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高良大社 高良玉垂宮 (Ⅰ)筑紫の国魂のおわす宮


高良大社 (高良玉垂宮) (Ⅰ)
こうらたいしゃ      ( こうらたまたれぐう )
福岡県久留米市御井町
筑紫の国魂のおわす宮

福岡の北の方から久留米市に向かうと、平野の向こうに特徴のある山脈が見えて来ます。
耳納山脈です。その右端に一段低くなった山があります。それが高良山です。

広い筑後平野のどこからも見える山で、ここは古代からの重要拠点でした。
その山の頂上よりちょっと下がった所に高良大社があります。
平野から見ても、その横の高良会館が見えてすぐに分かります。

石の鳥居を通って、ヘアピンカーブの道を上ると、開けたところに出て来ます。
道沿いの駐車場に車を止めて降りると筑後平野が一望に。まずはその眺望に見とれてしまいます。

振り向くと高良大社の赤い鳥居です。
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この先の石段けっこう長いです。
朱塗りの山門が息をきらした参拝者たちを華やかに迎えてくれます。
その山門を潜ると、また別の世界。

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拝殿は大変重厚な、伝統を感じさせる建物です。本殿と拝殿は1660年の建造でした。
これって江戸時代が始まった頃?その屋根を見るとすごいです。

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当時の最高の技術の結集が見られます。

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境内の脇では弓道の試合があってました。

さあ、御祭神はどなたでしょう。
由緒書きが書いてありました。
御由緒
左殿 八幡大神
正殿 高良玉垂命
右殿 住吉大神

御神徳 延命長寿・開運厄除・家内安全・商売繁盛など生活万般

高良の大神は、悠久の昔から筑後川の流域に生活してきた人々が、
その生活守護の大神様として奉持して参りました筑後国一の宮であります。

ここは一の宮なんですねえ。筑紫の国魂とも呼ばれています。
筑後でなく筑紫ですから、福岡市方面も含まれています。中心的なお宮なのですね。

御祭神はこれまでにブログで紹介した神社で祀られている御祭神と一部が重なっていました。

まず、八幡大神
左殿の八幡大神とは応神天皇の事です。神功皇后の御子です。
そうです、駕輿(かよい)八幡宮で休憩した時に、
お腹の中にいた赤ちゃんです。そう言えば、この宮も八幡宮という名になってました。

香椎で神功皇后のお腹に宿り、母上のお腹に入ったまま一緒に新羅まで行って、
凱旋して帰った経歴の御子なので、勝利を導く軍神として、全国で祀られるようになりました。

住吉大神
右殿の住吉大神も、これまで神功皇后の旅の守護の神として紹介して来ました。

小山田斎宮で神懸かりした時に現れた神です。
皇后の船旅の安全を守ってくれた神で、今でも、福岡や大阪で祀られています。
(詳しくは別項でと思っています。)この久留米の山の上に、この神々が…。なんでだろう。

では高良玉垂命とは?
この神が誰なのかは分かっていないそうです。
武内宿禰説や藤大臣説、月神説など諸説あるとか。

武内宿禰と言えば、神功皇后をずっと支えてきた人です。
この人は数百歳生きたと言われています。
御神徳に「延命長寿」とあるのとイメージが重なってそんな説が出て来たのでしょうか。

藤大臣説については、
高良山の近くにある大善寺という所の玉垂宮の記事を見ると、
仁徳天皇の時代の話という事なので、少し系統が違っているようです。

月の神様というのは資料がないのですが、意外な所から
この説には十分に理由がある事が分かりました。
それは主祭神の玉垂(たまたれ)そのものがヒントになりました。

次回は「玉垂」についてのお話です。

                                 (Ⅱ)につづく
                              

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by lunabura | 2010-01-05 00:00 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Trackback | Comments(0)
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