ひもろぎ逍遥

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RKBラジオ 四回目でした



RKBラジオ 四回目でした




今日はRKBラジオの「古代の福岡を歩く」の4回目でした。

自分で聞いていて、何を話したのか、すっかり忘れていました。


岡垣町の高倉神社から神武天皇社や埴生神社などでしたが、
パワーポイント画像が少しあるので、UPしますね。




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高倉神社








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高倉神社にある伊賀彦社










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埴生神社









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鏡山大神社




ラジオのアーカイブはしばらくするとUPされるので、

RKBラジオ→一番下のバナー「古代の福岡を歩く」→番組

これを聞くときに、この画像を見てください。

本をお持ちの方は、解説文を見てくださいね。




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by lunabura | 2017-12-09 21:00 | にっき | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご71  英彦山―日王―六ケ岳三女神ラインは 日子―日王―日子 ラインだった



ひめちゃご71

英彦山―日王―六ケ岳
 

三女神ラインは 日子―日王―日子 ラインだった

謎のグランドクロスの手掛かり




次の画像は「姫神の謎を追って」3で作製した三女神関連の画像。
数年前のものだ。
http://lunabura.exblog.jp/23357916/


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「英彦山」の伝承と他の神社縁起をアバウトにつないでみた。

大己貴と二女神が結婚して住んでいた北嶽に天忍穂耳が来たので、
大己貴と三女神が宗像に遷るようすをライン化したものだ。

今見直してみると、その当時の理解から殆ど前進していない(´・ω・`)


前回70の話題は青いライン上にある日若(日少)神社などのことだったが、
「日若」「日少」と「日王山」に共通する「日」が気になっていた。




すると、
チェリーがピンクのライン上に「日王山」が乗ってくることを発見した。

私がアバウトに描いたピンクの三女神ラインは
チェリーの厳しい基準をクリアして存在したのだ。







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英彦山―日王山―六ケ岳のラインだ。
英彦山には三つのピークがあり、六ケ岳は六つ以上のピークがあるが、
図に描かれた三本の微妙な角度差のラインは全部日王山を通っている。








次はその部分拡大図だ。南から載せよう。

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青(南岳)、紫(中岳)、赤(北岳)から発するラインは










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すべて日王山を通り、











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六ケ岳の三つのポイントに届く。

青(南岳―日王山―羽衣)、
紫(中岳―日王山―グランドクロス交点)、
赤(北岳―日王山―崎門・六嶽神社上宮)

この中の「グランドクロス」の名はチェリーが発見して命名したもので、
「天冠―旭(六ケ岳頂上))と「羽衣―出穂」のラインが
東西と南北を正確に結ぶことからつけている。


この天冠と旭と羽衣の三つには重要な共通項がある。

それはニニギ尊だ。
ニニギ尊のなきがらを「旭」に、冠を「天冠」に、
衣を「羽衣」に埋めた伝説がある。

それらが作る十字架の交点に、英彦山中岳―日王山の矢が突き刺ささっている。
それが紫ラインだ。


英彦山はもともと日子山と表記していた。日子である天忍穂耳を祀る。

一方、日王山は日神(アマテラス)と三女神を祀る。
天忍穂耳はアマテラスの子だ。

天忍穂耳とニニギは父子だ。

だから、このラインはアマテラス三代のラインとも言い換えられる。

日神(アマテラス)―日子(天忍穂耳)―日子(ニニギ)の三世代が
山の上では
日子(英彦山)―日神(日王山)―日子(六ケ岳)
と繋がっていることになる。



これを整理すると、
ニニギ尊に関わるものを埋めた六ケ岳の十字架の交点に
日子―日王ラインが差し込むということだ。

まるで、暗号に満ちた宝の地図のようだ。

ニニギの関連のものを「埋めた」という暗号は
グランドクロスの交点に何かを埋めた。
という暗号ではないか。



そんな、目眩のするようなラインの発見だった。

(画像はチェリーの作図で、国土地理院を利用している。)







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by lunabura | 2017-04-28 19:48 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(6)

第五回バスハイク鞍手・宮若2




第五回バスハイク鞍手・宮若2




神功皇后の伝承を辿るバスハイクの続きです。







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これは鞍手の古月横穴から見える山並み。→の所が六ケ岳です。
この古墳群は正面に六ケ岳を見ていました!
(上巻60ページ)









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鞍手を離れて宮若へ。
春日神社です。この神紋は撃鼓神社と同じもの。
榊でしょうか。
(上巻20番)









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トヨタ工場を抜けてすぐに笠松神社。
丘を越えて百官百寮も、ここで休憩です。
(上巻21番)









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山口川に出ました。ここは沼口の若八幡宮。
桜並木が道案内してくれます。
神社を背に犬鳴連峰を撮りました。
(上巻22番)



この山の手前に竹原古墳が。
壁画はとても綺麗に見えました。
出土品がどこに収蔵されているのか、やっぱり不明です。
写真だけでも見たいですね。
(上巻64ページ)









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最後の山口八幡宮。最後の石段を振り返ったところ。
どの神社も少し高台にあり、た~くさん石段を上りました。
仲哀天皇と神功皇后の一行も、このあとは厳しい見坂峠越えです。
(上巻23)

万歩計は一万歩越えでしたよ^^


明日は歴史カフェです。
この鞍手のお話も出てきます。
磐井ファンの方も、新情報をご紹介。
飛び込み参加もOKです。






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by lunabura | 2017-04-15 16:51 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

今日のバスハイクは桜吹雪のなかで 鞍手・宮若





今日のバスハイクは桜吹雪のなかで



2017年4月13日の鞍手、宮若のバスハイクは
天気に恵まれ、遅れた桜を満喫してきました。

桜吹雪の舞う中、
鞍手の里は桜の里という新しい姿を見せてくれました。

明日、明後日なら間に合うかも。
あるいは来年行く?



桜狩の里として物部の里、鞍手は要チェックですよ(*´ω`)





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木月剣神社(上巻17)

桜のトンネルです。3月31日はつぼみだったので、再参拝しました。
「脇巫女」姫巫女たちを養育した舞台。







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古物神社も桜の園。(上巻18)

「脇巫女」ふるべもののべの舞台です。










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神崎神社。(こうざき)(上巻19)
「脇巫女」神崎もののべ。










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同じく神崎神社。
池の色とのコントラストがお気に入り。











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古月横穴。(上巻60ページ)(ふるつきよこあな)

600年前後。









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山ン神。(昼食)
鷹ノ口おだ山が見えました。










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銀冠塚古墳出土レプリカ。(上巻60ページ)
600年前後。
鞍手歴史民俗博物館にて。






仲哀天皇と神功皇后が豊浦宮から香椎宮に至る道を
バスハイクで辿っていますが、5回もかかりました。
真冬の旅だったので、大変だったでしょう。

6回目はようやく香椎宮です。
6月の菖蒲の季節に参ります。





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by lunabura | 2017-04-13 21:23 | バスハイク | Trackback | Comments(2)

磐井の後の時代って



今日は歴史カフェのテキストの吟味をしました。


鞍橋(くらじ)君が活躍した年だけでなく、その前後の年も訳しました。

すると、百済は何度も「筑紫」を指定して援軍を頼んでいるし、
倭国軍も安羅に駐屯していたりしていて、
新羅の拡大政策に対抗している時代でした。

百済王子が倭国に居たり、
それを筑紫舟師や筑紫火君が送り届けたり。

筑紫が舞台の話が満載です。

百済使者と会見した場所など、
福岡の古代で見つけなければならない課題が随所に出てきます。

卑弥呼の家探しもいいけど、もっとすべきことが沢山ありそうですね^^




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これは鞍手のゆるキャラ。
名前は何だろう。

まだ無い?

銀冠を付けていますね。銀冠君だな。
どうやら、鞍橋君の次の時代の人のようです。

現物は4月13日のバスハイクで見て来ます。
(やけに鞍手がつづく (;’∀’))



歴史カフェの方では、八女のお宮の話もしますね。





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by lunabura | 2017-04-03 21:55 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

第4回 神功皇后伝承地巡り バスハイク




今日はあいにくの雨模様でしたが、
予定通り、バスハイクに行ってきました。

遠賀川中流域の中間と鞍手を始めとして田川、飯塚への旅です。

このエリアは『日本書紀』には書かれていないのですが、
仲哀天皇と神功皇后の足跡が濃厚に伝わっています。

田川の田原麻瑠と宇美町の宇美八幡神社の伝承が対応しているのは面白いです。

逆に、田油津姫が兄の夏羽と共に怨霊となってしまった話が
田川に伝わっているのは哀しい対応です。

百社廻ったおかげで、
バラバラの伝承が繋がっているのが分かったのですが、
それを伝える機会をこんな形で頂いたのは有り難いです。



雨の中の宮はいずれも重厚な美しさをたたえていました。

桜のつぼみが膨らみ出してピンクになり、
先が赤く染まっています。

幹がしっとりと雨に濡れて黒々として、
つぼみの色を際立たせています。

開化前の美しさをゆっくりと見たのは初めてでした。

昨年の今頃は満開だった桜がまだ開かない。
こうして一喜一憂するから、桜がなおさら愛おしいんでしょうね。





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by lunabura | 2017-03-31 22:50 | Trackback | Comments(0)

第五回バスハイク 鞍手・宮若 物部の里 ご案内


神功皇后の足跡をたどるバスハイク
 
第5回 鞍手・宮若
物部の里
     
2017年4月13日(木) 

   

「歴史と自然をまもる会」主催のバスハイクで、案内を務めます。
今回は鞍手町から宮若にかけての神社を訪れます。

香椎に向かう道中、仲哀天皇と神功皇后は遠賀川を後にして鞍手で上陸します。
古物神社はその行在所で、
隣には『太宰管内志』を著した伊藤常足の邸があります。


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(古物神社)


天皇と皇后は神崎神社を通って白山嶺を越え、宮若市の春日神社、
笠松神社、若八幡宮、山口八幡宮にその足跡を残していきました。




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(左手前 剣岳 正面 六ケ岳)


今回はこの物部の里を訪れ、国指定史跡の古月横穴、
教科書に出てくる装飾古墳の竹原古墳も見学します。



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(竹原古墳)



天神8:30―(鞍手)古物神社・伊藤常足邸―神崎神社
―古月横穴―鞍手歴史民俗博物館―剣山―
(宮若)春日神社―笠松神社―竹原古墳―若八幡宮―山口八幡宮―天神



①古物神社・伊藤常足邸(上巻18)鞍手町 仲哀天皇と神功皇后の行在所
②神崎神社(上巻19)鞍手町 神功皇后が通過した
③古月横穴 国指定史跡
④鞍手歴史民俗博物館
⑤剣山
⑥春日神社(上巻20)宮若市 神功皇后の馬の鞍を大楠に掛けた
⑦笠松神社(上巻21)宮若市 神功皇后が笠を松の木に掛けた
⑧竹原古墳 国指定史跡
⑨若八幡宮(上巻22)宮若市 神功皇后がここに立ち寄った
⑩山口八幡宮(上巻23)宮若市 神功皇后がここで休んで見坂峠に向かった

つつじの美しい季節ですね。
「脇巫女」の舞台としては古物神社(ふるべもののべ)と神崎神社が該当します。
剣岳はヤマトタケルの旧跡ですね。

どなたも参加できます。

申し込みは「歴史と自然をまもる会」へ。
http://rekishi-shizen.com/
メールも受け付けますが、電話やFAXが確実です。




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by lunabura | 2017-03-12 18:41 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご58 ミヤズヒメ



ひめちゃご58

ミヤズヒメ
 


2016年3月10日 結願


ミヤズヒメはフルベの倉に匿われていた。

「暗い。誰も帰ってこない。このような所に閉じ込めて。
タケルさまは何処じゃ。
何があった。
タケルさまに何があった。
外のモノノベたちがざわついている。
こんな倉に入れて。

カネモチは何処じゃ。

みな、武器を持って固めている。
戦があるのか。

カネモチは何処じゃ」

「ははっ。ここにおります」
サンジカネモチは両手をついて頭を下げた。

「タケルさまはどうした」
「…」

「何をした」
「姫…。タケルの命はもはや…。
姫を苦しめたタケルは在らず。
姫のため、この手で。
守るため。

ご安心なされ。
カネモチがこの手で…。
姫、もう心配いらぬ。
姫、我に続け。
この地を去りましょう」

「わらわは待つ。
タケルさまを待つ。
あの方は死んだりなんかせぬ」

「タケルは二度と現れませぬ。何とぞ、我とともに」

「わらわの前から去れ」

「何とぞ我と共に」

「わらわの前から去れ」

「それほどまでに…。お許しくだされ!」

サンジカネモチの左手が剣を掴むと、次の瞬間、ミヤズヒメの喉できらめいた。

一瞬のことだった。
ミヤズヒメは自分の死さえ自覚できなかった。



ミヤズヒメの霊が語り出した。

サンジカネモチすなわち星読がまだ目の前にいた。


「わらわはカネモチに刺された。のどをやられた。
人を思う一途な気持ちが…
何故このような事態に流されねばならぬかのう。
遠い異国から来て、やっとこの地に根付き、このようなことになろうとはのう。
何故、タケルはわらわの元に来ぬ。

星読「戦のことで心がいっぱいだったのです。
人を思う気持ちの余裕がなかったのです。

「ジングウと会っているのではないか」

星読「密談をしていました」

「わらわよりジングウと会っているのではないか。
そんなにジングウはすごいのか」

星読「姫を苦しめている者をサンジカネモチが…。
姫は誰にも渡さぬ。
生まれ変わられて、また一緒に」

「われは行くぞ」

ミヤズヒメは崋山から離れていった。

ミヤズヒメの命を奪いし者、サンジカネモチ。


***

これもまた一年ほど前のことだった。

ようやく書くことが出来た。



<2017年2月11日>


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by lunabura | 2017-02-11 19:52 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)

第4回 バスハイクご案内 3月

4回 バスハイクご案内 3月

「歴史と自然をまもる会」の3月のバスハイクのガイドを務めます。

神功皇后の足跡をたどる
 第4回 遠賀川中流域

神夏磯姫・夏羽・田油津姫の里
    2017331日(金)   


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中間市の埴生(はぶ)神社は仲哀天皇と神功皇后の(あん)在所(ざいしょ)です。
桜の名所で、垣生(はぶ)羅漢百穴があります。

今回はこの桜を見ながら、遠賀川の中流域、香春(かわら)岳の麓の鏡山大神社、
(かむ)(なつ)()姫や夏羽(なつは)田油津(たぶらつ)姫の話を伝える若八幡神社、
神功皇后の産屋を守った田原麿の正八幡神社、
日本武(やまとたける)尊ゆかりの剣神社、
皇后の連れていた神楽人を指導したという(げき)()神社などを訪れます。

天神―剣神社(鞍手)-埴生神社・垣生羅漢百穴(中間)-若八幡神社(田川)―鏡山大神社(田川)―正八幡神社(田川)―撃鼓神社(飯塚)―小正(おばさ)西(にし)古墳公園(飯塚)―天神



神功皇后のガイドブックでは次のように対応しています。


➀剣神社(上巻17 神功皇后は日本武尊の旧跡で祈った

②埴生神社 (上巻13 仲哀天皇と皇后は航海の安全を祈った

 垣生羅漢百穴

④若八幡神社(下巻60 皇后軍は夏羽を滅ぼした

③鏡山大神社(上巻14 神功皇后は自分の御魂を鏡に鎮めて祀った

⑤正八幡神社(上巻16) 田原麻瑠は皇后の三韓征討に随行した  

⑥撃鼓神社 (上巻15) 太鼓と笛の神が神功皇后の神楽を指導した 

⑦小正西古墳公園 まりこふんによる美人埴輪コンテスト第一位!



いよいよ「脇巫女」「ひめちゃご」の舞台に差し掛かってきました。

➀剣神社(上巻17)は鞍手町の木月の剣神社です。

ガイドブックをご覧くださいね。

ヤマトタケルの行在所で、のちに神功皇后が祈った場所として伝わっています。

「脇巫女」では「月守の民」の子供たち(巫女)を養育した所

という設定になってますよ。

天神を8:30に出発します。

集合場所は日銀の横の路地、ローソンのそばです。

(初めての方は必ず場所を確認してください)

満席の場合は8:10から座席のくじ引きがあります。

申し込みは以下の「歴史と自然をまもる会」までどうぞ。
(リンクしてます)






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by lunabura | 2017-02-07 20:03 | バスハイク | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご56 ムナカタモノノベ


ひめちゃご56

ムナカタモノノベ
 



「脇巫女」のあらすじを書いていると、次々に疑問が湧く。
随時、星読に確認しながら詰めていったが、
資料を整理していると、一回目の結願のメモが出て来た。

結願の途中、「ムナカタモノノベ」が出て来た。
当時は理解できない内容だったので、書くことが出来なかったが、
今なら話が分かる。

そのあらすじは「脇巫女43―物部サンジカネモチ」に書いているが、
やはり分からずに書いていて、訂正が必要な部分があるようだ。
しかし、いまだに分からないというのが正直な感想だ。

今日はその時の対話を具体的に書いてみる。

足りない部分があるが、そこは関係者たちにコメントを入れてもらおう。

サンジカネモチは熱田モノノベの一員で、六ケ岳を守っていだが、
鞍手にはその前に開発者がいた。
それがムナカタ族だった。
のちにムナカタモノノベとなるようだが、
この日出て来た男は怒り心頭に達していた。


***


2016年2月23日。

ムナカタ「我の怒りをそなたは聞いておろう。
我らの思いを踏みにじるのが人間。
この地はそなたらものか。
この地を守るという我らの先人たちの思い。
何をもってもこの怒りはおさまらず。
守ろうとしたものが分かるか。

ムナカタを押さえるモノノベ。

我らムナカタ。

モノノベが分裂したのは知っておるな。
我らムナカタ族が大事な鉱山から採れるものをモノノベが奪い、
熱田神社の裏手に武器を隠しておった。
四方八方から狙われている。
ムナカタのものをモノノベが奪った。

フルベモノノベ358人。リーダーだ。
モノノベはヤマトタケルの出現で二手に分かれた。
思いを一つにしてまとまっていたのが、ヤマトタケルのせいで。
鉱山の武器の開発で思いがバラバラになった。

フルベモノノベはヤマトタケルについた。

何故モノノベが守っていた物をヤマトタケルに譲らねばならぬ。
我らはここを耕し、鉱山を見つけて暮らせるようにした。

ヤマトタケルは正義の味方か?
討ったわれらは悪役か?
ヤマトタケルは何人殺した。」

菊如「役がすり替わっているのですね。
ひもろぎに人が集まっています。
真実を解き明かしたいのです。
資料がないのです。
お手伝いさせてください。
モノノベの真実を知りたいのです。
知らなければ守れないのです。」

ムナカタ「九州は今の半分の大きさだった。
モノノベがいた。
この島国を狙い、シラギ、クダラらが船で目を盗んで住んだ。
日本を国外から守ることがせいいっぱいだった。
いつも戦い火薬や武器を造った。
元からの農耕の者とは仲良くやっていた。
戦闘が激しくなり、武器を持ち、隣国と戦った。
ヤマトタケルが統治するというが、全然違う。
モノノベは古くから日本にいた。

ムナカタモノノベの神はスサノオ。
三女神は熱田モノノベ。
鉱山には黒玉という貴重なものがあった。
相手を討てば一撃。ヤリ、カタナ、弓の矢、一撃で死ぬ。

星読「私の名前は分かりますか」

ムナカタ「サンジカネモチ。熱田だ。
お前が一番知っておろう。
サンジカネモチがヤマトタケルを殺した。
倒れて水を飲んだ。
血だらけで泉水で水を飲んだ。水銀の水。
鎧塚で死ぬと、鎧を埋めた。
五人のの守り人は中山の剣山にヤマトタケルを埋めて死んだ。
ミヤズヒメは熱田。
ヤマトタケルは日本人ではない。
ジングウは日本人。」
るなを見て
「そなたはヤマトタケルを。
どんな思いか、それは言えぬのう」
意味深な顔をして言った。
思いのたけを述べた男は「ああ、良い日だった」
と言って去った。

***

鞍手を開発したのはムナカタ族だが、
のちにモノノベに吸収され、ムナカタモノノベとなったようだ。
シラギやクダラの国名はずっとのちの時代のものだ。
現代人に分かるように代表する国名で表現されるのは、
よくあることだと理解している。

三韓を馬韓・辰韓・弁韓・伽耶諸国といわず、
百済・新羅・高句麗・任那というようなものだ。

楽浪郡と言っても分からない時には古代中国と言えば分かるのと同じ。

<2017年2月6日>











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by lunabura | 2017-02-06 21:33 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(8)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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