ひもろぎ逍遥

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ワダツミ5 七つの珠 ウガヤフキアエズ 



 ワダツミ5  

七つの珠 ウガヤフキアエズ 

 
  
 
 
そろそろ夕闇が迫ってくる時間になった。
私たちは志登神社を出て二見ケ浦に向かった。
菊如と崋山は「何か」を受け取る所を探している。

「ここ!」
二見ケ浦の櫻井神社の大鳥居の所で菊如が言った。
ここは二見ケ浦でも西のはずれだった。



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浜に出て右手を見るとカフェの明かりが遠くに見えている。快晴だったのに、いつのまにか雲が広がり、強烈な冷たい風が吹きつけていた。

「道がみえる」
と菊如が海を示す。

そして、菊如は海の向こうから「何か」を受け取った。









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海風がひどかった。
写真を見ると、丸の中に風神がいるんじゃないかいな。
角をはやして、左に風袋もってない?



車に戻ると、二人は霊視を始めた。
「黒色の箱だね。中は何も見えん」
「枠は光っている」
「真珠?」
「卵?」
「ウミガメの卵?七つあるね」
そんな話を二人がしていた。
いったい何が何やら。訳が分からない私は記録係として記録をするだけだった。



その夜、崋山から連絡があった。二人はあれから玉手箱の中を精査したという。その概要を教えてくれた。

玉手箱の中には亀の卵を象徴する珠が七つ入っていた。それをどうしたら良いか、ワダツミの神が教えてくれたそうだ。

「海の向こう側から攻撃が近づいている。空からの攻撃は見せかけで、海から船で上がってくる。海の底から来る。深い結界を張らねばならない。

そのために、この七つの珠を七か所、海関係の神社に行って納めて来よ。代わりに宝具を貰い、某所に納めればよい」

という内容だった。豊玉姫の話と通じていた。

「海関係か豊玉姫関連の神社だけど、るなさん知ってる?」
「そうね。神功皇后の本にいくつか書いてる。天神の三越前で話した時の資料にも、いくつかリストを挙げてる」

たまたま、資料の残部を二人に渡していたので話は早かった。
そこでいいのかどうかは、現地に行ってみないと分からない。
はたして二人は行きつくだろうか。いくつか道が難しい。

こうして、私はいつのまにか「七つの珠」に関わり始めていた。

「ところで、ワダツミの神は男だった?女だった?」と聞くと、崋山はポセイドンに似ていると答えた。なるほど、男神だったか。


いったん電話を切ったが、しばらくして菊如から電話があった。

「ウガヤフキアエズが出て来たので、電話を通して話を聞いてほしいんだけど」
「え?私が質問するの?用は無いのに?」

こうして電話セッションが始まった。
ウガヤが懸かった崋山と私の一問一答だった。


ウガヤが語り始めた。
「私たちは迫害されて移動した。我が一族と共に総勢112人。6艘の船に乗って行った。
元の地は安曇の地だが、そこから船を出した。風に乗り西の方に回って着いたが、そこでは言葉が通じなかった。そこはウド。」

「鵜戸神宮?宇土半島?」
「日が落ちる地」
―それなら宇土半島だ。

「どうして追われたのですか」
「この海を血で汚す者たちが現れた。白い銅の槍を持って攻め入ってくる者たち。黒髪、黒ひげの一族。目は黒。金色のひも。われらの地一帯に攻め入って来た。
戦いは好きではない。我々は海と共に生きる」

「元の場所とはどこですか」
「生まれた所から動いていない。志賀島。フキアエズ朝があった」

「志登神社には王朝がありましたか」
「志登神社の所は浮島になっていた。あとは海だった。神々が集う地だった」

「二見ケ浦の海路が閉じたり開いたりするのは?」
「海の者が発着する。朝は逆風が吹く」

「一族は沢山いたのですか」
「我らの一族は海と陸にいた」

「安曇ですか」
「われらは安曇」

「あなたの目の色は」
「青い色。今で言うヨーロッパから船に乗って来た。我ら一族にはエラ呼吸の痕がある」

「ホモサピエンスではないのですか」
「人間と交わってできた。人間と海の者の間。豊玉姫と山幸彦が契を交わして新しい種族を創った」

「あなたの御子は神武天皇ですか」
「ちがう」

「あなたの父君の名は?」
「…」

「言いたくない?」
「わが父から迫害された。我は安曇の一族と思っておった。海の人間の間に生まれた特別な力を持った者。われらは西へ西へと逃げて行った」

「どこに着いたのですか」
「穴の空いた岩が見える。ウーロー。ウーロ」

「ウーロ、今の宇土半島ですか」
「6艘で出たが3艘が着いた。神武とは関係ない。ウォーガ。モガ」

「茂賀?熊本の?」
―茂賀なら安曇がいる!
「…。新しい地で何がしたいか、何ができるか分からない。」

「あなたの子息は?」
「いない」

神話とは全く違う系図のようだ。状況が良く分からなかった。
メモが途切れ途切れで心もとない。

ウガヤが言うには志賀島にフキアエズ朝があり、ずっとそこに住んでいた。
目は青色で、もともとヨーロッパから渡来したという。
人間と海の者との混血とも。
安曇だと言ったが、途中で安曇ではないことを知った、と告白した。
子供もいないなら、神話に出てくるウガヤフキアエズとは別人となる。
神話では玉依姫との間に神武天皇らが生まれている。

このウガヤの場合はフキアエズ朝に黒目、黒髪の一族が襲って来たので6艘で脱出したが、3艘しか宇土には着かなかったという。


現実世界で宇土半島に行ってみると、歴史資料館に甕棺があった。福岡では御馴染(おなじみ)の巨大な甕棺だが、驚いて尋ねると、甕棺は宇土が南限の地だという。

宇土地方は熊本平野から南下する時、必ず通らねばならない谷だったそうだ。
谷の両脇の丘には古墳群がある。古代には谷も海だったかもしれない。

ウガヤはこの付近に到着したのか。穴の空いた岩があったという。


さてその日、電話を終えて深夜に風呂に入っていると、外から大勢の男たちの歌声が聞こえてきた。呑んでいたとしても、深夜に大声で歌うなんて非常識だ。

いつまでも歌っているので、窓に耳を近づけて耳を澄ますと、全く静かだった。
???
ところが、風呂に浸かると歌声が聞こえる。

二度やってみたが同じだった。
気持を切り替えてメロディーを覚えることにした。

ソーソレ ソシシッ ソーソレ ソシシッ ♪

言葉は分からないが、アップテンポで、男たちが大勢で胸を張って自らを鼓舞するような歌だった。11月11日のことだった。

同じようなことが11月22日にも起こった。
今度は大正琴のような音色で、やはり大勢の人が鳴らすような楽曲だった。
8分の6拍子だった。シンコペーション。

ッシ ドッド―ッシ 

こんな感じ。あとは複雑で覚えられなかった。備忘として記録しておこう。



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# by lunabura | 2018-09-23 17:27 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ワダツミ4  豊玉姫 志登



 ワダツミ4  

豊玉姫 志登

 
糸島の伊都と志摩の中間にある志登(しと)。

かつては糸島水道があったという。そこに安曇の寄港地と天文観測所があった。
今は志登神社が鎮座している。

祭神は豊玉姫命。
相殿に和多津見神、彦火火出見尊、息長帯姫命、武内宿禰命。
(豊玉姫の父、夫、神功皇后、武内宿禰)

11月11日の17時ちょうどに着いた。
冬の低い太陽が傾き始め、太陽光線が参道をまっすぐに通り、神殿を照らしていた。


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丸い輪になった光が神殿の中央より少し左に当たり、中央に移動しつつあった。
「これがサインよ」と菊如が言う。

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太陽の光がまっすぐ参道を進んで神殿に到達する。
これだけでも奇跡的な瞬間だった。


参拝を済ませて写真を撮っていると、菊如が私を呼んだ。
「豊玉姫!」と小声で言う。

崋山に豊玉姫が懸かっていた。そばで菊如が声を掛けている。
光が二人を照らし出した。

豊玉姫は気品のある女性の姿だった。片手を軽く胸の前に挙げて神殿に向かってたたずんでいた。

菊如が「お久しぶりです」と姫に声を掛け、続けて「るなさん、聞きたいことはある?私は歴史の事分からないから」と言った。

そんなあ。私、別に用は無いけど…。
でも、何か聞かなきゃ。
そうだ。
豊玉姫は何故、子を残して綿津見宮に戻らなくてはならなかったのか。
神話の真相を聞こう。

「山幸彦と分かれた本当の意味は何ですか」
すると、豊玉姫は静かに答え始めた。
「私はあの時、二人の子を生みました。ところが、双子は縁起が悪いと言われて一人は殺されてしまいました。わが父は腹を立てて、私を連れて帰ったのです。

「人間と海の者の間に生まれたウガヤフキアエズには海の者の加護を」
と父は玉依をお側に付かせました。玉依は海に帰ることを許されず、神社に入ってこの国を守っているのです。

「豊玉姫と玉依姫は姉妹ですよね」
「私は一人でございます。兄弟姉妹はいません。
が、七人ほどで兄弟として育てられました。
ワダツミの力を持った者。
海とこの地をつなぐ者など。
合わせて七人、これをすべて玉依と申します。
海とこの地のつながりを保つ者たちでございます。
私は父に会いに海に戻る事もできますし、山幸彦と暮らしたことは後悔していません。物の考え方が違っているだけなのです」

菊如が尋ねた。
「玉依に庸(よう)という名の者がいますね」
「庸もまた、ワダツミの力を持つ者と人間との間に生まれたる者。庸は乳母のようにして育ちました」

私は尋ねた。
「ウガヤフキアエズを育てた人ですよね」
「玉依とは、海からの言霊を聞く者」 

「玉依がウガヤフキアエズと一緒になって子供を生みましたよね」
「一緒という考えは今とは違います。この世に子孫を残す。それだけ。愛されたり愛したり、慈しんだりというわけではありません。愛より、尊敬する思いが強いのです」

菊如が尋ねた。
「姫はウガヤフキアエズを見守ってこられたのですか」
「私は祈る事しかできない。封印されて動けなくなったところで、あなた(菊如)に助けられました。ウガヤの底の底に眠る龍は私が守っており、動くときには目が覚め、その力を発揮します」
そう言うと、白皇を見て語りかけた。白皇はウガヤフキアエズの転生者だという。

「わたしを恨みますか?
どう生きるか。
授かった宿命は変えられません。
ただ海には帰れない」

菊如はさらに尋ねた。
「大国主神社に何故おられたのですか」
「大国主と共にあの場所にきました。そして何者かにあの場所で封印されてしまいました。大国主の仕業ではありません。

海の門を無理に開けさせ、入ってはならぬ者を入れようとした者がいたのです。
私を封印して父に掛け合ったのです。

封印されたのは私の分御魂(わけみたま)でしたが、私の思いがあそこに残ってしまったのです」

私は尋ねた。
「対馬にお墓がありますよね」
「対馬にずっとはいませんでした。そこに埋められてもいません。燃やされて灰になって海に流されました」

「何処で燃やされたのですか」
「島。石が沢山ある島。
役割が終わり、亡骸(なきがら)がこの地に留まることを、私は拒否しました。
私は玉依に頼みました。
燃やしてくれ。海にまいてくれと。
潮に流されて志賀島に帰れるようにと。
風に乗って。波に乗って」

石が沢山ある島といえば相島(あいのしま)だ。安曇の墓所と聞く。

スマホで相島の一番大きな積石塚を見せた。

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「これですか」
「そうです。そこです。
それは祭壇です。
私は石の上で燃やされました。
私たち海の者は土に埋められることは好みません。
燃やされて灰になり、天に帰るのです。
石の上。
暗い空。星しか見えぬ夜に」

暗い空というのは新月の頃のことだろうか。
海の者たちは満天の星の元で昇天していくのか。

相島の長い百合ケ浜は掘っても掘っても石だけしか出ないという。
古墳が造られる前の時代からあの地は葬送に使われていたのだろうか。

相島の積石塚で一番大きな120号墳は四角い積石塚の上に石囲いの石室がある。
そして手前には祭壇がある。

今見るものは崩れたものを再現したものだ。原形はまた違ったものかもしれない。

結婚について、私はもう一度尋ねた。豊玉姫が答えた。
「結婚のため、何度も通って夫と逢います。
安曇の婚姻は反発する者も多かったのでございます。
しかし、新しい時代、種族を増やし、それぞれの良き所を伸ばして増やしていく。
それが必要だったのです」

「糸島で暮らしたんですね。二人の住まいの跡は何処ですか」
「染井の山の麓です」

――あの染井の井戸がある所か。意外な場所が出て来た。

豊玉姫はもう一つ大事な話をした。
「天と地、海と空、八百万の神と仏教の神々、すべてが一つにならねばなりませぬ。
それぞれが別々に働く時は終わりました。
海から攻撃するものがあります。海の力を借りて防ぐ時がきているのです」

最後に菊如が「何かお願いすることがありますか」と尋ねた。
すると、豊玉姫は
「わたくしの分御魂をこの子に」
と言った。
長い時を越えて転生したウガヤフキアエズに分御魂が与えられた。


それから豊玉姫は去った。


崋山が後で話をしてくれた。

豊玉姫は一人っ子だった。陸の竜宮城とは志賀島のこと。

日本という島国に外から入ってくるものを、鬼神一族が守っていた。しかし、自然破壊で鬼神一族が日本を守れなくなっている。鬼神とは荒魂のようなものだという。


姫の心には志賀島への思いがあった。
海の民の血を引くものたちは土の中に埋める感覚がない。
それで土に埋葬するのはいやだが、海に帰る方法として灰にしていた。

昔、相島の人は火葬をしていた。当時、いろんな種族がそこに集まっていた。
相島は終わりの島。亀が死ぬところだと語った。




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気が付くと、40分以上経っていた。
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もうすぐ太陽が正面に来ようとしている。
時間の感覚がなくなっていた。


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龍が太陽の珠を抱えているかのよう。
豊玉姫は龍女とも言われていた。









染井神社 『神功皇后伝承を歩く』下巻63


20180922



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# by lunabura | 2018-09-22 19:49 | 「ワダツミ」 | Comments(3)

ワダツミ3 糸島の引津神社 桜谷若宮神社



 ワダツミ3  

糸島の引津神社 桜谷若宮神社

 
  
 

 アジャーシタの言う「812年前」について記録ノートを見返すと、次のようなメモが出て来た。

「宗像市八所宮 800年前の地震で埋まった。争いの時、救護所となった」
菊如の言葉をメモったものだ。812年前という、妙にリアルな数字と関係あるのだろうか。

西暦1200年頃に地震はあったのだろうか。

調べると、西暦1200年頃に南海トラフ地震が起きたとする説がみつかった。そうすると、連動して大地は動いたかもしれない。筑紫は鎌倉時代にも解決すべき何らかのトラウマを抱えているのだろうか。

さて、私たちはアジャーシタが封印されていた糸島市志摩船越の綿積神社を離れ、裏山への登り口を探しながら移動した。すると、「引津神社」に出た。




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ここからなら登れそうだ。崋山がさっさと裏手にまわって登って道を探したが、結局見つからなかった。

ここはもともと「十六天神」と称したものが「引津神社」と改称したという。

祭神は日高彦穂瓊々杵尊。伊弉諾尊,伊弉册尊。(ニニギ、イザナギ、イザナミ)

何故この三柱が祀られたのかは不明だ。が、ニニギノミコトは糸島の志摩を中心として十数社祀られている。歴史的な痕跡ではないかと考えたこともある。



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ここから船越湾が良く見えた。

綿積神社の上に出ることは断念して、桜谷の若宮神社に向かった。





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知る人ぞ知る桜谷の「若宮神社」だ。かつては「桜谷神社」と称したという。
志摩船越の半島の谷に鎮座している。




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祭神は「苔牟須売神」(コケムスメ)と「木花咲耶姫」の二柱だ。

「苔牟須売神」とは「磐長姫命(イワナガヒメ)」のことと地元では伝わっている。

『糸島郡誌』によると、
「寛永元年(1624)11月5日、浦の漁人仲西市平の妻に神告ありて、初めて勧請せしという。文政六年再建せり。」
とあることから、二柱は江戸時代に祀られ始めたことになる。

古代史では、この「古計牟須姫命」が「君が代」の「苔もむすまで」と対応するという説があるが、時代的に整合しない事が分かった。

菊如が祝詞を挙げ、参拝を終えたが、二見ケ浦に戻るまでには時間が余った。

「るなさん、何処がいい?」
と聞かれる。
「豊玉姫といえば志登神社よ」

「朝から、志登神社って言ってたね」
そう、豊玉姫なら志登神社でっしょ。
豊玉姫が上陸して髪をくしけずったという安曇の宮。
行くなら、そこでしょ。


20180922






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# by lunabura | 2018-09-22 13:23 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ワダツミ2 アジャーシタ 玉依



 ワダツミ2  

アジャーシタ 玉依

 
  
 
2017年11月11日。

菊如と崋山と白皇そして私。四人で糸島の二見ケ浦に向かった。
晴天だ。


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美しい二見ケ浦。




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命を生み出す海。




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夫婦岩と鵜。

二見ケ浦で過ごしたあと、再び夕方にはここに戻って来る。
その時、菊如と崋山は何かを受け取ることになっていた。
それまでは何処かで時間をつぶさねばならない。



菊如が「るなさん、何処に行ったらいい?」
と尋ねた。やはり返事は同じ。
「平原遺跡!豊玉姫なら志登神社!」と答えた。

菊如は「もう一度、桜谷の若宮神社に行きたい」と言った。
そこは菊如にとって謎解きの始まりの宮だった。

これで話は決まり。
まずは一番近い「若宮神社」に行くことにしたが、道を間違えてしまい、着いたのは船越の「綿積神社」だった。

今思えば、そこは始まりであり、終わりだった。
間違えて行くことにも意味があったのだ。






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綿積神社の前景。






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社殿。


掲示板があった。
<綿積神社
鎮座地 糸島郡志摩町大字船越170番地
祭神 豊玉彦命、鵜茅葺不合命、豊玉姫命
例祭日 4月29日、7月15日
由緒 当社は古来齋浜に御座ありたるを秀吉の西征に際し神田悉く没収に相成り、神社も破壊に及びたれば齋大明神を現在の龍王崎に遷し今日迄祭祀せるものなり、
 昔より牛馬安産の神として遠近の信仰厚きは神功皇后渡航の砌武内宿禰をして牛馬安産の祈願をなされた因縁に依るものと伝えられる。(略)>

豊玉姫が父の豊玉彦、そして子のウガヤフキアエズと共に祀られていた。
三世代の安曇の神々だが、この組み合わせはとても珍しい。
社号も元は「龍王宮」と呼んだという。


現在地は引津湾に面した船越の龍王崎に鎮座するが、もともと「齋(いつき)浜」という所に鎮座していたものを現在地に遷したものだという。

牛馬安全の神として信仰されたゆえんは、神功皇后の三韓討伐の時に武内宿禰が牛馬の安全を祈願したからという。




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社前の引津湾。
ここから遣新羅使を乗せた船が出港した。齋浜の場所は分からないが、遠く海を越えて出港する船人たちはこの海の神々に手を合わせて祈ったことだろう。



崋山は豊玉姫を探しているらしい。しきりに裏手の崖の上を見ていた。

私はあちこち写真を撮っていたが、「るなさん、るなさん」と菊如に呼ばれた。

見ると、崋山が祠の前でしゃがみこんでいた。
そして、小さな声で何か話していた。

私は急いでノートを取り出して、それを書き止めた。

「姫は山の上で待っておられます。豊玉姫の分御魂(わけみたま)。

わしゃ、このサンゴの中に入っている。
底深く、竜宮城が我らの住む地。
しかし、門が閉められた。閉められると、その地では生きていけん。

再び門が開き、行き来ができるようになった。ワダツミの者たちも行き来できるようになった。

見よ。この瀬。われらはこの地に来れた。

わしの名はアジャーシタ。
昔、玉依(たまより)として働いておった。代々、姫たちの子を育てる役目が玉依じゃ。

神の力が宿りたる子たちを育て、学ばせ、人々のために働けるように育てるのが玉依の務め。

何人もの人が神を宿してこの地を治め、その御魂を持った者たちが集まり、この国を建て直す。

わしゃ、812年前に閉じ込められた。

この国は島国、海とのつながりが欠かせぬ。
またこの地の門が開いて、やっとこれで海に帰れる。亀が迎えに来ている」

そう言って、アジャーシタは去っていった。

見ると、崋山の前には30センチほどの高さのサンゴが祀られていた。




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アジャーシタはこのサンゴに812年前から入っていたという。

この話は2017年の事だったので、812年前は西暦1205年のことになる。この年、何が起こっただろうか。

1205年は元久2年。天皇は土御門天皇。鎌倉幕府の征夷大将軍は第3代将軍・源実朝である。執権は初代・北条時政から第2代執権に北条義時に変わった。

あまりピンとこない。

それよりも、玉依というのは役職名で乳母的な存在だったという話が新しかった。

海の底の竜宮城には、ワダツミの者たちが住んでいて、姫の子は神を宿した人として教育され、陸の地を治めたということのようだ。人間とワダツミの者は違う種族というのか。分からない。

アジャーシタが去ったあとも崋山は崖の上を見やっていた。
そこには石の台と石碑があるように見えたが、切り立った崖はコンクリートで覆われて道が無い。岬の突端のようだ。

私たちは岬の反対側から登る事にした。


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# by lunabura | 2018-09-21 20:38 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

宇土半島に行ってきましたよ



今日はバスハイクで宇土半島に行ってきました。

卑弥呼より百年ほど後の向野田古墳は出土品を見てから現地へ。
文化財課の方の案内なしには行けない山でした。
書きたい事いっぱいある。

また、阿蘇ピンク石の石棺の採掘現場は古墳時代の現場も教えてもらいました。

阿蘇ピンク石の名称も本来の「馬門石」(まかどいし)に変えているそうです。

宇土マリーナでは復元した石棺や船を見学して、船に乗せてもらいましたよ!
後日ゆっくりと記録したいと思います。



今日は時間的に大変で、行きは高速道路の事故渋滞で2時間以上遅れました。
お昼ごはんは宇城道の駅で弁当を購入してバスの中で食べて時間稼ぎ。

それでも待ち合わせの時間に一時間以上遅れてしまったのです(;´・ω・)
連絡はしましたが。

帰りは御輿来海岸やたふれ島は車中からの遠望に切り替えて、予定の時間に宇土を出たのですが…

今度は帰りの高速道路が御船や益城付近の大雨で通行止めに。
迂回してまたまた二時間のロスタイム。

一般道路でも豪雨で視界が悪く、道路の水しぶきが激しく上がり、雷まで。
あっという間に川は増水、公園は浸水などを見ながら、益城でようやく高速道路に乗りました。

いつもより遅い時間に天神に戻りましたが、皆さんの安定の平常心で無事、気持ちよくお別れとなりました。

今日の旅は臨機応変もテーマだったなあ。
災害に対応するということも学んだ一日でした。

で、こんな最中、ワダツミがホツマツタエに載っている話を電話でいただいて、目を白黒させたりして…。続いている…。

20180920







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# by lunabura | 2018-09-20 22:18 | バスハイク | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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