2027年 12月 31日
2027年 12月 31日
2026年 01月 23日

新著『星の迷宮へのいざない』はAmazonのみの販売ですが、真鍋大覚を教えてくださった自然食のレストラン「くるま座」さんに報告したところ、本を置いてくださることになりました。
また、ついでと言っては何ですが、販売会も催します。
2026年1月24日(土)
14:00~16:00
です。
私が在店します。
真鍋大覚のファンの方、どんな本か手にしてみたい方、おしゃべりをしましょう。
時間内に来れない方は、預けて置きますので、いつでもどうぞ。
(私も久し振りに店主に会うので、多分、長々とおしゃべりしていると思いますが…。一緒に巨石やペトログリフを見て回ったものです。)
「くるま座」では、真鍋大覚の勉強会も催されています。また、地震雲、磐座など驚きの話が満載の店主です。(フィールドワークの達人)
「地震雲」という言葉も真鍋大覚が初めて使ったのですが、くるま座さんが真鍋大覚に直接、話を尋ねる内に、口述筆記を頼まれたと聞いています。その頃には真鍋氏はもう失明されていたのですね。
『儺の国の星』が難しいのは、記憶を掘り起こすような形になっているからだと思います。ちょうど、夢を思い出すような形です。今回の本は、それを星と日本神話に繋がる所だけを記しました。


ランチは玄米定食がありますよ~。
ご希望の方は、早目に行ってランチを食べながら待つのも有りです。
また、ドリンクを頼んでから、おしゃべりをしましょう。
車の方は駅前やクローバープラザの有料駐車場があります。
徒歩ではJR春日駅から歩いて1分です。
私に神社などの話をしたい方、何処の何神社か、「メモ」を持って来てくださると、後で思い出せます。
<20260102>
2026年 01月 22日

福岡県の筑豊地方は遠賀川を母なる川として古代から栄えた地域です。
その下流域に「稚産霊」(わくむすび)の神様があちこちに祀られています。この女神の身体から蚕(かいこ)や五穀(ごこく)が生じたというので、「絹の女神」なんですね。この神を各地で祀っているのですから、養蚕が盛んだったことが分かります。
「桑や蚕が無事に成長しますように。
美しい絹織物が織れますように。
そして、沢山の作物が実りますように」
娘たちがそんな祈りを捧げたようすが目に浮かびます。
その娘たちの中で有名なのが砧姫(きぬたひめ)です。
彼女は砧を打っていた所を日本武尊に見初められました。砧姫の父は身分が高い人でしたが、政争に負けて当地に都落ちしてきたといいます。
砧は、織り上がった麻や木綿(ゆふ)や絹を打つ棒で、柔らかくして光沢を出すものです。
落ち延びた貴族の娘が砧を打っていたということは、機織りなど、高度な技術を持ち合わせていないお姫様だったのでしょう。
村の人たちは砧姫が生活していけるように、一番単純な仕事を与えたのではないかと思われました。
しかし、砧打ちも、ムラなく同じ強度で打っていくのですから、大変な作業です。大変でも、仕上がった布の輝きを見れば、苦労も吹き飛んだことでしょう。
砧姫がリズム良く打つ音を聞いた日本武尊は「何だろう」とその屋敷を覗き込んで、その美しさに一目ぼれしたのかもしれません。二人の間には男の子も生まれ、当地の重要な役職に就いたことが各地の神社縁起に記録されています。
そこから遠賀川を遡った中流域には秦部が人口の9割ほどいたことが正倉院文書から分かっています。秦氏の功績は遠賀川、また周防灘方面に数多く伝えられています。
稚産霊神からそんなことを考えました。
<20260122>
2026年 01月 19日

昨日のバスハイクは春のような暖かさで、思わずコートを脱いで歩くほどの陽気でした。その様子は、またゆっくり報告したいと思います。
さて、長年バスハイクを主催してきた NPO法人「歴史と自然をまもる会」が、2026年3月をもって活動を終了することになりました。それに伴い、活動の一つであるバスハイクも幕を下ろすことになりました。
思い返せば、最初のバスハイクは神功皇后の伝承地を巡る旅でした。
福岡県には神功皇后ゆかりの地が数百か所も残されており、拙著『神功皇后伝承を歩く 上下』(不知火書房)で百社を紹介しました。バスハイクは、その道を実際に辿るフィールドワークから始まりました。
「神功皇后は実在したのか」という質問をよく受けますが、私は“論より証拠”。机上の議論ではなく、まず現地に立ってほしいという思いでガイドブックに仕立てました。バスハイクは、その思いを共有する場でもありました。
旅は山口県の豊浦宮から始まり、約2年かけて巡りました。
その後は福岡県にとどまらず、宮崎・熊本・佐賀・長崎へと足を延ばし、古社や古墳、遺跡を訪ねる旅へと広がっていきました。
東京や長崎から飛行機・新幹線で参加される方もいれば、地元の歴史を知りたいと現地で合流される方もいました。帰りは近くの駅で降りてもらうなど、手作りの、ゆったりとした旅でした。
ゆるい旅だからこそ、予定外で宮司さんに直接お話を伺えたり、正式参拝の機会をいただけたりという幸運にも恵まれました。
また、古墳が楽しすぎて皆さんが戻ってこず、ワイン工房が閉まってしまったというハプニングもありました。
そんな旅も、いよいよ3月で終わりを迎えます。
ブログでは、満席の回でもコースを公開してきました。
それは、この地域にこれほど豊かな歴史があることを、多くの方に知ってほしかったからです。
コースを見て、ご自身で車で巡られる方もおられます。
これからも、観光だけでは味わえない“小さな旅”のヒントとして、各地のコースをブログに残します。
バスハイクを通して、同じように歴史を愛する方々と出会えたことは、私にとって何よりの宝物です。
これからもブログを通して、ゆるやかにお付き合いいただけたら嬉しいです。
さて、とりあえずは3月1日のコース企画に取り掛かりましょう。
残り2回のバスハイク日程
• 2月8日(日):佐賀県の古社巡りと吉野ヶ里遺跡
• 3月1日(日):熊本県山鹿市の古墳と古社巡り
<20260119>
2026年 01月 17日

明日はバスハイクですね。先週は雪予報のために18日(日)に延期しましたが、明日のお昼は18度の予報で、暖かく過ごせそうです。(多分、バスの中は暑い)
朝倉市をメインに探訪しますが、朝倉はもう何度目でしょうか。見どころが多い所ですが、先日は弥生時代の羽白熊鷲と平塚川添遺跡の関係について書きました。
もう一つのテーマが、斉明天皇と中大兄皇子の舞台の探訪です。朝倉橘広庭宮に健やかな斉明天皇が到着しましたが、翌日には横の宮地嶽神社に参拝し、次の日は福成神社の三女神に参拝した記録がそれぞれに伝わっています。阿部氏、阿曇水軍、胸形水軍と神功皇后への祈りでもありました。
神功皇后と同じように新羅と戦わなければならない斉明天皇。しかも今度は新羅は唐と連合しています。朝倉に行くと、対新羅、対唐の陣営へのハブとして絶好の場所だったことが分かります。
玄界灘に立つと思いは朝鮮半島に向き、有明海に立つと中国大陸に思いが向くんですね。これは現地に立って分かった感覚です。
甘木歴史資料館も明日は考古物が展示されているのが分かりました。
楽しんできます!
<20260117>
バスハイクの申し込みは「歴史と自然をまもる会」092-408-7140
092-406-8725(2024年7月から)
(火曜日~金曜日 10時~16時)
参加費 5000円 当日払い
集合場所 天神日銀横(ファミマ横)勝立寺の前
出発時間 9時出発
集合時間 8時45分
初めての方、日銀前ではなく、日銀横の勝立寺の前です。ファミリーマートまで出るとバスが見えます。
雨天決行です。

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