上げるとき、「セーノッ」と言ってました\(◎o◎)/!

こういう言葉を聞くと、真鍋の話が身近に感じられます。私たちの言葉にも案外たくさんの異国の古代語の化石が含まれているんですね。

前回から画像を駆使して話をしているので、以前の歴史カフェより分かりやすくなりました。また、会場が広いので人数制限も無くなりました。皆さんのご参加をお待ちしています。




会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

お持ちの方は『神功皇后伝承を歩く』下巻 を持参してくださいね。

日時 2017年11月26日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (番地は不要です)
3 歴史カフェ1126希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
その時は、この記事の下に掲示します。
確認したら、非公開でコメントを入れてください。
そののち、記事からお名前を削除します)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。







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by lunabura | 2017-11-23 21:21 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

宗像大島の観光にはバスツアーが欲しい




宗像大島の観光にはバスツアーが欲しい




昨日の大島の旅はレンタカーを利用した。
予約はすぐに一杯。
あとは周回するバスを利用するしかないが、一時間に一本。
一か所に降りても5分か10分しか必要でなく、ひたすらバスを待つしかない。

それも12月からの冬季には土日だけしか運航しないというので、フェリー客は中津宮ぐらいしか観光できなくなる。いったんバスに乗って降りれば、夏の暑さや寒風の吹きさらす中でバスを待つことになる。

他には自家用車をフェリーに乗せていく手段があるが、初めての旅ならフェリーに乗って、島のガイドに案内してもらって島を一周するのが理想的だ。

島を巡ってみると、そのダイナミックな海岸や起伏のある島内、完備された遊歩道など、そのあふれる魅力に驚いた。遊歩道を歩きたくても、バスの時間が気になって歩くことはできない。

食事も平日は食べるところがない。あらかじめ知っていたので、パンや果物を持参した。

是非とも、フェリーの発着に合わせて、2時間から4時間の観光コースを作り、食事も含めたコースが選べるようにしてほしい。そうしないと、大島のフェリーターミナルで途方に暮れる人が出てくるだろう。

世界遺産に登録されて、多くの人々が憧れる大島になった。
観光協会など、関連のところに早急に対策を立ててほしいと思った。






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by lunabura | 2017-11-22 20:38 | お知らせ | Trackback | Comments(2)

ウーナ10 宗像大島行 市杵島姫の縁はつづく



ウーナ10

宗像大島行 市杵島姫の縁はつづく
 


今日は初めての大島へ。
交通事情が分からず、渡ることがなかったが、菊如と崋山が最近大島に渡り、厳島神社とのご縁を得て、秋の祭のために再び渡ることになったので、私も同行させてもらった。

そして、大島に祀られる市杵島姫に玉串を捧げるご縁をいただいた。
まだまだ、イチキシマ姫の旅は続いていた。


今日は備忘のためのもの。








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フェリーを待つ間、宗像神社頓宮へ。









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大島が見える。











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大島の厳島神社。










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夢の小夜島。









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宗像大社中津宮。










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沖ノ島遥拝所。沖ノ島が見えた。









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ガドゥが物見をした岩。








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加代(かしろ)浜。










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沖ノ島。展望所より。









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御嶽宮。英彦山がみえるという。


もやが掛かりながらも、沖ノ島が良く見えた幸運な日だった。





<2017年11月21日>



異世界小説





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by lunabura | 2017-11-21 20:28 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(4)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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