2010年 03月 08日
多賀神社(3)ここはイザナギの命が光り輝いて出現した岬だった
伝承って面白い!
ここはイザナギの命が光り輝いて出現した岬だった

神社のホームページには由緒がたくさん書いてありました。
しかも古事記や日本書紀とは違う伝承です!
これは楽しみ。
でも…。
漢字がムズカシイ…。
頑張って訳します!
国土を作り固めて、多くの神々を生み終えたイザナギの命が、
天にいらっしゃる天津(あまつ)神の所に、戻る途中の事です。
この地に、にわかに五色の瑞雲(ずいうん)がたなびきました。
光明があかあかと天地を照らして、
国人(くにびと)たちがこれを見て仰天するうちに、
イザナギの命がその姿を現して、言われました。
「私は群神の祖(おや)である。
このたび、国土や万物を生成して、天に帰る途中だが、
国を守り、人々が安らかでいられるように、
今、この山にその跡を示すものである。
なんじらは、この私を祀って、
長寿と幸福を祈るがよい。」
国人たちは大変喜んで、ただちにこの山を日若山と呼び、
イザナギの命を日の若宮として拝み、
社伝を立てて、日若大明神とあがめました。
(多賀神社誌)
なんと、珍しい伝承でしょう。
要約すると、
国や神を生み終えたイザナギの命は
天に戻る途中、この山の上で光となって出現し、
「ここで自分を祀れば、国人たちを守る。」と約束されたという事です。
人々は喜んで、イザナギの命を日の若宮と呼び、
この地を日の若山と呼びました。
イザナギの命だけが登場しているのは、
妻のイザナミがすでに亡くなっているためですね。
また、
イザナギの命は天に帰る途中だったと書いています。
古事記では、
イザナギの大神は淡海(おうみ)の多賀に鎮座されています。となっています。
ちょっと違うのが面白い。
ここが発祥の地?
淡海とは近海(おうみ)とばかり思っていたけど、
良く見ると漢字も意味も違うぞ。
淡海とは、淡水と海水とが混じりあう所?
それじゃあ、ここがそう。
ここは古事記に書いてあった場所の可能性が出て来ました。

神社は丘の上にあるので、直方市の町並みが見渡せました。
古代は岬だった?
ここは地図をみると陸の中ほどにありますが、
縄文時代などはすぐそばまで海が迫っていました。
この遠賀川流域は、縄文時代の遺跡が沢山出ていて、
6000年前の縄文人の骨も出土しています。
早くから、人々が住み着いた土地です。
海から見ると
この丘は遠くから分かる岬だったと思われます。
船を操る海人族の人たちが、岬の上に光り輝く北斗七星を見て祀ったのが
この宮の始まりではないかと思いました。
北斗七星を多賀の星と呼び、守護の神と仰いだ氏族たちです。
初めてこの土地に来た時に見つけた岬の上にこの星が輝いたのでしょうか。
それとも、国造りをし終えて一段落した記念でしょうか。
(つづく)
次回はこの宮に伝わる古縁起です。








