2010年 10月 02日
宗像大社(6)みあれ祭・市杵島姫が姉姫さまたちを海上までお迎えに
宗像大社(6)みあれ祭
市杵島姫が姉姫さまたちを海上までお迎えに
秋季大祭は大船団の海上神幸から始まった
2010年10月1日。よく晴れた青空のもと、神湊(こうのみなと)へ。
宗像大社の みあれ祭についに行って来ました。
例年10月1日はこの日は三か所に分かれて祀られている三女神が
辺津宮(へつみや)に集まる日です。
遠い沖ノ島には田心姫(たごりひめ)。宮司さんだけが住む無人島です。
大島には湍津姫(たぎつひめ)。ここまでは女性が行けます。
辺津宮には市杵島姫(いちきしまひめ)。いわゆる宗像大社です。
その三柱が三日間だけ集まって秋季大祭が行われます。
遠い島に住む姉姫さまたちをお連れするのは地元の漁師さんたちです。
みなさんが力を合わせて大船団を組んで神湊(こうのみなと)までお迎えします。
この海上神幸がみあれ祭です。
今日は、その祭りのレポートです。
9時半に御座船(ござふね)が大島を出発して、約一時間で入港すると聞いて、
神湊のフェリー乗り場の第一駐車場に入ったのは8時11分。
あと四台分開いていますよ、と言われて、ぎりぎりセーフ。
波止場の防波堤の上に陣どりました。左右にはずっと年上のお兄さまたち。
情報交換をしながら、楽しく待ちました。

今朝の太陽のオーラは舞扇を広げたようで、気分が高まります。
海には光の道が出来てきらきらととても綺麗です。
8時38分。辺津宮の市杵島姫を奉斎したお神輿が神湊に到着しました。
ひとり静かに姉姫さまたちを迎えに出る時を待ちます。

今頃は御座船2隻と150隻の大船団が大島に集結しています。
9時30分。二人の姉姫さまの神輿が御座船に乗って、大島を出立しました。
御座船に選ばれた船はその年一年の豊漁を約束されるとか。
今は、新造船がその名誉を担います。
この波止場からも、大島が見えていて、はるかかなたの水平線に、
真っ白な船が真横に走っていくのが見えます。
大船団は一直線に鐘の岬の方に向かいます。
そう、織幡宮がある鐘の岬です。

すると、こちらの市杵島姫の神輿も船に載って、姉姫さまたちを迎えに出ました。
三女神が合流すると、船団は直角に曲ってこちらに方向を変えました。
何隻も何隻も。大船団です。正面からこちらに向かって来ます。
その迫力に胸が熱くなって来ます。

「どれか分からん。」とルナが興奮すると、
「一番高い幟が立っているのが御座船。」と隣の人が教えてくれました。
みなさん、望遠レンズで三脚もバッチリ。連続シャッター音の響く中、
ちっちゃなデジカメで限界に挑戦。なんとか、遠い船団が写りました。
すると花火が鳴って興奮も最高潮。
「あの花火が船団の解散の合図ですよ。」と隣の方。
それから船たちは各地の漁港に帰って行くのだそうです。
その直後、船たちは派手なパフォーマンスを始めました。
急カーブを描いたり、蛇行運転をしたり。
べたなぎの海面がうねって白いしぶきがあがります。
波が高くうねって、船はまるで嵐の中のように波間に見え隠れします。
各船それぞれに派手な運転で御座船に別れをつげて離れて行きました。

残った三隻の御座船が粛々と入港して来ます。
神官や奉仕の人たちの姿もよく見えます。
すると海上の船から再び花火。
廻りの島々に届けとばかりに入港を知らせる花火が轟きました。

三艘の御座船が岸壁に横付けされて、それぞれの船から神輿が降ろされると、
一年ぶりに三姉妹が揃いました。
この神輿を奉斎した船の人々の見守る中、清め祓いの神事が催行されました。

それから、神輿はすぐそばの高台にある頓宮(とんぐう)へ。
「おー~。おー~。」という清めのケイヒツの声を先頭に神輿が練り歩きます。
空の雲までも鳳凰のよう。
向こうに見える右の島は地島。左が中津宮のある大島です。

頓宮には建物は何もありません。古式そのものです。
頂上のひもろぎにて、改めて御迎えの神事「頓宮祭」が行われました。
ここでは三女神が揃っていて、こんなに間近で拝観する事が出来ます。
ただ今11時半。このあと、いよいよ本宮への行列です。
天気も最高で、おだやかな秋の一日。お祭りの初日のレポートでした。
永年の憧れだった「みあれ祭」。縁あってようやく見る事が出来ました。
一生に一度は見たかったので感慨もひとしおです。
まだまだこれから3日間、神事が続きます。
港では、日程の分かるパンフレットが配られたんですよ。
ここにその日程表を掲載しておきます。
みあれ祭について
宗像大社の秋季大祭に先立ち、9月中旬に大島より御座船(ござふね)を仕立て、沖ノ島の沖津宮に向かい、まず田心姫(たごりひめ)の御神霊を大島の中津宮までお迎えする「沖津宮神迎え神事」が斎行されます。
そして、10月1日に大島の中津宮より神湊(こうのみなと)まで、沖津宮と中津宮の神輿をお運びするのが海上神幸「みあれ祭」です。
神湊では辺津宮の神輿がお出迎えになり、一年に一度、三宮の御神璽がお揃いになります。このおまつりは古くから行われた御長手神事(長い竹に布を付けたもの)を神のしるしとして辺津宮にお迎えした神事を再興したものです。
秋季大祭日程表
10月1日 午前9時30分 中津宮出港(海上神幸)みあれ祭
午前10時30分 神湊入港
午前11時 頓宮祭(宗像市神湊)
午前11時20分 陸上神幸
午前11時40分 入御祭斎行(主基地方風俗舞奉奏)
10月2日 午前8時 流鏑馬神事
午前11時 秋季大祭第二日祭(喜多流翁舞奉奏)
10月3日 午前11時 秋季大祭第三日祭(浦安舞奉奏)
午前11時40分 高宮祭
第二宮・第三宮祭
宗像護国神社秋季大祭
午後6時 高宮神奈備祭(600年ぶりに復活)
日程は変更になる場合があります。
高宮神奈備祭 (たかみやかんなびさい)
高宮神奈備祭は、秋季大祭を締めくくる祭典です。みあれ祭でお迎えした宗像三女神に秋祭りの無事斎行を感謝すると共に、新たな霊力を戴かれた宗像三神の神威の無窮を祈念する神示です。高宮は宗像大神降臨の伝承地で、神奈備山・神奈備の杜と崇めれられてきました。
神奈備とは神々が降りてくる山や杜を意味します。
高宮神奈備祭のレポートは宗像神社(3)に書いています。
るなメモ
●みあれ祭に行く時は、日焼け対策、風よけなどをしておくこと。
●第一駐車場料金 12時間300円。(2010年時点)
●御座船は一隻と思い込んでいたけど、三柱にそれぞれの御座船があったのを知ったのはとてもよかったです。
●神輿の先導のケイヒツの声を初めて聞きました。源氏物語に出てくるのですが、本では分からない、生の声が今に伝わっていました。
●海上神幸の航路がいったん鐘の岬に向かって行ったのは、現場に行かなくては分からなかった事。そこは海路の難所ですが、その岬にはこのブログで紹介した織幡宮があって、竹内宿禰が祀られています。この海路の安全と国を守る為です。そして、「御長手(おんながて)」という竹に幟を付けた始まりの宮でした。
船団がまるでそこに挨拶するように見えたのも、とてもゆかしかったです。
●地元の小学校では、男子生徒全員が船に乗ってこのみあれ祭を体験すると聞きました。残りの人たちは浜に出て、知っている船に手を振るとか。子供たちに祭りを体験させるのは、文化の継承のために一番必要な事なんだと思いました。
●遠方の人がこのみあれ祭を見るためには、地元のホテルや国民宿舎、民宿に前日から泊まるのが一番です。バスなどで祭りを見に連れて行ってくれます。神代の時代からの風景がそのまま残る宗像路の旅はルナのお勧めの旅です。
《ブログ内で宗像の旅をするなら》
三女神の元宮を訪ねる 六嶽神社⇒神興神社⇒宗像大社
海と祈りの宗像路 宗像大社⇒織幡神社⇒玄界灘の黒船騒ぎ
地図 宗像大社 神湊
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みあれ祭と聞けば宗像族の血が騒ぎます。(^_^)/
大島も泊まり込みで行きたいです。テレビで民宿の食事を見たのですが、沢山の豪華な海の幸、食べきれるかなという程のボリュームでした。大島の「天の川伝説」を皆さんにレポートしたいです。
それにしても、海が舞台のお祭りはステキですね。
中国の歴史を綴る家の人は、時の政権に絶対おもねることなく事実を書くんだって、それで殺されたら次の人がまたかくって。(友達から聞いた話)。
日本にはないじゃないですか、そんな家。
でも、神社を守る人ってのはそういうもんじゃないかと思ってる。
政権が力で事実を曲げようとした時、おおっぴらに反発できなくても、必ず抵抗の後を残す。他の人が祀られてるところに、割り込めても、前の人の記録を消せない。それは敬意を払っていい。この年になって、お参りの姿勢も変わるかも。
各神社の伝承に関しては、私も何も期待していなかったのですが、
調べて行くと、おしゃる通り「史実の管理」という性格がありました。
福岡の場合は幸運にも、原初の伝承がかなり残っていて、
それは記紀では神話と片付けられる時代の伝承でした。
神話の女神たちは九州で生まれ育った女性たちの昇華したケースが沢山あるようですね。









