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ひもろぎ逍遥

面白かった船迫窯跡遺跡と求菩提ボランティアガイドさんたち


昨日のバスハイクは、雨が降ったり止んだり、風も吹いたり止んだりして、不安定な気候でした。


でも、タイミングよく止んでくれたりして、面白いエリアを巡ってきました。


船迫(ふなさこ)窯跡遺跡は築上町にありますが、国指定なので、期待は大でした。

で、実際に、かなり面白い所でした。


ここの特徴の一つに、古墳時代に大きな甕(かめ)を焼いた工房があった所に、寺院文化が始まると、瓦を造るようになった点があります。


土を採る場所のすぐ横に、乾燥用の巨大な建物(30メートルの長さ!)を造り、次の行程用の建物がすぐ隣に建てられていました。

そして、登り窯も目の前の丘に造られていたのです。


土取りから完成までの施設が、すべて揃って出土しているんですね。


瓦は福岡市の鴻臚館式の瓦も焼いていました。


鴻臚館の瓦を焼いたのではなく、その形式を踏襲したものを焼いたということです。


屋根を飾る巨大な鴟尾(しび)も造られました。


鴟尾は大きすぎるために、百済では二つに分割して焼いて、あとで繋ぎ合わせていますが、船迫では分割せずに一つにして焼いており、まだこのような造り方は他では出土していないそうです。


一つの鴟尾で500キロ!

二つの完成品を得るためには、八つは焼いただろうということでした。


運搬中に壊れないかと、これも心配ですね。





面白かった船迫窯跡遺跡と求菩提ボランティアガイドさんたち_c0222861_17512177.jpg



鬼瓦が太宰府出土品と似ている件も尋ねました。


すると、太宰府で使われた版木が豊前に貸し出されて、船迫で製作されたということでした。


別々の所で出土した瓦の傷が一致する事から、同じ版木だと分かったとか。


豪族が寺を建立する時には、すぐ近くで瓦工房も造ったそうです。

古代の物流が思ったよりもダイナミックに行われていたんですね。


また、香春岳では鉄鉱石が採れていた話も聞きました。


豊前では砂鉄が採れていたのですが、チタンが多くて良質では無かったけど、頑張って製鉄したとか。


これを聞いて思い出したのが、志賀島の砂鉄もチタンが多いので、製鉄が発達せず、良質な砂鉄が採れる糸島の方で発達した件です。


25基でしたか、糸島市の、九大が移転した所から製鉄遺構が出土して大騒ぎになりました。


ただ、それ以降は放置されているという話を数年前に聞きました。

あの、重要な遺跡はどうなったかな。

国指定になってたら、放置されなかったでしょうが。


で、継体期に殺された鬼神に関わる鬼塚、厳島神社、鬼の木も求菩提(くぼて)山のガイドの方に案内していただきました。ガイド無しでは全く行けなかった場所でした。


で、五名のガイドさんと聞いていたのですが、九人も待ってくださっていました。

場所ごとに別の方が説明され、バスの中も毎回違う方が乗り込んで、鬼の民話を昔語りして下さいました。


みなさん、プロ。

バスの助手席が「動く舞台」になりました。

これこそ、おもてなしですね。

皆さんの地元愛、しっかり伝わりました。


これほどの事をしていただいたから、もう一度行かねば、という気持ちになりましたよ。


先々行くのは、磐井が鬼神として祀られているという鬼神社ですが、夏が終わって涼しい季節に企画しようと思っています。


鬼が死んだという「鬼の木」では、バスから降りたとたん、土砂降り。大風。雷。

もう、傘も差せないほどの荒れ方でした。


大歓迎だったと思いました。


るな的には、ここが磐井が戦って亡くなった所だと確信しました。

何故、そう思うのか。


それは『季刊邪馬台国』の七月号に延々と書きました。

ブログで書くのはちょっと無理かな。


船迫窯跡も、もう一度行きたいという方が多かったので、また機会があったら企画したいと思います。


7月23日(土)は糸島です。

8月は26日(金)に決まりました。


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# by lunabura | 2022-06-26 17:53 | バスハイク | Comments(0)

天気予報が気になる


バスハイクの一週間前になると、週間天気予報を毎日見ています。


明後日の6月25日(土)は、今朝の予報では、午前中雨で、午後から曇。


NHKでは、昨日の段階では梅雨前線が下がって午後から大雨と言っていたので、少し条件が良くなったかなと思いました。


また、明日の予報では変わるかもしれません。


今朝、船迫窯跡公園に電話を掛けて、雨だったら室内で出土物の説明などを受けられるようにお願いしました。


午後は、アウトドアなので隠れようがありませんが、雨が止むことを期待しましょう。


午後のガイドは五人体制で、ガイドデビューされるということなので、きっと準備に余念がないことと思います。


今回行く所は「京築(けいちく)神楽」という神楽が盛んな所ですが、今回は神楽の背景などが伺えるかも、と思っています。


もし、災害級の雨の予報が出たら、スタッフで相談して、延期などの可能性もあります。

その時はブログでも案内しますし、直接「まもる会」から電話があります。


やきもきしますね。


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# by lunabura | 2022-06-23 09:36 | バスハイク | Comments(0)

糸島はやっぱり女神巡礼の地なんだ



723日(土)のバスハイクは、福岡県糸島市の旧志摩国を中心に回ります。


いつもバスの中では神社の縁起を読み、関連する古事記や日本書紀の訳文を読んでいます。

原典に触れると、真贋が見抜く力が付くからです。


で、面白い事に、地域によって読む時代が偏る傾向があります。


例えば、この春は何度も豊前に行きましたが、屯倉が各地に造られた安閑天皇の時代の記事をよく読みました。磐井の乱の直後の話です。景行天皇も多かったですが、饒速日命を祀る神社が多かったですね。


6月のバスハイクは格別、レアなコースになります。


そして、7月に行く糸島の準備を始めると、豊玉姫やワダツミの神を祀る神社が多いこと。


遺跡も支石墓とか、紀元前など、めちゃ古いものになります。

糸島はとても古い伝承を伝えている地域なんですね。


過去に造った資料を見てみると、こんな系図を書いていました。





糸島はやっぱり女神巡礼の地なんだ_c0222861_09350414.jpg

8年前に作った資料なので、綿積神社は入っていません。


神々の横に神社名を書いています。全部、糸島の神社です。


一ページに収めるために、ゴチャゴチャしていますが、神話の時代の女神や男神たちを、糸島だけで、全部参拝出来るんです。


こんなエリアは他にはありません。


そういう意味では、糸島はやっぱり女神巡礼にふさわしい所だなと、今回も思いました。


しかも、何度行っても心ひかれる場所。


7月は上の系図の北の方の神社群を回ります。


梅雨明けの厳しい夏日になるかと思いますが、海や神社の森はきっと涼風が吹いていることでしょう。


希望の方は歴史と自然を守る会に直接申し込んでください。


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# by lunabura | 2022-06-17 09:36 | バスハイク | Comments(0)

鬼塚と御許山遥拝地 磐井の供養に関わったのは秦氏か水沼族か



前回、6月のバスハイクの案内で、福岡県築上(ちくじょう)町の、


継体期に鬼の頭を埋めた「鬼塚」と鬼の手足を埋めた「厳島神社」に少し触れましたが、チェリーさんが早速調べてくれました。




鬼塚と御許山遥拝地 磐井の供養に関わったのは秦氏か水沼族か_c0222861_16412775.jpg

鬼塚 画像出典

山の信仰|信仰|まつり・伝統芸能・信仰|築上町歴史散歩ホームページ(chikujo-rekishi.jp)より


「鬼塚」は干潮になると歩いて渡れる小島にあります。


そこは、ガイドさんと待ち合わせしている金富神社の海にあるのですが、現在は周辺が埋め立てられています。


位置関係から、金富(きんとみ)神社はこの鬼塚を遥拝するような関係があったのでは、とにらんでいます。


金富神社はウィキペディアによると、

「神亀元年(724年)宇佐に八幡神を祀る神殿(宇佐神宮)を造営するにあたり、神託により当地で斧立(おのたて)神事を行った。


その際に仲哀天皇・応神天皇・神功皇后の3神を勧請して創建されたと伝えられるが、それ以前から宇佐八幡宮の元宮、若しくは霊地であったという説もある。」

ということで、宇佐神宮の元宮に当たる説があるんですね。

宇佐八幡に祀られている謎の比売神は、各地を回った結果、三女神に間違いないと思っています。


宇佐八幡宮に何故、三女神が祀られるのか、という謎について、金富神社が元宮で、もともと三女神を祀っている所に応神天皇が加わったと考えると、流れがスムーズになります。






鬼塚と御許山遥拝地 磐井の供養に関わったのは秦氏か水沼族か_c0222861_16435620.jpg

チェリーさんの調査では、そこから御許山が見えるというのです。

しかも、有意な角度。


御許山こそ、三女神の聖地。

磐井に三女神信仰が絡んできました。



また、すぐ南に厳島神社があるのですが、三女神が祀られています。

そして、そこには鬼の手足が埋められた。

これは一体何を意味するのでしょうか。





鬼塚と御許山遥拝地 磐井の供養に関わったのは秦氏か水沼族か_c0222861_16430717.jpg

しかも、三女神を祭祀した二つの宮はいずれも御許山を遥拝していて、冬至の日の出方向に当たるんですね。


明らかに、比売神信仰と太陽祭祀に関わる聖地に磐井の頭や手足を埋めて供養した一族がいるのです。


それは誰か。


太陽祭祀が得意な物部氏は戦った敵方になったので、公に供養は出来ません。


すると、太陽祭祀が出来る氏族とは?


例えば、秦氏が自分達の聖地に磐井を祀って供養した、という可能性もあります。


あるいは、三女神を祀る水沼(みぬま)の君か。


聖地というのは、他の氏族が入り込むわけにはいかない所です。

そう言う意味では水沼族の可能性が大きい。


磐井の乱で磐井の味方をした豊前秦氏は敗戦後、南に下って宇佐神宮の創建に関わったという話もあります。三女神と全く無関係でもないようです。


さらに安心院(あじむ)まで下ると、筑紫君は水沼の君だと書かれています。

やっぱり、水沼族なのだろうか。


水沼の君の聖地、久留米市の赤司八幡神社。


同じ久留米市の三潴(みずま)の大善寺玉垂宮。


後者では女神信仰に玉垂命信仰が上書きされた。


その結果、筑紫君が水沼君から安曇族へと変わった可能性があります。

でも、両者は分離しようとしても分離できないのかもしれない。


いったい何が明らかになろうとしているのでしょうか。

取りあえず、備忘録として、書いておきます。


カテゴリは何処に入れようか。

一応、「磐井の末裔たち」に入れておこう。


バスハイクでは、晴れたら現地から御許山が見れそうです。

で、チェリーさんの画像を貼りつけておきました。

まさか、御許山が遥拝できるなんて、楽しみですね。


沖ノ島と同じ、三女神遥拝じゃん。どういうこと?


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# by lunabura | 2022-06-13 16:47 | 磐井の末裔たち | Comments(2)

バスハイク 6月 築上郡は磐井の終焉地か


625日のバスハイクで依頼しているボランティアガイドの方と話を詰めました。


ずっと、磐井君の事を『季刊邪馬台国』の連載で書いていますが、フェイントで内容を知らせますと、7月号は豊前の鬼会が磐井と関わる話を書いています。


磐井の最期は久留米市か、豊前か。

一生、分からないだろうと思っていたのですが…。


いつも参照にしている「福岡県神社誌」は豊前説を否定しているのですが、実際にそこに行って見ました。


すると、あとから資料に出会い、磐井の最期について、地元にかなり濃厚な説があるのを採取しました。


詳しくは長くなるのでバスの中で話しますが、遠方の方は雑誌の7月号を御覧いただければと思います。


行くのは築上町になります。


求菩提(くぼて)歴史資料館がボランティアガイドを提供されているのですが、求菩提山は修験の山なので、寺の事は詳しいのですが、今回は私のオーダーに特別に応え、案内をしていただけることになりました。


求菩提山は猛覚魔ト仙(もうかくまぼくせん)という人が開山したのですが、その時に「継体期」に「国家に暴虐を尽くした鬼」を退治したという話があるのです。


しかも、その鬼を神として祀っているのですが、千日修行をした僧でしか拝見できない「深秘の尊体」なのです。その鬼神は人々に武道の神として強く慕われているというのです。


そして、麓では鬼が死んだ所、鬼の頭を埋めた所などが、神社として祀られています。


私はそれを、磐井の最期を伝説化したものと、考えました。


一般的には知られていない話なので、磐井の伝承地として巡る初めてのコースとなります。


求菩提山の方は、簡単な登山になるので、夏が終わってから案内したいなと思っています。


今回は麓の方を数か所まわります。

場所も観光化されていない所ばかりなので、ガイドの案内無しには行けない所です。


まさか、この場所を知ることになろうとは思いませんでした。

皆さんと一緒に行けるのを楽しみにしています。


24回 筑紫君磐井と鬼伝承・道真公上陸地  築上町・豊前市

豊国 船迫窯跡・綱敷天満宮・鬼塚

2022625日(土)

 船迫窯跡は古墳時代の須恵器や奈良時代の豊前国分寺の瓦などを製作していた国指定史跡です。太宰府の鬼瓦と同様のものも出土しています。


綱敷天満宮は道真公の船が漂着した時、綱を円座にしたという話を伝え、金富神社は宇佐神宮の元宮という話があります。


大富神社の神幸祭は藤原広嗣の乱の平定の時から始まりました。


『風土記』には筑紫君磐井が豊前に逃れた話が載っていますが、その痕跡かと思われる鬼伝承の地、鬼塚、厳島神社、鬼の木などを訪れます。


 天神(9:00)=船迫窯跡公園=綱敷天満宮=金富神社・鬼塚=大富神社=厳島神社=鬼の木=天神


申し込みは「歴史と自然を守る会」までどうぞ。

092-408-7140

会費は当日 5000


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# by lunabura | 2022-06-10 20:32 | バスハイク | Comments(7)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25