2010年 03月 27日
馬見神社(3)うまみ・ホを受け継ぐ一族がいた
馬見神社(3)
系図から見えて来たこと
ホを受け継ぐ一族がいた

このエリアには父と子が配置されている
この馬見山は英彦山とセットで捉えてお話しています。
英彦山に降臨したのが天の忍穂耳の命で、馬見山に降臨したのがニニギノ命です。
二人は、父と子です。いわゆる天孫。天皇家の祖先です。
このファミリーにはもう一つ大事な人がいます。ニニギノ命のお兄さんのニギハヤヒの命です。
ニギハヤヒの降臨地としては大和の国が有名ですが、このエリアにもまた降臨した山が伝えられていました。
ここからは、ずっとずっと下流になります。
この三柱のファミリーをそれぞれの山に配置した氏族がこの遠賀川流域にいたという事です。
彼らの神々は「ホ」という単語でつながっていました。
それが次の系図です。

天照大御神には五人の男の子がいて、そのうちの二人にホがついています。
それから孫、ひ孫の世代はホの○○という形です。漢字ではこう表記されています。
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命
天の菩卑能命
天火明命
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番の邇邇藝命
火照命
火須勢理命
火遠理命(天津日高彦穂穂手見命)
「穂・火・番・菩」はどれもホと読みます。
地名もこの辺りは穂波、嘉穂と、筑穂がつくものがいくつもあります。
高千穂も穂がつきます。
豊葦原の瑞穂の国。(ここは豊の国)
昔は漢字がなかったので、発音がたよりでした。
このファミリーはホの血筋である事が分かるようにネーミングしています。
彼らは、いわゆる天孫ですが、これまでの固定観念を捨てるために、この一族を
ホの一族と呼んでみたいと思います。
結婚の系図
結婚の系図を見ると、ホの一族がどうやって、他部族と融合して行ったかが見えて来ました。
次の系図はアマテラスの子供、孫、ひ孫の結婚の図です。

高木神の一族と結ぶ
ホの一族はまず高木の神の一族と婚姻関係を結びます。
この高木の一族はアンドロメダをシンボルとする人たちでした。
その事は高良大社の所に書いていますが、かれらは、歳差運動のために、
観測地点がずれてきたために、移動したのではないかと、推測しましたが、
神社誌を見ていたら、この嘉穂盆地にたくさんの高木神社が出て来ました。
すると、高木の一族はこのエリアにかつて居たのではないかと考えました。
久留米から嘉穂に来たのか、嘉穂から久留米に行ったのかは分かりませんが、
私の仮説を裏付ける可能性があります。
高木神社については英彦山とも関わるので、詳しくはそちらで検討したいと思います。
いずれにしろ、高木の神の一族の近くに、ホの一族がやってきて、
高木の王女と結婚する事で、平和裏に同族となったのではないかと考えました。
大山津見の一族と結ぶ
上の系図の第二世代を見て下さい。
ホのニニギの命は大山津見の神の王女と結婚する事で、大山津見の一族と結びつきました。
海人族の一族と結ぶ
それから、また次の世代になって、大綿津見の神の王女たち、豊玉姫や玉依姫と結婚する事で、
海人族たちと結びついて行くのが、この系図で読み取れます。
ホの一族が日本にやって来た時には、すでにいろんな国があったのでしょう。
そこで、彼らは武力を使わずに、結婚によって融合していく方法を取ったのがよく分かります。
それぞれの国には土器・武器・船・馬の飼育など、優れた文化があります。
それらは技術者たちで支えられているので、戦争ではその技術を手に入れる事が出来ません。
そこで、結んで行く事で互いの文化を交流させて行ったと考えました。
どの国とも親戚となることで、単一民族の意識が養われていったのではないでしょうか。
(つづく)

一番保存状態のよい絵馬です。
by lunabura
| 2010-03-27 14:23
| 馬見神社・うまみ・嘉麻市
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