2026年 05月 09日
敷粗朶(しきそだ) 水城と薦神社

中国ドラマを見ていたら、堤防を補強する工事に「敷粗朶」(しきそだ)が出て来た。
敷粗朶とは葉が付いた枝を集めたもので、土手の下に敷き詰めるものだ。
ドラマでは沢山の枝が直径八十センチほどの円筒状に束ねられて数メートルほどの長さになっていた。
想像以上に円筒状の直径が大きかったので、驚いた。

これは敷粗朶を作っているシーン。
敷粗朶が水城(みずき)の底からも出土している。

水城は福岡県の御笠川を堰き止める土手で、発掘調査された時、底から敷粗朶が青々としたまま出た。あっという間に色は黒くなったが、広葉樹の葉だった。
水を制圧する為に、木の枝が活用されたのである。
その枝は葉が茂っていたので、初夏の頃のものだった。
しかし考えると梅雨のすぐ前なのだ。
川が増水する前にかなり計画的に作業をしないと、無駄骨になる。
しかも遠方から運搬しなくてはならず、粗朶を束ねるために想像を超える長さの縄も必要だったはずだ。
葛などの長いツル性植物を利用したのかもしれない。
水城の工事について真鍋大覚は、御笠川の大洪水で下流が氾濫したのを契機に、筑紫君磐井が蘇我氏の技術で作ったと記す。その土木工事で敷粗朶が敷かれたのである。
同じ敷粗朶が「枝敷き」という名で宇佐の元宮の薦(こも)神社にも伝わっている。

ここはご神体が三角池だが、もともと広大な湿地帯だったところを、秦氏の技術で枝を敷いて土手を作ったと伝わっている。
蘇我氏と秦氏がそれぞれに伝えた技術だが、中国ドラマを見て、大陸では一般的な技術だったと分かった。
しかし、これまでは敷粗朶とは、一人ひとりが担げる分量と思っていたので、ドラマを見て、自分の想像力の小ささに、あぜんとした。
水の力は想像を絶する。
古代人たちは、それはそれは強い決意で築堤に臨んだことを知った。
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