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伊野天照皇大神宮 (Ⅲ)アマテラスの二つ目の伝承  海妻甘蔵のお話から


伊野天照皇大神宮 (Ⅲ)

アマテラスの二つ目の伝承  海妻甘蔵のお話から

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海妻甘蔵の伝える伊野皇大神宮の始まり。

神社史にはもう一つの縁起が書かれていました。
『伊野皇大神記録』と言います。

その著者の海妻甘蔵は貝原益軒から200年後の幕末から明治の人です。
彼は青柳種信の『筑前国続風土記拾遺』と『日本書紀』を参考にして書いています。

伊野天照皇大神宮のいわれ

天照皇大神のご神魂を、筑紫の道の口、糟屋郡の伊野の里にお鎮めになって
この国を守り、ご神宝とともにお祀りしていらっしゃる由来を尋ねたところ、
神武天皇が大和の国の橿原の宮で皇位につかれてから14代目の
足仲彦尊(亡くなった後に仲哀天皇と送り名をした天皇)の時代のことです。


熊襲征伐の途中、香椎宮で崩御した仲哀天皇は
「われを祭れば、戦をせずとも財宝の国を得ることができる」
という神の託宣を疑ったために、その祟りをうけ早死にしました。

そのことを知った神功皇后は、小山田の村に斎の宮を建て、
神にお詫びを請いました。
三月吉日に自ら神主となり、ご託宣した神の名を求めました。
その結果、伊勢の国五十鈴の宮に祀られた天照大神であることが
わかりました。

そこで、神功皇后は伊野の里にそびえて高い神路山を
天照大神の天降る聖地として祭ったため、
熊襲をはじめ新羅・高麗・百済の三韓の討伐を遂げることができました。

仲哀天皇が登った高岳が伊野の里にあり、
斎野(いつきの)が転じて伊野となり、
はるかのちの世に猪野村となったといいます。



この海妻甘蔵と貝原益軒のお話は、全く別々の由来を述べていますが、
これは、どちらもこの宮で起こった事としていいのではないでしょうか。

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そうすると、アマテラスは合計三回、
この地に祀られたことになります。
神宮皇后が神託を得て、ここに天照大御神をお祭りした。(一回目)

それから、足利時代、京都で祀られていた天照大御神は
豊丹生(ぶにゅう)氏と共に、英彦山を経由して、この伊野へ。(二回目)

秀吉の頃に、略奪を恐れて宝満山のふもとに隠されたが、
盗まれて、大分県のゆすはら八幡宮へ。
そうして、再びこの地に戻って来られた。(三回目) 
という事になります。

この三回ともアマテラスのお告げによって祀られました。
よほど、天照大御神はこの地を愛していたのでしょうね。

まるで、元伊勢のお話のようです。

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by lunabura | 2009-11-10 00:00 | 伊野天照皇大神宮・粕屋 | Trackback | Comments(4)
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Commented by elkorevolo at 2011-05-21 19:11 x
今日、伊野皇太神宮にお参りして、古神殿跡のところでとても深い感動を覚えました。
ネットで検索して、このブログにたどり着き、なるほど、こんな由緒があったのか~っと感動しました。
ありがとうございました^^
Commented by lunabura at 2011-05-21 20:57
elkorevoloさん。はじめまして。
伊野に行かれたんですね!古神殿跡は格別な場所ですよね。
私もいつ行っても心が洗われます。
お役に立てて私も嬉しくなりました。 (^-^)
Commented by チェリー at 2015-07-06 01:28 x
lunaさん、こんばんは。
またしても、引用させていただきました。
いつも、ありがとうございます。
「地図でつなぐ聖地の旅 筑後国一宮「高良大社」その17」です。英彦山と遠見岳のラインについてです。
「その18」では、遠見岳と櫛田神社(博多・野芥)のラインについて書いてあります。
どう解釈していいのか、わからないのですけど…
お暇な時にチラッと見てやってくださいね!
Commented by lunabura at 2015-07-06 21:25
遠見岳は歴史的にも重要な山のようですね。
一緒に登った方が、頂上は成形してピラミッドになっていると言われていましたが、本当かどうかは分かりません。

天照皇太神宮は江戸時代に現在地に遷座しています。元宮は麓のバスセンター近くの民家の間です。それでも、境内整地中に鏡が出たということなので、既に祭祀が行われていたと思われます。
鏡は宗像の人が持っていったそうです。
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