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ひもろぎ逍遥

明日、627のバスハイクは延期になりました



明日は「歴史と自然をまもる会」主催のバスハイクの予定でしたが、
梅雨前線が北上して雨がひどくなる予報が出たため、中止になりました。
あらためて別の日に設定されるそうです。

申し込みの方には今から(16時半以降)直接、連絡が入ります。
よろしくお願いします。

延期の日程が決まったらまたブログでも紹介します。



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# by lunabura | 2019-06-26 16:32 | バスハイク | Comments(0)

剛羅、酒匂、佐甲、合屋の由来 ベンガラと採掘現場




<相模足柄(神奈川)で赤鉄鉱剛羅(ごうら)とも酒匂(さかわ)ともいう。今も湯の名、川の名で残っている。

噴火の灰が天の雨と地の熱で分解した鉄分の多い土砂のことで、紅柄(べにがら)(辨柄(べんがら))の名が通っている。

昔は山の斜面を鋤でけずってその斜面に露出した地層の重なりの中から、特に古い湯脈の筋目にそって縦に切り割り、掘り刳る採掘現場佐甲(さこう)あるいは合屋(ごうや)といった。

 ここに「ごふ」とは果実の中の種子のかたまりを言い、また人間の臓腑のことをいった古語である。(略)

その昔は深く入れば入るほど無限の金と力を無料で与える鉱脈のことであった。竹取物語のあたりから「さか」も「そこ」も女人の陰唇の隠語になって本来の意義は隠されたのである。>
                          儺の国の星拾遺 239


以上はオリオン座の右上に輝くベラトリックス星の説明に出てくる文章である。

ベラトリックス星は「陰(さかの)星(ほし) 允(さかの)星(ほし) 胤(さかの)星(ほし) 」と呼ばれた。


「さか」とはもともと赤鉄鉱を指す言葉で、それがオリオンの星につけられたという。


剛羅、酒匂はベンガラ。
佐甲、合屋はその採掘現場のこととする。


あらためてベンガラをウィキペディアで確認すると、
ベンガラはオランダ語であり、

<日本では、江戸時代にインドのベンガル地方産のものを輸入したために(天竺国であるベンガルの地名が起源)「べんがら」と名づけられた。>

とある。ベンガラという単語自体は江戸以降に使われたもので、それ以前は「さか」「ごう」が基本語だったことになろう。


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# by lunabura | 2019-06-24 21:17 | <地名の由来> | Comments(0)

本日はありがとうございました。 次回は「大伴旅人」です



今日の歴史カフェ、無事に目的の所まで進みました。
参加の皆様、ありがとうございました。

2時間で通してみると、新たに見えてくる世界もあり、発見も多々ありました。

これで真鍋の星の話は「ありなれ川」「北の星」「シリウス」「オリオン座」が完成しました。

「星と氏族」の関係は「神と氏族」の関係とも置き換えられ、シリウスだと安曇やエジプト、オリオンだと八幡と金星暦やヒッタイトと三輪山などと、固有の単語が集中して出てきます。

これらを比較していくと、古代の部族のルーツから倭国の新天地まで、おぼろげですが、見えてくるものがあります。

真鍋の本の解読は、これからも少しずつですが、進めていきたい道です。


さて、歴史カフェが終わって、例の如くお茶飲みしましたた。
また、日が長くて涼しかったので、公民館の裏手にある公園(キャンプ場)に探査に行きました。

現地は当初から古代の集落がありそうな地形だと思ったのですが、実際に行って見ると、その起伏や展望はまさにそうだと思いました。

古墳らしきものもありました。それは二段の円墳に見えました。五郎山古墳と雰囲気が似ていたのです。が、よく見ると稜線が流れていて、前方後円墳らしくも思われました。

この付近は宮地嶽古墳が出来る直前まで前方後円墳も造られていたので、ちょっと期待が持てます。

数人で探査をしたのですが、スマホでコンパスを出して方位を見てくれる人、開発前の航空写真を出して現在と比較してくれる人、円墳の向こうに灯籠を見つける人、周囲の山や地名を教えてくれる人など、職人集団のようで疑問がどんどん解決していきます。

円墳なら装飾古墳の時代かも知れず、また前方後円墳でも王塚古墳のように装飾があるのもあるので、どんな石室かな~と妄想が止まりません。位置的には宮地嶽古墳と手光波切不動古墳の中間点でした。資料を調べてみましょう、と言ってくれる人もあり、楽しみが増えました。


さて、次回の歴史カフェですが、テーマを早速決めました。
「大伴旅人」をやります。

大伴旅人の歌は70首ほどありますが、ほとんどが福岡で詠まれたものでした。
福岡県人なら、これは知っておく方がいいなと思ったし、なかなか魅力的な人なので、これを紐解くことは人生を豊かにするな、とも思いました。
福岡に再訪した時、旅人は60歳代でしたよ。

万葉集は手元に置きたい歌集ですが、4000首となると途方にくれてしまいます。
「大伴旅人の歌集」としてテーマを絞って仕上げると、素敵だろうなと思った作品群です。

日程は7月21日(日)2時~4時で、場所もいつもの福津市中央公民館です。

詳しくは、後日、改めて案内します。

<20190623>


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# by lunabura | 2019-06-23 22:07 | 歴史カフェ | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25