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阿志岐山山名考 アテラ 宮地岳 アシキ 天山



阿志岐山 山名考 

アテラ 宮地岳 アシキ 天山




筑紫野市の阿志岐山(339m)の山名には複数の名称があります。
アテラ山、宮地岳、阿志岐山、天山です。

その由来について、過去記事をリンクしておきます。
直接に由来を書いている訳ではありませんが、その説明を含んでいます。



(1)アテラ(左手等)山
朝倉の麻氐良山(右手等)に対応して「左手にある山」という意味。
高良山から見れば左右が該当する。



麻氐良と阿氐良




(2)宮地岳
北極星を宮地の星ということから、
南から観測して北にある神奈備山を宮地岳(嶽)という。

阿志岐山は高良山から真北にあることから、宮地岳というのではないか。
宮地岳は福岡の数か所にある。

下のリンクの記事の一部に高良山と阿志岐山のことを書いています。

湯の隈装飾古墳 朝倉市宮野湯ノ隈1326-2
被葬者は宮地嶽神社を守っているのか






(3)阿志岐山

舟人を「あきしき」或いは「あかし」といった。
蘆木(あしき)はまさに太宰府に直属して
千歳川の水行を司った氏族の名であった。(真鍋大覚)

千歳川とは筑後川のこと。荒船神社は阿志岐山の山麓にあり、南の高良山麓にもアシキの地名がある。その中間には赤司の地名もある。これらを結ぶ連絡船があったのではないか。地名はその名残か。

以下に前後の内容を書いています。
荒船神社(3)蘆木氏は太宰府に直属していた







(4)天香山から天山に変化した

阿志岐山はかつて天香山(あまのかこやま)といい、神武天皇や神功皇后がこの山の土から土器を造って祭祀に使った。天香山が変化して天山(あまやま)となった。

阿志岐山を天山というのはこれだろうか。




以上、るな的考察でした。

<20180115>





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by lunabura | 2018-01-15 21:41 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(0)

エジプト太陽の船と筑紫野の五郎丸古墳壁画



エジプト太陽の船

筑紫野の五郎丸古墳壁画





エジプトのクフ王のピラミッドの脇から二つの太陽の船が出土しているが、そのサイズが違っていて、大小二つあるのがずっと気になっていた。
一つは帆船で、もう一つの船を曳くようになっているらしい。




c0222861_21284112.jpg









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曳かれる船はキャビンだけで、太陽神ラーとファラオが乗るようになっているそうだ。

これと同じ二艘の船の壁画が南アメリカのピラミッド関連の壁画にも描かれていることがRKBテレビであっていた。










c0222861_21295339.jpg
(画像出展)
http://www.city.chikushino.fukuoka.jp/furusato/sanpo14.htm


これを知った後に筑紫野市の五郎丸古墳壁画を見ると、上の船の四角の構造物は棺ではないのかもしれないと思うようになった。
棺にしてはサイズ感が違うのだ。
これは王の為のキャビンの可能性はないだろうか。

エジプトの壁画と同じ思想の船が浮羽市と筑紫野市にあるのは、
有明海から入って来た渡来人が居をなしたからか。

彼らは石室の空間を埋めずにはいられない観念を持っている人たちだと思う。



<2017年12月27日 >



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by lunabura | 2017-12-27 21:33 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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