2026年 06月 04日
志賀海神社と高良大社をつなぐ「子の日の松」

『高良玉垂宮神秘書』に「子の日の松」のことが出てくる。
【196条
白鳳二年の御託宣の後、上津荒木(こうだらき)の青性山(しょうしょうざん)の松を採って、高良山の後方の野山に植えられるようになった。そこを青性山の青の字を取って青山と名付けた。
青性山の木を青山に植えたことから、(混乱を避けて)青性山は「上津荒木の本山」と呼ぶようになった。】
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子(ね)の日に高良山で松を植える行事があった。これは玉垂命が大菩薩になった白鳳二年以降に始まったものだ。
玉垂命が子の日に松を三本、高良山に植えたことにちなむ行事で、松は青性山で採る。
植える場所は高良大社の裏手で、青性山の一字を取って青山と呼んだが、名前が似て混乱するので、松を採取した所は「上津荒木の本山」と呼び変えたという。
この「子の日の松」は福岡市の志賀海神社の複数の祭事に出てくる。
「鞨鼓(かっこ)の舞」では阿曇磯良丸が「子の日の松や」と言って三回まわって舞う。神幸祭の時にもこの言葉が中津宮で唱和される。
さらには、当社の縁起絵巻にも上の方に三本の松が描かれている。
当社でその由来を伺ったが、その意味は伝わっていないという。
しかし、この行事は明らかに、志賀海神社と高良玉垂宮の縁の深さを物語っている。
近年、高良大社では「子の日の松」の行事が復活した。
バラバラに知ったことが、『神秘書』の解読中に繋がった。
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