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ひもろぎ逍遥

第10回バスハイクは菊池川の装飾古墳!など




昨日の熊本の菊池川沿いのバスハイクは、朝は曇天で気温もさほど上がらず、みんな元気に過ごしました。



最初に行ったのは江田船山古墳とその古墳公園。

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あの、七十五文字の銀象嵌の大刀が出た所です。石棺が阿蘇の地震で壊れて、一時期見学が出来なくなっていたので、今回はどうかな、と恐る恐るドアノブを回すと、開いた!

皆さんにも見ていただけました。
相変わらず、羨道がなく、いきなり石室、という謎の古墳です。

図を手に清原古墳群全体を見て回りました。歴史資料館は肥後民家村の中にありましたよ。
時間ぎりぎりで発見。出土品のレプリカがありました。鏡が沢山。





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それから同じ清原台地にあるトンカラリンに。
いよいよ、懐中電灯を持って入るのですが、虫やヘビがいないか、先発隊三名で通ってみました。
何もいなくて大丈夫!

でも、中が狭い上に水たまりがあって、渋滞するところがあるので、数名ずつ入ってもらいました。
地隙の数メートル上に石の蓋がしてある何てことないトンネルなんですが、ここは体験しないと帰れませんね(^_-)-☆
案内役としては、無事に通れて一安心です。




午後からは熊本県立装飾古墳館へ。




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以前、行ったはずなのに、全然風景が違う\(◎o◎)/!

古墳館の地下に装飾古墳のレプリカが沢山、沢山あったのです!!!
何で、最初訪問した時に案内されなかったのか(-_-;)

ここ、マジ、ヤバい。好き過ぎる!!! 





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石棺のある古墳よりも、ドームの中に石屋形があって、土壙墓のように大地の上に直接おかれるタイプがマジ好きだと分かりました。

平原遺跡は土を掘った四角い穴に埋葬されていますが、それが石になったタイプ。
周囲に赤や緑の色の石壁に囲まれて。
ははは。
古墳と言ってもお墓の話ですな。( 一一)



いずれも菊池川沿いにある古墳群ですが、先月行った神竜八大龍王も水源の一つとし、多くの流れを集めていたのが、菊池川でした。

それから、あの不動岩を目印にして一つ目神社とその水源に行きました。
水源はやはり八大龍王。水がコンコンと湧き出して、手ですくって飲みました。
まろやかな水です。





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その水を利用して「鉄穴流し」(かんなながし)があっていた現場です。


それから、最後に金栗四三の生家へ。
8月22日は生誕日で、入場無料でした。
建坪100坪という大きな家でしたが、山の中。
今は道路が通っていますが、かつては寂しい所だったことでしょう。
ここから福岡との県境まで毎日走って通っていたなんて。
現地に行って理解できるものが沢山あります。


装飾古墳は一つひとつ学びたいけど、今日は備忘のみ。

この菊池川流域の装飾古墳と遠賀川流域の装飾古墳が、全く別の物ではないことは肌で分かりました。
共通のシンボルがあるんですね。
石室の形とかも。
じっくりと時間をかけて復習したいな。
来月は、その遠賀川流域の最たる古墳、王塚装飾古墳に行くので楽しみです。

<20190823>



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# by lunabura | 2019-08-23 21:16 | バスハイク | Comments(0)

連絡 バスハイク参加の方へ


明日は熊本へのバスハイクです。
天気も上々のようですね。

参加される方へ。

トンカラリンも足場が良かったら中に入ろうと思います。
よって、懐中電灯と、出来たら軍手を持参してください。

虫がいたら、中止かも。( 一一)

汚れてもいい恰好で、とか、どんなバスハイクなんだか(;^ω^)

タフなバスハイクです。


<20190821>

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# by lunabura | 2019-08-21 16:47 | バスハイク | Comments(0)

脇巫女Ⅱ 6 月守の民は古月にいた


脇巫女Ⅱ


6 月守の民は古月にいた



クリスマスの夜に「シリウスの出」を六嶽神社から見たあと、私は鞍手町史を読み返し、六嶽神社の祭祀について、香月の小狭田彦(おさだひこ)が神勅を受けて山上にヒモロギを営んだという話を読んだ。

この小狭田彦は物部氏だが、ヤマトタケルから香月姓を賜(たまわ)り、六嶽神社と直方(のおがた)の剣神社の地を褒賞としてもらった。

何の褒賞かというと、遠賀川の右岸にいた金剛タケル(弟)と佐賀にいた熊襲タケル(兄)を滅ぼしたからだ。

兄弟クマソがヤマトタケルから滅ぼされた時、クマソは滅んだ。

佐賀では、死の間際に熊襲タケルはヤマトタケルの名を自分を殺そうとする青年に献上した。

当時、小碓(おうす)という名だった青年は、この日からヤマトタケルと名乗るようになった。
以上は、各神社誌に書かれている縁起から描いたストーリーだ。

この時、星読流に言えば、クマソは名前を小碓(天皇家)に奪われた。

星読の「言の葉」はこの時代とリンクしているのだろうか。

年が明けると、星読からまた「言の葉」が送られてきた。

<2016.1.3>
聖地「六ケ岳」

月と六ケ岳が見える地に「月守の民」は幼き巫女と暮らす
そこが「古月」
その中心が「木月の剣神社」
そこから、駆けつけるも「神巫女」を守りきれずに、この地を追われる
「星読の民」「月守の民」は共にこの地を離れる

クマソに守られ
多くの者は舟で「宇佐」へ
多くの者は陸路で「佐賀」へ

この地を奪いし者たち「勝月」を名乗る
奪いし者たち、
この地の力 抑えられず
六ケ岳に屈する



星読は追記した。

<ヤマトタケルへの功績により「オサダヒコ」が「ひもろぎ」を行なった、と美化した物語にすりかえたと思います
「イチキシマ姫」(神巫女)を処刑した事実を隠すために
その処刑の地が「オダヤマ」
「香月」を受けし者たち
この者たちは現在の北九州市八幡西区香月そのものではないでしょうか?
なぜか今でも十数人の方々が「六嶽上宮」へ参拝しているそうです
ルナさん、こんなイメージが頭から離れません>

七色がしきりに謂れを知ろうとして奔走しているのが「鷹の口おだ山」だった。
この「鷹の口おだ山」こそ、私の夢の中で馬上の武人が立っていた所だった。
星読は、そこでイチキシマ姫が処刑された気がするという。

その後、月守の民と星読の民は「宇佐」と「佐賀」に逃げて行った。
いずれも三女神信仰が篤い地なので、興味深い。


さて、「言の葉」には、月守の民の居場所が綴られていた。

話題の「鷹の口おだ山」の北の方、二キロほどの所に古月(ふるつき)、木月(きつき)という地名が集中する所がある。鞍手町の中でも北の方に当たる。

そこに剣神社(つるぎ)神社があるが、そこで月守の民が巫女となる子供たちを育てていたという。奇しくも、現在幼稚園がある。

古代の日本では子供たちは集団で育てられていたという話もあるので、上の話も妙に納得したものだ。


この剣神社には「須佐之男命、日本武尊、宮須姫命」の三柱が祀られている。いずれも草薙剣に関わっている。

ここは古代は島だった。

日本武尊はここにやって来て滞在した。

その後、仲哀天皇が神功皇后を連れて来て、皇后は杉の枝を折って大麻(おおぬさ)として祈ったあと、その枝を地に挿した。それが根付いて大樹となったことから「木付き」「木月」という地名になったという。
これは「福岡県神社誌」に書かれている話だ。

今も島の名残があり、桜並木の参道を抜けて石段を上ると拝殿があるが、その左手には広い境内がある。途中で道路が貫通しているが、周囲は田が広がり、かつては海に囲まれた安全な所だったことが分かる。

そして、下の方の赤い祠には今「市杵島姫」が祀られている。



ここからは六ケ岳も良く見える。月守の民から出した姫巫女(神巫女)が六ケ岳で祈る姿を拝して手を合わせていたかもしれない。

「月守の民」というからには、月を観測していたはずだが。
そう思っていると、京都のフルツキ(人名)がそのシミュレーション図を作成してくれた。
それは、遠賀川の対岸の山脈から昇る月だった。

そこに記された山の名は
皿倉山、帆柱山、金剛山、福知山
これらの山々から日々形を変えながら月が昇る。

月は日々時間をずらして昇ってくるので、朝の時もあれば、昼間の時も、夜の時もある。
日が落ちて昇る月は満月だ。
ここできっと満月の祈りを捧げたことだろう。

そして、上の山の名にある「金剛山」!
ここにクマソの金剛タケルがいた。

香月氏の案内で日本武尊は背後に回って観察し、
正面に回って陣を構えたことが各神社に記された縁起から分かった。

歴史と星読の「言の葉」が次第に接近してきた。

星読に出会った後、出て来た「言の葉」にヤマトタケルの名が出ていた。

ヤマトタケルはなぜ「くらて」に立ち寄ったのか
   勝利を祈るためか
   戦いの時期を聞くためか
ヤマトタケルは戦いの民でもある「もののべ」にクマソタケルに嘘の報告をさせ勝利した
   大和の高い位をその報酬として・・・・・



この月守の民の時代とどう関わるのか。
星読の単なるイマジネーションなのか。

判断は出来ないが、「言の葉」の描く古代社会は少しずつ輪郭を描き出してきた。


<20190820>





「脇巫女」はコチラ  「脇巫女Ⅱ」を始めから読む⇒コチラ



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異世界小説
# by lunabura | 2019-08-20 21:10 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

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